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劇場版 ブルーストーム 火の翼の台頭  作者: Fawole Oluwaseyi


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第37章

アオイたちは急ぎ足で通路を駆け抜けていった。慌ただしい足音と荒い息遣いが、石の壁に反響する。


ルナもまた、片手を剣の柄に添えたまま、彼らと並んで走っていた。


だが、その視線は伏せられたままだ。


彼の心は、兄弟たちのことで占められていた――あの決意に満ちた表情、肩を並べて立っていた姿、そして自らあとに残ることを選んだという事実。


どうか無事でいてくれ……。


ふと、優しい手が肩に置かれ、彼は思考の海から引き戻された。


ルナが瞬きをして顔を向けると、すぐ隣をライトが走っていた。


「ライト……」ルナは呟く。


ライトは安心させるように、小さく口元を歪めて笑った。「お前の兄弟なら大丈夫さ」


彼はルナの肩を優しく叩き、手を下ろした。


「さっきの行動は、本当に勇敢だったよ。俺たちが先へ進めるように、あえて残って『黒月(クロツキ)』を食い止めるなんて……」


その表情が和らぐ。「根性があるな。お前ら、案外悪くないじゃないか」


思いがけない言葉に、ルナの心は軽くなった。彼はライトの笑みに応えるように、小さく微笑んだ。


「ああ……ありがとう」


ライトは一度、頷いた。


その時――


ゴゴゴ……


通路全体が突如として揺れ動いた。足元の石床が震え出し、全員が急ブレーキをかけるようにして立ち止まった。


ギズモが不安げに鳴きながらボルトの頭の毛にしっかりとつかまり、ボルトもまた耳をぴんと立てて、心配そうに吠えた。


サヤカはゆっくりと天井を見上げた。「この場所が踊るように揺れるなんて、気に入らないわね」と、彼女は軽口を叩くように言った。


「この広間が揺れるということは、どこかで激しい戦いが行われているはずだ」アオイはそう言いながら、一歩前へ出た。


ミツルの目が見開かれた。「でも、一体誰が、これほど巨大な場所を揺るがすほどの力を……」


彼は突然、言葉を止めた。


あることに気づいたのだ。それは、その場にいる全員も同じだった。


「あっ……」


誰かが何かを口にするよりも早く――


ヒュッ! ヒュッ! ヒュッ!


数本の矢が、突然彼らに向かって飛来した。


「危ない!」アヤネが素早く前に飛び出し、鎖鎌の金属の鎖を猛スピードで回転させた。


ガキン! ガキン! ガキン!


鎖の先の分銅が空を切り、飛んできた矢を、彼らに届く前に弾き飛ばした。


「黒月(くろつき)の連中は、ずっと後ろにいるはずじゃなかったのか!」ヒカルは苛立ちを露わにしながら両手のトンファーを掲げ、次なる矢の雨を打ち落とした。


カズキもまた唸り声を上げながら鎖分銅を振り回し、空を走る金属の鎖で数本の矢を叩き落とした。


「奴らの一部が、月守(つきもり)の防衛線を突破したに違いない!」


隣接する部屋から、白い装束をまとった戦士たちがさらに通路へと雪崩れ込み、一行に向かって殺到してきた。


「来るぞ!」とライトが声を上げた。


一行は即座に迎撃態勢に入った。


狭い通路はたちまち乱戦と化し、刃と刃がぶつかり合う音が響く中、トンファー、鎖分銅、薙刀、小太刀といった様々な武器が激しく交錯した。


サヤカとシズカは背中合わせに近い位置で並び立ち、完璧な連携で薙刀を振るって、迫りくる戦士たちを次々と薙ぎ払っていった。


その近くでは、ヒカルとカズキが互いの背中を預け合いながら戦っていた。


ヒカルがトンファーで一人の戦士を打ち倒すと、倒れた相手が態勢を立て直す間もなく、カズキが踏み込んで別の敵にとどめを刺した。


不意に、一人の「黒月」の戦士が剣を振り上げ、リクヤに向かって突進してきた。


リクヤはその斬撃を身を屈めてかわし、石の床を転がるようにして回避した。


流れるような動作のまま一回転して弓を背中に回すと、矢筒に手を伸ばし、素早く二本の矢を引き抜いた。


彼は二本の矢を同時に番(つが)えると、振り返りもせずに肩越しに放った。


ヒュッ!


放たれた矢は背後へと走り、ミツルを横から襲おうとしていた二人の「黒月」の戦士に命中した。


「ナイスだ、リクヤ!」とミツルが声を上げた。


彼はさらに二人の敵を退けると、リクヤと背中合わせになる位置へと戻った。


リクヤは肩越しに振り返り、ニヤリと笑った。「こいつらをさっさと片付けたほうがよさそうだな」


彼は再び矢を構えた。「先へ進む邪魔にしかならないからな」


ヒュッ!


周囲で激しい戦いが続く中、通路をまた一本の矢が切り裂くように飛んできた。


「ぐっ!」白い外套をまとった「黒月(くろつき)」の戦士が、葵(アオイ)に向かって剣を振り下ろした。


彼女は即座に後方へ身を躍らせ、見事なバックフリップで回避する。剣の刃は、つい先ほどまで彼女が立っていた空間を空しく切り裂いた。宙を舞う回転の勢いそのままに、彼女の足が鋭く跳ね上がり、戦士の手から剣を鮮やかに弾き飛ばした。


「ああっ……!」自分の武器が空中で回転していく様を、戦士は信じられないといった様子で見つめた。


軽やかに着地した葵は、素早く身を翻すと、かかとで相手の顎を強打した。衝撃で戦士の頭が横向きに弾け飛ぶ。


彼女が振り返ると、別の「黒月」の戦士がルナに向けて槍を突き出そうとしていた。


ルナは別の敵との交戦に手一杯で、そのことに気づいていない。


葵は目を見開いた。「ライト!」


別の襲撃者の攻撃を弾き返したばかりだったライトは、彼女の叫び声を耳にした。


彼が振り返ると、葵はすでに彼に向かって疾走してきていた。


「レッグ・ブースト!」


ライトは即座に意図を理解し、両手の指を組み合わせて低く構えた。


葵がその手のひらに片足をしっかりと踏み込む。ライトが力強く上へと突き上げると、彼女の体が宙へと舞い上がった。


葵は空中で二度後方へと回転し、優雅に身をひねりながら迫りくる槍へと接近していく。


回転の頂点に達した瞬間、彼女は左足を突き出した。


ガキンッ!


