第35章
「くそっ、小娘が! さっさとくたばれ!」影男は炎を纏った剣をアヤネに向かって振り下ろした。彼女は紙一重でその刃をかわし、後方へ宙返りして数メートル先へと着地した。
少し離れた場所では、陸也が後方へ跳び退こうとした瞬間、哲也の槍の側面が彼を捉えた。その衝撃で彼は横向きに吹き飛ばされ、崩れかけた壁の一部に激しく叩きつけられた。
「陸也!」戦場の瓦礫の中に座り込んだままの泉が、恐怖に駆られて叫んだ。
アヤネは一瞬だけ彼の方へ視線を走らせたが、すぐに横へと跳び、影男の次なる斬撃を辛うじて回避した。
「ふん」哲也は鼻で笑うと、指先で槍を軽やかに回し、その石突を「ドスン」と重い音を立てて地面に突き立てた。
舞い上がっていた土煙が静まり始める中、陸也は荒い息を整えながら、片手で腹部を押さえてゆっくりと身を起こした。
視界が霞む。彼は顔をしかめ、意識をはっきりさせようと首を振った。
「しぶといガキだ……」哲也は横に視線をやりながら呟いた。
影男は依然としてアヤネを狙い続けていた。その表情は激しい怒りに歪み、苛立ちを露わに歯を食いしばっている。
「もう我慢ならん!」影男が唸り声を上げた。
突如として彼の剣に黒い炎が絡みつき、飢えた獣のようにその刃を舐めるように燃え上がった。
アヤネは小さく息を漏らし、身構えるように腰を落とした――その時。
ワンッ!
鋭い犬の鳴き声が、突然戦場に響き渡った。
アヤネは目を見開いた。
ボルトが彼女に向かって駆け寄り、乱戦のさなかに飛び込んできた。その頭上では、背中にギズモを乗せたアストが興奮した様子で鳴き声を上げながら、空を舞っていた。
「ボルト!」イズミは息を呑み、安堵の表情を浮かべた。
その犬はアヤネの数メートル横で急ブレーキをかけて止まると、頭を低くし、カゲオに向かって激しく唸り声を上げた。
アストは翼を羽ばたかせながらイズミの前に降り立った。ギズモはすぐにその背中から飛び降りると、待ち構えていたイズミの手の中へと駆け込んだ。
「ギズモ!」イズミは涙を浮かべながら笑い、その小さなネズミを胸に抱きしめた。
ギズモは嬉しそうに、彼女の頬に自分の頬をすり寄せた。
「キュッ!」小さなネズミは喜びの声を上げ、その小さな前足でイズミの頬をポンポンと叩いた。
「グルル……!」ボルトはカゲオに向かって唸り続けた。
カゲオは舌打ちをし、その犬を睨み下ろした。
「薄汚い野良犬め」彼は軽蔑したように呟いた。
ボルト……アヤネの表情が一瞬だけ和らいだが、すぐに視線はカゲオへと戻った。カゲオの口元には、邪悪な笑みが浮かんでいた。
「大丈夫よ、ボルト」彼女はカゲオから視線を外すことなく、落ち着いた声で言った。
ボルトは彼女を見上げた。
「彼とは私がやるわ。私に任せて」
ボルトは心配そうに耳を垂れ、小さく鳴き声を漏らした。
アヤネは彼に視線を落とし、毅然としつつも安心させるような表情でその瞳を見つめ返した。
「イズミのところへ行って。彼女のそばにいて、守ってあげてね」
ボルトは一瞬彼女を見つめると、小さく吠えた。そして向きを変え、イズミの方へと駆け寄っていった。
アヤネはその様子を少しの間見守ってから、カゲオの方へと視線を戻した。カゲオは面白がるように低く笑い声を漏らしていた。
「ボルト!」犬が近づいてくると、イズミは声を上げた。
ボルトはすぐに、座り込んでいる彼女に寄り添い、熱心に顔を舐めて喜びを伝えた。
イズミは涙を流しながらも小さく笑い、その体を抱きしめた。
「あなたも無事で本当によかった」と彼女は囁いた。
ボルトは陽気な鳴き声で応えた。
ギズモがキュッと鳴いてイズミの肩から飛び降りると、アストの背中を素早く駆け抜け、ある物のそばで立ち止まって興奮した様子で鳴き声を上げた。
「何?」イズミはそう尋ねながら、その鷹のそばへと身を寄せた。
「キュッ!」ギズモはもう一度鳴き、小さな前足をその物体に添えた。
イズミがその仕草に目を向けると、思わず息を呑んだ。
アストの背中には、しっかりと固定された鞄が載っていた。その隣には、見覚えのある左右非対称の武器と、矢が詰まった革製の矢筒が置かれていた。
彼女は目を見開いた。
イズミは鞄に手を伸ばし、慎重にその武器を取り出した。金属の鎖が指に触れると、ひんやりとした感触が伝わってきた。
「あなたたち……」彼女の声は震えていた。目の前にいる三匹の動物たちを見つめる。
ボルトが小さく吠えた。ギズモが静かに鳴いて応える。アストは動かず、静かな決意を秘めた暗い瞳を細めていた。
「クロツキに捕らえられていたあの鍛冶場で、これらを手に入れてくれたのね……」イズミは信じられない思いで武器を見つめた。「私が作っていた、あの武器を……」
彼女の瞳が感極まって揺れた。頬を涙が伝い落ちる中、その唇には柔らかな笑みがゆっくりと浮かぶ。
やがて、彼女の視線は戦場へと向けられた。
アヤネはカゲオの追撃を受けて後退を余儀なくされ、リクヤはテツヤの槍による鋭い突きを辛うじてかわしながら、背中が壁にぶつかりそうになるほどよろめき後ずさっていた。
イズミは手にしていた武器を強く握りしめた。震えていた表情は、次第に決意を帯びたものへと変わっていく。
「助けなきゃ」――彼女はアヤネの方を見た。
「死ね、よそ者め!」カゲオが咆哮と共に剣を薙ぎ払うと、黒い炎の奔流がアヤネめがけて押し寄せた。
アヤネは軽やかに身を翻してその軌道から逃れた。流れるような正確さで後方へと宙返りし、ふわりと着地する。
「ちっ……」彼女は舌打ちをし、カゲオを睨み据えた。
イズミは息を呑んだ。「アヤネ!!」
アヤネがそちらをちらりと見たか見ないかのうちに、イズミはその武器を彼女めがけて投げ放った。
「受け取って!」
金属製の鎖が空を切る音を立て、先端の鉄の刃の重みで大きく弧を描く。
アヤネは目を見開いた。そして手を伸ばし、それを受け止める。
彼女の視線は即座に、手にした武器へと落ちた。
息を呑む。滑らかな金属の鎖は指の間で驚くほど軽く感じられ、一方で先端の重厚な鉄の刃は光を浴びて輝き、その表面には精緻な模様が刻まれていた。
アヤネは鎖を握りしめた。「イズミ……」
彼女は試しに、その武器を軽く振ってみた。バランスは完璧だった。まるで彼女のために作られたかのように、思い通りに動く。
テツヤは眉を上げ、その見慣れぬ武器へと一瞬視線を向けた。
その隣で、リクヤの唇が安堵の笑みを浮かべた。「完成させたんだな……!」
「あげるわ、アヤネ!」イズミの茶色い瞳が、決意を帯びて輝いた。「それを使って、彼を倒して!」
アヤネの胸が高鳴った。彼女は鎖をしっかりと握りしめた。
イズミ……。彼女はカゲオの方を向き、新たな決意を瞳に宿した。……ありがとう!
