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第27章

月が険しい山並みの上にぼんやりと浮かんでいたが、その淡い光は、広大な広間を包む重苦しい空気を和らげるにはあまりに力不足だった。


内部は不気味なほど静まり返っていた。蝋燭やランタンの明かりが巨大な石造りの部屋に揺らめく影を落とし、その光は床の上で長く、歪んだ形に伸びていた。


その中心で、三人の人影が並んで跪いていた。彼らの足は縛られ、両手は背中で拘束されていた。


「アヤネ……おい、アヤネ、目を覚ませ」


その声に、茶色い髪の少女が身じろぎをした。彼女は小さく呻き声を漏らしながら、ゆっくりとまぶたを持ち上げた。


「な、何……?」と彼女は朦朧とした様子で呟き、半開きの瞳を隣にいる二人の姿へと向けた。


「リクヤ? イズミ……?」


リクヤの反対側に跪いていたイズミが、心配そうな表情で彼女を見つめた。「大丈夫、アヤネ?」


アヤネは力なく頷いた。「う、うん……」彼女は眉をひそめながら視線を上げ、周囲の見知らぬ広間を見渡した。「ここ、どこ?」


リクヤは険しい表情のまま、視線を正面に向けた。「よく分からないが……」


「ああ。ようやく目を覚ましたか」


三人は一斉に身を強張らせた。彼らはその声の主の方へと、弾かれるように顔を上げた。


白い外套をまとった人影が、上階の手すりの端へと歩み出た。その両脇には、影のように番をする数人の人影が控えていた。


彼らの顔はフードの下に隠されていたが、深淵のような闇の中で、深紅の瞳がかすかに光り、口元には不敵な笑みが浮かんでいるのが見て取れた。


アヤネは目を細めた。「何よ、その得意げな顔は」と彼女は吐き捨てるように言った。「面白いとでも思ってるの?」


中央に立つ人影が、低く笑い声を漏らした。


「ああ、実にね」と彼は言った。「あそこで無力な子猫のようにしているお前たち三人を見るのは、実に愉快だよ」


「それに何より」と、その隣にいた女性の影がため息交じりに付け加えた。「他の連中があまりに何も分かっていない様子なのは、見ていて恥ずかしくなるほどだわ」


アヤネのこめかみに青筋が浮かんだ。「何ですって!?」 「アヤネ」リクヤは鋭く呟き、彼女を戒めるような視線を向けてから、再びその人影たちへと目を戻した。「ここは一体どこだ?」


フードを被った人影の一人が、小首をかしげた。「お前たちは『黒月くろつき』の根城に捕らえられているのさ」と、その者は滑らかな口調で答えた。「荒廃した地の深奥にな」


「荒廃した地……?」イズミが小さく呟き、わずかに目を見開いた。


アヤネは鼻で笑った。「つまり、私たちを誘拐したってわけね」彼女の眼差しが鋭さを増す。「てっきり、よそ者を皆殺しにするのがお前たちの流儀かと思ってたけど」


もう一人の、外套をまとった人物が、嘲るような薄笑いを浮かべた。


「お前たちをもう少し生かしておくことにした」と、その人物は言った。「その前に、いくつか答えが欲しいことがある」


「教えるわけないでしょ」アヤネは即座に言い返した。


イズミの視線は、上層階の中央に立つその人物に釘付けになった。


「それじゃあ」と彼女は慎重に言葉を選びながら言った。「あなたがここのリーダーってこと?」


クロツキの男は低く笑った。「そうだな」と首をわずかに傾げながら言う。「この集団を率いているのは俺だと言える。もっとも、本当のところ、俺が従うのは『あるじ』ただ一人だが」


「主?」リクヤが眉をひそめながら繰り返した。


誰かが何かを口にするより早く、彼らのすぐそばで鋭い光の筋が走り、少し離れた場所に設置された一段高い演壇を照らし出した。


三人の視線が一斉にそこへ向けられ、彼らは動きを止めた。


その高台には、白い衣をまとった男が座っていた。肩から垂れ下がる外套は、まるで権威の象徴であるかのような重厚さを漂わせている。フードを被ってはいたが、顔を隠す役には立っていなかった。漆黒の長い髪が肩に流れ落ち、左目には不規則な形の傷跡が刻まれていて、その表情をより一層険しいものにしていた。


彼の眼差しは冷ややかだった。単に感情がないというのではない。計算され、意図された冷たさ――危険な気配を孕んだ冷たさだった。


その視線が彼らに向けられた瞬間、アヤネ、イズミ、リクヤの三人は一様に身を強張らせた。


アヤネの背筋を冷たい戦慄が走り、口の中が急に乾いた。


何なの、この感覚は……?


それは単なる恐怖ではなかった。もっと重苦しいもの――息が詰まるような、圧倒的な捕食者を前にした獲物が本能的に感じる警告のようなものだった。


ただ見ているだけで、肌が粟立つ……。イズミはそう思い、胸を締め付けるような不安に息を呑んだ。


あれが彼か……。陸也は顎を食いしばった。心臓の鼓動が乱れるのを感じながらも、黒月組のリーダー……この全てを操っていた張本人。


彼らの頭上には、まるで生きている煙のように黒い霧が立ち込めていた。


部屋の周囲に立っていたフードを被った人物たちは、予告もなく霧の中に消え、姿を消した。そして数秒後、演壇の数歩手前に再び現れた。


そして、彼らは一斉に片膝をついた。完全な服従の印だった。


中央の男は軽く頭を下げた。「おじい様」と挨拶した。


泉と陸也は同時に瞬きをした。おじい様?