彼女の足の甲が、槍の穂先のすぐ下にある柄の部分を直撃し、武器の軌道を大きく逸らした。


槍は空中で回転しながら弾き飛ばされる。


葵はそれが手の届く範囲に落ちてくるのを待った。そして、体を横にひねりながら、逆の足で柄の端を力強く蹴りつけた。


バシッ!


槍が持ち主の元へと弾き返された。


「ぐっ!」黒月の戦士はまともに一撃を食らい、後方へと吹き飛ばされた。


葵はルナの背後数歩の地点に、軽やかに着地した。


ルナは振り返り、何が起きたのかを悟って息を呑んだ。


「き、君が助けてくれたんだね……」彼は葵の方を見て言った。「ありがとう!」


葵はただ頷くと、再び駆け出した。


彼女は先ほどの槍の柄を支点にし、片足をそこに預けて勢いを変えると、体を旋回させて両足で蹴り放った。


ドカッ! ドカッ!


さらに二人の黒月の戦士が同時に打撃を受け、後方へと叩きつけられた。


ライトは黒月の戦士を一人片付けると、前方にいる葵へと視線を向けた。


彼女は地面から件の槍を拾い上げ、すでにそれを武器に立ち回っていた。


一振りの剣が彼女に向かって振り下ろされる。


ガキンッ!


葵は槍の柄でその刃を受け止め、力をいなして相手の戦士をよろめかせた。


即座に別の敵が横から襲いかかる。彼女はそれも防ぐと、刃の下をくぐるように身を翻した。


彼女の足が戦士の首に絡みつく。素早く体をひねって相手の足を払い、石の床へと叩きつけた。


「あの子、ただ者じゃないわね」ライトの隣でイズミが言った。


彼女は短剣を振るい、また一人の黒月の戦士を後方へと弾き飛ばした。


ボルトが彼女の傍らで激しく吠え、ギズモも小さな鳴き声で応じた。


ライトは瞬きをし、やがて口元に不敵な笑みを浮かべた。「ああ……そうだな」


彼は身を翻し、別の敵を打ち払った。


広間の向こう側では、リクヤが矢を放っていた。次々と降り注ぐ矢の雨に、彼は歯を食いしばる。


ヒュッ! ヒュッ!


飛来する矢を身を屈めてかわすと、彼は視線を上へと走らせた。


石の天井に開いた亀裂の隙間に、数人の「黒月(クロツキ)」の戦士たちが陣取り、弓を引いて下を狙っていたのだ。


「あんなところに!?」


戦士たちが再び矢を放つ。


ヒュッ!


リクヤは身をひねって間一髪で矢をかわし、矢筒に手を伸ばした。


彼は矢を次々と素早く抜き取り、弓につがえて上空へと放った。


ヒュッ! ヒュッ!


矢は潜んでいた射手たちに命中し、彼らをその位置から叩き落とした。


「くそっ!」リクヤは歯ぎしりした。「このままじゃ勝てない。数が多すぎる!」


彼が弓を頭上に掲げた、その瞬間――


ガキンッ!


黒月の戦士の剣が、その弓に激しく打ち下ろされた。リクヤは敵の剣を押し返そうと、必死に踏ん張った。


すぐそばでは、アヤネが別の剣撃を身を屈めてかわしていた。


彼女は鎖鎌の鎖を敵の足に絡めると、力任せに引き絞った。


戦士は足元をすくわれて宙を舞い、仲間の数人へと激しく叩きつけられた。


アヤネの視線は即座に、頭上から降り注ぐ新たな矢の雨へと向けられた。


こいつら相手じゃ、どうにも分が悪い!


彼女は別の敵の攻撃を身をひねってかわし、鎌を掲げて横薙ぎに迫る剣を受け流した。


このままじゃ……。彼女は奥歯を噛み締めた。……まずいことになる。


白い外套をまとった戦士たちが次々と広間になだれ込んでくる中、彼女は戦場全体に視線を走らせた。


これじゃ、いつまで経っても終わらない!


「点火の型(イグニッション・スタイル)……」 混沌とした空気の中、聞き覚えのある落ち着いた声が響いた。


一瞬、すべての動きが緩やかになったかのように感じられた。


アヤネは目を見開いた。「え……?」


彼女が反応するより早く、一人の人影が静かにその横をすり抜けていった。


「第十一の翼(イレブンス・ウィング)……」


ミソラは目を閉じ、片手を剣の柄に軽く添えて、低く構えをとっていた。


「インフェルノ・ワルツ」


――轟ッ!


彼女の周囲で炎が爆発的に噴き上がった。


ミソラがカッと目を見開く。その瞳は、真っ白に輝いていた。


凄まじい集中力で歯を食いしばり、彼女の体は燃え盛る閃光と共にその場から消え失せた。


――シュンッ!