「ハハハ!」突然、カゲオが笑い出した。
彼は顔を片手で覆い、肩を揺らしながら、顔を天井の方へと向けた。
「鎖鎌だと!?」両腕を大きく広げ、彼はさらに激しく笑った。「そんな役立たずの武器で、俺を倒せるとでも思っているのか!?」
彼の笑い声が戦場に響き渡る。「滑稽だな!」
カゲオは顔を仰向けたまま、ゆっくりと腕を下ろした。
そして、彼は目を見開いた。その視線はアヤネを射抜くように固定された。楽しげだった表情は、一転して邪悪なものへと歪んだ。
「これで終わりだ、よそ者」彼は狂気じみた笑みを浮かべて言った。
カゲオの剣の周囲に、再び深紅の黒炎が噴き上がった。刃が放つ強烈な灼熱の輝きが、彼の歪んだ笑みを照らし出した。
アヤネは腰を落とし、鎖鎌を手にぶら下げたまま、指先で鎖を回し始めた。
彼女は細めた目でカゲオを見据えた。
「どうかしらね」彼女は冷静に言った。「私の『役立たずの武器』に捕まらないようにすることね」
カゲオの笑みが消えた。彼は歯ぎしりをし、その深紅の瞳に怒りを燃え上がらせた。
「まずはその哀れな武器を溶かしてやる――そして、お前を灰にしてやる!」
彼は剣の柄を強く握り締め、前方へと踏み込んだ。
「炎刃流奥義――壱の型!」
カゲオは宙へと躍り上がり、炎を纏った刃を大きく振り抜いた。
「紅蓮華!」
剣から深紅と黒が混じり合う巨大な炎の奔流が噴き出し、燃え盛る花弁のように広がりながらアヤネへと迫った。
炎は、彼女が立っていた場所を瞬く間に飲み込んだ。
リクヤは目を見開いた。「アヤネ!」
猛火が戦場を轟音とともに駆け抜ける。
カゲオの口元に、勝利を確信した笑みが浮かぶ。だが、その表情はすぐに消え失せた。
炎の縁を無傷のまま疾走するアヤネの姿を捉え、彼の紅い瞳が見開かれる。
「何だと!?」
アヤネは彼から視線を外すことなく、前進を続けた。疾走する彼女の手の中で鎖鎌が高速で回転し、鎖が空を切る音を響かせる。
まだ空中に留まっていたカゲオは、歯ぎしりをした。
「くそっ!」彼は空中で身を翻し、再び剣を振るった。
炎を纏った斬撃の連打が、彼女めがけて空を切り裂く。
アヤネは驚くべき正確さで、それらの合間をすり抜けていく。
ある斬撃は肩のすぐそばをかすめ、別の斬撃は身を屈めてかわした。
三撃目が足元を薙ぎ払うように迫るが、彼女はそれを跳躍して回避する。その動きに合わせて、鎖鎌も流麗に回転していた。
カゲオが絶え間なく炎を浴びせかける中、アヤネは決してリズムを崩さなかった。
その動きの一つひとつに意図が込められている。踏み出すたびに、彼女はカゲオの攻撃が届かない場所へと身をかわしていく。
そして鎖を回すたびに、その武器は彼女の手になじみ、まるで体の一部であるかのように自然なものとなっていった。
その光景を目の当たりにしたリクヤは、驚きに目を見開いた。
「アヤネ……」彼の声は、かろうじて聞き取れるほどの囁きだった。
イズミは目の前で繰り広げられる戦いを見つめながら、瞳を揺らした。アヤネ……。
彼女の意識は、ふと月森での日々に引き戻された。
前日、リクヤと共に工房で過ごした時間が思い出される。静寂の中で武器を打ち、炉から火花が散る中、イズミの作業を揺るぎない集中力で見つめていたリクヤの姿。
…………。
「柔軟性?」リクヤが首の後ろをさすりながら言うと、イズミの瞳に好奇心が宿った。
「ああ」と彼は頷く。「アヤネは信じられないほど体が柔らかいんだ。まるで全身が水でできているみたいに」
イズミは指を顎に当て、微笑んだ。「どれくらい柔らかいの?」
リクヤの目が即座に輝きを増す。「ものすごく柔らかいよ」
彼は身振り手振りを交え、熱っぽく語り始めた。
「普通の人にはできないような体勢に曲げたり、ひねったり、くねらせたりできるんだ。他の人なら通れないような狭い隙間だってすり抜けてしまう。それに、ひとたび動き出せば、その身軽さといったら……相手は彼女の動きを追うことさえままならないほどさ」
熱がこもるにつれ、彼の身振りも激しさを増していく。
「それに反射神経もすごい。バランス感覚に機動力、勢いを殺さずに方向転換する動き……本当に驚かされるよ。相手が背後に回られたことに気づく前に、いつの間にかその周りを飛び回っていることだってあるんだ! そうした能力すべてに、あの戦闘本能が組み合わさると……」
リクヤは説明に夢中になり、そのまま話を続けた。ふとイズミの方を向くまで、自分がどれほど長い間話し続けていたかにも気づかないほどだった。
彼女は満面の笑みで彼を見つめていた。その茶色い瞳には、隠しようのない茶目っ気が宿っている。
「いやいや、続けて」彼女は面白がっている様子で言った。「聞いてて楽しいから」
リクヤは動きを止めた。「え、何?」
イズミの笑みがさらに深まる。「アヤネの強みや癖について、延々と語り続けていたこと……」
彼女は少し身を乗り出した。「……つまり、自分が彼女にどれほど夢中になっているかを、無自覚に語っていたってことよ」
リクヤの顔はたちまち真っ赤に染まった。「や、やめてくれよ!」
彼は顔を背け、慌てて眼鏡の位置を直した。「俺はただ……彼女の腕前を本当に尊敬してるんだ。それに、彼女という人間そのものも」
言葉を切り、彼はさらに赤面する。「戦いで彼女がとてつもない強さを見せるたびに、胸が高鳴るんだ」
イズミは瞬きをした。