綾音は演壇の男を見つめ、首を傾げた。


「おじい様にしては若すぎるわ」と彼女は呟いた。


彼女の口から言葉が出た瞬間、中央にいたフードを被った男が彼女の方に顔を向け、肩越しに睨みつけた。


「今、何と言った?!」彼は怒鳴った。


綾音は肩をすくめ、何の悪びれも感じさせなかった。「何?彼がそう言ったのよ。」


「ずいぶんストレートだな…」陸也は小声で呟いた。


泉は小さくため息をついたが、視線は綾音を睨みつけるフードの男に釘付けだった。


彼女の眉がゆっくりとひそめられた。彼にはどこか見覚えがあった。


いや…見覚えがあるだけではない。不気味なほど見覚えがある。


「どうしてこんなに知り合いに似ているんだろう…?」彼女はそう思い、不安が胸を締め付けた。


「先ほどの報告は聞きました」と、座っていた男はついに口を開いた。その低く落ち着いた声は、部屋全体に響き渡るほどだった。「だが、ダイゴ…まさか客を連れてくるとは思わなかったよ。」



フードを被った男は少し頭を下げ、鋭い視線は現れた時と同じくらいあっという間に消えた。


「仕方なかったんです、おじい様。」


泉は凍りついた。息を呑んだ。


泉の体がかすかに震えると、綾音と陸也は一斉に彼女の方を向いた。


「だ、醍醐…?」泉は恐怖に震える声で囁いた。「まさか…そんなはずはない…」


陸也は眉をひそめた。「どうした?彼を知っているのか?」


「この人を知っているの?」綾音は戸惑いながら瞬きをして尋ねた。


ダイゴは彼らを振り返り、フードの影の下で冷ややかな笑みを浮かべた。その深紅の瞳には、残酷な愉悦が宿っている。


「まさか……」イズミは声を震わせて呟いた。「そんなはずは……」


ダイゴの笑みが深まる。「ああ、紛れもない現実だ、イズミ・キヨサダ」


アヤネの頬を、一筋の汗が伝い落ちた。


イズミは彼を知っているのか……? リクヤは目を細めた。だが、どうやって?


「死んだはずじゃ……」イズミはまるで亡霊でも見るかのような目つきで彼を見つめた。「ありえない……あなたは十年前に死んだのに……」


「彼は誰なの?」アヤネが尋ねた。その口調からは、いつもの余裕が消えていた。


イズミはダイゴから視線を外さぬまま、大きく息を飲み込んでから答えた。


「彼はツキモリの住人だった」彼女は静かに言った。「村でも屈指の戦士の一人よ」


彼女の声はさらに低くなった。「それに、ツキミ一族の人間でもあった……」喉の奥に恐怖を押し込めながら、彼女は唇を開いた。「アヤカの兄よ」


そうしてようやく、彼女はその名を口にした。


「ツキミ・ダイゴ」


その言葉は、アヤネとリクヤに物理的な衝撃となって襲いかかった。二人は信じられないものを見るように、目を見開いて彼を見つめた。


だが、ダイゴはただ笑みを深めるだけだった。


温かみのある笑みではない。再会を喜ぶ笑みでもない。ただ冷酷で、容赦のない満足感を湛えた笑みだった。


…………..


開けた野原をホタルが漂い、その柔らかな光が銀色の月明かりの下で明滅していた。


「それで、父上はなぜ僕をこんなところに連れ出したの?」八歳のジンが、背の高い草に足をこすらせながら父の隣を歩き、尋ねた。


ダイスケは彼に視線を落とした。「息子と過ごしてはいけないのか?」


ジンは眉を上げた。「普段なら、村の会議や長としての仕事に一日中追われているくせに。それに、疲れて帰ってきても、母上と一緒にすぐ部屋へ行ってしまうじゃないか」


ダイスケは即座に頬を赤らめ、身をかがめてジンの頭を拳で軽く小突いた。


「冗談だ! 今のは冗談だよ!」ダイスケがため息をついて芝生に腰を下ろすと、ジンは頭をさすりながら「痛っ」と声を上げた。


「まあ……間違っちゃいないけどな」ダイスケは小さく呟いた。


「わかってるよ」ジンはにやりと笑った。「でも、今の冗談。お前がちゃんと俺と時間を過ごしてくれてるってこと、わかってるから」


ダイスケは横目でジンを見やり、口元にわずかな笑みを浮かべた。そして隣の芝生を軽く叩き、座るように促した。


ジンは素直に従って隣に腰を下ろすと、膝を抱えるようにして足を胸元に引き寄せた。


やがてダイスケは片腕をジンの肩に回し、優しく自分の方へと引き寄せた。


その仕草にジンは頬を染め、温かさが胸に広がるのを感じながら視線を落とした。


「今夜は月が美しいな」と、ダイスケは月の淡い光を瞳に映しながら、ようやく口を開いた。


ジンは彼を見上げ、それから同じように視線を月へと向けた。紅い瞳の中で月と星が煌めき、その夜の美しさに彼は小さく口元を緩めた。


「ああ」と静かにつぶやき、その顔に小さな笑みを浮かべる。


「かつて我らの先祖も、この月のもとに立っていたのだと思うと……」ダイスケはふっと笑い声を漏らした。「実に感慨深いものがあるな」


ジンは彼をちらりと見上げた。「父上、レンヤ様とリアン様――この村の創始者であるお二人は、同じ氏族の出身ではなかったのですよね?」


ダイスケは頷いた。「ああ、そうだ。二人は異なる地の出身だったが、それでも運命に導かれて巡り合ったのだ」


古きものへの敬意を湛え、彼の視線は再び月へと向けられた。「二人が築いた絆は、強く揺るぎない炎となって燃え上がった。そしてその愛から、彼らは『炎の誓い』を立てたのだ。『我らの愛がこの炎を産んだ。我らの子孫がそれを継承し、その心が常に温かくあるように』と」


彼はかすかに微笑み、言葉を続けた。「二人が結ばれたからこそ、我らの炎の術も、そして剣術さえも生まれたのだよ」


「ふむ……」ジンは小さく唸り、その言葉を噛みしめるように考えを巡らせた。ダイスケはそんな彼を、穏やかな笑みを浮かべて見つめていた。


「ジン……我らの一族はかつて、罪なき人々を守る存在だった。お前の刃もまた、そうあるべきだ」


「父上……なぜ、僕なのですか?」ジンは自信なさげに尋ねた。


ダイスケの笑みがさらに優しくなる。「お前の心が、誰よりも優しく燃えているからだ。お前は月代つきしろの最後の継承者なのだよ。お前が迷えば、その炎は消えてしまう」


ジンは小さな拳をぎゅっと握りしめた。「それなら……消させはしません」


父は彼の頭にそっと手を置いた。「それが我が息子だ」


二人は再び星に満ちた空を見上げ、静寂に包まれた夜の空気を味わった。


だが、平穏が長く続くことはなかった。


次の瞬間、その穏やかな夜は、混沌の渦に飲み込まれていった。


月守つきもりの里の至る所で炎が噴き上がり、その猛々しい輝きが闇を飲み込む中、分厚い煙が天へと立ち上っていった。


かつては平穏だった通りは戦場と化していた。四方八方で鋼がぶつかり合い、火花が散る中、月守の侍たちが侵略者「黒月くろつき」の軍勢を相手に必死の抵抗を続けていた。凄惨な光景のさなか、村人たちは悲鳴を上げ、命からがら逃げ惑う。


