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第23章

清華寺せいかじは恐怖と戦慄の空気に包まれた。警備の者たちが刀を抜く中、その顔には隠しきれない不安が浮かんでいた。


あおいたちは本能的に防御の構えを取り、侵入者たちの動きを注視しながら、その先制の一撃を待ち構えた。


くれないは面白がるように首を傾げた。「気にしないで」と彼女は軽やかに言った。「私たちはただ……本来、あなたたちのものなどではなかったものを受け取りに来ただけよ」


彼女の視線が鋭くじんに向けられた。「特に、あなたからね」


黒月くろつき」の連中が突進し、周囲はたちまちパニックに陥った。


「防御陣形をとれ!」ヒロが怒号を飛ばす。


だが、遅かった。


――キィィィン!


黒月の一人が嵐のような勢いで前線に突っ込み、その刃が地面を切り裂くと、村人たちは散り散りに逃げ惑った。


――ドォォン!


別の者が空中に躍り上がり、死の嵐のごとく刃を降り注がせた。


「散れ!」ライトが叫び、サヤカを脇へと引き寄せた。


「じいちゃん!!」仁が叫びながら飛び出し、シンジを危険な場所から引き離した。直後、シンジが立っていた場所に武器が激しく叩きつけられた。


その衝撃で、土煙と石の破片が寺の境内に舞い散った。


混乱の最中、シンジの手から「火のひのつばさ」がこぼれ落ち、地面を転がって仁から数メートル離れた場所へと転がっていった。


仁は祖父をかばうように強く抱き寄せながら、視線を転がった刀へと走らせた。


「離れるな!」葵が命じ、一歩前に出た。


彼女は腰を落とし、鋭い眼差しを向ける。


別の敵が鎖付きの刃を放った――


「タイダル・スネア!」


刃が一行に向かってしなるように飛んできたが、空中で迎撃された。


アヤカが短刀でその攻撃を弾き返し、低く構える。


彼女の瞳は冷ややかだった。「させないわよ」


紅の笑みが深まった。「……ほう?」


広場の向こう側では、最も大柄な黒月の男が両拳を地面に叩きつけた――


「アースバインド・クラッシュ!」


その衝撃波に煽られ、数人の警備兵が足元をすくわれて倒れ込んだ。


ヒカルが歯ぎしりをする。「手加減なしだ!」


「当たり前だろ!」カズキが吐き捨てるように言った。「これは侵略なんだからな!」木製の棒を手に、ミソラは村の女性二人を狙った攻撃を遮り、その一撃を受け止めると、素早い蹴りで「黒月」の構成員を弾き飛ばした。俊敏に動いてはいたものの、何重にも重なった浴衣の重みが彼女にのしかかっていた。


「チッ……」苛立ちを露わに舌打ちをする。動きを制限されるその服装に、明らかな不快感を覚えていたのだ。


ジンは周囲の混沌とした光景に目を釘付けにしたまま、その場に立ち尽くした。


「……奴らは、儀式を狙って来たんだ」


彼の指に力がこもる。


シンジがかばうように一歩前に出た。「ジン、下がれ!」


「いや。下がっていてくれ、祖父さん」ジンの声が喧騒を切り裂いた。


穏やかに、そして毅然と。


彼は手を伸ばし、「火の翼」を掴み取った。


――轟ッ!


炎が爆発するように噴き出した。


刀身に火が灯り、まるで意思を持つかのように炎が彼の周囲で渦を巻く。


足元の地面がひび割れた。


クレナイの深紅の瞳が怪しく光る。「……来たか」


ジンが刀を掲げると、その深紅の瞳の中で炎が揺らめいた。「今夜を選んだのが運の尽きだ」


刹那、二人の姿が消えた。


――ガキンッ!!!


空中で鋼と鋼が激突する。


衝撃波が弾け飛び、戦場に火の粉を撒き散らした。


紅は彼を押し返しながら笑った。「いいぞ! 私を失望させるなよ!」


ジンが刀身をひねる。「壱ノ型――紅蓮華ぐれんか!」


炎を纏った横薙ぎの一撃が、彼女を後退させる。


彼女は軽やかに宙返りし、難なく着地した。


「いい感じだね」


アオイの横から、黒月くろつきの男――黒月雷牙くろつき・らいがが、黒い炎を刀身に纏わせて突進してきた。


アオイは一歩、前へ出る。


ガキンッ!