彼女は地上の「黒月(クロツキ)」の隊列を切り裂くように駆け抜けた。その動きはあまりに速く、戦士たちは反応する間もなく、次々とその場に崩れ落ちていった。


その瞬間、美空は上方へと跳躍した。炎の尾を引きながら、頭上に潜んでいた弓兵たちの配置を瞬く間に駆け抜け、迫りくる脅威を息をのむほどの精密さで切り伏せていく。


隠れていた弓兵たちは、次々と意識を失い倒れていった。


やがて訪れる静寂。広間全体が凍りついたかのような空気に包まれる。


空中に最後の火の粉が漂う中、誰もが呆気にとられ、口をあんぐりと開けていた。


美空は一瞬だけ逆さまの姿勢で宙に留まり、その時にはすでに剣を鞘へと収めていた。


彼女は優雅に空中で身を翻しながらゆっくりと舞い降り、低い姿勢で着地した。


片手を鞘に収めた剣の柄に添えたまま、彼女は目を閉じたままでいる。


吐き出された息が薄い白煙となり、周囲の炎が揺らめきながら次第に消えていった。


「す、すごい……」一樹が呟く。


「全員、片付けちゃった……」隣にいたヒカルが、広間に散らばる気絶した黒月(くろつき)の戦士たちを見つめながら囁いた。


「たった一撃で」隣にいた陸也(りくや)と共に、満(みつる)も目を見開いて呟く。


「なんて凄まじい速さ……!」泉(いずみ)が両拳を握りしめ、目を輝かせて叫ぶ。「本当にジンに匹敵する実力ね!」


さやかが口元に両手を添え、にやりと笑った。「お見事、美空先輩! その技、ジン先輩に教わったんでしょ? だからちょっと見せつけたくなったんだね~!」


美空はびくりと身をすくめた。灰青色の瞳がカッと見開かれ、恥ずかしさで頬が真っ赤に染まる。


「ああ! めちゃくちゃ派手だったな!」ライトがニヤリと笑いながら付け加える。


ルナはただ呆然と見つめていた。信じられないといった様子で、口を大きく開けたままだ。


美空はゆっくりと息を整え、姿勢を正した。


そして、彼女は皆の方へと向き直る。


彼女の瞳が見開かれた。その視線は、即座に彩音(あやね)を捉えた。


「お姉ちゃん……」彩音が囁いた。


彼女のターコイズブルーの瞳の端に、涙が溜まった。


ミソラの表情が険しくなる。彼女は無言のままアヤネの方へ歩き出し、他の数人を通り過ぎるにつれて足早になった。


ミソラが近づくにつれ、アヤネは鼻をすすった。「お姉ちゃん、私……」


ミソラが手を振り上げた。そして――


バシッ!


鋭い音が部屋に響き渡った。


誰もが凍りついた。アヤネの顔は横に弾かれ、その瞳は衝撃に震えながら大きく見開かれた。


彼女は一瞬、何が起きたのか理解できず、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


震える息を漏らしながら、ゆっくりと頬に手を当てる。指先が、ミソラに打たれた場所に触れた。ヒリヒリとした痛みは残っていたが、それは心の衝撃に比べれば取るに足らないものだった。


「バカ! この大バカな妹!」ミソラは手を下ろし、両の拳を強く握りしめた。「どれだけ心配したか、わかってるの!?」


スレートブルーの瞳が細められる。その中では、怒りと安堵の感情が激しくせめぎ合っていた。


「スマホの扱いが不用心で誘拐されたかと思えば、今度は奇妙な渦に吸い込まれていくのを見せられて……」


彼女の声が震える。「やっと見つけたと思ったら、体中傷だらけでボロボロじゃない!」


ミソラの目に涙が溢れた。今度は、もうそれを抑えることはできなかった。


涙が頬を伝ってこぼれ落ちる。


「自分がどれだけバカなことをしたか、わかってるの!? 私を心配させて!」声が裏返る。「すごく怖かったんだから……もう二度と会えないんじゃないかって。死んじゃったんじゃないかって……!」


言葉は嗚咽にかき消された。


ミソラは突然アヤネを抱き寄せ、強く抱きしめた。


罪悪感に苛まれ、アヤネの瞳が揺れた。彼女はミソラに抱きつき、涙を流しながら嗚咽を漏らした。


「ごめんなさい……本当にごめんなさい、お姉ちゃん!」


ミソラは彼女をしっかりと抱きしめ、片手で優しくその頭を撫でた。


「しーっ……大丈夫よ」と、ミソラは声を和らげる。「無事でいてくれて、本当によかった」


やがて、ミソラはゆっくりと身を引いた。


アヤネは鼻をすすり、涙で濡れた頬を拭いながら、指の関節で目元をぬぐった。


ミソラは優しく微笑み、涙に濡れて顔にかかった髪をそっと払いのけた。


「もう……」と彼女は呟く。「まったく、本当に手のかかる子なんだから」


アヤネは小さくしゃくり上げ、荒れた息を整えようとした。「わかってる……ごめんね、お姉ちゃん」


ミソラの笑みが深まった。彼女は何も言わず、再びアヤネを温かく抱きしめた。


アヤネも姉を抱き返し、ミソラの肩に顔を埋めた。部屋には、彼女のすすり泣く声が静かに響いていた。


その様子を、他の者たちは温かな笑みを浮かべて見守っていた。


その時、低い唸り声が彼らの耳に届いた。


全員がそちらを振り返る。


隣接する通路の一つから、見覚えのある二人の姿が現れた。


「私たちを待っててくれたってよかったのに」と、アヤカは軽く笑った。


ヒロを隣に伴い、彼女は歩み寄ってきた。ヒロの片腕が彼女の肩に回されている。アヤカは片手でその腕を支え、もう一方の手を彼の腰に回して、体重を支えながら歩いていた。


「アヤカとヒロ先輩だ!」ミツルが声を上げ、顔を輝かせた。


ヒロは小さく唸り声を漏らすと、視線を仲間たちに向けた。「お前たちも、ここにいたんだな」


彼の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。「よく持ちこたえてくれた」


彼の視線は、広間に倒れ伏し、意識を失っている黒月(くろつき)の戦士たちへと移った。


そしてその目は、アヤネの頬に残る涙を優しく拭っているミソラに留まった。


「それに、ミソラもな」彼は再び、倒れた敵の群れへと視線を走らせた。「みんな、忙しくしていたみたいだな」


ミソラは舌打ちをし、小さく息を吐いた。「まあ……そういうことよ」


アヤネは鼻をすすると、涙混じりの笑みを浮かべ、頬に残った涙を拭いながら彼らの方へ歩み寄った。


「イズミ、リクヤ」ミソラはその二人の方を向き、表情を和らげた。「二人とも無事でよかったわ」


リクヤは感謝の笑みを浮かべて頷いた。「ありがとうございます、ミソラ先輩」


イズミはにやりと笑った。「ああ。さっきは助けてくれてサンキュ」


ミソラは頷くと、再び仲間たちを見渡した。


彼女の表情は、次第に険しさを帯びていく。「でも、まだ気を抜くわけにはいかないわね」


彼女は、激しく揺れる広間の方へと視線を向けた。「ジンとシンジ長老が、まだあそこにいるんだから」


「本当か!?」ミツルが息を呑んだ。


「ああ、本当だ」ヒロが頷く。


彼は慎重に身を起こし、もう一人で立てることを伝えるように、アヤカに安心させるような視線を向けた。


「もう『黒月』のリーダーとやり合ってる頃だろうな」


その言葉を裏付けるように――


ゴゴゴ……


再び空間が揺れた。足元から伝わる振動で、天井から砂埃が舞い落ちる。


「どうりで、ここがずっと揺れっぱなしなわけだ」と、静香が淡々と言った。


「そうね」と、隣でさやかも頷く。


ルナは前方の通路に視線を向けた。「行くぞ! もうすぐだ!」


彼が踏み出そうとした、その時――


ドォォォン!


