第18章
「……ミソラ?」ジンは驚きと信じられないという思いが入り混じった表情で、彼女を見つめた。
「よっ」彼女はいつもの無表情なまま、軽く手を挙げて挨拶した。
隣にいたヒロは瞬きをし、それから鋭くバルコニーの方を指差した。「……まさか、そこから入ってきたのか!?」
ミソラは肩越しに振り返った。「そうだよ」
一瞬の沈黙。
「正面から行こうとしたんだけどね」と彼女は付け加えた。「警備員に立ち入り禁止だと言われたの。次期長に面会人はなし、って」
彼女は何事もなかったかのように二人の方へ向き直った。「だから、別のルートで来たってわけ」
ヒロは彼女を凝視した。「……あのバルコニー、高さが4メートル近くあるんだぞ!」
ミソラは軽く肩をすくめた。「大したことなかったよ」
ヒロは顔を覆うように手でこすった。「……お前、正気じゃないな」
「もっとひどいこと言われたことあるし」
ジンは何も言わなかった。彼の視線は彼女に釘付けのままだった――最初は大きく見開かれていたが、やがて和らぎ、その瞳には静かな色が宿っていた。
ミソラはそれに気づいた。彼女の視線が彼の上から下へと走り、何重にも重ねられた儀式用の装束を捉える。
彼女の表情に、微かな面白がりが浮かんだ。
「……いい格好だね」
不意を突かれ、ジンは瞬きをした。「あ、ありがとう……」
彼の視線が少し下がり、頬がほんのりと赤らんだ。
ヒロは腕を組み、状況の主導権を取り戻そうとするように一歩前に出た。
「これは『星華の儀』の正装だ」と彼は言った。「儀式の最中に継承者が身につけるものだよ」
ミソラは彼に視線を向けた。「……だろうね」そして視線をジンに戻す。「目立つし」
短い沈黙。
「でも、重そう」
ジンは小さく、気まずげに笑った。
ヒロの目元がピクリと動いた。「問題はそこじゃないだろ」彼は再び彼女を指差して言った。「長の私室に不法侵入したんだぞ!」
ミソラは少し首を傾げた。「……でも、こうしてここにいるでしょ」
ヒロは口を開きかけたが、言葉を止めた。
「……信じられないよ」
「それと」ミソラが付け加え、二人の注目を集めた。「ジンと話したいことがあるの。二人きりで」
ヒロは胸の前で腕を組んだ。 「その必要はない」
ジンとミソラは揃って彼に視線を向け、眉を上げた。
「……どうして?」とミソラが尋ねた。
ヒロは迷わず言った。「お前ら、本当は恋人同士じゃないからだろ」
沈黙が流れる。
ジンは動きを止め、ミソラの目もわずかに見開かれた。
「ど、どうしてそれを……!?」ジンが口を開く。
ヒロは静かに息を吐いた。「ジン……俺たちは一緒に育ったんだ。お前のことなんて、お見通しだよ」
ジンは顔をしかめた。「……ヒロ」
「気にするな」とヒロは付け加えた。「詮索してたわけじゃない」
一瞬の間のあと、彼は続けた。
「ただ……昨日、ゲストハウスでの会話を偶然耳にしちまったんだ。あの『見学』に出かける前に、こっそり抜け出す前の話をな」
ジンの肩が強張る。ヒロの視線が、二人の間をちらりと行き来した。
「それに、二人が正式にそう決めた時……」彼は声を潜めて言った。「彼女の手を握るお前の手、震えてたぞ」
その言葉が二人に突き刺さる。どちらも言葉を発しない。
「……なんで何も言わなかったんだ?」ジンがようやく尋ねた。その声は低くなっていた。
ヒロは軽く肩をすくめた。「俺が口出しすることじゃないからな」と言い、「むしろ、それはお前自身が長老に伝えるべきことだろ」と続けた。
彼の表情がほんの少し和らぐ。「……お前と彼の間で、これまでにあったことを考えればなおさらな」
ジンは小さく唸りながら首の後ろをさすり、息を吐き出した。
ヒロは小さく息を漏らした。それは、笑いを含んだような吐息だった。「心配すんな。事態を悪くしに来たわけじゃない」
彼は一歩踏み出し、ジンの肩を軽く叩きながら通り過ぎていった。
「……二人で話す時間をやるよ」
彼はドアのそばで立ち止まり、振り返って美空を見た。視線が交わり、彼は小さく頷いた。
そして彼は部屋を出て行った。背後でドアが滑るように閉まり、廊下を遠ざかる足音が消えていく。
静寂が部屋を包み込んだ。ジンと美空は、数歩の距離を置いて立っていた。
しばらくの間、二人は何も言わなかった。ジンは少し身じろぎをした。ふと、自分自身を意識したからだ――身にまとった衣装の重み、静けさ、そして彼女の視線を。
美空は彼を観察していた。鋭い眼差しではなく、ただ……丁寧に。
彼女の視線は、何重にも重なった儀式用の装束の上を動き、その細部を一つひとつ確かめるように辿ってから、彼の顔へと戻った。
「……正装ね」と、彼女はついに口を開いた。「でも、よく似合ってる」
ジンは瞬きをした。「あ……ああ」と答え、視線を少し落とす。「代々、受け継がれてきたものなんだ」
少しの沈黙。
美空はほんの少しだけ歩み寄った。「……似合ってるわ」
彼女の声は、先ほどよりも柔らかくなっていた。