じんは荒い息をつきながら、黒月の襲撃者に刃を突き立て、震える手でその男を突き飛ばした。だが、一息つく間もなく、また別の敵が彼に襲いかかってきた。


その瞬間、何かが一閃した。


鋼の音が空気を切り裂き、敵はたった一撃の反撃で後方へと弾き飛ばされた。


「父上!」仁は叫び、身を翻した。


少し離れた場所に、月守の武士の装束をまとった父・大輔だいすけが立っていた。その刀は炎の光を浴びて鋭く輝いている。


その傍らには、同じ装束を身にまとった母・ほたるの姿もあった。周囲の混乱とは裏腹に、彼女の表情は穏やかだった。彼女が大輔の隣に歩み寄ると、二人は静かに視線を交わした。


仁の胸が締め付けられる。二人の眼差しに、言いようのない不安が彼の腹の底で渦巻いた。


やがて大輔が仁に歩み寄り、片膝をついた。その顔には温かな笑みが浮かんでいたが、それを見れば見るほど、仁の恐怖は募るばかりだった。


「仁……」父は静かに言った。「あとはお前に託さねばならんようだ」


仁は眉を寄せた。「どういうことですか、父上?」胸にこみ上げる動揺で、声が震える。「二人はどこへ行くんですか?」


蛍も大輔の隣に膝をついた。彼女の微笑みもまた優しげだったが、その瞳は感情に揺れていた。


「愛しい仁……」彼女はそう呟き、一瞬だけ目を閉じた。「大丈夫よ。これからは……私たちの分まで、あなたが歩んでいくのよ」


仁は二人を見つめた。困惑は、やがて恐れへと変わっていった。


「な、何を言っているんですか?」声が裏返る。「わからないよ!」


「侵略者たちの狙いは『火のひのつばさ』だ」大輔はそう言うと、聖なる刀を鞘に収め、仁の震える手にそれを託した。ジンの指が柄に触れた瞬間、ダイスケの手がその上からしっかりと重なった。


「これを守り抜くのだ」と、彼は穏やかな口調ながらも力強く言った。「これを扱えるのは、お前だけなのだから」


ジンは目を見開いた。「いやだ……」掠れた声は、かろうじて聞き取れるほどの囁きだった。首を横に振りながら、頬を涙が伝い落ちる。「いやだ……まだ早すぎる。僕にはできない……」


それ以上言葉を続ける間もなく、両親は彼を強く抱きしめた。


二人の腕は、彼を放す前にありったけの愛をすべて託そうとするかのように、必死の温もりを込めて彼を包み込んでいた。


「あなたならできるわ」蛍は震える声で囁いた。その声には安心させる響きがあった。「だって、ジンは強い。あなたが思っている以上に強い。この村を滅ぼしてはいけないのよ」


二人はゆっくりと身を引いたが、ジンを完全に離すことはなかった。


大輔はジンの肩に手を添え、優しくも揺るぎない微笑みを浮かべた。「君に託された炎は、何よりも強い。私は知っている」彼の瞳には静かな確信が宿っていた。「内なる炎を…燃え上がらせろ」


蛍はジンの頬に手を添え、煙と炎の光の中で青い瞳を輝かせた。


「闇に立ち向かう時だけ、燃え上がれ」彼女は優しく言った。「燃えられない人々のために燃えろ」


両親が立ち上がると、ジンの唇は震えた。二人は一歩ずつ後ずさり、ジンから目を離さず、その微笑みには誇りと悲しみが入り混じっていた。


「私たちが黒月を食い止めるから、あなたは村を守って」と蛍は優しく言った。「おじいちゃんのことを頼むわ…それにみんなのことも。ジン、私たちはあなたを愛しているわ」


ジンは息を呑んだ。そして、刀の柄に手を添え、二人は踵を返し、混沌の中心へと走り出した。


「ジン、全てはお前に任せる!」大輔は戦いの轟音に負けじと叫んだ。「村を守ってくれ!私たちを失望させるな!」


二人が炎の奥深くへと消えていく前に、ジンが父から聞いた最後の言葉だった。


「お、父さん…!」ジンはよろめきながら前に進み、二人のほうへ手を伸ばした。「母さん!」


炎は彼の周りでさらに高く燃え上がり、村を真紅と黄金の海へと飲み込んだ。ジンは四方八方から響く助けを求める叫び声に、必死に視線を走らせた。恐怖、悲しみ、絶望、そして消えゆく希望が入り混じった声が、嵐のように渦巻いていた。


