第30章
黒月の大広間、松明の炎が石壁の上で踊り、その深紅の光が部屋の中に長く揺らめく影を落としていた。
広大な空間は、不穏な静寂に包まれていた。
フードを被った黒月の戦士たちが広間の両脇に整列し、白い外套を肩から重たげに垂らしている。無数の深紅の瞳が、中央に立つ一人の人物に注がれていた。
イズミ。
彼女は、その容赦ない視線にさらされながら、ただ一人そこに立っていた。
うつむき加減のまま、彼女は自制心を保とうと、無意識のうちにもう片方の腕をしっかりと抱きしめていた。
一筋の汗が、ゆっくりと頬を伝い落ちる。
みんな、私を見ている……。彼女は顔を上げたい衝動を抑え込んだ。まるで……
腕を掴む手に力がこもる。……私の心の奥底まで見透かそうとしているみたいだ。
息が詰まるような空気だった。
心臓の鼓動が、耳の中で大きく響く。
何か気づかれたのか……? 喉が引きつる。いや……落ち着くのよ。
広間の奥、黒い石を削り出して作られた玉座に座り、ライゼンは静かに彼女を見つめていた。
片肘を肘掛けにつき、組んだ手に軽く顎を預けている。
その表情からは何も読み取れない。ただ、深紅の瞳に宿る鋭い光だけが、彼女のあらゆる動きを注意深く観察していることを物語っていた。
玉座の傍らにはダイゴが立っていた。外套の下で背中に腕を組み、広間に満ちる緊張感とは裏腹に、その佇まいは穏やかだった。
彼の深紅の瞳が、クレナイの手にある「火の翼」へと向けられる。その鞘は、部屋の温かな光を反射していた。
やがて、ライゼンが沈黙を破った。
「これはどういうことだ、ダイゴ?」
その声は大きくもなければ、怒気を帯びてもいなかった。だが、その声は広間全体に自然と響き渡り、かえって場を静まり返らせるような威厳を湛えていた。
「捕虜は鍛冶場にいるはずだ」彼の視線はイズミから外れない。「『火の翼』を完成させている最中にな」
そこで初めて、彼は孫へと視線を移した。
「それで……」彼はわずかに眉を上げた。「……なぜ彼女がここにいる?」
ダイゴは恭しく頭を下げた。「本日の出来事は、祖父上にご報告すべきことだと判断いたしましたゆえ」
彼の口調はあくまで落ち着いていた。「それに……」口元に微かな笑みが浮かぶ。「……もう一方の客人も、間もなく到着するはずです」
ライゼンの眉が、さらにわずかに上がった。
イズミは瞬きをした。もう一方の……客人?
二人が言葉を交わすより早く、彼女の背後にある巨大な扉が重々しい音を立てて開いた。
ゴゴゴ……
広間にいる全員の視線が入り口へと向けられた。石の床に、重厚な足音が響く。
イズミはゆっくりと振り返った。息を呑む。
最初に姿を現したのはカゲオだった。相変わらずの冷静沈着な様子で、片方の肩にアヤネを軽々と担いでいる。
そのすぐ後ろをテツヤが歩いていた。彼もまた、リクヤを同じように無造作に肩に担いでいる。捕虜が激しく暴れているにもかかわらず、その表情には動揺の色一つない。
彼らに続いて残りのクロツキの戦士たちが広間に入り、巨大な扉が再びゆっくりと閉まり始めた。
「降ろしてよ!」アヤネはカゲオの肩の上で激しく暴れ、逃れようと足をバタつかせた。
「もう五分も同じことを言ってるぞ」カゲオは呆れたように息を吐いた。「聞き飽きた」
それ以上何も言わず、彼は彼女の襟首を掴むと、いとも簡単に横へと放り投げた。
「うっ……!」アヤネは鈍い音を立てて石の床に叩きつけられた。「痛っ……」
彼女は顔をしかめ、縛られた手で痛む腰をさすりながら、彼を睨み上げた。
「せめて一言くらい言ってよね!」
カゲオは彼女に目もくれなかった。「生きてるんだ。感謝しろ」
「アヤネ!」リクヤが反射的に身を乗り出したが、テツヤが立ち止まった。
「落ち着け」彼はそう呟いた。すると、彼はカゲオとは違い、ただ陸也を肩から降ろしただけだった。
だが、陸也の足が地面に着いた瞬間、哲也は彼の肩甲骨の間を力強く突き飛ばした。
陸也は前へとよろめいた。「うわっ――!」
彼はバランスを崩して片膝を強くつき、尻を冷たい石の床に擦り付けた。
「……っ」彼は顔をしかめ、縛られて痛む指を動かした。「やっぱり痛いな……」
「アヤネ!」イズミは目を見開いた。「リクヤ!」
彼女はとっさに彼らの方へ一歩踏み出した。「あなたたち、一体――」
次の一歩を踏み出そうとしたその時、彼女の行く手を遮るように刃が滑り込んできた。
シャキィン!
イサムが二人の間に立ちはだかり、胸元からわずか数センチの距離に剣先を突きつけていた。
「そこまでだ」
イズミは動きを止めた。小さく息を呑み、反射的に一歩後ずさる。鼓動が早鐘を打つ。
広間は再び静寂に包まれた。ダイゴがライゼンの玉座からゆっくりと階段を降りてくる。石の床に、彼の履く草履の音が静かに響いた。
彼はイズミの隣で足を止めた。「さて……」
その唇に、薄い笑みが浮かぶ。
「我らが愛しき刀鍛冶よ」深紅の瞳が彼女に向けられる。「カゲオから聞いたよ。先ほど、少々……興味深い出来事があったそうじゃないか」
イズミの心臓が跳ねた。「……興味深い?」
アヤネとリクヤは、怪訝そうに顔を見合わせた。
ダイゴはカゲオの方に視線を向けた。「皆が注目しているぞ」笑みが深まる。「説明したまえ」
カゲオは背中で手を組み、一歩前に出た。一瞬だけ目を閉じ、そして再び開く。
その深紅の瞳が、広間全体を見渡した。
「今日の早い時間のことです」彼は静かに語り始めた。「……我々のアジトに、予期せぬ……『来訪者』がありました」
集まった戦士たちの間に、さざ波のようなざわめきが広がった。
「来訪者だと?」
「どんな奴だ?」
影尾は彼らを無視した。「人間じゃなかった」彼はわざと間を置いた。「……ネズミだ」
囁き声が大きくなる。
「ネズミ?」
「冗談だろ……」
「どうやって入り込んだんだ?」
影尾は誰も口を挟まなかったかのように続けた。「そして、取るに足らないことだと片付ける前に言っておくが……」
彼の視線がゆっくりと彩音の方へ移る。「……そのネズミは、ただのネズミじゃなかった」
彼は再び広間へと視線を戻した。「驚くべき知性を見せた。我々の巡回をかわし、マントの中に身を潜め……そして、月森からここまで我々についてきたんだ」
部屋は一瞬で静まり返った。雷禅の表情でさえ、わずかに鋭さを帯びる。
影尾の視線が、ついに泉へと定まった。「もう一つ、分かったことがある」
ゆっくりと笑みが彼の顔に広がる。「あれは、我々の捕虜の一人が飼っていたものだ」
泉は息を呑んだ。まさか……。
彼の笑みが深くなる。「隠れ家から逃げ出そうとしたんだ。……だから、始末してやった」
泉は硬直した。顔からゆっくりと血の気が引いていく。
一筋の汗が頬を伝い落ちた。……ギズモ。
陸也は困惑して瞬きをした。待てよ……ギズモがここにいたのか?