彼女の金属の棒と男の刀が激突し、その衝撃で土煙が舞い上がった。


男は不敵に笑った。「ようやく来たか! 潰し甲斐のある相手がよ!」


アオイの瞳が鋭さを帯びる。「……喋りすぎよ」


彼女は身を翻し――


幻影投ファントム・スロー


瞬く間に、雷牙の巨体は空中で投げ飛ばされ、地面に叩きつけられた。


「……はぁっ!?」ヒカルが目を丸くする。「あいつ、イカれてる」


倒れた男を見下ろすアオイ。その時、男の紅い瞳がカッと見開かれた。口元に笑みが広がる。そして、彼は姿を消した。


「なっ――!?」アオイは驚愕に目を見開く。直後、背筋を冷たい戦慄が駆け抜けた。


何かが、横から彼女の首を狙って迫っていた。


「危ないっ!!」誰かの叫び声。


アオイが反応するより早く、何者かの腕が彼女を抱き寄せ、強引にその場から引き離した。


シュッ!


ついさっきまで二人の頭があった空間を、鋭い刃が切り裂いた。


アオイは息を呑む。あと一瞬遅ければ、二人の首は地面を転がっていただろう。


驚いて顔を上げる。


ライトだった。


彼はまだ、彼女を庇うように抱きしめていた。


「気をつけろよ!」彼は吐き捨てるように言った。「首を刎ねられるところだったぞ!」


「はぁっ!?」アオイがそれだけ口走ると、二人は再び互いに飛び退いた。


ガキンッ!


雷牙ライガの剣が、先ほどまで二人が立っていた場所へと叩きつけられた。剣先は地面を打ち、火花を散らす。


メイは素手でその双剣を受け止めた。その動きは穏やかで、流れるように滑らか、かつ正確無比だった。


「ほう?」目の前の男がくすりと笑う。


黒月蓮真クロツキ・レンマはゆっくりと剣を引き、丁寧に一礼した。その頬は、面白がっている様子でわずかに上気している。


「見事な身のこなしだ」フードの影から覗く深紅の瞳が、彼女をじっと見つめる。「それに、先ほどの舞も実に素晴らしかった」


彼は胸に手を当てた。「まさに幻想的だったよ」笑みが深まる。「これほど美しい淑女に、こうして直接お会いできるとは光栄の極みだ」


彼の視線が彼女の全身をなぞる。「ああ、本当に美しい」


メイは穏やかな笑みを崩さぬまま、わずかに首を傾げた。「まあ、なんとも素敵な賛辞ですね」


蓮真は姿勢を正した。口元に不敵な笑みを浮かべ、瞳の深紅の輝きを強める。


「残念ながら……」彼は剣を体の脇に下げながら言った。「君の命を奪うよう命じられているんだ」


芝居がかった悲しげな表情を浮かべる。「君が『外の者』の一人である以上はね」


ため息をつき、頬をわずかに染める。「悲劇だね」武器を握る手に力を込める。「だが、僕ら使いの者は主の望みを叶えねばならない」


「ふむ……」メイは小さく鼻歌のような声を漏らし、足の位置を変えた。片手を脇で拳に握り、もう片方は掌を蓮真に向けて前に突き出す。


古式ゆかしい構え。優雅で、均衡が取れており、そして危険な気配を孕んでいる。


「そうはさせませんよ」彼女の笑みはゆっくりと変化し、自信に満ちた不敵な笑みへと変わった。


一瞬、二人の間に静寂が流れる。やがて、蓮真の口元が大きく歪んだ。


「なんだって?!」興奮に瞳を輝かせる。「素手だけで僕と戦うつもりか?!」


彼は勢いよく踏み込んだ。突進の衝撃で足元の石床がひび割れ、炎の明かりの中で双剣が鋭く閃く。


「とんだ大馬鹿者だ!!」


ヒュッ!


頭上を刃が切り裂く中、ミツルは身を低くしてそれをかわした。彼の視線は即座にメイの方へと向いたが、彼女が自身の対戦相手と交戦し続けていたため、その姿は遮られて見えなかった。