背後の壁が突然内側へと吹き飛び、砕けた石塊が床に散らばると同時に、土煙が空間に立ち込めた。


開いた穴から白い外套を纏った数人の影が飛び出し、すでに武器を構えたまま、彼らに向かって突進してくる。


「嘘でしょ!?」と、アヤネが呻いた。


「懲りない連中だな!」と、ライトが剣を構えながら、苛立ちを露わに唸る。


ルナは一歩前に出て剣を抜き放ち、仲間たちと迫りくる『黒月』の戦士たちの間に割って入った。


「お前らは先に行け」


仲間たちは目を丸くした。「えっ?」


ルナは迫りくる敵の列から視線を外さずに言った。「俺が食い止める。お前らは進み続けろ」


さやかが一歩前に出ると、軽やかな手つきで薙刀を回し、彼の隣でピタリと動きを止めた。


「バカね」彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべ、武器の柄で彼のこめかみを軽く小突いた。


「一人で全員相手にできるわけないでしょ」


ルナは瞬きをした。「でも……」


言葉を言いかけるか言いかけないかのうちに、さらに三人の影が前に出て、彼を左右から挟み込むように立ちはだかった。


ヒカルが手の中でトンファーを回転させる。「ああ。指一本動かす前に、お前は叩きのめされちまうぞ」


静は薙刀を握り直した。「私たちが協力するわ」


その隣で和樹も頷き、鎖分銅の鎖を強く握りしめた。


ルナは四人を見つめ、やがてゆっくりと笑みを浮かべた。


「ありがとう」


さやかは背後の仲間たちを振り返った。「ここで食い止めるわ!」


彼女は迫りくる戦士たちに向けて薙刀を掲げた。「あなたたちは先へ行って!」


「わ、わかった!」満が頷く。


彼らは即座に、前方の通路へと駆け出した。


ルナは彼らの姿が見えなくなるまで見送ると、再び黒月(くろつき)の軍勢の方へと向き直った。


さやか、ヒカル、和樹、そして静が、彼の隣で戦闘態勢を整える。


静は指先で薙刀をくるりと回すと、腰を落として構えた。


その紫色の瞳に、決意の光が宿る。「それじゃあ……」


彼女は自信に満ちた笑みを浮かべた。「ゴミ掃除といきましょうか」


………………


広間に雷禅の狂気じみた笑い声が響き渡る。彼は「火の翼」を振るってジンとシンジの二人を圧倒し、明らかに優勢なまま彼らを押し返していた。


「ぐっ!」ジンが踏み込んで攻撃を仕掛けるが、雷禅は不敵な笑みを浮かべたまま身をかわし、ジンの脇腹に強烈な蹴りを叩き込んだ。


「がはっ!」ジンは地面を転がり、石壁に激しく叩きつけられた。


「ジン!」シンジが息を呑む。雷禅が「火の翼」を突きつけてくる中、彼は辛うじて剣を構え直した。


シンジは唸り声を上げながら「火の翼」を受け止める。紫黒の炎が激しく揺らめき、シンジの纏う深紅の炎とぶつかり合っていた。


彼の視線が、雷禅の左目を横切るように走る、あの痛々しい傷跡へと一瞬向けられる。


雷禅の笑みがさらに深まった。「この傷、覚えているだろう? シンジ」


彼はシンジを後方へと押しやると、紫黒の炎を燃え上がらせた「火の翼」を振るいながら猛然と突進した。


「忘れるはずがないよな!?」


二人の武器が激突し、雷鳴のような音が響き渡る。


「なにしろ……」雷禅は唸るように言い放ち、シンジの剣を力任せに押し下げた。「これを作ったのは、お前なんだからな!」


ライゼンが剣を押し込んできたのを受け、シンジは歯を食いしばった。腕は激しく震え、荒い息を吐きながら、なんとか体勢を維持しようと踏ん張る。


それでも、疲労困憊のさなかにあっても、シンジは決して屈しなかった。


…………..


アオイたちが角を曲がって通路を駆けていくと、前方の横道が開け、そこから「黒月(くろつき)」の戦士たちが新たな波となって突進してきた。


ミツルは小さくため息をつき、襲いかかってきた敵の一人を蹴り飛ばした。「驚きもしないな」


「少なくとも、さっきより数は少ない!」リクヤがそう言いながら、矢を立て続けに三本放つ。「もう近いはずだ!」


アヤネは敵の隊列へと身を翻して飛び込み、二人をなぎ倒すと、アオイたちの方を振り返った。


「アオイ、お姉ちゃん。先に行って」


アオイはためらった。「本当にいいの?」


メイは扇子で敵の剣を受け止めると、手首をひねって相手を地面に転ばせた。


「彼女の言う通りよ。先に行ったほうが早いわ」


ミツルはニヤリと笑い、親指で自分を指した。「俺は彼女たちと一緒に残るよ」


「俺もだ」リクヤが自信ありげな笑みを浮かべ、彼の隣に並ぶ。


ミソラは四人の様子を順に見てから、アヤネに視線を定めた。


アヤネは彼女と視線を合わせ、決意を込めて頷いた。


ミソラは小さく微笑んだ。「わかったわ。気をつけてね」


彼女は向き直り、アオイ、アヤカ、ヒロ、イズミ、ライトと共に通路の先へと進んでいった。その頭上をアストが飛び、ボルトが彼らの横を駆け抜ける。ボルトの背中には、ギズモがしっかりと乗っていた。