彼の眉間にゆっくりと皺が寄る。それに、「始末した」ってどういう意味だ……?
影尾は泉の周りをゆっくりと歩き始めた。尋問というよりは講義でもするかのように、背中で手を組んでいる。
「あのネズミの振る舞いは本能じゃない。訓練によるものだ。そして訓練というのは、ある一つのことを意味する」
彼の視線が泉を射抜く。「あれには、主がいたということだ」
泉は唾を飲み込んだ。「わ、私には何のことだか……」
「ほう?」影尾は片方の眉を上げた。「それなら、説明してもらえるかな……」
彼はわずかに身を乗り出した。「……なぜ、あの小さな生き物が革製の鞄を運んでいたのか」
イズミは目を見開き、息を呑んだ。彼に気づかれたのか……?
「ネズミが遊びで荷物を運ぶことなどない」カゲオの口元に、ゆっくりと笑みが広がった。「あれは何かを運んでいたんだ。重要な何かを」
彼の瞳が怪しく光る。「伝言だ」
イズミはとっさに胸の前で拳を握りしめた。どうして……どうしてそんなに早く見抜いたの……?
彼女の反応に満足した様子で、カゲオは彼女から視線を外し、アヤネの方へと向き直った。
彼の鋭い眼差しを浴び、アヤネは身を強張らせた。頬をひと筋の汗が伝い落ちる。
カゲオはゆっくりと彼女に歩み寄った。「もしあのネズミがこの隠れ家から出ようとしていたのなら……誰かが行き先を指示したはずだ」
彼はしゃがみ込み、彼女と視線を合わせた。「言え」その声は、囁くような低さだった。「お前は、あの奇妙な小道具は持っていないと言っていたな」
彼の口元に、薄い笑みが浮かぶ。「なら……逃げ出す前に、こっそりそれをネズミに渡していた可能性は……どれくらいある?」
アヤネは目を見開いた。「な、何のこと……!?」彼女は激しく首を振った。「何の話か分からない!私はそんなこと……」
言い終わるより早く、カゲオの手が素早く伸びた。
彼は彼女の襟元を掴むと、軽々と地面から持ち上げた。
「離して!」アヤネは激しく足を動かし、彼の拘束から逃れようともがいた。
その瞬間、深紅と黒が混じり合った炎が空を走った。
シュッ!
「……っ!」アヤネが息を呑む。彼女の右頬に、細い切り傷が走った。
次の瞬間、ひと筋の血がゆっくりと頬を伝い落ちていった。
彼女は目を見開いた。彼が動く姿さえ、見えなかったのだ。
「アヤネ!」リクヤがとっさに身を乗り出したが、近くにいた戦士たちに押さえつけられた。
「アヤネ!」イズミが叫んだ。爪が手のひらに食い込むほど、強く拳を握りしめていた。
「約束したじゃない!」彼女の声が広間に響き渡る。「彼らを傷つけないって言ったのに!」カゲオは彼女に視線を向けることすらなかった。「言ったはずだ」その声は冷ややかだった。「……燃やしはしない、と」
深紅の瞳はアヤネを捉えたままだった。「お前たちが協力する限りはな」
彼の眼差しが鋭さを増す。「身の程をわきまえろ。お前たちは捕虜なんだ」
アヤネは痛みに耐えながら、睨み返した。「……卑怯者」その声には軽蔑が滲んでいた。「あんたたちは、抵抗できない相手を脅すことしかできないのね」
カゲオのこめかみで血管が脈打った。「……このガキが……」
「カゲオ」
その一言が広間に響き渡った。
大声でも、怒気を含んだ声でもない。だが、あらゆる会話が即座に途絶えた。
カゲオは動きを止めた。それ以上何も言わず、彼はアヤネを放した。
彼女は石の床に鈍い音を立てて落ちかけたが、片手で何とか体を支えた。
カゲオは即座に後ずさりし、「……主よ」と頭を垂れた。
広間の奥から、ライゼンがゆっくりと玉座を立ち上がった。
彼が歩みを進めるたび、静寂が広がっていく。
雪のように白い外套が流れる霧のように背後になびき、ダイゴが静かに一歩後ろに従っていた。
誰も口を開こうとはしなかった。ライゼンがアヤネの前に立ち止まるまで、誰も動くことさえできなかった。
彼は感情を一切見せず、彼女を見下ろした。その深紅の瞳は……虚無を湛え、古の時を宿し、底知れぬ深淵のようだった。
アヤネは心臓の鼓動が速まるのを感じた。背筋を冷たいものが這い上がってくる。
……この重圧は何なの? 彼女は息を呑み込んだ。
その瞬間、予兆もなく、彼女の足が地面から浮き上がった。
「……っ!」 アヤネは目を見開いた。
石の床から、彼女の足がゆっくりと持ち上がっていく。
「……っ!」
目に見えない力が彼女の体を包み込み、なす術もなく宙吊りにした。
彼女は本能的に足をバタつかせた。
だが、何の手応えもない。どれほど激しくあがいても……身動き一つ取れない。
体は言うことを聞かなかった。
「うっ……!」 圧倒的な圧力が胸を締め付け、苦しげな息が漏れた。
呼吸をするたび、息は浅くなっていく。
肺が焼けるように熱い。
「息が……できない……」 背中で縛られた両手が、無駄な抵抗を繰り返す。
「アヤネ!」 リクヤが叫んだ。その目は恐怖に大きく見開かれていた。
イズミはとっさに両手で口を覆った。「やめて……」 震える声が漏れる。「やめて、止めて!」
ライゼンは彼女に一瞥さえくれなかった。
その代わり、彼は何気ない動作でもう片方の手を持ち上げた。
「……っ!」