「こっちを見ろ、馬鹿」――冷ややかな声が、喧騒を切り裂いた。


ミツルが顔を上げると、目の前に黒月くろつきの女戦士が現れ、黒い炎を纏った刃が彼の脇腹を薙ぎ払おうとしていた。彼は後方へ跳び退き、歯ぎしりをした。


「どけよ!」と彼は吐き捨てるように言った。「俺はメイのところに行かなきゃならないんだ!」


その女――黒月イサムは、わずかに首を傾げた。フードの影から覗く深紅の瞳が、面白がるように輝く。


「自分の戦いを放り出して、他人の助けに向かうというのか?」


彼女はゆっくりと刃を持ち上げ、顔のすぐ近くに構えた。「愚かなことだ」


その声には、わずかな侮蔑の色が混じっていた。「もっとも、よそ者ならさもありなん、といったところか」


即座に、ミツルの額に青筋が浮かんだ。


「な、何て言った!?」


「それに……」イサムは彼をより注意深く観察した。


彼女の視線が彼の顔をなぞる。「その容貌、月代つきしろ一族の逃亡した跡取りによく似ているな」


彼女は目を細めた。「つまり、彼を高く評価しているということか」


一瞬の沈黙。そして、彼女の唇がわずかに歪んだ。


「哀れなものだ」


ミツルは目を見開いた。そして次の瞬間、怒りで視界が真っ白に染まった。


「よくもそんなことを!」彼は彼女を指さして叫んだ。「ジン先輩はすごい人なんだ!」


彼の声が神殿に響き渡る。「優しくて、強くて、頼りになって……お前なんかよりずっとカッコいいんだ!」


彼は拳を握りしめた。「だから、彼を侮辱するな!」


イサムは無言で彼を見つめていた。そして――


「なるほど」


彼女は武器を握る手に力を込めた。何も言わず、彼女は踏み込んだ。頭上に掲げた刃を包む黒い炎が、激しさを増す。


「ならば」と彼女は冷ややかに言った。「まずお前の命を絶とう」深紅の瞳が輝く。「そして、その直後に彼の命も」


クレナイが再びジンに向かって突進したが、その刃は阻まれた。


カィィィン!


二人の間にアヤカが立ちはだかり、その双剣で攻撃を受け止めていた。


静寂。不動。


くれないの笑みが消え、その表情は鋭さを帯びた。「……またお前たちか」


彩花あやかの声は落ち着いていた。「彼には指一本触れさせない」


一瞬の沈黙。


やがて、紅は先ほどよりも大きく口角を吊り上げた。


「……最高ね」


「うわっ、うわっ、うわっ――!」沙耶香さやかは次々と後方宙返りを打ち、降り注ぐ黒い炎の刃の雨を間一髪で回避した。


ドスッ! ドスッ! ドスッ!


武器はついさっきまで彼女が立っていた地面に突き刺さり、土や石の破片を飛び散らせた。


最後の一回転を終え、沙耶香は軽やかに着地した。その隣では、背後の地面に突き刺さった刃を辛うじてかわしたしずかが、地面を滑るようにして止まった。


「これ、マジなの?」静が呟く。


沙耶香は彼女に視線を向けた。「信じて、これ、完全に現実よ」


二人はじっとしてはいなかった。再び刃の連撃が飛んできた瞬間、姉妹は左右に分かれ、迫りくる武器を横にかわした。


その向かい側に、襲撃者が立っていた。


黒月時雨くろつき しぐれ


まるで重さなどないかのように、彼女の指の間で数本の黒い炎の刃が軽やかに回転していた。フードの影から覗く、半開きの深紅の瞳が、冷めた興味を込めて二人を見つめている。


「あなたたち、驚くほど身軽ね」と彼女は言った。


沙耶香は舌打ちをした。「そっちはそのナイフのせいで、とてつもなく鬱陶しいわよ」


時雨はわずかに首を傾げた。フードの下で、数本の髪の毛が揺れる。


「あなたたちは『外の者』ね」


その口調は穏やかだった。感情の欠片もない。


「あなたたちの命を奪うよう、命じられているわ」


「い、命を奪うだって!?」沙耶香は信じられないといった様子で彼女を見つめた。


あまりにもあっさりと口にされたことが、かえって事態の悪質さを際立たせていた。一方、静は飛んできた刃を間一髪でかわし、姉の方をちらりと見た。


「まあ……」彼女は淡々と言った。「少なくとも、はっきり言ってくれるのは助かるけど」


また一本の刃が、風を切る音を立てて彼女の顔の横を通り過ぎた。


静はため息をついた。「その正直さは、ちっとも嬉しくないけどね」


「ど、どうやって!?」迫りくる一撃を弾き飛ばしながら、ヒロは信じられないという思いを込めて咆哮した。


力任せの一振りで敵を押し返し、その男を地面へと叩きつける。


「『黒月』の連中がどうやって村に……いや、この寺院にまで入り込んだんだ!?」


さらに数人の『黒月』の戦士たちが、彼を包囲するように迫ってくる。


一人。


三人。


五人。


ヒロは剣の柄を強く握りしめた。その燃えるような瞳の奥で、炎が揺らめいている。


「炎刃流奥義……」彼の体から熱波が波紋のように広がる。周囲にオレンジ色の炎が燃え上がり、まるで生きている業火のごとく渦巻いた。


「第四の型――『熾火おきびの螺旋』!」


ヒロは体を前方に回転させた。爆発的な速度で体が旋回し、その刀身を炎が駆け抜ける。


炎の弧が、彼を取り囲んでいた敵をなぎ払った。


――ヒュッ!