震える体を震わせながら、彼は火の翼を胸に強く抱きしめた。まるでそれが、彼が崩れ落ちるのを食い止める唯一のものだったかのように。


その瞬間、それは消え失せた。


聖なる刃は彼の手の中で揺らめく残り火へと変わり、風に舞う灰のように散り散りになっていった。


ジンの深紅の瞳が、恐怖に大きく見開かれる。


「いやだ……やめてくれ……」


震える指の間からこぼれ落ちていく火の粉を必死に掴もうとしながら、彼は掠れた声でそう懇願した。


だが、消えたのは剣だけではなかった。彼を取り巻く村そのものが、消失し始めたのだ。


燃え盛る通りは崩れ去り、闇へと溶けていく炎の中で、人々の声も変わっていった。助けを求める叫びは消え、代わりに嘲りや軽蔑、そして冷酷な非難を帯びた囁きが響き渡る。


「無能め」


「お前は弱い」


「失敗作だ」


ジンは息を呑んだ。その声を耳から追い出そうとするかのように、全身を震わせながら両手で耳を塞ぐ。


「やめてくれ……」


虚無の空間に消え入るような、弱々しく壊れそうな声だった。


不意に、何者かの影が彼に覆いかぶさった。


ジンは硬直した。


白い衣を纏った人影が、フードで顔を隠して彼の前に立っていた。フードの影の下で深紅の瞳が残酷な愉悦を宿して輝き、その唇にはゆっくりと嘲笑の笑みが浮かぶ。


「期待外れだな」と、その人影は冷ややかに言い放った。「『火の翼』がなければ、お前など何者でもない」


ジンの瞳が鋭く細められる。恐怖は怒りへと変わり、彼は反撃しようと身を翻した――だが、動くよりも早く、猛烈な衝撃が彼を襲った。


足元の地面が砕け散る。


足場が崩れ、後方へと吹き飛ばされる中、ジンは苦痛に息を漏らした。彼は眼下の闇へと落下しながら、必死に手を上へと伸ばす。


「いやだ――!」


その叫びが漏れるのとほぼ同時に、頭上からその人影の笑い声が響き渡り、虚空にこだました。


再び周囲で炎が噴き上がり、以前よりもさらに熱く、激しく燃え盛る中、ジンは涙で視界を滲ませていた。四方八方から自分の名を呼ぶ声が波のように押し寄せ、やがて周囲はただ混沌とした音の渦と化した。


その時――


………….


「ぐっ……!」


鋭い息を呑んでジンは目を見開いた。現実の感覚が急激に蘇り、胸が激しく上下する。焦点の定まらない彼の視線は、自分を覗き込む心配そうな瞳と交錯した。


「目が覚めた!」アヤカが安堵の声を漏らしながら、他のメンバーの方を振り返った。


「やっとだ!」


「長かったな」


「ジン先輩、大丈夫ですか!?」


重なり合う声は判然としなかったが、ジンはそれらの言葉をほとんど理解できずにいた。


「ジン先輩~っ!」大げさな泣き声を上げながら、ミツルがジンの足元に飛びついた。毛布に包まれたその足が押し潰されんばかりの勢いだった。「生きててよかったぁ~!」


「ミツル……」ジンは掠れた声で呟いた。


荒い息を整えながら、彼が力なく首を巡らせると、その視線は近くに跪く仲間たち――皆、安堵の笑みを浮かべている――へと向けられた。


「みんな……」と、彼は呟いた。


その時になって初めて、ジンは周囲の状況をはっきりと認識した。


「ここは……どこだ?」掠れた、か細い声で彼は尋ねた。


「医務室よ」と、右側にいたアオイが腕を組みながら答えた。「さっきは、ひどい目に遭ったわね」


ジンは身を起こそうとしたが、全身を走る痛みに思わず呻き声を漏らした。上半身は包帯以外何も身に着けておらず、彼は反射的にその包帯を巻いた胴体を腕でかばった。


「やめて」アヤカが歩み寄り、声を和らげて言った。「目が覚めたばかりなんだから、無理はしないで」


「その通りだ」ヒロも歩み寄りながら言葉を添えた。ジンが見上げると、ヒロの顔には安堵と心配の色がはっきりと浮かんでいた。


ヒロの背後では、ミソラが腕を組んで壁に寄りかかっていた。普段は冷静な彼女の表情にも、静かな安堵の色が混じっていた。


「おかえりなさい」彼女は静かに言った。


ジンは唾を飲み込み、視線を上げた。「村はどうなった?」と彼は尋ねた。「みんな無事か?」


ヒロは頷いた。「幸い、死者は出なかった」彼は言った。「怪我人はいたし、何人かは襲撃に巻き込まれたけど、全員生きてる」


彼は腕を組み、表情を曇らせた。「村の方は……かなりの部分が焼けてしまった」


ジンは沈黙した。視線を足元に掛けられたシーツへと落とし、指先でゆっくりと布地を握りしめた。


十年前と同じだ……いや、それ以上だ。


罪悪感が、波のように彼を襲った。


「ごめん」彼は囁いた。その言葉は、かろうじて聞き取れるほどのものだった。


「本当にそう思っているのか?」


厳しい声が、一瞬で部屋の空気を切り裂いた。全員が入り口の方を振り返った。


入り口にはシンジが立っていた。片手を杖に置き、薄紅色の瞳で鋭くジンを見据えていた。


ジンの体がこわばった。彼はすぐに視線を逸らした。胸の奥には、すでに恥じ入るような思いが広がっていた。 「月代長老……」彩花はそう言いながら、素早く立ち上がった。


「だめだ、アヤカ」長老はそう言って、彼女がそれ以上近づこうとするのを制止した。


杖の一定のリズムが医務室に静かに響き渡る中、彼はジンのベッドサイドへと歩み寄った。


「本当に後悔しているのか、ジン?」シンジはそう問いかけ、視線をジンから離さずに歩みを進めた。「待ちに待った聖華祭は台無しになった。黒月が村を侵略した。我々の民を守る唯一のものが奪われたのだ。」


彼の顎は引き締まり、杖を握る力が強くなった。「そして何より、我々の民がその渦中に巻き込まれたのだ。」


彼はジンから数歩離れたところで立ち止まった。そして、鋭い音を立てて、シンジは杖の先を床に叩きつけた。


その音はまるで雷鳴のように医務室に響き渡り、何人かの者は驚愕して長老を見つめた。彼の怒りはもはや隠しきれていなかった。


「謝るだけで済むと思っているのか?」彼は声を荒げて問い詰めた。「廃墟と化した村に、焼き払われた家々に、そして我々の民が耐え忍んだ恐怖に、お前の謝罪が何になるというのだ?!」