リクヤの体が、床から激しく跳ね上がった。
「な、何だ……!?」彼の足はなす術もなく宙にぶら下がっていた。
あの押しつぶすような力が、再び彼を捉えた。
「ぐっ……!」彼の呼吸はたちまち荒くなった。
「やめて!」泉は涙をこぼしながら叫んだ。「お願い! こんなことしなくていいのよ!」
その時初めて、雷禅は彼女に視線を向けた。その深紅の瞳は冷ややかだった。
「期待外れだな」彼の声が静かに広間に響く。「条件を提示し、我らはそれを呑んだはずだ」
「『火の翼』を精錬する間、あらゆる指示に従うという条件をな」彼はゆっくりと、背後に回していた手を下ろした。「それなのに……お前は別の道を探った」
彼の眼差しが鋭さを増す。「この壁の外へ、密かに連絡を取ろうとしたな」
彼の唇が、かすかな笑みを形作った。「黒月が、それほど明白なことを見逃すとでも思ったのか?」
彼の指がゆっくりと握り込まれる。即座に、目に見えない圧力が強まった。
「ぐっ……!」気道を締め上げられ、陸也は目を見開いた。
綾音の視界が霞む。部屋がぐるりと回るように感じられた。耳の奥で、心臓の鼓動が痛いほどに高鳴る。
「誰も……」雷禅は言い放った。「……生きてこの要塞を出ることはできん」
彼の声は不気味なほど落ち着いていた。「外部の者だろうと、この地の住人だろうと……違いはない」笑みが深まる。「お前は致命的な過ちを犯した。黒月を甘く見たことだ」
綾音には、もう彼の声がほとんど聞こえなくなっていた。視界の端が暗く染まっていく。
……私の体…… 指先が弱々しく動く。……何も感じない……
まぶたがゆっくりと下がっていく。そうか……これで終わりなのね……?
消えゆく意識の中で、彼女の視線は泉へと向けられた。若き刀匠は立ち尽くし、頬を伝う涙を流し続けていた。
「ごめんね……」唇が音もなく動く。
綾音の瞳が優しく和らぐ。そして……彼女は陸也の方を見た。
息も絶え絶えになりながらも、彼は彼女の視線を受け止めた。
弱々しい……かろうじて分かる程度の……笑みが、彼の顔に浮かぶ。
まるで――「心配するな」とでも言うように。
綾音も思わず微笑み返した。消えゆく意識の中を、いくつもの光景が駆け巡る。
ヒロ。
彩花。
ジン。
月代の長老。
ボルト。
仲間たち。
姉の美空。
月守のみんな。
……みんなが来る。彼女の笑みが深まった。
無理に作ったものではない。必死さとも違う。確信に満ちたものだ。
その笑みは……広間全体を静まり返らせた。「黒月」の戦士たちが、不安げに視線を交わす。
「……なぜ笑っている?」
「……気が狂ったのか?」
雷禅の表情さえも変わった。彼の笑みが、ゆっくりと消えていく。
「……ありえん」深紅の瞳が細められる。「自分が死ぬと分かっているはずだ。それなのに、なぜ……」彼は呟いた。
アヤネがゆっくりと目を開く。その瞳に宿る鮮やかなターコイズブルーが、揺るぎない自信を湛えて輝いていた。
彼女は雷禅を真っ直ぐに見つめた。
「……あんたの負けよ」
静寂。
雷禅が眉をひそめる。「……何だと?」
誰も反応する間もなく――
ドォォォォォン!!
耳をつんざくような爆発音が、要塞全体を揺るがした。
足元の床が激しく波打ち、天井からは石の粉塵が降り注ぐ。
「うわっ!」数人の「黒月」の戦士たちが、横へとよろめいた。
「要塞が揺れてるぞ!」
「何事だ!?」
さらなる激しい揺れが広間を襲う。
ゴゴゴゴッ!!
雷禅の足元が一瞬だけ乱れた。集中が途切れる。不可視の力が消え失せた。
アヤネとリクヤが、石の床へと重く転がり落ちる。
「ゴホッ!」
「ゲホッ――!」
二人は並んで倒れ込み、必死に空気を肺へと取り戻そうと喘いだ。
「俺たちは……」リクヤが激しく咳き込む。「……まだ、生きてる……」
アヤネはゆっくりと身を起こした。痛みが残っているにもかかわらず……その顔から笑みが消えることはなかった。
新たな揺れが広間を駆け抜ける中、黒月の戦士たちは本能的に陣形を固め、三人の捕虜を取り囲んだ。
「一体どうなってんだ!?」紅が怒鳴る。「天井が崩れるぞ!」
ゲンシロウが言い返す。「そんなこと、見りゃわかるだろ!」
その時、黒い霧の塊が音もなく広間へと漂い込んできた。それは集まった者たちから数メートルの高さで宙に留まった。
部屋は静まり返った。霧はゆっくりとねじれ、
うねり、凝縮していく。
やがて……文字が形を成し始めた。一つ、また一つと。
誰もがその深紅の瞳をメッセージに向けた。彼らの顔から自信が消え失せる。
「……嘘だろ……」ある戦士が呟く。「……俺たちは……」言葉が詰まる。「……奇襲を受けたんだ」
重苦しい沈黙が広間を支配した。
ダイゴでさえ目を見開く。「……まさか……」
………..
一方……黒月の拠点の外では……静かだった戦場が一転、混沌の渦と化していた。
鋼と鋼がぶつかり合う音。深紅の黒と鮮血のような赤の炎が爆発し、岩だらけの荒野を照らし出す中、黒月の戦士たちは容赦ない猛攻に押され、後退を余儀なくされていた。
「ぐあっ!」一人の戦士が刀を振るい、深紅の黒い炎の三日月波を放つ。
アオイは迷わず前に出た。「そんなものは通用しない」
カキン!