「ぐあっ……!」


「うわあああっ!」


反撃を受けた襲撃者たちは後方へと吹き飛ばされ、神殿の床に叩きつけられると、呻き声を上げながらその場に崩れ落ちた。


ヒロは動きを止め、刀身の周囲で炎を揺らめかせた。


その瞳は鋭く、周囲を警戒し、何かを探るように動いている。


何かがおかしい。彼は眉をひそめた。村の境界線には、確実に衛兵を配置していたはずだ……。


それ以上の追撃は来なかった。その事実が、ゆっくりと彼の意識に浸透していく。


では、どうやって侵入したのか? 彼の視線が戦場を走る。


答えは次第に明白になり、同時に恐ろしいものとして迫ってきた。


彼の目が見開かれる。まさか……。背筋に冷たいものが走る。ありえない……。


剣を握る手に力がこもる。衛兵たちがやられたということか?


その考えが、ハンマーで殴られたような衝撃となって彼を襲った。もし村の防衛線がすでに突破されていたとしたら……。


この襲撃は、彼らが想像していたよりもはるかに綿密に計画されていたことになる。


「うわっ!」


カズキは素早い宙返りで体を横にかわした。


鎖付きの刃が、ついさっきまで彼の頭があった場所を切り裂くような音を立てて通り過ぎ、近くの柱に突き刺さった。


軽やかに着地すると、彼はすぐに手を伸ばし、ヘッドホンを確認した。


その顔に戦慄の色が浮かぶ。


「おい!」 怒りで彼の瞳が激しく見開かれる。「気をつけろよ!」


彼は非難するように襲撃者を指差した。「これ、俺のお気に入りのヘッドホンなんだぞ!」


鎖が突然、音を立てて揺れた。鋭い引きとともに武器が柱から引き抜かれ、持ち主の元へと戻っていく。


フードを被った男は、それを難なく受け止めた。


「なるほど」


白いマントを纏った痩身の戦士は、フードの下に隠された冷徹な深紅の瞳でカズキを見据えた。


黒月カイト。


「それほど大事なものなら……」 鎖が彼の腕に巻き付き、その口元に冷酷な笑みが浮かぶ。「いっそ破壊してやるべきかもしれないな」


深紅の瞳が妖しく輝く。「お前ごと、よそ者よ」


カズキの頬を、一筋の汗がゆっくりと伝い落ちた。


彼はぐっと奥歯を噛み締めた。 「なるほどな……」


彼はヘッドホンの位置を直した。「これで完全に個人的な話になった」


その少し離れた場所で、ヒカルはふわりと身を後ろにそらした。


ヒュッ!


巨大な拳が、彼の顔のすぐ脇をかすめていった。


その衝撃だけで、彼の髪を乱すほどの風圧が生じた。


「じっとしてろ、この小癪な虫けらめ!」フードを被った巨躯の戦士が、彼に向かって突進してきた。


黒月源四郎。


苛立ちを露わに鋭い歯をむき出し、またもや巨大な拳を振り下ろした。


ヒカルは気だるそうに身をかわした。そしてまた。さらにまた。


どの攻撃もほんの数センチの差で外れた。


「いい加減にしろよ」ヒカルの声には退屈がにじみ出ていた。「こんなに外ばかりじゃ、お前を真剣に相手にするのがどれだけ大変か分かってるのか?」


源四郎の額に血管が浮き出た。


「自分が面白いと思ってるのか?」


「別に」ヒカルは肩をすくめた。「ただ、動きが遅いだけさ」


「この野郎!」


源四郎は両拳を叩き合わせた。


ドーン!


衝撃音が寺中に響き渡った。


ヒカルは男の足元にできたクレーターをちらりと見て、それから再び彼を見つめた。


「あれは実際、怖かったな…」ヒカルはニヤリと笑った。 「…何かに当たっていたらな。」


源四郎の目が激しく痙攣した。「お前を叩き潰してやる。」


「それはあまりいい響きじゃないな。」光はニヤリと笑い、軽々と次のパンチをかわした。


「村人と長老たちを守れ!」ヒロの声が寺中に響き渡り、彼は衛兵たちに向かって腕を上げた。「彼らを無事に守れ!」


衛兵たちはすぐさま従った。


その時、ヒロの目が大きく見開かれた。


二人の黒月族の戦士が混乱を突破し、シンジに向かって突進してきたのだ。


「月四郎長老!」彼は駆け出した。しかし、彼にたどり着く前に――


ドスン!ドスン!