ジンは何も言わなかった。うつむいたまま、前髪が目に垂れかかり、罪悪感が重くのしかかっていた。


「すまない…」彼は再び、か細い声で呟いた。


重苦しい沈黙が部屋を包んだ。


誰も口を開かなかった。


皆はただ、苦痛と無力感に満ちた表情で彼を見つめるしかなかった。彼らの同情は、彼の胸を締め付ける重圧を和らげることはできなかった。


「ジン先輩…」カズキの声が沈黙を破った。


皆が彼の方を向き、ジンはゆっくりと顔を上げた。


カズキは太ももの上に握りしめた拳に視線を落とし、ためらいに満ちた表情を浮かべた。


「…もう一つ知っておいてほしいことがある。綾音…泉…そして陸也は黒月によって連れ去られた。」


その言葉はまるで殴打されたかのように、部屋を静まり返らせた。


ジンの目は大きく見開かれ、信じられないという表情で唇が開いた。


「な、なんだって…?」彼は息を呑んだ。


ヒカルは険しい表情で彼を見つめた。「何が起こっているのか、誰も気づく前に、彼らは連れ去られていた」と彼は言った。ミツルがゆっくりとジンの足から離れると、ヒカルの表情はさらに暗くなった。「黒月は彼らの携帯電話に気づいたようだ…それが彼らの注意を引いたんだ」


ライトはジンの方を向き、険しい表情を浮かべた。「こんなことが起こるかもしれないと分かっていたんだろう?」眉をひそめた。「だから、携帯電話のことは誰にも見せるなと言ったんだな」


ジンの視線は再び落ちた。


「それでも…」彼の声は虚ろだった。「やっぱり、僕のせいだ」


すべての重みが彼を押しつぶそうとし、目に涙が溢れた。


「聖華祭…火の翼…村…」彼は息を呑んだ。「綾音、泉、陸也…すべて僕のせいだ」


シンジの表情も暗くなった。 「外の世界から来たものは、この村に不幸しかもたらさなかった。もしあのよそ者たちがあんなに不注意じゃなかったら――」


さやかは咄嗟に立ち上がった。「そんなの不公平よ!」と彼女は言い放った。「たとえ綾音と陸也がしくじっていなかったとしても、黒月は泉を狙っていたはずよ。他の二人まで巻き込まれてしまったのは、ただの不運だわ。」


「彼らはよそ者を全員排除するつもりだと自ら言っていたわ」と芽衣は冷静に付け加えた。「人質であろうとなかろうと、綾音、泉、陸也は最初から標的だったのよ。携帯電話が注目を集めたのかもしれないけど、それが本当の理由じゃないわ。」


静香は小さく頷いた。「それは私たち個々の戦闘でも明らかだったわね。」


それまで黙っていた葵が、ついに口を開いた。「もう一つ気になることがあるの。」


皆の視線が葵に集まったが、彼女の目はジンから逸れなかった。


「なぜ、あなたの決意が揺らいだ瞬間に聖華の儀式は失敗したのですか?」彼女は尋ねた。「あなたが戦ったあの黒月女は、あなたがためらったと言っていました…正直言って、儀式の最中、私たち全員がそれを見ていました。」彼女の視線が鋭くなった。「それで、彼女は何を言いたかったのですか?」


その問いは、まるで重いベールのように部屋を覆い尽くした。皆の視線はジンに注がれ、答えを待っていた。


しかし、誰よりもジンをじっと見つめていたのはシンジだった。彼の厳しい視線は、孫にしっかりと向けられていた。


ジンはシーツを掴むように拳を握りしめた。


「俺は……」彼は囁くような声で静かに言った。「期待を裏切るような人間なんだ」


周囲の者たちが眉をひそめたが、誰かが口を開くより先に、彼は言葉を続けた。


「儀式が失敗したのは、何か隠された仕掛けのせいじゃない」彼は言った。「失敗したのは……俺の迷いが、真実から来ていたからだ」


彼は唇をきつく結んだ。「俺には、長になる覚悟ができていなかったんだ」


沈黙が流れた。


その告白に、シンジでさえも目を見開いた。


「そうあるべきだったことは分かっている」ジンは感情に震える声で続けた。「そのために生まれたことも。でも、ソウキョシで築き上げた生活を捨てたくなかったんだ」喉が詰まる。「それを手放したくなかった」


ゆっくりと顔を上げ、彼の視線はミソラに向けられた。


「友達と一緒にいたかったんだ」彼は静かに言った。「俺の大切な人たちと」


ミソラの息が止まり、彼の言葉の重みに目を見開いた。


シンジは信じられないという表情で彼を見つめた。「自分の民を犠牲にしてか?!」彼は声を荒らげた。「正気か、ジン?! 子供じみた空想のために、己の務めを――生まれながらの権利を――放棄するというのか?!」


ジンの表情が一瞬で険しくなった。


「好きに思えばいい」彼は言い返した。「だが、俺はこの村を愛している。ツキモリのためなら、迷わず命を捧げるつもりだ」


「なら、なぜ――?!」


「この人生は、俺自身が選んだものじゃなく、俺のために選ばれたものだったからだ!」ジンの声が初めて大きくなり、長老の言葉を遮った。


部屋に静寂が訪れた。ジンは奥歯を噛み締め、その瞳を燃やしていた。


「ああ、俺はツキシロの血筋に生まれた」抑え込んだ感情に声を震わせながら、彼は言った。「だが、だからといって俺の未来のすべてが勝手に決められていいわけじゃない。心から望んだわけでもない肩書きを、無理やり押し付けられていいはずがないんだ」


シンジは鋭く息を呑み、ジンの告白のあまりの迫力に言葉を失った。


ヒロが反射的に一歩前に出た。「ジン……」


ジンの視線が彼の方へ向けられた。その眼差しは先ほどより柔らかさを帯びていたが、意志の強さは変わらない。


「ヒロ……この話はもうしたよね」彼は少し視線を落とした。「努力はしたんだ。本当に。でも、どれだけ自分を追い込んでも……どうしてもできなかった」


ヒロは長い間、彼を見つめていた。やがて静かに息を吐き、不本意ながらも事態を飲み込んだのか、肩を落とした。


「だが、そんなわけにはいかないだろう、ジン」シンジはきっぱりと言った。「お前は月代つきしろ一族の最後の継承者だ。この村に対する責務がある……それに、ここにはお前の未来だって待っている。ミソラだっている」