彼女の刀がその攻撃を鮮やかに切り裂き、炎を無害な火花へと散らすと、消えゆく残火の合間を縫って一気に踏み込んだ。
その背後からライトが飛び出す。「どけッ!」
空中に身を躍らせ、流れるような動作で刀を抜く。
「雑魚は大人しく這いつくばってりゃよかったんだよ!」彼の刀が、黒月の戦士の防御を打ち砕いた。
ドォォォン!
その衝撃で男は後方へと吹き飛ばされ、仲間の数人に激突して彼らを地面に転がした。
さらに敵が押し寄せてくる。あらゆる方向から黒ずんだ炎の奔流が収束していく。
ミソラが姿を消した。
そして、彼女は敵の只中に再び現れた。
「返して……」
刃が一閃する。
「……私の……」
また一人の戦士が倒れる。
「……妹を……」
三番目の男は、彼女が動いたことさえ気づかぬうちに地に伏した。
「……返してよ!!」
彼女は嵐のように敵の陣形を切り裂いていく。一撃一撃は正確無比、その動きは怒りに突き動かされていた。
次々と敵が倒れ、最後の戦士が彼女の足元に崩れ落ちた。彼女の周囲に、一瞬だけ静寂が漂う。
カズキは思わず冷や汗を流した。「……怒らせると恐ろしいな」
言葉を発しながら、彼は鎖鎌を振るう。分銅付きの鎖が、襲いかかってきた敵の足首に絡みついた。
「捕まえた」
力任せに引き寄せると、男は頭から別の敵の集団へと放り込まれた。
「あれでも……」ヒカルはトンファーの一本で敵の剣を受け止めつつ、もう一本を相手の脇腹に叩き込んだ。「……本気じゃないんだろうな」
戦士が苦痛に身を折り曲げる。ヒカルは回転蹴りでとどめを刺した。
ジンが彼らの横を駆け抜けていく。予備の刃が鞘から引き抜かれた。
その刃の周囲で、深紅の炎が激しく燃え上がる。彼は高く宙へと跳躍した。
「炎刃流奥義……」
炎が彼の身体を渦巻く。
「……第十一の型!」
彼は燃える流星のごとく舞い降りた。
「火蓮開花!」
ドォォォォン!!
真紅の炎の輪が外側へと炸裂する。黒月の戦士たちは吹き飛ばされ、断崖や壁、散らばる巨岩に叩きつけられた。
サヤカの琥珀色の瞳が輝く。「わあ、すごい!」
ジンの技から目を離すことなく、彼女は何気ない動作で薙刀を背後へと回した。
ドスッ!
突進してきた敵が弾き飛ばされる。
「ついに第十の型を超える技を見られたわ!」彼女は満面の笑みを浮かべる。「ここに来た甲斐があった」
シズカは小さく微笑んだ。「……集中して」
彼女は別の戦士の足元を薙ぎ払うと、すかさず薙刀の柄でその胸を打ち据えた。
その近くでは、一人の剣士がメイに向かって突進していた。
彼女は冷静に敵の攻撃の内側へと踏み込む。掌で相手の手首を捉え、続く一撃を胸板に正確に叩き込んだ。
ドスッ!
戦士は後方へと吹き飛び、巨岩に激突して意識を失い崩れ落ちた。
ジンは前方にそびえ立つ要塞を見据えた。「突入する」
その声には、揺るぎない決意が込められていた。「奴らは俺たちを待ち構えている」
「了解!」全員が声を揃えて応じる。
迷いは微塵もなく、一行は敵の拠点の深部へと一直線に突撃した。
……………
大広間に戻ると、集まった黒月の兵たちの間に動揺のざわめきが広がっていた。
「どういうことだ……奇襲を受けたって?」一人が呟く。
「ありえない」別の者が口ごもる。
「この場所の存在を知る者など、誰一人いないはずだ」シグレが鼻で笑った。
ライゼンは動じない。「持ち場を離れるな」
その落ち着いた声に、広間は即座に静まり返った。「これは単なる陽動にすぎん」
深紅の瞳が広間を見渡す。「あの部外者どもが、この要塞の場所を突き止めるなどあり得ん。奴らには手段もなければ……知識もない――」
その言葉が口をついて出た、まさにその瞬間――
ドォォォォン!!
頭上で凄まじい爆発音が轟いた。広間全体が激しく揺れ、天井から砂塵が降り注ぐ。
戦士たちは一斉に、本能的に上を見上げた。広間を見下ろすバルコニーの入り口から、もうもうと煙が立ち上っている。
武器が鞘から引き抜かれ、「黒月」の戦士たちが陣形を固める。
待ち構え、注視する。
煙がゆっくりと晴れていく。
一つの人影が現れた。続いて、また一人。さらに一人。
やがて、ジンがバルコニーの最前列へと歩み出た。
その背後には、アオイ……
ミソラ……
メイ……
ライト……
サヤカ……
シズカ……
カズキ……
ヒカル……
ミツル……
救出部隊の全員が、呆気にとられる「黒月」の部隊を見下ろしていた。
広間を静寂が支配する。
ダイゴが目を見開く。「……あり得ん」
シグレが信じられないといった様子で見つめる。「どうやって……!?」
カゲオが唇を噛み締める。「本当に俺たちを見つけやがったか……」
イズミの表情に安堵が広がる。
「ジン!」彼女の瞳が潤む。「みんな……!」
リクヤが止めていた息を吐き出す。「お前ら、本当にたどり着いたんだな……」
アヤネが不敵な笑みを浮かべて鼻で笑う。「へっ。遅かったじゃない」
サヤカが笑う。「捕まっておいて、まだ強気なこと言ってるの?」
「無事でよかった!」満が安堵の笑みを浮かべて声を上げた。
廊下を挟んで、ライトと陸也の視線が交差する。
言葉は交わさない。ただ一度の頷きで十分だった。
無事なんだな。
不意に、勇が前へと踏み出した。握りしめた剣が震えている。
「……どうやって?」
全員が彼女の方を向く。その深紅の瞳には、信じられないという色が宿っていた。
「どうやってここを見つけたのよ!?」彼女は激しい怒りを込めて一行を指差した。「私たちの隠れ家は、もう十年以上も誰にも知られずにいたのよ! 月森の連中でさえ、場所を知らないっていうのに!」
ダイゴが拳を握りしめる。「その通りだ! 俺たちの居場所がバレたことなんて一度もない! なのに、どうやって……」
「ふん」ミソラが鼻で笑って遮り、落ち着いた様子でジャケットの懐に手を伸ばした。
そして――彼女はスマートフォンを取り出した。松明の明かりに照らされ、その端末が鈍く光る。
クロツキの戦士たちが一斉に息を呑んだ。
「……またあれか!」カイトが声を上げる。
「あの少年の端末と同じものだ!」ライガが身を乗り出した。
テツヤは腕を組む。「……なるほどな」懐疑的な表情は崩さない。「だが、それが隠れ家を見つけたこととどう関係があるんだ?」
「あなたたちって……」アオイは思わず笑みをこぼした。「……テクノロジーの力を本当に甘く見てるわね」
彼女は腕を組んだ。「ポケットに入るような小さな端末だけど……」不敵な笑みが深まる。「……想像以上のことができるのよ」
ミソラは無造作に腰に手を当てた。「偶然、隠れ家を見つけたわけじゃないわ」彼女はスマホの画面を軽く叩いた。「妹の居場所を追跡したのよ」
その言葉が、広間に響き渡った。
ダイゴが目を見開く。「……追跡、だと?」
ライガは鋭くアヤネの方を振り向いた。「お前の携帯か?」彼の顎に力がこもる。「持ってないって言っただろ!」
アヤネは悪びれもせず肩をすくめた。「持ってなかったわよ」彼女はにやりと笑う。「ただ、もう手元になかっただけ」
ホールに戸惑いの沈黙が広がった。
……………..