シンジは驚くべき敏捷さで身をかわし、杖を素早く二度振り下ろした。


二人の攻撃者は即座に地面に崩れ落ちた。意識を失った。


「ふん。」老人は杖の握り方を直した。「年を取ったからといって、戦い方を忘れたわけじゃない。」


二人の男は彼の足元で弱々しくうめき声を上げた。


ヒロは彼の隣で滑るようにして止まった。その顔には誇らしげな笑みが浮かんでいた。


「相変わらず、凄まじい一撃ですね、殿」


シンジはふっと笑った。「かつては戦士だったからな」


その瞳が輝く。「今も、な」


二人が言葉を交わす間もなく、黒月くろつきの戦士が群衆の中から飛び出してきた。


その刃が、深紅と漆黒の炎を纏う。


炎刃流えんじんりゅう奥義!」攻撃者が剣を振り下ろした。


「第七の型――閃炎獄せんえんごく!」


深紅と漆黒の炎の奔流が刃から噴き出し、二人に向かって疾走した。


「危ない!」ヒロは迷わずシンジをかばうように身を投げ出した。


攻撃がすぐ脇を通り過ぎる中、二人は転がりながらそれを回避した。


ドォォォン!


猛火が近くの壁に激突した。そこに掛けられていた数巻の古文書が、瞬く間に炎に飲み込まれていく。


羊皮紙に火が広がり、灰が空中に舞い散った。


ヒロが先に立ち上がった。彼は素早くシンジを神殿の壁際の安全な場所へと支えて移動させると、二人で燃える古文書の方を振り返った。


彼らの目が見開かれた。その顔には衝撃が刻まれていた。


「どうして……?」シンジが呟いた。「なぜ奴らが我らの炎刃流の技を?」


ヒロは奥歯を噛み締めた。思考が高速で巡る。


その技。その型。その繰り出し方。


すべてがあまりにも見覚えのあるものだった。


その時、何かの動きが彼の目に留まった。彼は弾かれるように戦場の中心へと視線を向けた。


「アヤカ!」


彼女は敵に押され後退させられていた。激しくぶつかり合う刃と刃。衝突のたびに火花が散る。


「アヤカ!!」ヒロの声が焦燥に震えた。彼は迷うことなく、彼女の元へと駆け出した。


「っ!」地面に叩きつけられたアヤカの口から、鋭い息が漏れた。


彼女が立ち直る間もなく、フードを被った攻撃者が歩み寄り、頭上に刃を掲げた。


深紅と漆黒の炎が、生きた蛇のように武器に絡みつく。フードの影の下で、男の顔に邪悪な笑みが広がった。その深紅の瞳は殺意に燃えている。


「彼女から離れろ!!!」ヒロの怒号が神殿に響き渡った。


彼は猛然と飛び出し、自らの剣を力強く振るってその一撃を阻んだ。


ガィィィン!


激突と共に、火花が弾け飛んだ。攻撃者は後方へと吹き飛ばされ、近くの壁に叩きつけられた。


ドォォン!


衝撃で石がひび割れた。


ヒロは即座に、彩花の傍らで片膝をついた。その瞳には懸念の色が浮かんでいる。


「怪我はないか?」


「う、ううん……」彩花は息を整えながら答えた。


ヒロの表情に安堵がよぎる。「よかった」


その直後、彼の意識は別の方向へと向いた。戦場に、聞き覚えのある叫び声が響き渡る。


「ぐあっ!!」ジンが渾身の力で剣を振り下ろした。


その刃は、まるで墜落する彗星のように降り注ぐ。


だが――


「どうしたの!?」クレナイは残酷な笑みを浮かべ、軽々とその攻撃を受け止めた。


「あの偉大なるジン・ツキシロって、もっと強いと思ってたんだけどな!」


カィィィン!