その言葉に、ジンとミソラは互いに視線を交わした。


そして、ジンは静かに息を吐き出した。


「実は、祖父さん……」彼の声は先ほどよりも小さくなっていた。「他にも知っておいてほしいことがあるんだ」


シンジは眉間に皺を寄せた。


「儀式が失敗したもう一つの理由は……」ジンは言葉をためらい、シーツを掴む指に力を込めた。「……俺が嘘をついていたからだ」


驚愕の沈黙が場を支配した。


「何だって?」


ジンは視線を落とした。「あの寺で、俺の魂が儀式を拒んだのは、俺の心に偽りがあったからなんだ。あの儀式は、清廉で正直な心を持つ継承者――真の覚悟を持った者によって行われるべきものだから」彼の声が震えた。「俺には、それがなかった」


シンジは彼を見つめた。「ジン……何を言っているんだ?」


ジンはゆっくりと息を吸い込み、絞り出すように言葉を続けた。「本当は……」彼は唾を飲み込んだ。「ミソラと俺は、付き合ってなんていないんだ」


部屋に重苦しい沈黙が降りた。


シンジは瞬きをした。「……何だって?」


彼の視線はゆっくりとミソラの方へ移った。その顔には、信じられないという色がはっきりと浮かんでいた。


「お前たち……付き合ってはいなかったのか?」


ミソラはすぐに視線をそらした。その表情には罪悪感が影を落としていた。


「……ごめんなさい」彼女は呟いた。


シンジは、肺から空気が抜けてしまったかのように、弱々しく不安定な息を漏らした。そして彼は他の者たちの方を向き、一人ひとりの顔を見渡した。誰もがうなだれ、彼の視線を受け止められずにいた。


ヒロでさえも、視線をそらしていた。


「みんな知ってたの?」シンジは信じられないという思いを込めた声で静かに尋ねた。「ずっと…みんな知ってたの?」


誰も答えなかった。沈黙そのものが答えだった。


アヤカはジンとミソラを見つめながら目を見開いた。真実が一気に押し寄せてきた。


つまり、二人は愛し合っていなかった…?本当の意味で付き合っていなかった…?


胸の中で心臓が激しく鼓動し、混乱と、口に出せない何かが入り混じった感情が込み上げてきた。ふと視線をヒロに向けると、彼は既にアヤカを見ていた。


彼の瞳には、温かく安心させるような何かがあった。


アヤカは息を呑み、頬にほんのり赤みが差した。そして慌てて視線を逸らした。


シンジは視線を落とし、杖の先を握りしめた。


「…そうか」彼は呟いた。


部屋は静まり返り、皆が彼を見つめていた。しばらくの間、彼は何も言わなかった。


そして、ついに――


「今、分かった」シンジは静かに言った。先ほどの怒りは消え失せていた。「黒月が、なぜお前を火の翼にふさわしくないと思っていたのか」


ジンは身をすくめた。


シンジの視線は伏せられたままだったが、その表情にはもはや残酷さはなく、ただ疲れたような理解だけがあった。


「お前は昔から頑固な子だったな」彼は弱々しい笑みを浮かべながら言った。「小さい頃からずっと。頑固で…一度決めたことは絶対に曲げない」彼の口元はかすかに弧を描いたが、そこには面白さよりも悲しみが滲んでいた。「まるでリュウみたいだ」


ジンの目は震えた。


「だから、」シンジは続けた。「お前がこんなことで嘘をついたとしても、驚くにはあたらないだろうな」


「おじいちゃん…」ジンは胸に痛みを伴う罪悪感を抱えながら、ささやいた。


シンジは再び沈黙し、やがて口を開いた。


「だが、お前がどんな過ちを犯そうと……どんな嘘をつこうと……」彼はついに顔を上げ、ジンをまっすぐに見つめた。「お前は月代つきしろの一員だ。この村の人間であることに変わりはない」


その瞳が優しく和らぐ。「それに何より……お前は俺の孫だ」


ジンは息を呑んだ。シンジの口元に、小さく、疲れたような笑みが浮かぶ。


「祖父として、そしてこれまでお前を育ててきた者として……もう少しの間、お前の愚かさに付き合うのが俺の務めらしいな」


一瞬、ジンは彼を見つめることしかできなかった。やがて、涙がこみ上げてきた。


目に涙が溜まり、頬を伝ってこぼれ落ちるにつれ、視界が滲んでいく。唇を震わせ、抑えきれずに嗚咽が漏れた。


膝の上のシーツに涙の雫が落ち、部屋は彼の静かな泣き声で満たされた。


「本当に申し訳ありませんでした、月代の長老」ミソラは彼の方へ歩み寄り、頭を下げた。「どうか……お許しください」


彼女はぎゅっと目を閉じ、体の横で拳を握りしめていた。


その時、そっと彼女の頭に手が置かれた。


ミソラが瞬きをして顔を上げると、シンジが穏やかな温かさを湛えた瞳で彼女を見つめ、優しく頭を撫でていた。


「心配はいらんよ、ミソラ」彼は静かに言った。「その件で、お前を責めるつもりはない」


安堵の波が押し寄せ、胸を圧迫していた罪悪感が和らいだ。彼女の灰青色の瞳がかすかに潤み、やがて姿勢を正して他の者たちの方を向いた。


「そうね」彼女は表情を引き締めて言った。「まずは何よりも……アヤネたちを助け出さないと」


カズキも他の者たちと共に立ち上がった。「でも、どこに連れて行かれたのかさえ分からない」


「それに、クロツキのアジトがどこにあるのかも皆目見当がつかない」ヒカルも腕を組みながら付け加えた。


サヤカがシンジの方を向く。「月代のじいちゃん、何か知ってる……?」


シンジは首を横に振った。 「この村の誰も、奴らの拠点がどこにあるのか知らない。今日お前が見た通り、10年前も同じことが起きたんだ。奴らは現れ、月森を襲い……そして消えた」