数時間前――
薄暗い石造りの廊下に、足音が響いていた。
アヤネとリクヤが先頭を歩き、数人の「黒月」の衛兵が二人を要塞の奥へと連行していく。
考えろ……。アヤネは激しく巡る思考を隠し、無表情を装った。何か手立てがあるはず……。
その時、視界の端で何かが小さく動くのを捉えた。
壁の根元にある亀裂の奥から……見覚えのある白いネズミが顔を覗かせていた。
小さな黒い瞳と目が合う。ネズミは前足で小さく手を振った。
アヤネのターコイズブルーの瞳が見開かれる。……ギズモ。ここにいたのね。
歩調を乱すことなく、彼女の頭の中で一つの計画が練り上げられた。
亀裂の真横に差し掛かった瞬間――
「あっ……」彼女は不意によろめき、膝を石の床に打ち付けた。
衛兵たちはちらりと振り返っただけだった。
その一瞬の隙に、彼女の指が後ろのポケットへと滑り込む。
携帯電話が手のひらに収まる。手慣れた動作で、彼女はそれを壁際の闇の中へと落とした。
端末は音もなく着地した。ギズモが即座に、その小さな前足でそれを受け止める。
アヤネはあえて彼を直視しなかった。その代わり、かろうじて聞き取れるほどの小さな声で囁いた――
「……どうすればいいか、わかってるわね」
そのネズミは決意を込めて一度頷くと、再び闇の中へと消えていった。
「アヤネ?」リクヤが足を止めた。「大丈夫か?」
「どけ」ゲンシロウが苛立たしげに二人を睨みつけた。「一晩中ここにいるわけにはいかないんだ」
「大丈夫よ」アヤネは立ち上がると、そのまま廊下の先へと歩き出した。
彼女の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。あとはあなた次第よ……。
……………
数時間後……。
イズミはゆっくりと、あの鍛造室へと戻ってきた。
泣き腫らした目。彼女は着物の袖で、残っていた涙を拭った。
「……ギズモ……」かろうじて聞き取れるほどの、小さな声だった。
その時、何かが彼女の目に留まった。
作業台の隅に、ひっそりと置かれたもの……それは見覚えのある品だった。
「……え?」彼女は歩み寄り、それを慎重に手に取った。
目を見開く。「アヤネのスマホ……?」
困惑が押し寄せる。どうして……?
そして、すべてが腑に落ちた。
「ギズモ……」彼女の顔に、切なさと温かさが入り混じった笑みが浮かぶ。「……持ってきてくれたのね」
すぐに電源ボタンを押す。画面が明かりを灯した。
バッテリーの残量は、あと一本分しかなかった。
「……お願い」彼女は呟いた。「もう少しだけ、もって」
ある記憶が蘇る。月守を案内してもらった際、リクヤが興奮気味にそのスマホの機能を説明してくれた時のことだ。
「位置情報サービスをオンにしておけば、他の誰かが君の居場所を追跡できるんだ」
イズミの目に光が宿った。「それだわ!」
震える指で懸命に操作し、彼女はメッセージアプリを開いてミソラへ短い文を打ち込んだ。
連れて行かれた。この位置を追って。急いで。
「送信」ボタンを押す。
張り詰めた一瞬……何も起きなかった。
そして――
「送信完了」
イズミは止めていた息を吐き出した。
その瞬間、画面が暗転した。
「……よかった」彼女は穏やかに微笑んだ。
電源の切れた携帯電話をエプロンのポケットに滑り込ませ、彼女は再び鍛冶場の方へと向き直った。
彼女の視線は『火の翼』、そしてその傍らに置かれた未完成の二振りの武器へと向けられた。
その瞳に、決意の光が戻る。
「みんなが来るなら……」彼女はハンマーを握りしめた。「……万全の状態で迎えなきゃ」
鋼と鋼が打ち合う音が、再び部屋に響き渡った。
………………
記憶が薄れていく。
大広間に戻り、イズミは落ち着いた様子でエプロンに手を伸ばした。
電源の切れた携帯電話を取り出し、皆に見えるように掲げる。
「……っ!」ダイゴが目を見開く。「やっぱり、お前が持っていたのか!」彼は拳を握りしめた。「俺たちを騙したな……」
イズミは彼の鋭い視線を真っ向から受け止めた。その唇には、勝利を確信したような微かな笑みが浮かぶ。彼女が答えるより先に――
「へぇ……」
全員がそちらを向いた。
アヤネがゆっくりと顔を上げる。その口元には、得意げな笑みが広がっていた。「驚いた?」
ミソラは携帯電話をポケットにしまいながら、口元に薄い笑みを浮かべ続けた。
「アヤネの位置情報がトラッカーから突然消えたとき」彼女は話し始めた。「正直、唯一の手がかりを失ったと思ったわ」
鼻から静かに息を吐く。「でも、イズミからメッセージが届いたの」
彼女の視線が、若き鍛冶師へと向けられる。「いい仕事ね」
イズミは安堵の混じった小さな笑みを浮かべ、控えめに頷いた。「私にできるのは、あれが精一杯でしたから」
レンマが乾いた笑い声を漏らす。「ふん。抜け目ないな」
彼は腕を組んだ。「だが、それだけでは不十分だったはずだ」