刃と刃が激突し、火花が散った。


ジンの瞳に怒りの炎が宿る。「てめえら、どうやってここに入り込んだ!」


彼はさらに力を込めて相手の剣を押し返す。「何を企んでいる!」


激突の衝撃で二人は後方へと弾き飛ばされ、周囲に土煙が舞い上がった。


「まさか……」ジンは剣を握り直した。腰を落とし、覚悟を決める。「以前、この村を襲ったのもお前たちか」


彼は再び剣を構えた。「それなのに、よくもまたここへ足を踏み入れたな」


紅の笑みは崩れない。「私たちはただ、最初からこの村のものではなかったものを取り戻しに来ただけよ」


彼女の深紅の瞳が、ゆっくりと下へと向けられる。ジンの手にある剣に向かって。


「正確には……」彼女の笑みが鋭さを増す。「あなたがそれを持っているのよ」


ジンはわずかに目を見開いたが、すぐにその瞳に決意が戻った。


彼の構えが揺るぎないものとなる。


「『火の翼』はツキモリのものだ!」その声が神殿に轟く。「他の誰のものでもない!」


紅は小さく笑った。


それは冷ややかで、嘲るような笑い声だった。


「あのツキモリのこと?」彼女は目を細める。「あなたが本当には大切にしていない、あのツキモリのこと?」


ジンは動きを止め、息を呑んだ。


その近くで、シンジが眉をひそめる。


彼は注意深く耳を傾け、事の行方を見守っていた。


紅がさらに一歩、歩み寄る。「この村を守る、なんて言ってるけど」


彼女の声には、毒気が滲んでいた。 「だが、ついに儀式が始まったとき……」彼女の瞳が輝いた。「お前の魂は、その均衡を拒絶したのだ」


ジンの指に力がこもる。


「ゆえに、待ち望んだ儀式を途中で中断することになった」


その言葉は、どんな刃よりも鋭く胸に突き刺さった。


「月守を守ろうとする意志と決意を持つ者だけが、火の翼を振るうにふさわしいと思っていた。」


彼女の顔に冷酷な笑みが浮かんだ。「だが、私の考えは間違っていたのかもしれない。」


彼女の深紅の瞳は嘲るように輝いた。「どうやら、あなたでさえも、その資格はないようだ。」


沈黙。


「あなたは火の翼を振るう資格などない。」彼女の笑みはさらに深まった。「ましてや、それを自分のものだと呼ぶ資格など。」


ジンの目は見開かれた。呼吸は乱れ、構えの自信は揺らいだ。


刀の柄を握る手が震えた。


疑念。罪悪感。不安。


彼女が狙っていた弱点、すべてが的中した。


紅の瞳が光った。


彼女はそれを見抜いた。ためらいを。彼の決意の揺らぎを。


そして彼女は瞬時に動き出した。まるで隙を見つけた捕食者のように。


ドーン!


彼女の足元の石が砕け散った。彼女は恐ろしいほどの速さで飛び出した。目で追うことさえできないほどの速さで。


まっすぐにジンに向かって。


「ジン!危ない!!」


ヒロの警告が寺中に響き渡り、彼は全力疾走した。


時間が止まったように感じられた。


ヒロは突進した。アヤカもすぐ後ろに続いた。


数人の無人の衛兵も動き出した。シンジさえも彼に追いつこうとした。


戦場の向こう側では、アオイたちが凍りついた。彼らの注意は、自分の敵と、ジンの目の前に突然現れた危険との間で引き裂かれていた。


「炎刃流術…」紅の声が静かに響いた。


しかし、そこにいた全員がその声を聞いた。


彼女の剣が光り始めた。深紅と黒の炎が刀身を包み、刻一刻と大きくなっていく。


「十四の型…」


炎はさらに激しさを増した。空気そのものが震えているようだった。


「炎の抱擁!」


ドーン!


彼女の剣から巨大な黒炎の奔流が噴出し、ジンに向かって押し寄せた。


彼の目は大きく見開かれた。世界は再び動き出した。


ジンは辛うじて間に合わせ、「火の翼」を掲げた。


ガキンッ!


攻撃が彼を直撃する。その衝撃で、彼は後方へと吹き飛ばされた。


ドォンッ!


彼の体は石壁に叩きつけられ、衝撃で壁に亀裂が走った。


舞い上がった土煙が彼を包み込み、その姿を隠してしまう。


「ジンッ!!!」ヒロの叫びには恐怖が滲んでいた。


「ジン!」アヤカは目を見開いた。


「ジン先輩!」双子が声を揃えて叫ぶ。


「ジン先輩ッ!!!」ヒカルとカズキもまた叫んだ。


その傍らで、メイ、ミソラ、アオイ、そしてライトはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。その顔には衝撃が張り付き、口は半開きになり、目は大きく見開かれている。