ライトは舌打ちをし、ぐっと奥歯を噛み締めた。「つまり、手がかりは皆無ってことか? 最高だな。実に素晴らしいよ」


「手がかりはあるわ」


全員が鋭く葵の方を向いた。彼女は腕を組み、いつものように無表情なまま立っていた。


メイがまばたきをした。「どういうこと?」


葵は片眉を上げた。「明白でしょ? 追跡すれば、アヤネたちを見つけられるわ」


一同は呆気にとられたように彼女を見つめた。葵は長い溜息をつき、スマートフォンを取り出した。


「彼らのスマホを使って、位置を追跡できるのよ」


その言葉に、全員がハッとした表情を浮かべた。


「なるほど!」シズカが目を輝かせて声を上げた。


「スマホか!」ミツルも叫んだ。「なんで今まで思いつかなかったんだ?!」


ヒロは困惑した様子で彼らを見回した。「待てよ……あんな小さなもので、どうやって人を探すんだ?」


ヒカルがニヤリと笑った。「スマホには位置情報やナビの機能があるんだ。相手の電源が入っていて設定が有効なら、こっちの端末で追跡できる」


「外の世界が生み出した数ある便利なものの一つね」葵はシンジの方をちらりと見て付け加えた。「だから、あれは不吉なものなんかじゃないわ」


シンジは驚きに目を見開いてその端末を見つめていた。あれほど小さな物体が、これほど驚くほど便利なことができるという仕組みを、まだ理解しきれていない様子だった。


「アヤネのなら追跡できるわ」ミソラがそう言いながら、すでに自分のスマホを取り出していた。彼女の指が画面上を素早く動く。「位置情報の設定がオンのままだといいんだけど……」


小さな電子音が鳴った。


ミソラが目を見開いた。「見つけた」


彼女が画面上の地図を確認するのを覗き込むように、全員が身を乗り出した。


「ここから西ね」ミソラが言った。「かなり遠いけど」


「西……」アヤカが呟いた。「そこは『荒廃地』がある方角だわ」


ヒロの表情が曇った。「つまり、クロツキのアジトはそこにあるってことか」


「その可能性は高いね」シズカが深刻な面持ちで頷いた。


「それじゃ、行こう」ライトがそう言い、すでにドアの方へと向き直っていた。


他のメンバーも頷き、彼に続こうとしたその時――


「おいおい、ちょっと待てよ!」


ヒロは慌てて彼らを追いかけ、グループの前に立ちはだかった。


「まさか、荒れ地に直行するつもりじゃないだろうな!」彼は叫んだ。「あそこが『荒れ地』と呼ばれるのには理由があるんだぞ!」


彼は震える声で激しく身振り手振りをした。「それに、誰と戦おうとしているのか忘れるな!黒月だぞ!あいつらがこの村に何をしたか、お前らは見ただろう!一度かろうじて勝てただけだぞ!」


「いいわよ」さやかはニヤリと笑って言った。


ヒロは呆然とした。「え?」


「前回は準備不足だったんだ」ヒカルは肩をすくめて言った。


「今回は準備万端だ」カズキがニヤリと笑い、アオイたちも頷いた。


「その通り」ミツルが口を挟んだ。「今回は武器を持っていく」


「でも、それでも――!」ヒロはもう一度言いかけた。


静かなうめき声が彼の言葉を遮った。皆が振り返った。


ジンがゆっくりと立ち上がろうとしており、アヤカが彼を支えようと駆け寄った。


「ジン先輩!?」メイは息を呑んだ。


顔に苦痛を浮かべながらも、ジンは一歩ずつ前に進んだ。


「僕も…一緒に行く」と彼は言った。


部屋は静まり返った。


「正気か!?」ヒロが思わず口にした。「見てみろよ、ほとんど立っていられないじゃないか!」


「お願い、ジン」アヤカが優しく懇願した。「休まなくちゃ」


ジンは首を横に振った。「大丈夫だ」声はまだ弱々しかったが、彼は言った。「もう気分が良くなってきた」


「もう!?」双子は声を揃えた。


ジンは皆の前に立ち、疲労の色を浮かべながらも、表情は険しくなった。


「それに…この全ては僕のせいだ」彼は両手を握りしめた。「この混乱は僕から始まった。だから、僕が解決するんだ」


「自分を責めても何も変わらない」とシンジは厳しく言った。「今の状態では戦えない」


「おじい様――」


「お前の好きにさせてやるのも、これまでだ」シンジが言葉を挟んだ。薄紅色の瞳が細められる。「今度は俺が決める。この村から出ることは許さん――ましてや、この部屋から出るなど論外だ」


ジンは黙り込み、拳を強く握りしめた。


やがてゆっくりと顔を上げ、シンジの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


「祖父さん……」静かな声だった。「ごめん。でも、その命令には従えない」


部屋に動揺が走った。シンジの目がわずかに見開かれる。


「行かなきゃならないんだ」ジンは続けた。「アヤネとリクヤは俺の後輩だ。俺には彼らを守る責任があった」


握りしめていた手が、ゆっくりと緩む。「それに、彼らは俺の友達なんだ。イズミだって」


そして、その瞳に決意の光が宿った。「それに、『火の翼』を取り戻す」


「ジン……」シンジが呟いた。


月城つきしろ一族の最後の継承者として、『火の翼』をあるべき場所――ここ、月森つきもりへ持ち帰るのが俺の務めだ」


「ジン――」


「だから、戻ってきたら好きなように罰してくれ」ジンの声に力がこもる。「でも、黒月くろつきがしでかしたことを、このまま見過ごすわけにはいかない」


静寂が訪れた。


シンジは彼を見つめた。医務室に入って以来初めて、その老人の表情に動揺の色が浮かんだ。


そこにあったのだ――ジンの瞳に宿る、あの眼差しが。


かつてダイスケが抱いていた、揺るぎない情熱。ホタルが秘めていた、静かな強さ。そしてリウが決して引かない時に見せた、あの頑ななまでの決意。


シンジの手から杖の力が抜けた。視線が床に落ち、彼は珍しく言葉を失っていた。


ミソラはそのやり取りを黙って見守っていたが、やがて決然とした表情で他のメンバーの方を向いた。


「よし」彼女は言った。「装備を整えて。ナイチンゲールズ」


「了解!」アオイたちが声を揃えて答えた。


..................