リクヤはゆっくりと彼女の方を向き直った。その表情から気恥ずかしさは消え、静かな決意が宿っていた。
「だから、彼女に完璧に合う武器を作りたいんだ」彼は拳を握りしめた。「彼女が負担に思うことなく、使いこなせるものを」
その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。「彼女はすでに剣の腕も凄まじいけれど……彼女ならではの持ち味をさらに引き出すものを贈りたいんだ」
彼は自分の手を見つめた。「彼女の戦い方を、真に彼女だけのものにできるような武器を」
イズミの表情が和らぎ、温かな笑みが浮かんだ。「わかったわ」
彼女の笑みは、やがて「すべてお見通し」といった含みのあるものへと変わった。「それに、彼女に必要な武器がどんなものか、私にははっきりと分かっているわ」
リクヤは不思議そうに彼女を見た。
イズミは指を組み、指の関節を鳴らした。「それじゃあ、作りましょう」
気合の入った声を上げると、彼女は工房を駆け抜け、金属製の鎖を掴み取った。
リクヤは目を見開いた。彼が何か言葉を発するよりも早く、イズミはすでに鍛冶場に立ち、火花を散らしながら作業に没頭していた。
リクヤは感嘆の面持ちでその様子を見つめていた。彼女の手は熟練の技で正確に動き、驚くべき速さで武器を成形し、鍛え上げていく。
…………
記憶がゆっくりと薄れゆく中、イズミの指先は地面の土を掴んでいた。気がつけば、彼女は再び戦場にいた。傍らにはアスト、ボルト、そしてギズモの姿がある。
そうだ。彼女は視線を戦いの行方へと戻した。
アヤネは深紅と漆黒が混じり合う炎の奔流をすり抜けると、驚くほどしなやかな身のこなしで体をひねり、鎖鎌の鎌をカゲオに向けて鋭く振るった。
カゲオは辛うじてその刃をかわした。
鎖鎌は決して無駄な武器ではない――イズミはそう悟り、目を細めた。あれを扱うには、極めて高い精度と制御力が求められるのだ……。
その瞬間、鎖が空を切って激しく旋回した。
カゲオが突進する。「ぐあっ!」彼は怒りに任せ、炎を纏った剣をアヤネめがけて力任せに振り下ろした。
アヤネは驚くべき速さで鎖の分銅を振り回し、相手の刃を迎え撃った。
ガキンッ!
重量のある分銅がカゲオの攻撃を弾き飛ばし、火花が散る。
アヤネの柔軟性にうってつけだ。イズミの脳裏にリクヤの言葉が蘇る。あの武器なら、彼女の負担になることなく使いこなせるはずだ。
誇らしげに、イズミの瞳が鋭さを帯びる。彼女ならではの特性を引き出す武器なのだ。
アヤネは軽やかかつ的確な動作で後退した。
その瞬間、彼女のターコイズブルーの瞳の中にライムグリーンの輪が二重に浮かび上がり、不気味な輝きを放つ。
イズミは息を呑んだ。鎖鎌は、鋭い鎌、しなやかな鎖、そして重い分銅という三つの異なる要素で構成されている。
彼女の視線は武器の動きを追う。その一つひとつが、アヤネの持つ異なる能力を補完しているのだ。
アヤネが鎖を外側へと振る。空中で弧を描いた分銅が、凄まじい勢いでカゲオの炎を纏った防御へと叩きつけられた。
「ぐっ!」その衝撃で、カゲオは数メートル後方へと押し戻される。
イズミは目を見開く。鎌は、彼女の鋭さと精密さを象徴するものだ。
アヤネは即座に鎖を手繰り寄せ、流れるような動作で次の動きへと移行する。
鎖は、彼女の驚異的な柔軟性、速度、そして反射神経を活かすものだ。
イズミは、アヤネが軽々と、かつ精密に武器を操りながら持ち手を変える様子を見つめていた。
そして、分銅は……。
アヤネが不意に鎖を前方へと弾くように振るう。重い鉄の分銅が再びカゲオの防御に叩きつけられ、彼はよろめかされた。
和泉は微笑んだ。……それは、彼女がそれを制御するだけの強大な力を秘めていることの表れだった。
彼女の表情には誇らしさが満ちていた。まさに、彼女の戦闘スタイルを唯一無二のものにする武器なのだ。
「ぐっ!」綾音は体をひねり、鎖を自身の周囲で回転させた。
その勢いに、影男は反応する間もなく捕らえられた。鎖の先の分銅が彼の足元をなぎ払い、その体を宙へと弾き飛ばす。
影男は空中で身をひねり、重々しく着地した。彼は唸り声を上げ、剣を握る手に力を込めた。
「何だ、今の動きは!?」信じられないものを見るように、彼の深紅の瞳が見開かれる。「一体どうなってやがる!?」
彼は、理解不能な謎を解こうとするかのような眼差しで綾音を見つめた。
「どういう理屈だ!? あの動きで、俺の攻撃をどうやってすり抜けたんだ!?」
彼の拳が柄を強く握りしめる。「生意気なガキめ!」彼は激しい怒りを込めて彼女を睨みつけた。「一体何者なんだ、こいつは!」
綾音がゆっくりと息を吐き出す。そのターコイズブルーの瞳の奥にあるライムグリーンの輪が、より一層強く輝きを放った。
「マジかよ……?」哲也は信じられないといった様子で綾音を見つめ、呟いた。
霞む視界の向こうで、陸也は息を呑んだ。
やっぱりな……。彼の視線は綾音に釘付けになっていた。綾音……お前は本当にすごいな。
少し離れた位置から、綾音は影男の周囲を回りながら、一定の距離を保ちつつ鎖鎌の鎖を激しく回転させていた。
陸也の口元に、誇らしげな笑みが浮かぶ。鎖鎌は、本当にお前にぴったりの武器だ!
不意に、綾音が前方へと躍り出た。彼女は頭上で重い分銅を振り回し、影男めがけて叩きつけた。
だが、影男は間一髪で後方へと跳び退いた。
ドォォォン!