彼らの姿が通路の奥へと消えていく中、ミソラは振り返り、その場に残った四人へと視線を向けた。


メイはくすりと笑い、再び鉄扇をパチンと開いた。


「さて……」彼女は鉄扇を掲げ、茶目っ気たっぷりに目を細める。「どこまでやったかしら?」


彼女は「黒月(くろつき)」の隊列に向かって踏み込んだ。


アヤネのターコイズブルーの瞳が興奮に輝く。「やった! ついにメイが、あの『雪(シュエ)一族』の武芸である鉄扇術を披露するところを見られるんだね~!」


彼女は弾むように足踏みしつつ、別の襲撃者の体勢を崩した。


「あー、技のメモを持ってくればよかったな~!」


リクヤはくすりと笑い、彼女と背中合わせの体勢になりながら、次々と矢を放った。


「技のことは今のところ頭に入れておけばいいさ。書き留めるのは後でいい」


「だね!」アヤネはクスクスと笑いながらくるりと身を翻し、リクヤの背後を突こうとした敵を迎え撃った。


「捕まえた!」


二人はまるで長年連れ添って稽古を重ねてきたかのように、互いの死角をカバーし合いながら、息の合った連携を見せた。


少し先を行くミソラは、面白がるように鼻で笑うと、再び通路の方へと視線を戻した。


「あの二人、どうしたの?」彼女は片眉を上げて尋ねた。「気のせいかな、なんだかすごく親密になってない?」


「ああ、そうだよ」アオイはちらりと後ろを振り返った。「あの二人、今はカップルなんだ」


「えっ?!」アヤカ、ヒロ、ミソラの三人は一斉に動きを止め、呆気にとられた表情を浮かべた。


「ほ、本当?!」ミソラがたどたどしく尋ねる。


「うん」アオイは淡々と頷き、再び前を向いた。


背後でイズミがため息をつく。「まったく、あの子はさらっとそんなことを言うんだから……」


アオイは無邪気にまばたきをした。「え? だって本当のことだもん」


ミソラは小さく笑った。「よかった……」


ライトは彼女をちらりと見て、眉を上げた。「ずいぶんとあっさり受け止めるんだな」


ミソラは不敵な笑みを浮かべた。「姉妹の間には隠し事なんてないから。それに、彼女がリクヤに想いを寄せていることは、前から知ってたし」


「へえ……」ライトはそう呟くと、再び視線を前方に戻した。


ヒロが不意に目を細めた。「前だ!」


皆が彼の視線を追った。


まばらな木立と瓦礫に囲まれた開けた入り口が、その先にあった。彼らは速度を緩めることなくそこを駆け抜けたが、直後に立ち尽くした。


目の前に広がる光景に、彼らは息を呑んだ。


「うおおおっ!!」ジンが激しい勢いでライゼンに飛びかかり、刃を煌めかせながら猛攻を浴びせる。


ライゼンは不敵な笑みを浮かべたまま、その攻撃を軽々と受け流していく。


「ジン!」ヒロが驚愕の声を上げた。


「ハハハハ!」ライゼンの狂気じみた笑い声が広間に響き渡る。「見ろよ、これぞ月代(つきしろ)の血を引く最後の継承者! 月森(つきもり)の王子様だ!」


彼は不意にジンの刃をすり抜けると、少年の腹部に強烈な蹴りを叩き込んだ。


「ぐはっ!!」衝撃で吹き飛ばされながら、ジンは目を見開いた。口から血と唾液がこぼれ、彼の体は石壁に激しく叩きつけられた。


「ジン!!」シンジが叫んだ。


アヤカとイズミは恐怖に口元を押さえ、ヒロとミソラは歯ぎしりをした。


アオイとライトはただ呆然と見つめることしかできなかった。


やがて砂煙が晴れていく中、ジンは瓦礫の中から這い出し、ふらつきながらも立ち上がろうとした。


だが、ライゼンは彼に目もくれなかった。


「黒月(くろつき)」の首領であるライゼンは、すでにシンジとの激しい攻防に入っていた。紅蓮の炎と紫黒の炎が広間を照らす中、二人の刃が幾度となく激突する。


「無様なものだな、シンジ!」ライゼンは嘲笑い、力強い一撃でシンジをさらに後退させた。「お前には力も、強さも、そして覚悟も足りていない!」


「まともに戦うことさえできんのか!」男の笑みが深まる。「お前がどれほど老いさらばえたか、よく分かるというものだ!」


シンジは歯を食いしばり、必死に踏みとどまった。


「自分が老人だと自覚しているだけ、まだマシだ……」彼は言い返す。「残された人生を自由に楽しむべき時に、お前のように肉体を維持するためだけに邪法に手を染めるような真似はしなかった……!」


薄紅色の瞳が細められる。「力と引き換えに人間であることを捨てた誰かさんとは違ってな」苦々しい笑みがその顔に浮かぶ。「それは……実に滑稽な話だ」


ライゼンの表情が険しくなる。「滑稽だと?」


彼は再び「火の翼」を振り下ろした。


さらに一度、そしてまた一度。


容赦ない連撃がシンジの剣に叩きつけられ、そのたびに深紅の火花が空中に散った。


「ハッ!」ライゼンは笑う。「だが、その『滑稽な力』にも価値はあるようだな!」


攻勢を強めながら、笑みをさらに広げる。「俺を相手に、まともに立つことさえままならんようだな!」


激しい一撃で、彼はシンジの剣を弾き飛ばした。


「二度と俺に立ち向かえぬようにしてやる!」


ライゼンはシンジを突き飛ばすと、「火の翼」を頭上高く掲げた。


刀身に紫黒の炎が噴き上がる。


シンジの目が見開かれた。


「エクリプス・セバー(蝕断)!」ライゼンが剣を振り下ろす。


紫黒のエネルギーを帯びた三日月状の斬撃が、広間を切り裂いた。


「じいちゃん、危ないッ!!」ジンの警告は、一瞬遅かった。


シンジは攻撃が直撃する寸前、辛うじて剣を掲げた。


「ぐあああッ!!」衝撃で老人は後方へと吹き飛ばされ、瓦礫の中へと叩きつけられた。


「シンジ様ッ!!」アヤカとヒロが彼のもとへ駆け寄る。


ジンは立ち尽くした。


ヒロとアヤカが瓦礫からシンジを引き上げ、その傷ついた体を支える姿を見つめながら、彼の瞳は揺れていた。


「じいちゃん……」


不気味な笑い声が広間に響き渡った。


ライゼンがゆっくりと両腕を広げると、その周囲に深紅と漆黒が混ざり合った炎が激しく渦巻き、彼の体が地面から浮き上がっていく。


白いマントや衣服は炎に染まって黒く変貌し、深紅の縁取りが施された黒い装束へと変わった。肩や前腕には黒い鎧が形成され、その姿はより一層、威圧的で恐ろしいものとなった。