ミツルの全身が震えていた。目尻には涙が浮かんでいる。


「てめえらッ!!」彼は激昂のまま、イサムへと突進した。


拳が彼女の顔面目掛けて放たれる。しかし、イサムは軽々と身をかわした。


「弱い」


軽蔑を滲ませた声。彼女の手にした黒い炎を纏う剣が、空を切り裂いて彼へと迫る。


その間、クレナイは落ち着いた足取りで瓦礫の方へと歩み寄っていた。ジンの手から弾き飛ばされた「火の翼」が、すぐ近くに転がっている。


彼女は迷うことなく身を屈め、それを拾い上げた。


数メートル先では、ジンが片手で脇腹を押さえながら、必死に膝立ちになろうとしていた。


荒い息遣い。


「やめろ……」掠れた声が漏れる。「返せ……」


クレナイは彼を見下ろし、口元に薄笑いを浮かべた。


「お断りよ、逃亡者の殿下」


彼女の深紅の瞳が嘲笑を湛えて輝く。「私に言わせれば、随分と情けない跡継ぎね」


ジンは床を掴む手に力を込めた。


「返せッ!!」背後から怒号が響く。


ヒロだ。


彼は剣を高く掲げ、宙へと身を躍らせた。


刃がクレナイ目掛けて振り下ろされる。だが――


彼女は不敵に笑い、姿を消した。


ヒロは目を見開く。「なっ……!?」


彼の攻撃は空を切った。着地と同時に、彼は身を翻す。


その傍らでは、すでにアヤカがジンのそばに駆け寄り、膝をついていた。


その時――


「あら、気にしないで」


頭上から声が響いた。


全員が視線を上に向ける。神殿の天井に開いた巨大な円形の吹き抜け、その縁にある岩の張り出しに、クレナイが立っていた。


月光が彼女の周囲に降り注ぐ。その手には、鞘に収まった「火の翼」が自然な様子で握られていた。


彼女の口元に、侮蔑を含んだ笑みが浮かぶ。「でも、これは私たちがいただいていくわ」


眼下で、ヒロは拳を強く握りしめ、その指の関節を白くさせた。奥歯を噛み締める。


近くでは、シンジの瞳が揺れていた。「まさか……」長老の声が震える。


クレナイはただ微笑むと、部下たちの方を向いた。


「みんな!」神殿中に彼女の声が響き渡る。「さっさとここを離れるわよ!」


即座に、「黒月」の数人が交戦を打ち切った。


黒い霧が彼らの周囲に渦巻く。そして次々と、彼らは姿を消していった。


「チッ」ゲンシロウが舌打ちをし、ヒカルの視界から消える。


レンマはメイに茶目っ気たっぷりにウィンクをすると、投げキッスを送った。


「また会おう、お嬢さん」そう言い残し、彼もまた姿を消した。


イサムがミツルの前から消え、シグレが双子の前から消え、カイトがカズキの前から消える。ライガもアオイとライトの前から退いた。


瞬く間に、彼らは全員、クレナイの隣にある岩の張り出しの上に再び姿を現した。


月光の下、彼らの外套が翻る。フードの奥で、深紅の瞳が怪しく光っていた。


静寂。そして、揺るぎない気配。


彼らは一斉に、眼下に集う人々を見下ろした。まるで、傷ついた獲物を品定めする捕食者のように。


「卑怯者め……!」警備兵の一人が怒りを露わに吐き捨てる。


「ただじゃ済まさんぞ!」シンジが、頭上の侵入者たちを睨みつけながら叫んだ。


クレナイは彼らを見下ろし、微笑んだ。


ゆっくりと、不穏な笑みを。


「そうかしら?」


その声に宿る自信が、神殿に冷たい空気を走らせた。何人もの者が身を強張らせる。彼女の口調には、何か異質なものがあった。


あまりにも自信に満ち、あまりにも確信に満ちていたのだ。まるで、彼らの知らない何かを知っているかのように。


「ここに来た目的は、もう十分に果たせたと言えるわね……そう思わない?」


彼女は鞘に収まった「火の翼」を軽く持ち上げた。その表面に月光が煌めいた。


彼女の唇から、ふっと柔らかな笑い声が漏れた。「贈り物、ありがとう」


その言葉に、眼下の者たちの顔に即座に怒りの色が浮かんだ。だが、くれないは全く動じる様子を見せない。


彼女は立ち去ろうとするかのように身を翻したが、ふと動きを止めた。


ゆっくりと肩越しに振り返る。その口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。


「それに、こっちがプレゼントをいただいたんだから……」


紅い瞳が妖しく輝く。「私たちからも、お返しを一つ置いていくのが筋ってものよね」


重苦しい沈黙が場を支配した。群衆の間に困惑の色が広がる。


「何だ……?」


誰かの口から、かろうじてそんな言葉が漏れた。その直後――


ドォォォン!