分銅が地面に激突し、足元の石畳に亀裂が走る。
「クソッ!」影男は苛立ちを露わにして吠えた。
彼は鋭く踏み込み、脚を跳ね上げるようにして、態勢を立て直そうとしていたアヤネの鎌を蹴り飛ばした。
だが、アヤネは微塵も動じない。彼女は軽やかに壁面へと着地し、その衝撃で足元の石材に亀裂が走った。
そして、彼女は壁を駆けた。
カゲオを射抜くような視線を向けたまま、石の表面を水平に疾走するその体勢は、完璧な均衡を保っていた。
「俺には敵わねえんだよ!!!」カゲオが炎を纏った剣を立て続けに振るい、深紅と漆黒が混じり合う炎の奔流を彼女へと放つ。
アヤネはその合間を縫うように身を翻した。
一撃が肩のすぐ上をかすめ、もう一撃が足元を薙ぐ。
彼女は壁を蹴り、カゲオ目掛けて身を躍らせた。指の間で鎖が高速で回転する。
そして、アヤネは鎖の先に付いた分銅を上方へと弾き上げた。
――ドォンッ!
重厚な鉄の分銅が、カゲオの顎の真下を正確に捉えた。
「ぐはっ……!」衝撃で頭が大きくのけぞり、口から血飛沫が舞う。
空中で一回転した彼は、重々しく地面に着地した。
カゲオは荒い息を吐きながらよろめき、アヤネを睨みつけた。
だが、アヤネはすでに動いていた。彼女は冷静に彼へと歩み寄り、不意に鋭い踏み込みを見せる。
その戦いの行方を見つめながら、テツヤは奥歯を噛み締めた。
「くそっ……」彼はリクヤから離れ、前へと歩み出る。
「え?」リクヤの視線が素早く彼に向けられる。「お、おい! どこへ行くんだ?」
「カゲオに加勢する」テツヤは彼を振り返りもしない。「あの馬鹿、ただでさえ苦戦してるからな」
一歩進んで足を止めると、彼は冷ややかな無関心を湛えた半眼で、肩越しに視線を投げた。
「それに、お前じゃ俺には敵わない」彼はリクヤを軽蔑するように見下ろす。「お前は役立たずだ。俺相手じゃ、まともに戦うことさえできやしない」
彼の表情が険しくなった。「お前なんかに構っている暇はない」
陸也は目を見開いた。哲也の声に含まれた侮蔑の響きは、彼が想像していた以上に深く胸に突き刺さった。
哲也は再び前を向き、指先で槍を軽やかに回した。
「影王があの厄介者を片付けるのを手伝ったら、次は貴様とあの清貞のガキを始末してやる」
それ以上何も言わず、彼は前方へと飛び出した。その体は残像を残すほどの速さで消え去り、舞い上がった土煙の中に陸也だけが取り残された。
陸也はうつむいた。前髪が目元に影を落とす。
わかってる……。彼の指が地面の土を強く掴んだ。アヤネほど身軽じゃないことは、わかってる。
唇が震えた。アオイやジン先輩ほど剣の腕が立たないことも、わかってる。握りしめる手に力がこもる。ミツルやライトほど強くもないし……他の連中のような圧倒的な力があるわけでもない。
前髪に隠された瞳。一瞬、疑念が彼を飲み込もうとした。
だが、やがて彼の視線はゆっくりと上がった。茶色の瞳に、静かな決意が宿る。
でも……。彼は哲也の方を見た。哲也はアヤネと影王との距離を急速に詰めていた。
拳を強く握りしめる。自分に何ができるかはわかってる。表情が引き締まる。自分の癖も、技術も、わかってる。
地面に手のひらをついた。自分のことはわかってる。決意を込めた瞳が燃える。そして、自分なりの強さがあるってことも!
「ああっ!」イズミは顔を覆った。再び土煙と硝煙の波が戦場を吹き抜けたからだ。
彼女は素早くアスト、ボルト、ギズモを集め、より安全な場所へと移動した。
その時、彼女の視線がふと戦場の一点に向けられた。
陸也はまだそこにいた。彼は苦しげに、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。
「陸也!」イズミは目を見開いた。
彼女は迷うことなく、その左右非対称な形状の武器と、矢の詰まった革製の矢筒を掴み、アストへと手渡した。
アストは即座に翼を広げた。力強く羽ばたいて空へ舞い上がると、リクヤの方へと滑空していく。
「リクヤ!」
イズミの声にリクヤが振り返る。アストが自分に向かって飛んでくるのを見て、彼は目を見開いた。
上空から、アストはその爪から武器を放した。
リクヤは反射的に両手を掲げた。差し出された手の中に、それらの品が絶妙なタイミングで収まる。
「イズミ……」彼は信じられないといった様子で武器を見つめ、それから彼女の方を振り返った。
イズミはただ頷いた。アストは旋回して彼女の隣に着地する。ギズモが素早くイズミの肩によじ登り、励ますようにキュッと鳴いた。
「キュッ!」
ボルトもまた、彼なりに励ますように小さく吠えた。
リクヤは手にした武器を見下ろした。指先に力がこもる。
彼の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。ありがとう、イズミ。
彼は視線を戦場へと向けた。その表情にもはや迷いはない。
背筋を伸ばし、彼は戦いの方へと向き直った。
テツヤは槍を強く握りしめ、前へと駆け出した。
だが、アヤネとカゲオの元へたどり着く前に――
ドスッ!
「ぐっ!」彼の腕の側面から血が飛び散った。
テツヤは傷口を押さえながら一歩よろめき、視線を地面へと落とした。
一本の矢が彼のすぐ脇の石に突き刺さり、その矢柄でマントの裂け目を地面に縫い止めていた。
「なっ……!?」彼は矢が飛んできた方向へと勢いよく顔を向けた。
戦場の遥か向こうに、リクヤが立っていた。背筋を伸ばし、肩幅に足を開いて、テツヤに対して半身の構えをとっている。
片手には和弓がしっかりと握られていた。
もう一方の手で弦を引き絞り、矢の穂先を頬の横まで持ってくる。
片目は閉じられ、もう片方の目は標的をしっかりと捉えていた。
背中には矢筒がしっかりと固定され、数本の矢がすぐに取り出せる状態で用意されていた。
陸也の指が、弓の弦を強く握りしめる。
放つ。
――ヒュッ!
哲也は目を見開いた。「いつの間に……!?」 言い終わるか終わらないかのうちに、また一本の矢が空を切り裂いて飛んできた。
彼は素早く身をかわす。
――ズドン!
矢は、先ほどまで彼が立っていた地面に深く突き刺さった。
「くそっ!」 彼は目を細めた。「……和弓だと!?」 陸也の手にある弓を凝視する。いつの間にあんなものを手に入れたんだ!?
さらに矢が飛んでくる。
哲也は身をよじってそれを避けた。続いて、もう一本。
槍の柄で矢を弾き飛ばすと、即座に陸也へと突進した。
「いい加減にしろ!」
彼は、綾音と影夫の戦いから完全に意識を切り離した。今の標的は、ただ目の前に立つその弓使いだけだった。
陸也は落ち着いた動作で肩越しに手を伸ばし、矢筒から三本の矢を引き抜いた。
それらを同時に番える。
そして、距離を保ちながら横へと移動しつつ、弓の弦を引き絞った。
――ヒュッ!