ジンの震える視線が、彼に向けられる。


恐怖は消え去り、ただ怒りだけが残った。


「この……化け物め!!」ジンは突進した。


ライゼンは彼の方を振り向きもしない。


手首を軽く振るうだけで、ジンはまるで羽毛のように軽々と吹き飛ばされた。


「ぐっ!」地面に叩きつけられた彼は、何度か転がってようやく止まった。


ライゼンは仰け反るようにして咆哮した。紫黒の炎に包まれながら、彼の体はさらに高く宙へと舞い上がる。


業火は膨れ上がり、さらに拡大していく。


やがて広間全体が、炎と塵、煙、そして猛烈な突風が入り混じる荒れ狂う渦に飲み込まれた。


圧倒的な力に押され、周囲の空間が裂け始める。


少し離れた場所にいたアヤネたちも、突如としてその衝撃波に巻き込まれた。


通路を吹き抜ける強風に煽られ、クロツキの戦士たちは足元を乱しながら、壁に身を預けて耐えるしかなかった。


ミツルがその発生源の方を向く。「暴風か!?」


メイは顔をかばいながら、同じ方向を見た。「アオイたちがいる場所よ!」


彼女はすぐにそちらへと駆け出した。


サヤカたちのいる場所でも……


激しい突風が広間を吹き抜ける中、ヒカルは顔をかばうように腕を上げた。「一体、何事だ!?」


「どこからこんな風が!?」カズキが叫ぶ。


シズカは強風に目を細めながら言った。「様子を見に行こう!」


同じ猛烈な風が、キヨツキ兄弟や残りのツキモリの戦士たちがいる広間にも吹き荒れた。


風の勢いはさらに増し、頭上の天井に亀裂が走り始めた。


バキッ!


全員が視線を上へと向けた。


耳をつんざくような轟音と共に天井が砕け散り、先ほど通り抜けてきた上層の広間が姿を現した。


「まずいぞ!」降り注ぐ瓦礫から顔をかばいながら、タカツキが叫んだ。


……………


強烈な突風に押され、イズミの隣へと後ずさりしながらボルトが吠えた。ギズモは彼女の肩にしがみつき、吹き荒れる風の中で不安げな鳴き声を上げていた。


「ああっ! 何が起きてるの!?」激しい風に顔を覆いながら、アオイが叫んだ。


混乱のさなか、アヤカの腕の中でシンジが身じろぎをした。


彼の表情は険しい。「『火の翼』の力だ……」


アオイが彼の方を向く。


シンジの瞳が揺れた。「あの刃が穢(けが)れてしまった今……」


彼は荒い息を整えながら続けた。「……その力が完全に制御不能な暴走を起こしているんだ!」


クレナイの言葉が脳裏をよぎり、ミソラの目が細められた。


『ライゼン様が「火の翼」を完全に掌握し、その力を完全に精製しきってしまえば……もう誰にも止められなくなる』


彼女はアヤカと不安げな視線を交わした。


ヒロはライゼンを見据え、ぐっと奥歯を噛み締めた。


「全部、私のせいだわ!」猛烈な風から顔をかばいながら、イズミはうつむいて叫んだ。「『火の翼』をここまで精製したのは私なんだから!」


罪悪感に瞳を揺らしながら、彼女は言った。「みんな、本当にごめんなさい……」


ヒロは首を横に振り、彼女の肩に優しく手を置いた。「君のせいじゃない、イズミ。自分を責めるな」


アヤカも力強く頷いた。「そうよ」


「みんな!」


突然の声に、一行は振り返った。


アヤネたちが、激しい風に顔をかばいながら駆け寄ってきた。


「アヤネ!」安堵の表情を浮かべ、ミソラが声を上げた。


茶髪の少女と仲間たちが、急いで彼らのもとへと合流した。


ルナは目を細め、渦巻く炎の中に浮かぶ人影を見つめた。「あれが『黒月(くろつき)』のリーダーだ」


ミツルも片腕で顔をかばいながら、ルナの視線を追った。「で、そいつは何者なんだ? 正体を教えてくれないか?」


シンジの表情が曇った。「彼はかつて『月守(つきもり)』の一員だった……」


彼は言葉を切った。


「……里を追放されるまではな」その声は重みを帯びていた。「それに、月見(つきみ)一族の先代当主の双子の弟でもあった……」


シンジの瞳に鋭い色が宿る。「月見 仙太郎(せんたろう)だ」


一同の間にどよめきが走った。


「待てよ……月見だって!?」リクヤは驚愕し、眼鏡が鼻筋をずり落ちた。


「じゃあ、あの人より年上ってこと!?」サヤカが声を上げた。


「うわっ……」激しい突風が広間を吹き抜ける中、一同は信じられないものを見るような目つきでその光景を見つめた。


頭上では、宙に浮く雷禅(ライゼン)が笑い声を上げ続け、その周囲では紫黒の炎がいっそう激しさを増していた。


「雷禅!」


黒月のリーダーは呆れたように目を回し、声の主の方へと向き直った。


ジンが片手で脇腹を押さえながら、足を引きずって彼に近づいていく。


「まだ終わっちゃいねえ!」ジンは宙に浮かぶ男を睨みつけ、そう言い放った。


雷禅は不敵な笑みを漏らしながら、ゆっくりと舞い降りてきた。その手には「火の翼(ひのつばさ)」がしっかりと握られている。


「やれやれ、ジン……」彼は嘲るように首を振った。「お前にとっては、もうとっくに終わっているんだよ」


彼は聖剣を掲げ、わざとらしくジンの前に見せつけた。


「そして、これがその証拠だ」嘲笑の笑みが深まる。「俺の手に完璧に馴染んでいると思わないか?」


「ぐっ!」ジンが飛びかかった。


雷禅は難なくその攻撃を防ぎ、鋭い金属音を響かせて二人の剣が激突した。


「ははは!」雷禅は笑った。「見ろよ、これ! 月代(つきしろ)一族の跡取りが、俺を倒せるという希望に必死にしがみついている姿を!」


怒りで仁の顎が震えた。「返せ!」


感情に震える声だった。「『火の翼』を返せ!」


雷禅は薄笑いを浮かべた。仁の刃を身をかわして避けると、不意に身を乗り出し、仁の襟首を掴み上げた。


「どうした?」と彼は嘲る。「泣き出しそうな声だな」


その笑みは、残酷なものへと歪んだ。


「実を言うと……」彼は顔を近づけた。「その必死な目を見るのは、久しぶりだ」


仁は凍りついた。


雷禅の声が囁きに変わる。「お前の両親が命乞いをする中、俺が彼らを殺して以来だな」


仁は目を見開いた。息が詰まる。


その言葉が、彼の心に深く突き刺さった。


殺した……俺の両親を……?