数人のクロツキの戦士たちが同意するように頷く。カイトが眉間に皺を寄せながら前に出た。
「その通りだ」彼はその一団を指差した。「たった一つの伝言で『生きている』ことは伝えられても、隠れ家の場所までは分からないはずだ」
彼の目が疑わしげに細められる。「俺たちの砦は、十数年もの間、隠され続けてきた場所だ。だから教えてくれ……どうやってこの場所を見つけた?」
その問いが空中に残る。ほんの一瞬……広間に静寂が降りた。
すると、カイトが言葉を継ぐより早く、小さな白い影がジンが腰に差した刀の柄を駆け上がり、堂々とその肩に陣取った。
ギズモだ。
「キュッ!」
広間全体に、驚愕の静寂が広がった。
イズミは目を見開き、瞬時に瞳を潤ませた。「……ギ、ギズモ……!?」
小さなネズミは嬉しげに鳴き、まるで「僕は元気だよ」とでも言うように、小さな前足を二本とも彼女に向かって振ってみせた。
イズミの顔に、震えるような笑みが広がった。「い、生きていたのね……」
安堵の波が急激に押し寄せ、彼女の頬を新たな涙が伝い落ちた。
広間を取り巻く「黒月」の者たちの間に、ざわめきが広がった。
「な、何だと……?」
「生きていたのか?」
「ありえない……」
影雄は立ち尽くしていた。深紅の瞳を激しく揺らしながら、ジンの肩にちょこんと乗ったそのネズミを見つめている。
「……どうやって……?」 彼はかろうじて聞き取れるほどの声で呟いた。「直撃させたはずだ」 眉間に深い皺が寄る。「死んでいたはずなのに」
…………
回想……
灼熱の紅黒い炎が、ギズモを城壁の裂け目から吹き飛ばした。
「キュウッ!!」
小さなネズミは空中で激しく転がり、眼下の岩場へと叩きつけられた。
その小さな体は、ごつごつした岩肌の上を転がり、ようやく停止した。
静寂。
焦げた毛皮から煙が立ち上る。長い、長い間……それは動かなかった。
やがて、小さな前足がぴくりと動いた。
「……キュウ……」 全身を激痛が駆け巡る中、頭から爪先まで震わせながら、ゆっくりと体を起こす。
荒い息遣い。背負っていた小さな鞄は、炎に焼かれて消え失せていた。
イズミの伝言も……もうない。
耳が力なく垂れ下がる。「……キュウ……」
ほんの一瞬……諦めようとしているかのように見えた。
だが、別の記憶が蘇る。イズミの、涙ぐんだ笑顔だ。
「お願い……戻って、彼らをここへ導いて」
ギズモはゆっくりと、その小さな前足を握りしめた。黒い瞳に、決意の光が宿る。
「キュウッ」
いや……ここで止まるわけにはいかない。イズミ……アヤネ……そしてリクヤが待っているのだから。
火傷を負い、その小さな体に痛みが走る中、ギズモはよろめきながらも前進した。
おぼつかない足取りで、一歩、また一歩と。
自分より何倍も大きな岩を乗り越え、
滑り、転び、それでも立ち上がる。
何度でも、何度でも、何度でも。
静かな月が荒涼とした大地を照らす中、その小さなネズミは歩みを止めなかった。
数時間が経過した。呼吸は荒くなり、動きも鈍っていく。
それでも……歩き続けた。
やがて……懐かしい木々の香りが鼻をくすぐった。
「見捨てられた地」の険しい地形を、ついに抜け出したのだ。
残された力を振り絞り、ギズモは茂みをかき分け――
ガサッ。
――森の地面へと倒れ込んだ。
ほんの数メートルの場所に……ミソラたちの姿があった。
「……嘘でしょ」ミソラは立ち尽くした。ゆっくりと目を見開く。「……まさか」
仲間たちもすぐに振り返った。
メイが息を呑む。「ギ……ギズモ!?」
一同は駆け寄った。
小さなネズミは地面に横たわり、毛皮のあちこちがひどく焦げ、その小さな体からはまだ薄い煙が立ち上っていた。
「……一体、誰がこんなことを?」アオイが恐怖に満ちた瞳で呟いた。
ライトがその傍らに膝をつく。「ひどい火傷を負っている……」
ミツルは奥歯を噛み締めた。「……あの野郎ども」
ジンは無言のまま、剣の柄を握りしめた。「クロツキ……」
誰もが反応するより早く、ミソラはすでに動いていた。
「問い詰めるのは後よ」その声は冷静だったが、内側には激しい怒りが渦巻いていた。
彼女は丁寧にギズモへ清潔な白い布をかけると、力尽きたそのネズミをそっと両手で抱き上げた。
「まずは彼の手当てよ」彼女は他の者たちに視線を向けた。「話を聞くのはその後でいい」
「了解!」即座に全員が集まり、協力して小さな生存者の診察を始めたライトに手を貸した。
……………
カゲオはその場に立ち尽くし、ジンの方の肩に乗った小さなネズミに深紅の瞳を釘付けにしていた。
「……ありえない……」その言葉が、かろうじて彼の口から漏れた。
アヤネの笑みは、さらに深まった。
「それで……」彼女はわずかに首を傾げながら、ゆっくりと言った。「……私たちよそ者には、もう打つ手がないと本気で信じていたわけ?」
誰かが答えるよりも早く――
ドサッ、ドサッ、ドサッ!