三本の矢が一斉に放たれる。
哲也は槍を大きく円を描くように振るった。
カキン! カキン! カキン!
矢は弾き飛ばされ、地面に音を立てて転がった。
「こいつ……ッ!」
鉄也が唸り声を上げる。だが、彼が一歩踏み出すよりも早く、陸也はすでに次の矢を番えていた。
また一本。さらに一本、また一本と。
間断なく放たれる矢に、鉄也は絶えず身のこなしを変えることを強いられる。
(息つく暇も与えやしねえ!)
陸也の集中力は途切れることなく、その動作はあくまで冷静かつ的確だった。
「炎刃流奥義――第六の型!」
鉄也の槍の穂先を、突如として深紅の炎が包み込んだ。
「炎糸!」
鉄也が武器を振るう。深紅の炎でできた鞭のように細い糸が、空中で激しくうねりながら陸也へと放たれた。
陸也の瞳が鋭く光る。彼は即座に、さらに三本の矢を番えた。
ヒュンッ!
矢は炎の糸めがけて一直線に飛ぶ。
一本が糸を貫き、二本目、そして三本目が続く。
炎は砕け散り、虚空へと消えていった。
「嘘だろ……ッ!」
鉄也は目を見開き、残りの矢を辛うじてかわしながら後ずさった。
(あの弓……)彼の視線が陸也に釘付けになる。(それに、あの矢……ただの矢じゃねえ!)
「陸也……」
泉が息を呑む。その瞳には誇らしげな輝きが宿っていた。
戦場の向こう側で、陸也は落ち着いた様子で、次の矢へと手を伸ばしていた。
彼の指が矢の柄に触れた。その表情は真剣そのものだった。
だが、矢筒から矢を引き抜く際、彼の意識はふと、前日に月森で過ごした時間へと戻っていた。
…………
「体と武器の動きを同調させるのよ」と、泉は指導した。
彼女は工房から少し離れた小さな空き地で陸也の背後に立ち、その姿勢を丁寧に正していた。
陸也の手には、しっかりと弓が握られている。
「まずは足元。バランスを取るために、足を開いて」彼女は優しく彼の立ち位置を調整し、足の幅を広げさせた。「体は標的に向けて横向きにするの」
「わかった」陸也は頷き、その姿勢を保った。
「上半身は真っ直ぐに、力強く保って。強い引きに耐えるには、しっかりとした土台が必要だから」泉は彼の正面に回り込み、姿勢を観察した。「それから、放つときは体を鋭く標的に向けること。視線は矢の柄から逸らさないように」
「了解」陸也は再び頷いた。
「腕と手に関しては、覚えておくべきことが三つあるわ」泉は三本の指を立てた。「一つ目は、弓を持つ腕。標的に向かって真っ直ぐ伸ばし、動かさないこと。風に押されても、弓をふらつかせないように」
彼女は反対側へと移動した。「二つ目は、弦を引く腕。肘を上げた状態で弦を引くの。強い張力がかかっても、指でしっかりと弦を保持し続ける必要があるわ」
彼女は三本目の指を立てた。「そして三つ目――アンカーポイントよ」
泉は自分の顔の横を軽く叩いた。「毎回、同じ位置まで弦を引くこと。口角、頬、あるいは顎。自分にとって自然だと感じる位置を見つけたら、それを常に一定にするのよ」
陸也は熱心に耳を傾けた。
「その一貫性こそが、正確さを生むの」泉は続けた。「戦場では、立ち止まって構えについて考えている余裕なんてないこともあるわ。体がそれを覚えていなきゃいけないのよ」
「なるほど」陸矢はその弓の独特な形状を確かめるように、ゆっくりと弓を下ろした。「……でも、普通の弓とはちょっと違うみたいだね」
泉は微笑んだ。「いいところに気づいたわね。その通りよ」
彼女は弓を指さしながら、さらに笑みを深めた。「本来、弓は自然素材で作られるものなの。あの独特な形は、芯材の周りに竹や硬木を何層にも重ねて貼り合わせることで生まれるもので、それによってしなやかさと強さを両立させているのよ」
彼女は腰に手を当てた。「ここ月森には、そういう弓がたくさんあるわ」
陸矢はその武器を観察しながら、考え込むように唸った。
「でも……」彼は首を傾げた。「何かが足りないような気がするな」
泉の笑みは消え、少し照れくさそうな表情に変わった。「その通りね」彼女はため息をついた。「まだ完成していないの。いくつか調整しなきゃいけないところがあって」
彼女は工房の方に視線を向けた。「でも、アヤネの武器ができあがったら、これも仕上げるつもりよ」
陸矢は笑顔で彼女の方を向いた。「ああ。それは楽しみだね」
泉も微笑み返したが、すぐに少し茶目っ気のある表情になった。「遠距離戦用の武器を選んだかもしれないけれど……」
彼女は力強く拳を握りしめた。「……近接武器に比べて威力が劣るわけじゃないわ」
彼女の瞳が輝いた。「正しい技術さえあれば、攻撃にも防御にも使えるんだから!」
…………..
記憶はゆっくりと薄れていった。陸矢の視線は、再び戦場へと戻った。
数メートル先、槍を構えた鉄也の切っ先には、なおも深紅の黒炎が揺らめいていた。
陸也はゆっくりと息を吐き出し、弓を握る手に力を込めた。
そうだ。
泉の言葉が脳裏に響く。
体が覚えなきゃいけない。
足元をしっかりと固め、背筋を伸ばす。
鉄也に向かって半身になり、再び弓を掲げた。
この武器の使い方は分かっている。指が次の矢へと伸びる。そして、これを自分のものにする方法も。
陸也は弦をアンカーポイントまで引き絞り、鉄也を鋭く見据えた。
その瞬間、彼の瞳の中に二重の琥珀色の輪が浮かび上がり、鮮烈な輝きを放った。
他の奴らほど強くはないかもしれない……。陸也の瞳の中の琥珀色の輪が、まばゆく輝く。……でも、俺なりのやり方で、あいつらを守れるはずだ!
「このガキが!」鉄也が怒号を上げ、突進してくる。
陸也の眼差しが鋭さを増す。瞳の中の琥珀色の輪がわずかに回転し、その視界が鉄也の動き――距離、槍の角度、肩の動き――を解析していく。
右だ。
鉄也が槍を振るう。
陸也は即座に右へと身をかわし、槍の穂先を紙一重でやり過ごした。
それと同時に、矢を放つ。
ヒュッ!