寺院の壁の向こうで、耳をつんざくような爆発音が轟いた。


建物全体が激しく揺さぶられる。提灯が揺れ、天井からは埃が舞い落ちた。


足元の揺れに、数人の村人がよろめく。


「今の音は?!」


「爆発か?!」


「一体どうなってるんだ?!」


群衆の間に瞬く間にパニックが広がっていく。寺院はなおも轟音を立てて揺れ続けていた。


そしてその頭上で、紅の笑みはさらに深まった。


一人の衛兵が、壁が崩れて穴の開いた場所へと駆け寄った。


外を見た瞬間、彼は凍りついたように立ち尽くした。目を見開き、


顔から血の気が引いていく。


「嘘だろ……」と、彼はかろうじて呟いた。


眼下では、村の一部が炎に飲み込まれていた。オレンジと深紅の炎が夜を照らし出している。


煙が空へと立ち上り、木材が爆ぜる音と、人々の恐怖に満ちた悲鳴が入り混じっていた。


「村が!」誰かが戦慄の声を上げた。


「燃えてる!」


「嘘だろ……」


「私たちの子供たちが……!」村の女が夫の腕に必死にしがみつき、その目にはすでに涙が浮かんでいた。


周囲の人々の間に、パニックが広がっていく。目の前の光景が持つ現実味が、じわじわと彼らを襲っていた。


ヒロは立ち尽くしていた。その瞳には信じられないという色が浮かび、心臓が止まってしまったかのような感覚に陥っていた。


隣にいるアヤカも同じ表情を浮かべている。その近くでは、ジンが眼下に広がる業火を見つめていた。


だが、その場にいる誰よりも、その惨状が彼に深い衝撃を与えているようだった。


彼の両手は震え、呼吸は乱れていた。


村。彼の故郷。それが目の前で燃えている。


頭上から、笑い声が響いた。


「その『贈り物』、楽しんでね~!」クレナイの陽気な声が、高台から降り注ぐ。


そして彼女は闇の中へと跳躍し、部下たちも即座にそれに続いた。


黒月くろつきの戦士たちが、屋根の上を素早く駆けていく。


「なんであの『外つとつくにの連中』を始末させてくれなかったんだ?」ゲンシロウが走りながら不満を漏らす。その苛立ちは明らかだった。


「それに、月代つきしろの跡取りもだ」フードの下でイサムが眉をひそめる。「それも我々の任務の一部だったはずだ」


紅は呆れたように目を回してみせた。「ここに来た目的は果たしたわ」


彼女は肩に預けていた鞘入りの『火のひのつばさ』を、何気ない仕草で持ち上げた。


「『火の翼』は私たちのものよ」


月光が、その伝説の刃に反射する。


紅が肩越しに振り返り、からかうような笑みを浮かべた。


「それに……」彼女の深紅の瞳が怪しく光る。「あの外つ国の連中、そう簡単に狩れる相手じゃなかったわね」


ゲンシロウは苛立たしげに舌打ちをした。


その傍らで、レンマが小さく笑う。彼の思考は一瞬、ある銀髪の踊り子へと向かい、その記憶が彼の口元に笑みを浮かべさせた。


紅は再び前を向く。「あんたたちを、予想以上に手こずらせたみたいね」


彼女の笑みが深くなる。「つまり、そういうことよ」目を細め、彼女は言った。「彼らは強い」


「ただの外つ国の連中とは、比べものにならないほどにね」その表情には、危険な興奮が宿っていた。


「でも、それでいい」彼女は笑みを深めた。


「次は……」彼女の声が冷ややかになる。「きっちり殺してやる」


カイトは小さく頷いた。「了解した」


ライガは眼下で燃え盛る村に視線を走らせた。炎は予想以上に広がっていた。


「ここまで大事になるとはな」


シグレの口元に、かすかな笑みが浮かぶ。「ダイゴ様も、今回は本気だったからな」


クレナイが笑った。その深紅の瞳に炎が映り込む。


「ああ」彼女は笑みを広げた。「今頃、最高に楽しんでるはずだよ」


眼下では、月守つきもりの村が混沌に飲み込まれていた。


村人たちは煙の立ち込める通りを駆け回り、警備の者たちは必死に避難の指揮を執る。


子供たちの泣き声が響き、家々が燃え落ちる。祝祭の夜は、悪夢へと変わっていた。


そんな中、遠く離れた屋根の上に、一人の人影が立っていた。


ただ見つめ、待ち構えている。


フードの影から、隻眼の深紅の瞳が怪しく光る。


銀色がかった薄紫の髪が風に揺れる。その視線は、眼下で燃える村から外れない。


パニック、破壊、そして絶望。


男の顔に、ぞっとするような笑みがゆっくりと広がっていく。


「さて……」彼はまるで混沌そのものを迎え入れるかのように、両腕を広げた。


「お前たちの力、見せてもらおうか……」


深紅の瞳の中で炎が踊る。笑みがさらに深まった。


「月守の村よ」

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