ジンたちが上の階から飛び降り、クロツキの戦士たちから数メートルの位置に陣形を組んで着地した。流れるような動作で武器が抜かれ、蝋燭の明かりの下で刃が鈍く光る。
メイだけは素手だったが、その瞳は落ち着き払っており、確固たる戦闘の構えで戦場を見渡していた。
アヤネはゆっくりと立ち上がり、肩を回してからカゲオの方を振り返った。
「ギズモは、私の携帯をみんなのところへ持ち帰る役目なんて負っていなかったのよ」彼女は含みのある笑みを浮かべて付け加えた。「私の携帯は、すでにその役目を終えていたんだから」
彼女のターコイズブルーの瞳が、茶目っ気たっぷりに輝いた。「ギズモの唯一の仕事は、イズミにそれを届けること。そうすれば、彼女が私の計画の後半を実行できるから」
広間に静寂が広がった。
カゲオの表情がこわばる。事態を悟ったのだ。
「……そういうことか……」
アヤネは一度だけ頷いた。「その通り」
彼女は一歩前に踏み出した。「無害な小さなネズミを殺したと自画自賛している間に……彼は生き延びていたのよ」
彼女の笑みは、どこか嘲るような鋭さを帯びた。「笑ったわよね。彼を馬鹿にして。私たちの最後の望みを潰したつもりでいた」
彼女は軽く肩をすくめた。「どうやら、お祝いをするのが少し早すぎたみたいね」
カゲオのこめかみで血管が脈打つ。拳を強く握りしめ、その指の関節は白く浮き上がっていた。
「クソ……ガキが……」
アヤネは彼をもう一瞥することさえせず、その視線をライゼンへと向けた。
彼女の瞳に宿る自信は、微塵も揺らいでいない。
「言ったはずよ」ゆっくりと、彼女の口元に笑みが広がる。「あなたの負け」
その言葉が広間に響き渡る。彼女の瞳が鋭く輝いた。
「……チェックメイト」
静寂。
クロツキの戦士たちは皆、本能的に武器を握りしめた。
対するジンたちは、肩を並べて微動だにせず立っている。
戦いが始まって以来、初めて……力の均衡が崩れた瞬間だった。
ライゼンは無言のまま、そこに集う者たちを見つめた。
一瞬だけ……彼の表情が険しくなる。
だが次の瞬間、誰もが驚くことに……彼の口元がゆっくりと持ち上がった。
彼は笑ったのだ。
悔しさや敗北感からではない。何か「面白いもの」を見つけた男が見せる、あの底冷えするような歓喜を湛えて。
その唇は、ゆっくりと邪悪な笑みの形に歪んでいく。
「なるほど」彼は呟く。「……これが、お前たちの言うチェックメイトか?」
低い笑い声が漏れ、広大なホールに響き渡る。
「あまり早々に祝杯を挙げるもんじゃないぞ」
その言葉に、ジンたちは不穏な戦慄を覚えた。反射的に、彼らは武器を握る手に力を込める。
そして――
「さて」
雷禅の口から、静かに命令が下された。その瞬間――
シュッ! シュッ! シュッ!
周囲の回廊やバルコニー、隠し通路から、数十もの黒装束の影が飛び出した。
頭上の梁からも次々と舞い降り、広間の影からも新たな敵が現れる。
わずか数秒のうちに……ジンたちは完全に包囲されていた。
雷禅はわずかに両腕を広げた。「我らの要塞を無防備にしておくとでも思ったか?」
フードの下で、彼の笑みが深まる。「自ら獣の牙の中へと飛び込んできたわけだ」
「動け!」ジンが叫んだ。
「黒月」の面々が一斉に突撃する。鋼と鋼が激突し、広間には炎が弾け飛んだ。
「嘘でしょ!」さやかが呻きながら薙刀を大きく振り回し、数人の戦士を後方へと吹き飛ばした。
「次から次へと……!」和樹が吐き捨てるように言い、鎖鎌を空中で唸らせて敵の武器に絡みつかせると、その男を力任せに放り投げた。
「チッ!」光は二本のトンファーを交差させ、間一髪で同時に繰り出された二撃を防いだ。「多すぎる!」
広間の向こう側では、葵が奔流のごとく戦場を駆け抜けていた。彼女の刀が閃き、次々と敵の刃を弾き飛ばすと、一閃の薙ぎ払いで三人の戦士を後退させる。
すぐ近くでは、雷藤が別の敵集団と正面から対峙し、力強い剣の振りで彼らを押し返していた。
黒装束の戦士の一人が、音もなく彼の背後へと忍び寄る。その刃が振り下ろされた――が、それが届く前に。
ガキンッ!
葵がその一撃を阻んだ。
彼女は素早く身を翻すと、刀の峰で攻撃者を強打し、吹き飛ばした。
男は石の床に叩きつけられた。
葵は振り返りもせず、不敵な笑みを浮かべた。「これで貸し借りなしね」
雷藤は瞬きをしてから、気まずげに笑った。「……俺でも対処できてたけどな」
「そうでしょうね」彼女は呆れたように目を回しつつ、すでに別の戦士の体勢を崩していた。
二人は自然と背中合わせの体勢をとった。四方八方から、さらなる敵が押し寄せてくる。
その時、力強い声が砦に轟いた。
「炎刃流奥義……第三の型――『焦熱の軌跡』!」
深紅の炎の帯が、戦場を切り裂くように噴き出した。
炎の奔流は、突撃してくる「黒月」の隊列を真っ直ぐに貫き、彼らを強引に左右へと吹き飛ばすと、やがて奥の壁に激突して爆発した。
広間全体が激しく揺れた。
「えっ……?」葵が息を呑む。
「なんだ、あれは?」ライトが呟く。
全員の視線が、その声の主へと向けられた。
破壊された砦の壁の一部が内側へと崩れ落ち、開いた穴から土煙がもうもうと立ち上る。
やがてゆっくりと……その煙の中から人影が現れた。
松明の明かりに刃を輝かせ、武器を構えた「月守」の侍たちが整列していた。
その先頭に立つのは長老シンジ。その傍らにはヒロとアヤカの姿があり、二人とも負傷しているにもかかわらず、即座に戦える構えをとっていた。
ヒロの口元には、自信に満ちた笑みが浮かんでいる。
ボルトが意気揚々と吠えながら前へと駆け出した。頭上では、舞い上がる土煙の中をアストが旋回し、力強く翼を羽ばたかせながら、その鋭い眼差しを「黒月」の者たちへと向けていた。