矢は空気を切り裂き、鉄也の手首のすぐ脇をかすめて飛んでいった。
「どうやって……!?」黒月の戦士は顔を歪めた。反応する間もなく、次なる矢の連射が彼に向かって飛来したからだ。
リクヤはすでに動いていた。彼は前進しながら、矢を次々と引き絞り、放っていく。
テツヤは悪態をつきながら後方へ宙返りし、空中で身をひねって矢をかわした。
くそっ! 着地するや否や、彼は槍で飛んできた矢を弾き飛ばす。「こいつ、一体どうなってやがる!?」
また矢が飛んでくる。テツヤはそれを弾いた。
さらに一本、また一本と。
ようやく息をつけるだけの距離を稼げたとき、彼は目を見開いた。
リクヤは突進してきてはいなかった。
どこだ……!?
不意に、横から気配が迫った。
テツヤは反射的にそちらへ顔を向け、目を見開いた。
数メートル先、リクヤは逆さまの姿勢で宙に浮いていた。驚くべき身体制御で、空中で体を回転させている。
片目は閉じられ、もう片方の目はテツヤを真っ直ぐに見据えていた。
その手にはすでに弓が引かれ、弦には矢が番えられている。
テツヤは動きを止めた。リクヤの開かれた瞳と視線が絡み合う。
その虹彩の中で、二重の琥珀色の輪が激しく輝いていた。
何だ、これは……!? ほんの一瞬、テツヤの体は動かなくなった。
陸也は閉じていた目を開き、弦を放った。
――ヒュッ!
凄まじい速さで矢が放たれる。
鉄也は辛うじて反応したものの、矢は彼の右頬をかすめ、皮膚を切り裂いた。
「ぐっ!」
その衝撃で、彼は我に返った。すぐさま片手を頬に当てながら、よろめくように後ずさる。
指先には血がついていた。顎を伝って、赤い筋が伸びていく。
鉄也はその血を見つめ、深紅の瞳をゆっくりと細めた。
怒りが彼の表情を歪める。
一方、陸也は回転の動きを終え、戦場に優雅に着地した。弓をしっかりと握ったまま、彼は姿勢を正す。
同じ瞬間、綾音が再び大きく薙ぎ払うような一撃を放ち、影男を後方へと押し返した。
影男はよろめきながら、鉄也の隣でようやく足を止める。
綾音は即座に後方へ跳び、陸也の隣に着地した。
四人の戦士が互いに対峙する。
片側には陸也と綾音。もう片側には鉄也と影男。
戦場に奇妙な静寂が訪れた。彼らの間に流れる空気は、緊張感で重苦しい。
戦場の向こう側では、ボルトが不安げに鳴き声を漏らしていた。イズミの肩の上では、ギズモが落ち着かない様子で何度か鳴き声を上げている。
アストは翼を広げ、低い鳴き声を上げながら四人の戦士を見つめていた。
イズミもまた彼らを見つめていた。その表情には、不安と恐怖、そして希望が入り混じっている。
彼女は両手を固く握りしめた。
「みんななら、きっとできる……」彼女は小さく、そう呟いた。
カゲオは唸り声を上げたが、アヤネとリクヤの間で視線を往復させるうちに、その表情に動揺が走った。
二人の瞳の中で輝く、新たな「輪」の光が彼を不安にさせたのだ。
こいつら、一体どうなってるんだ……?
隣で、テツヤが鼻で笑った。
「恐れることはない、カゲオ」と言ったものの、その声にはわずかな緊張が混じり、彼自身の動揺を露呈していた。彼の視線は、依然として二人の戦士に向けられたままだ。
「そ、そうだな」カゲオは剣を握る手に力を込めた。すると即座に、刃に沿って深紅と漆黒が混じり合う炎が噴き上がった。
同時に、テツヤの槍の穂先にも、同じ禍々しい炎が燃え上がった。
彼の顔に、自信に満ちた笑みが浮かぶ。
アヤネが「リクヤ」と声をかけた。
リクヤは隣から聞こえる彼女の声を聞いた。
彼女のターコイズブルーの瞳は、カゲオとテツヤを捉えて離さない。「策があるの」
リクヤは彼女の方へ視線を向けた。
「カゲオは剣に頼りすぎているわ。圧倒的な力で相手をねじ伏せることばかりに集中している」彼女の指が、鎖鎌の鎖を強く握りしめる。「そしてテツヤは、ただ横から彼を援護しているだけ」
彼女の眼差しが鋭さを増す。「二人が力を合わせて戦う時こそ、彼らは最強になるのよ」
リクヤは小さく頷いた。「つまり、二人を引き離すんだな」
「その通り」アヤネは目を細めた。「あの陣形を崩さなきゃ……そして、あの自信もね」
彼女はちらりと彼らの武器に目をやった。「でも何より重要なのは、彼らから武器を奪うことよ」
リクヤの表情が引き締まる。「ああ」
「この怪物たちを倒すには、協力し合うしかないわ」アヤネは顔を少し向け、彼を見上げた。「あなたがいなきゃ、私にはできない」
リクヤは彼女を見つめた。ターコイズ色の瞳と視線が交わり、その虹彩の中に浮かぶ二重のライムグリーンの輪に、一瞬目を奪われる。
アヤネもまた、彼を見つめ返していた。彼女は、彼の瞳の中にも二重の琥珀色の輪があることに気づく。
しばしの間、二人は言葉を交わさなかった。
リクヤは瞬きをした。彼女の瞳――その独特な輪は、ターコイズ色の虹彩を背景に、いっそう鮮やかに輝いているように見えた。
美しい。
彼はすぐに意識を戦場へと戻した。
「わかった」彼の表情が、決意を帯びて引き締まる。「俺が守る」
彼は肩越しに手を伸ばして矢筒から矢を抜き取り、弓につがえた。
「先に行け」
アヤネの口元に、温かな笑みが浮かぶ。「うん」
彼女はカゲオとテツヤの方を向いた。その表情は、覚悟を決めたものへと変わる。
「チッ」カゲオが鼻で笑う。「ガキどもが」
炎を纏った剣を握る手に力がこもる。「その生意気な面構え、叩き潰してやる!」
彼は突進した。
テツヤも即座に続き、槍を構えて駆ける。
「行け!」リクヤが声を上げた。
その瞬間、アヤネが躍り出し、鎖鎌の鎖が空を切る。
「やあッ!」彼女は分銅のついた鎖の端をカゲオめがけて振り放った。
カゲオは炎の剣を掲げ、それを防ぐ。
ガキンッ!