一瞬、周囲のすべてが消え失せたかのように感じられた。


そして――


「てめえ……ッ!!」


仁は雷禅の顔面に、自らの額を叩きつけた。


「ぐっ!」雷禅は顔をしかめ、一瞬だけ掴んでいた手を緩めた。


仁はその隙に身を翻して逃れ、後ろに転がると、すぐさま立ち上がった。


鼻から血が伝い落ちる。視界が霞む。


だが、彼は再び突進した。


雷禅は首を振って視界を正し、牙を剥き出しにして唸り声を上げた。


「お前は人を殺すことしかしないのか!」仁は怒号を放った。


二人の剣が激しくぶつかり合った。


「それが平和への覚悟だって言うのかよ!?」怒りに瞳を燃やしながら、彼は剣を押し込んだ。「お前はイカれてる!!」


ライゼンは躊躇なく、その力と正面からぶつかり合った。


「平和とは、守られるものではない……」


互いの刃が擦れ合い、甲高い音を立てる。


「……力ずくで維持するものだ」


ライゼンはジンの剣を弾き飛ばすと、即座に追撃を放った。「そして、それを維持するだけの力を持つ者だけが……」


再び刃が激突する。


「……導く資格がある」


「卑怯者め!」ジンは全身の力を込めて押し返した。「俺の家族や村にしたこと、その報いは必ず受けてもらう!」


彼の剣から深紅の火の粉が噴き上がる。


「月白炎剣流奥義……!」


ジンは腰を落とし、全身の筋肉を張り詰めた。


そして、一気に踏み込む。


「九の型――陽光断ち(サンブレイク・ドロップ)!」


深紅の炎が剣を包み込み、力強い一撃が振り下ろされる。


ライゼンは「火の翼(ヒノツバサ)」を掲げた。


ガキンッ!


二振りの剣が激突する。


ライゼンは即座に反撃に転じた。


「炎剣流奥義――一の型!」


紫黒の炎が「火の翼」を覆う。


「紅蓮の華(クリムゾン・ブルーム)!」


ライゼンが剣を振るう。ジンはその刃の下を潜り込み、辛うじて踏みとどまるが、ライゼンは間髪入れずに次の攻撃を繰り出した。


剣と剣が、幾度となく激しくぶつかり合った。


その近くでは、残った清月(きよつき)の兄弟たちや数名の月守(つきもり)の戦士たちが仲間に加わり、戦いの行方を見守っていた。


「ジン様!」一人が拳を握りしめながら叫ぶ。


「やれるぞ!」


「ジン先輩!」ミツルも励ますように声を上げた。


雷禅(ライゼン)はふっと笑った。「聞いてみろよ、あの声」口元をさらに歪める。「お前のことを本当に特別な存在だと思ってるんだな」


ジンは奥歯を噛み締めた。「あいつらには手を出すな!」


「はっ!」雷禅は鼻で笑った。「あんな雑魚どもに構ってる暇なんてねえよ」


彼は乱暴にジンの刃を弾き飛ばした。剣はジンの手から滑り落ちる。


ジンは目を見開いた。「ぐっ――!」


雷禅の空いた方の拳が、ジンの腹部に叩き込まれた。


「うっ!」


その一撃で息が詰まる。態勢を立て直す間もなく、雷禅の容赦ない蹴りがジンの脇腹を捉えた。


「ぐああっ!」ジンは横へと吹き飛ばされ、地面を激しく滑っていった。


ようやく止まったものの、息をするのもままならない。


視界が霞む。その時、数歩先に落ちている自分の剣が目に入った。


ジンは歯を食いしばった。痛みをこらえ、無理やり体を起こして剣へと駆け出す。


「うおおっ!」雷禅が獰猛な笑みを浮かべて襲いかかってきた。


ジンは身を翻し、間一髪で剣を掲げて「火の翼(ヒノツバサ)」の強烈な一撃を受け止めた。


ガキンッ!


衝突の衝撃で、ジンは宙へと弾き飛ばされた。


「ぐっ!」長い階段の方へと放り投げられ、石畳に激突する。その衝撃で地面にはクレーターができた。


ジンは呻き声を上げながら、瓦礫の中から這い出そうともがく。


だが、息を整える暇すらなかった。


雷禅はすでに彼に向かって跳躍していた。


「うおおっ!」彼は「火の翼」を振り下ろし、容赦ない一撃を叩きつけた。


ジンの目が見開かれた。彼は即座にクレーターの底を蹴って後方へ宙返りし、直前まで自分がいた場所を敵の刃が切り裂くのをかわした。


ジンは階段を駆け上がるように宙返りし、上段の足場へと着地した。


背後に重々しい音を立ててライゼンが降り立つ。息つく暇も与えず、彼は突進してきた。


二人の剣が再び激突する。


カキン! カキン! カキン!


下から見守るアオイたちは、二人の戦士が繰り出す猛烈な連撃に目を見張った。


「実に哀れだな!」ライゼンは嘲笑いながら、ジンを後退させた。「この俺が、お前の息の根を止める日が来るとはな!」


二人の刃が鍔迫り合いとなる。


「それも、あの名高い『月守(つきもり)』の聖剣で……」ライゼンはさらに笑みを深めた。「『火の翼(ひのつばさ)』でな!」


「お前に『火の翼』を扱う資格などない!」ジンは苦悶の表情を浮かべながら、睨みつけた。「あの剣は、邪悪な目的のために振るわれるべきものではない!」


「ハッ!」ライゼンは彼を突き放した。「じゃあ、お前になら資格があるとでも言うのか!?」


彼は再び剣を振るった。「お前は剣に頼りすぎている!」


ジンはその一撃を受け止めたが、腕が激しく震えた。


ライゼンの目が細められる。「それに、お前の心はあの剣を扱うにはあまりにも不純だ!」


彼は雄叫びを上げ、圧倒的な力で『火の翼』を振り下ろした。


ガキン!