その瞬間、初めて……ライゼンの余裕が崩れた。
彼の深紅の瞳が、鋭く細められる。「……シンジ」
その一言には、抑えきれない怒りが滲んでいた。
「ヒロ先輩!」ミツルが声を上げ、その表情に安堵の色が広がった。
「間に合ったんだ……」ミソラが呟いた。
イズミの瞳が潤む。「……ボルト」
忠実な相棒であるボルトは、彼女の姿を認めるやいなや、嬉しげに吠えながら激しく尻尾を振った。
「……じいちゃん?」ジンの目が見開かれる。信じられないという驚きは、やがて安堵へと変わっていった。「みんな、来てくれたんだね……」
シンジの年輪を刻んだ顔に、温かな笑みが浮かぶ。
「言っただろ?」彼は静かに笑いながら言った。「お前の無茶な決断に付き合うのは、まだ終わりじゃないってな」
彼は刀の柄に手を置く。「それに……」笑みがほんの少し深くなる。「……若い連中だけに、この戦いを背負わせるわけにはいかないからな」
ジンは息を漏らすように笑った。「……本当に、変わらないね」
アヤカが一歩前に出ると、刀をくるりと回し、肩に担いだ。
「ボルトがすぐにあなたの足跡を追ってくれたのよ」彼女は興奮するボルトに微笑みかける。「それに、アストが空から偵察してくれていたから、ここを見つけるのは思ったよりずっと簡単だったわ」
頭上高くで、アストが誇らしげに鳴き声を上げ、一度旋回してから戦場の上空でホバリングした。ボルトも尻尾を激しく振りながら、応えるように吠える。
ヒロが、自分の剣を力強く地面に突き立てた。「最後まで、みんな一緒だ」
彼の決意に満ちた眼差しが、ジンと交差する。「だって……お前は俺たちの王子様なんだからな」
ジンは剣を握りしめる力を強めた。つい先ほどまで胸を押しつぶしていた重圧が、消え去っていくようだった。
自信に満ちた笑みが、ゆっくりと戻ってくる。
「……ああ」彼は力強く頷いた。「決着をつけよう」
「ああ!」
広間が再び沸き立った。
鋼と鋼がぶつかり合い、深紅の炎が空間を照らし出す。
月森の戦士たちがジンの仲間たちと並んで突撃し、その圧倒的な勢いで黒月の軍勢を押し返していく。
数メートル離れた場所で――ダイゴは舌打ちをし、外套の下で苛立ちに拳を震わせた。
「チッ……」フードの下で、深紅の瞳が燃えるように輝く。「なぜ今なんだ……? なぜ奴らが邪魔をする?」
彼が言葉を続けるより早く、ライゼンが静かに腕を伸ばし、その行く手を遮った。
ダイゴは即座に口をつぐんだ。老人の視線は、戦場から一瞬たりとも逸らされることはなかった。
それどころか……その口元が、ゆっくりと弧を描く。
薄く、真意の読めない笑みだった。
無言のまま、彼は紅の方へと手を伸ばす。彼女は即座に、両手で「火の翼」を差し出した。
ライゼンは聖剣を受け取ると、一瞥さえもくれなかった。
そして……彼は振り返った。
その深紅の瞳が、アヤネ……イズミ……そしてリクヤを捉える。
三人はその視線に射すくめられ、反射的に身を強張らせた。
圧倒的な圧力が広間を支配する。
ライゼンがゆっくりと片手を掲げた。
予兆もなく――
――ゴォォォォッ!
捕らえられた三人の背後で、黒い霧の塊が噴き出した。それは激しくうねりながら、巨大な渦へと膨れ上がっていく。
「……っ!」アヤネが目を見開く。「あれは何なの!?」
「門」の引力が瞬時に強まる。不自然な力に中心へと引きずり込まれ、三人はよろめきながら後ずさった。
「ああっ――!」
「アヤネ!」アオイとミソラが叫ぶ。
「リクヤ!」ライトとミツルが声を上げる。
「イズミ!」双子、ヒカル、そしてカズキが声を張り上げた。
彼らの叫びが広間に響き渡った。
ジンは勢いよく振り返り、その表情を凍りつかせた。
雷禅は転送門の前に静かに立っていた……その手には「火の翼」が握られている。
その光景が、ジンの内にある何かを激しく燃え上がらせた。
彼の瞳が怒りに燃える。「てめぇ……ッ!」
迷うことなく、ジンは前方へと躍り出た。
「ジン!」ヒロが叫ぶ。
真っ先にミソラが彼を追って駆け出し、他の者たちもすぐ後に続いた。
雷禅は、彼らの必死の突撃を、微塵の懸念も見せずに眺めていた。
それどころか……その笑みはさらに深まった。
「……その通りだ」彼はジンに見せつけるように、「火の翼」を掲げた。「待っていたよ」
ジンが広間の中央を通り過ぎたその瞬間、雷禅が口を開いた。
「……今だ」
轟音と共に――!
要塞が激しく揺れ動いた。
全員の足元で、地割れが爆発的に広がっていく。
「……ッ!?」
誰も反応する間もなく、石の床が裂け、広間の巨大な区画がまるで落とし戸のように崩落した。
「ああっ!!」
ジン、アオイ、ミソラ、ヒロ、アヤカ、シンジ、月守の戦士たち、そして数え切れないほどの黒月の兵士たちが、足元の床が抜けたことで眼下の闇へと落下していった。
ただ雷禅とダイゴ、そして残る精鋭指揮官たちだけが、渦巻く黒い霧の流れに支えられ、崩れ落ちる戦場の上空に留まっていた。
彼らの下では……石が砕け散る音や鋼がぶつかり合う音が、奈落の底で果てしなく響き渡っていた。
雷禅は足元の闇を見つめると、静かに背を向けた。
彼は「火の翼」を肩に担ぐ。
「要塞の中枢へ向かう」その声はあくまで冷静だった。「あのキヨサダという娘は、剣を完成させ損ねた」
フードの下で、深紅の瞳が怪しく光る。「この手で、その仕事を完遂するとしよう」
彼は一瞬言葉を切り、振り返ることなく――
「……奴らを滅ぼせ」
その命令は、死の宣告のように下された。
彼の周囲で……ダイゴと残る九人の精鋭指揮官たちが、ゆっくりと笑みを浮かべた。
ある者は残忍な笑みを、またある者は期待を隠そうともしない笑みを浮かべていた。
「御意のままに」
雷禅の体は漂う黒い霧へと溶け込み……やがてその姿を消した。