衝撃とともに、二人の間で火花が散った。
だが、カゲオが反撃に転じるより早く、テツヤが突然彼の横をすり抜け、リクヤめがけて一直線に突進した。
リクヤは短く、落ち着いた息を吐き出した。
彼は弦を引き絞る。その瞳が鋭く細められた。
その瞬間――
ヒュッ!
矢が空気を切り裂いて飛来した。
影尾は即座に反応し、剣を上へと跳ね上げた。
ガキンッ!
炎を纏った刃で、彼は矢を弾き飛ばす。
陸也は間髪入れず、さらに二本の矢を手に取った。そして、弓を影尾へと向ける。
「なっ……!?」 陸也が矢を放つ直前、鉄也は辛うじて身を翻した。
ヒュッ! ヒュッ!
二本の矢が空気を切り裂き、影尾めがけて飛んでいく。
「ぐっ!」 影尾は鋭く身をひねり、不意の連射を紙一重で回避した。
「この野郎……!」 彼は歯ぎしりをする。
態勢を立て直す間もなく、さらなる矢の雨が彼に襲いかかった。
「影尾!」 鉄也は足場を立て直そうとしながら叫んだ。
だが、仲間の元へ駆け寄るより早く、あやねが彼の傍らに現れた。
鎖鎌の鎖が鉄也の槍を持つ腕に巻き付き、その腕を胴体にきつく縛り付ける。
「貴様……!」
あやねが鎖を強く引く。鉄也の体は彼女の方へと引き寄せられた。
それと同時に、あやねは踏み込み、凄まじい勢いで彼の腹部に膝蹴りを叩き込んだ。
「ぐはっ!」 鉄也の口から血と唾液が飛び散る。
衝撃で肺から空気が押し出され、彼の目は大きく見開かれた。
なんて……強いんだ……! 彼の握力が緩み、指から槍が滑り落ちる。
鉄也は後方へと吹き飛ばされ、石壁に激しく叩きつけられた。
ドォン!
「鉄也!」 倒れ伏した仲間の方を向き、影尾は目を見開いた。
その視線が、鋭くアヤネに向けられた。
「くそっ!」深紅の瞳が怒りに燃える。「ただじゃおかねえぞ――!」
ヒュッ! ヒュッ!
突如、二本の矢が彼の視界を切り裂いた。
「ぐっ!」カゲオは身をよじり、腕のすぐ脇をかすめていく矢を辛うじてかわした。
「何だ……?」態勢を立て直す暇もなかった。
アヤネはすでに目の前にいた。彼女の操る鎖鎌の鎖が、鋭く放たれる。
ドォン!
重量のある鎖の分銅が、カゲオの脇腹に叩きつけられた。
「ぐあああ――!」
その衝撃で彼は吹き飛ばされた。地面に叩きつけられ、何度か転がった後、無理やり立ち上がる。
カゲオはふらつき、荒い息を吐いていた。
アヤネがゆっくりと彼を取り囲むように回り込む。その手元では、金属の鎖が滑らかに回っていた。
「まさか……」彼は食いしばった歯の間から声を漏らす。「まさか、ありえねえ!」
信じられないという表情で、顔を歪める。
「認めねえ!」怒りに満ちた叫びが響く。「こんなこと、認めねえぞ!!」
突如、彼の体から深紅と黒が混じり合う炎が噴き出した。その炎は猛烈な勢いで戦場へと広がっていく。
リクヤは即座に後方へ跳び退いた。アヤネもまた、素早くその場を離れる。
炎が地面を切り裂き、石塊や瓦礫が空中に舞い上がった。
「ああっ! ああっ!」イズミは悲鳴を上げ、顔をかばいながらボルト、ギズモ、アストと共に急いでその場を離れた。
破壊の只中、炎に包まれてカゲオが立っていた。
「俺を倒せるわけがねえ!」その声が戦場に響き渡る。「お前らなんぞ、ただの部外者だ!」
狂気じみた怒りを宿し、深紅の瞳が見開かれる。「本当の戦場ってやつを、何も分かってねえんだよ!」
彼を取り巻く炎の勢いが増していく。
「俺たちに勝てるとでも思ってんのか!?」彼は両腕を大きく広げた。「お前らなんて、何者でもねえ!」
彼の笑い声が戦場に響き渡る。「ただの、役立たずの部外者だ!」
哲也は墜落したクレーターから、ゆっくりと身を起こした。
彼は、笑い続ける影男をじっと見つめた。その表情からは、何も読み取れない。
「影男……」と、彼は呟いた。
その時、不意に一本の矢が霞を切り裂いて飛んできた。
影男の視線が鋭くそちらへ向く。その飛来物が、彼を狂乱の恍惚状態から引き戻したのだ。
反応する間もなく、彩音の操る鎖鎌の分銅が、彼の顔面めがけて振り下ろされた。
「はっ!」影男は身を反らし、鼻先をかすめる鉄の分銅を辛うじてかわした。
すかさず彼の手が伸び、その分銅を掴み取った。
「終わりだ、よそ者!」影男は鎖を力任せに引き寄せた。
彩音も即座に引き返す。
一瞬、互いに一歩も譲らぬ力比べが展開された。
二人の間で鎖がピンと張り詰める。
その瞬間、彩音は不意に指を離した。
「何っ!?」
影男が引く勢いそのままに、鎖が弾け飛ぶように前へ走り、彼の体に巻き付いた。
胴体と腕に鎖が幾重にも絡みつき、きつく締め上げられていくのを見て、影男は目を見開いた。
「な、何だ……!?」
傍らの霞が晴れ始めた。煙の中から陸也が現れ、すでに弓を引いていた。
彼は矢を放った。
ヒュッ!
矢が影男めがけて一直線に飛ぶ。
カーン!
矢は寸分の狂いもなく彼の刀の柄を打ち抜き、その手から武器を弾き飛ばした。
刀は空中で回転しながら、数メートル先へと落ちた。
手首に走る衝撃に、影男は顔を歪めた。「俺の刀が……!」
アヤネが即座に彼の方へと駆け出した。
「させるか!」テツヤが突進する。その手が、倒れていた槍を掴み取った。
槍の穂先に、深紅の黒炎が噴き上がる。
彼はカゲオを追い越す勢いで踏み込み、アヤネに向けて真っ直ぐに槍を突き出した。
「彼から離れろ!」
アヤネは怯まない。槍が届くより早く、リクヤが彼女の前に立ちはだかった。
彼の和弓はすでに引き絞られ、弦には四本の矢が番えられている。
彼は矢を矢継ぎ早に放った。
――ヒュンッ!
矢は一斉に飛翔する。
――カキン! カキン! カキン! カキン!