ヒカルは白いTシャツとダークカラーのパンツの上にサヨナキのジャケットを羽織り、すでに顔に笑みを浮かべていた。


隣では、カズキがヘッドホンのイヤーパッドを調整し、制服が体にきれいにフィットするのを見ながら、落ち着いた自信に満ちた笑みを浮かべていた。


シズカは靴紐を結び終えると立ち上がり、制服のしわを伸ばした。その隣では、サヤカが期待に胸を膨らませ、拳を握りしめていた。


ミツルは白い羽根飾りのピンをジャケットに留め、明るく決意に満ちた笑顔で裾を軽く払った。


メイはダンスドレスからサヨナキの制服に着替え、銀色の髪を肩に流した。両手を後ろで組み、髪飾りが光を反射する。彼女の唇には、小さくも決意に満ちた笑みが浮かんでいた。


ライトは鉤爪型の鋼鉄のエンブレムをジャケットに留め、肩を後ろに引いてしっかりとした姿勢をとった。その瞳には決意の光が宿っていた。


アオイは他の者たちから少し離れて立ち、手に持った革手袋に視線を落としていた。


一瞬、周囲の景色がぼやけた。アヤネの笑顔が脳裏をよぎった。手袋を贈ってくれたあの日の記憶も。


アオイの胸に静かな炎が燃え上がった。彼女は何も言わずに手袋を片方ずつはめ、指を曲げ伸ばした。その表情には決意がみなぎっていた。


……


村の門に集まった頃には、周囲の雰囲気はすっかり変わっていた。


シンジ、ヒロ、アヤカは入り口付近で待っていたが、一行が近づいてくるのを見て、たちまち沈黙した。


それぞれ立ち居振る舞いは違っていたが、不思議なことに、彼らは一同が一体となっていた。


ミソラは彼らのほうを振り向いた。 「みんな準備はいい?」


「うん!」さやかは即座に答え、決意を込めて拳を握りしめた。彼女の隣で和樹と静香も頷いた。


「いつでも準備万端だよ」と光はニヤリと笑った。


「それに、武装もしてる」と、ミツルは腰に下げた武器を軽く叩きながら付け加え、ライトは力強く頷いた。


アヤカは彼らを感嘆の眼差しで見つめた。「本当にすごい…」


「あの衣装…」ヒロは目を丸くして呟いた。「それぞれ違うのに、なぜか完璧に調和している」


シンジは彼らをじっと見つめ、驚きの表情を浮かべた。


「一体この子たちは誰なんだ…?」彼は息を呑んだ。


アオイが最初に前に出て、ミソラの前に立ち止まった。「準備ができました、ミソラ先輩」


ミソラは静かにうなずき、アオイの後ろを見た。


皆が彼女の視線を追った。ジンが近づいてきていた。


彼は黒いズボンとシンプルなアンダーシャツに着替え、腰には予備の刀を下げていた。鎖骨に寄りかかったロケットが、かすかに光を反射していた。顔色はまだ少し青白かったが、その瞳に宿る決意は、彼がここに留まるつもりがないことを物語っていた。


美空の表情が和らぎ、彼の方へ歩み寄った。


「はい」と言って、美空のサヨナキジャケットを差し出した。


ジンはジャケットを見つめ、一瞬瞬きをしてから受け取った。


「ありがとう」


袖に片腕を通した途端、裾が軽く引っ張られるのを感じた。


振り返ると、シンジがそこに立っていた。震える手でジャケットの裾を握りしめている。


年長者の瞳は心配に満ちていた。無言で、懇願するように、そして痛々しいほど人間らしかった。


ジンの表情が和らいだ。


「何か…」シンジはついに、かろうじて聞き取れるほどの声で尋ねた。「…僕が何か言って、君を引き止めることはできないかな?」


ジンは優しく微笑み、シンジの手に自分の手を重ねた。


「いや、おじいちゃん」と彼は静かに言った。「僕がやるんだ。」


シンジの目は輝いていたが、結局は手を離した。


ジンは残りのジャケットを羽織り、風が生地を捉え、彼が他の者たちの方へ歩み寄るたびに、その裾がひらひらと揺れた。


シンジにはうまく説明できない理由があったが、胸に静かな誇りがこみ上げてきた。


「状況はどうだ?」ジンは美空の横に並びながら尋ねた。


「位置情報アイコンはまだ有効です」美空は既にスマホを手に持ちながら答えた。「急げば、黒月が装置に何かする前にたどり着けるはずです」


「よし」ジンは門から数歩手前で立ち止まり、他の者たちが彼の後ろに集まった。


そして彼は肩越しに振り返った。


「ヒロ」彼は口元にわずかな笑みを浮かべながら呼びかけた。「祖父と村の残りの者たちは、君に任せる」


ヒロはすぐに姿勢を正した。


「俺が戻るまで、みんなの面倒を見てくれよ、いいか?」


ヒロはためらうことなく頷いた。「任せてくれ。」


隣にいたアヤカも同じように力強く頷いた。


ジンはシンジと最後に視線を交わし、安心させるような微笑みを浮かべると、再び前へと歩き出した。


風が門を吹き抜け、制服を揺らし、顔の周りの髪をなびかせた。


ほんの一瞬、全員が静まり返った。


すると、サヤカがニヤリと笑った。「今は総京志じゃないのは分かってるけど…」


ヒカルはジンを一瞥し、口元に笑みを浮かべた。「でも、それでもできるんじゃないか?」


アオイたちは頷き、すでにニヤリと笑みを浮かべていた。


ジンは小さく笑みを浮かべ、剣の柄に手を添えた。


そして視線を前方に向けた。


「昼夜を問わず、我々は立ち上がる…」彼はそう言い放った。


シンジ、ヒロ、アヤカは困惑した表情で瞬きをした。


双子は満面の笑みを浮かべ、一歩前に出た。


「恐怖を撒き散らす者たち…」ヒカルとカズキと共に、二人は声を揃えた。


アオイ、メイ、ミツル、ライトもそれに続き、力強く落ち着いた声で言った。「…害を及ぼす者たち…」


ミソラの瞳が輝き、彼女も加わった。「…闇の中で繁栄する者たち…」


ジンの笑みはさらに深まり、明るく、そして獰猛になった。


「…我々の正義の歌に立ち向かうのだ!」


言葉は完璧な調和を奏で、その決意は風そのものにまで伝わるほど力強かった。


シンジ、ヒロ、アヤカはただ彼らを見つめるしかなかった。その瞳には明らかな憧れが宿っていた。


「ジン…」シンジは胸に誇りを膨らませながら呟いた。


ジンが先頭に飛び出し、他の者たちもためらうことなく彼に続いた。


「行くぞ!!」


「うん!!」

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