その衝撃でジンの防御が崩された。


彼の剣身は粉々に砕け散り、柄(つか)は手から弾き飛ばされ、空中で回転しながら石の床に音を立てて転がった。


ジンは呆然とそれを見つめた。「俺の……剣が……」


態勢を立て直す間もなく、ライゼンが防御の隙間をすり抜け、炎を纏った『火の翼』をジンの脇腹に叩き込んだ。


「ぐあっ!!」衝撃で肺から空気が弾け飛び、ジンはよろめきながら後退した。


足が石の床を擦る。そして彼は、足場の際(きわ)でようやく止まった。


その先には崩れた壁があり、そこから要塞の地下へと続く、深淵のように果てしないトンネルが口を開けていた。


「嘘だろ……」シンジは恐怖に顔を歪め、首を横に振った。


ライゼンがゆっくりと近づいてくる。ジンは必死に体を起こそうとした。


ライゼンは顎の下に蹴りを叩き込んだ。


「ぐっ!」ジンの頭が勢いよく後ろにのけぞる。


さらに蹴りが続く。また一撃。


ライゼンは容赦ない猛攻を続け、その一撃ごとに「緋の翼(ひのつばさ)」の紫黒の炎がジンを焼き焦がしていく。


「月森(つきもり)の愛されし王子が、まさか俺相手にまともな戦いを見せるとは思っていなかったがな」


ライゼンは不敵な笑みを浮かべ、ジンを蹴り飛ばして足場を滑らせた。「だが、期待しすぎだったようだ」


彼は「緋の翼」を掲げた。その炎が不穏に揺らめく。「この剣は、お前なんかに託されるべき代物じゃなかった……」


笑みがさらに深まる。「……皆がお前に信頼を寄せたというのに、なおさらな」


ライゼンは一歩近づいた。「で、お前はその信頼にどう応えた?」


深紅の瞳に悪意が宿る。「お前は彼らを失望させたんだ」


彼はジンの襟首を掴み、宙へと吊り上げた。ジンの足が虚しく宙にぶら下がる。


「俺に立ち向かうことさえできなかった」ライゼンは顔を近づける。「それに、心の奥底ではもう真実に気づいているはずだ」


その声は、毒を含んだ囁きへと変わった。「お前は、その全員を裏切ることになる」


「やめて!」ミソラは反射的に一歩踏み出した。


それ以上動く前に、何本もの腕が彼女を抱き留めた。


「お姉ちゃん!」アヤネが懇願する。リクヤやヒカルでさえ、彼女を抑えるのに必死だった。


「離して!」ミソラは涙を浮かべながら、彼らの腕を振りほどこうとした。「彼を助けなきゃ!」


ライゼンはジンの方を振り返った。「お前は王子なんかじゃない」


彼は「緋の翼」を掲げた。「英雄でもない」その表情が残酷な笑みに歪む。「お前は無能な落伍者だ」


ジンの襟首を掴む手に力がこもる。「月代(つきしろ)の名を汚す恥さらしめ……」


彼は刃を近づけた。「……特に、『緋の翼』を持たないお前はな」


半ば閉じたジンの瞳が震える。その両腕は力なく垂れ下がっていた。


一瞬、彼は完全に打ちのめされたような表情を浮かべた。


やがて、その指がゆっくりと拳の形に握りしめられる。


ジンは疲れを滲ませた深紅の瞳を、ライゼンへと向けた。その表情は険しさを帯びる。


「『火の翼』は、俺を王子になんてしなかった……」


ライゼンの笑みが、わずかに消える。


「……英雄にもな」


ジンは目を細めた。「俺は、最初からそうだったんだ」


静寂。


ライゼンでさえ、一瞬不意を突かれたような表情を見せた。


ジンは弱々しくも、揺るぎない声で続けた。「それに、剣が人を指導者にするわけじゃない……」


痛みが全身を駆け巡り、彼は歯を食いしばる。「心さえ純粋で真実であれば……誰だってなれるんだ」


荒くなる息。「剣が、使い手を定義するわけじゃない……」


ジンはライゼンの瞳を真っ直ぐに見つめた。「剣はただの支え……俺たちがそれを振るう理由を導くための、支柱に過ぎないんだ」


シンジの瞳が揺れる。


ジンの声に力がこもる。「剣は守るためのものだ」彼は眼下に集う人々へと視線を走らせた。「真の指導者は、愛し、大切に思う者たちを守るために剣を振るう……」


その眼差しが鋭さを増す。「……未来を守るために」


シンジが口を開く。「ジン……」


「ふん」ライゼンは鼻で笑った。「哀れだな」


彼はジンの襟首を掴む手に力を込め、再び『火の翼』を掲げた。


紫黒の炎が刃の上で踊り、その光がジンの深紅の瞳に映り込む。


ジンの視線が揺れる。そしてゆっくりと、彼は視線を下へと向けた。


祖父の姿へ。


アヤカへ。


ヒロへ。


アオイへ。


ライトへ。


アヤネへ。


リクヤへ。


共に戦った、すべての人々へ。


やがて、彼の視線はミソラに定まった。彼女もまた、涙を流しながら彼を見つめ返していた。


ジンの表情が和らぐ。あらゆる状況にもかかわらず……彼は微笑んだ。


あの、見慣れた温かい笑み。ミソラがよく知る、あの笑顔だった。


彼の唇が音もなく動く。「愛してる」と。


その言葉を理解し、ミソラは目を見開いた。


「ジン……」


ライゼンの表情は冷徹なままだった。彼は躊躇なく、「火の翼」をジンの脇腹へと突き立てた。


「ジン!!」


ジンの体が大きく跳ねる。ライゼンは刃を引き抜くと、即座に彼を崩れた開口部の方へと放り投げた。


ジンの体が後方へと吹き飛ぶ。


時が止まったかのようだった。


「ジン!!!」誰もが彼の方へと駆け寄ろうとする。


ミソラは必死に彼の方へ手を伸ばし、涙を流しながら叫ぶ。アヤネ、リクヤ、ヒカルが、彼女が後を追って落ちてしまわないよう必死に支えていた。


「嫌だ! ジン!!」


シンジもまた動こうとしたが、ヒロとアヤカが彼を強く押さえつけた。


「ジン!!!」


落下していくジンの目は開いたままだった。その深紅の瞳は、最後の瞬間までミソラに向けられていた。


やがて、彼の体は眼下の闇へと消えていった。


「ジン!!!!」



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