矢はテツヤの炎を纏った槍に次々と命中し、その軌道を激しく逸らした。
深紅の黒炎が揺らめき、やがて消え失せる。
「なっ!?」テツヤが目を見開く。
気づけばリクヤが目の前にいた。少年は体を翻し、中段回し蹴りを放つ。
――ドスッ!
その踵がテツヤの頬を強打した。
「ぐっ!」衝撃でテツヤの頭が横に弾け飛び、彼はそのまま後方へと吹き飛ばされた。
地面を転がった後、片手を石畳について身を起こす。
ふらつく足取りで前へ進み、カゲオの傍らに着地した。
カゲオはすでに、アヤネの鎖から自力で抜け出していた。
「はっ……!」息混じりの笑いが漏れる。
だが、完全に態勢を立て直すより早く、鎖鎌の鎖が突如としてピンと張り詰めた。
カゲオが目を見開く。アヤネが鋭く鎖を引いたのだ。
鎖が地面を走るように走り、武器が彼女の手元へと戻ってくる。
彼女は鎌を鮮やかに受け止めた。その口元に、自信に満ちた笑みが浮かぶ。
リクヤが彼女の隣に並び、すでに新たな二本の矢を番えていた。
二人は肩を並べ、黒月の戦士二人と対峙した。
カゲオの瞳が、信じられないものを見るように揺れる。
「忌々しいガキどもめ!」彼は牙をむき出しにした。
その隣で、テツヤは拳を強く握りしめることしかできず、その表情には苛立ちが影を落としていた。
その瞬間、アヤネの姿が消えた。
彼女は凄まじい速さで前方に踏み込み、その動きはあまりに素早く、戦士たちは反応する暇さえなかった。
カゲオとテツヤは目を見開く。
「なっ……!?」テツヤが息を呑む。
「どこへ……!?」カゲオがそう言いかけるか否か、突如として猛烈な突風が広間を吹き荒れた。
「ぐっ!」舞い上がる塵や瓦礫が激しく渦巻く中、二人の黒月戦士は腕を掲げ、顔をかばった。
「なんだ、これは!?」
広間の端から、すでにアヤネが動き出していた。
彼女は驚異的な速さで周囲を駆け抜け、その身の回りでは鎖鎌の鎖が高速で回転していた。
回転は加速の一途をたどる。金属製の鎖が鋭い唸りを上げて空気を切り裂き、広間全体に及ぶほどの強烈な風の流れを生み出していた。
「暴風だと!?」テツヤは信じられない思いでそれを見つめながら、必死に足を踏ん張った。
「ありえん!」カゲオは歯ぎしりし、怒りと驚愕に顔を歪めた。「そんなこと、あるはずがない!」
アヤネは二人の周囲を回り続けた。
さらに速く。もっと速く。
風は激しさを増し、ついに二人の戦士は地面から吹き飛ばされた。
「うわっ!」
「ぐあっ!」
カゲオとテツヤはなす術もなく宙に浮き上がり、猛烈な風の流れに翻弄された。
アヤネは目を細め、不意に身を翻した。
鎖が上方へと弧を描く。
彼女は力強い動作で鎖を操り、二人の戦士の周囲で渦を巻かせた。
金属の鎖が彼らの体にきつく巻き付き、背中合わせの状態で拘束する。
「な、なんだ……!?」
「これを外せ!」
アヤネはしっかりと足を踏ん張り、鎖を引いた。
全身の力を込め、鎖に繋がれたままの二人を空中で振り回し始める。
吹き荒れる突風の中、二人の「黒月」の戦士はなす術もなく宙を舞った。
イズミはただ呆然と見つめるしかなかった。驚きのあまり、口をあんぐりと開けたままで。
本当に、彼らを振り回している……!
アヤネは奥歯を噛み締め、その技に全力を注ぎ込んだ。
やがて、風の勢いが急激に弱まる。
舞い上がっていた塵が静かに収まり、再び室内の光景が姿を現した。
カゲオとテツヤは、アヤネの鎖にきつく縛られたまま、空中に取り残されていた。
アヤネは最後に気合の声を上げ、鎖を大きく振り抜いた。
「うわっ!!」
「ぐはっ――!」
二人の戦士は横方向へと放り投げられた。
ドォォォン!
彼らは凄まじい勢いで石壁に叩きつけられた。衝撃で壁面には亀裂が走り、周囲の石塊が崩れ落ちる。
カゲオとテツヤは瓦礫の山へと転がり落ちた。
二人が態勢を立て直す間もなく、リクヤは静かに和弓を構えた。
すでに二本の矢が番えられており、彼はそれを放った。
ヒュッ!
矢は上方へと飛んでいく。
ズドン! ズドン!
矢は、倒れ込んだ戦士たちの真上にある岩の天井に突き刺さった。
周囲の岩が揺れた。
その瞬間――
バキッ。
巨大な岩塊がいくつも崩れ落ちた。
カゲオは目を見開き、テツヤは上を見上げた。
二人の表情が一変する。その顔に影が差した。
二人は同時に視線を上げた。落下する岩塊が、彼らに向かって迫っていた。
「待て――!」
ドォォォン!
岩が激しく落下した。土煙と粉塵がもうもうと立ち上り、黒月の戦士である二人の姿を完全に覆い隠した。
やがて静寂が訪れた。
アヤネはゆっくりと身を起こした。荒い息を整えようと、胸が激しく上下している。
彼女は鎖鎌を下ろした。その指先は、力みによる震えでわずかに揺れていた。
やがて、ターコイズブルーの瞳に浮かんでいた二重のライムグリーンの輪が、ゆっくりと消えていった。
強化された視覚能力が解ける。彼女は重たげにまばたきをした。疲労がどっと押し寄せてきていた。
数メートル後方で、リクヤもまた身を起こした。彼もまた、荒い息を吐いていた。
彼の瞳に浮かんでいた二重の琥珀色の輪もまた、次第に消えていく。
彼は弓を下ろし、肩の力を抜いた。
「やった……」イズミが息を漏らす。その直後、彼女の顔に輝くような笑みが広がった。
「やった!!」彼女は歓声を上げた。その声が、広間に響き渡った。
アストは翼を広げ、勝利の雄叫びを上げた。ボルトもまた頭をのけぞらせ、勝どきを上げるように遠吠えした。
「ウオオオッ!」
ギズモはボルトの頭の上で興奮して飛び跳ね、嬉しげな鳴き声を立てていた。
アヤネはまだ荒い息を整えながら、ゆっくりと肩越しに視線を向けた。
リクヤはすでに彼女の方を見ていた。
二人の視線が重なる。
彼の顔に、勝利を確信したような小さな笑みが浮かんだ。
アヤネは一瞬彼を見つめた後、静かに息を吐き出し、同じように微笑み返した。