ジンは息を呑んだ。「……ありがとう」と静かに言う。
美空の表情が和らぎ――そして揺らいだ。
「……ジン」と彼女は静かに言った。「話しておかなきゃいけないことがあるの」
ジンは少し首を傾げた。「よかった」と彼は答える。「俺も、君に話したいことがあったんだ」
彼女は小さく頷いたが、ためらいを見せた。「……もう、こんなことは続けられない」
ジンの笑みが消えた。「……何のこと?」
「これよ」彼女は二人の間を指し示すように、小さく身振りをした。「ふりをすること。本当は違うのに、そうであるかのように振る舞うこと」
彼女の指が、そっと袖口を握りしめた。「私たちは恋人同士じゃないわ、ジン。最初からそうじゃなかった」
彼女は視線を落とした。「お祖父様は私を信頼してくれている……必要以上にね」と彼女は続けた。「現実じゃないことのせいで、喜んでくれているの」
彼女は静かに息を吐いた。「……どうにも居心地が悪いの。間違っている気がして」
「ねえ……」ジンは一歩前に出て、優しく彼女の肩に手を置いた。
「君のせいじゃないよ」と彼は穏やかに言った。「君をこんなことに巻き込んだのは、俺なんだから」
美空は彼を見上げた。
「追い詰められていたんだ」と彼は認めた。 「それに、ちゃんと向き合うんじゃなくて、君を逃げ道に使ってしまったんだ」
彼の指に少し力がこもった――乱暴なものではなく、ただ……切実な力強さだった。
「……ごめん」
一瞬、ミソラはただ彼を見つめていた。
やがて、ゆっくりと頷く。「……で、これからどうするの?」
ジンは言葉をためらった。「……それを、君に伝えたかったんだ」
彼女の瞳が、わずかに鋭さを帯びた。
ジンは息を吐き出した。「……やるよ」
一瞬の沈黙。
「俺が長になる」
静寂。
ミソラの表情から動きが消え――やがて彼女は、彼の腕から身を引いた。
「……何言ってるの?」彼女の声は低く、静かだったが、確固たる響きを帯びていた。「ジン……私の話、聞いてた?」
「ミソラ――」
「その役職に就いたら、この嘘は消えなくなる」彼女は言葉を遮った。「永遠のものになってしまう」
彼女の視線が彼を射抜く。「私があなたの隣に立つことを求められる。あなたと結婚することを」
一歩、後ずさりする。
「私にはできない。こんな形じゃ」
彼女の声が、ほんの少し強張る。「私の居場所はここじゃない。友達も――私が持っているものすべてが――蒼京市にあるの」
今度はジンも言葉を挟まなかった。ただ、彼女の話を聞いていた。
そして――
「わかってる」
その言葉は静かだが、揺るぎないものだった。ミソラは動きを止める。
「だからこそ、やるんだ」と彼は続けた。「嘘のためじゃない……それを終わらせるために」
彼女は眉をひそめる。「……どういうこと?」
ジンはまっすぐに彼女の瞳を見つめ返した。「今夜」と彼は言った。「役職に就いたあとで……みんなに本当のことを話す」
間を置いて。
「俺たちのこと。すべてを」
部屋が静まり返る。
「君がここに縛られることはない」と彼は静かに付け加えた。「君も――みんなも――自由に帰れるようになる」
ミソラの瞳が見開かれ、胸の奥が締め付けられるような感覚に、息を呑む。
「……本気なの?」
ジンはすぐには答えなかった。前髪に半分隠れるようにして、視線を逸らす。
「……あなたは、私たちと一緒に蒼京市には帰らないの?」
静かな沈黙。
「俺の居場所はここだ」と、彼はついに言った。「俺の民と共に」
その声は落ち着いていた――あまりにも落ち着きすぎていた。「それが俺の責任なんだ……月代としての」
ミソラは小さな一歩を踏み出し、彼の顔を覗き込むように見つめた。「……私たちは?」彼女は静かに尋ねた。「故郷のみんなは、どうなるの?」
彼女の声が、ほんの少しだけ震えていた。 「レイナ……リョウ……それに、みんなは……どうなったの?」
ジンは目を閉じ、体の脇で拳を強く握りしめた。「……すまない」
低い声だった。
「だが、俺は残る」
彼は目を開き、彼女と視線を合わせた。「お前は俺抜きで戻るんだ」
一瞬の沈黙。
「……みんなに、すまないと伝えてくれ」
ミソラの指が拳の形に丸まった。「……それだけ?」彼女は言った。思わず声が強張る。「何もかも放り出して、行くつもりなの?」
ジンは彼女の方へ完全に体を向けた。「そんな単純な話じゃない」
「すごく単純な話に聞こえるけど」彼女は言い返した。
二人は互いを見つめ合った。そして――
「俺がどうこう言えるようになるずっと前に、決まっていたことなんだ」とジンは言った。「一度は逃げようとした」
彼は顎に力を込めた。「……もう二度と、そんなことはしない」
ミソラはわずかに身をすくませた。視線を一瞬落とし、再び彼に向けた。
「……それがどういうことか、わかってるのよね?」
ジンは答えなかった。
「もし長になれば」彼女は続けた。「もう自分の未来を自分で選ぶことはできなくなる」
一呼吸。
「……誰と結婚するかも含めて」
ジンは体を強張らせた。ミソラの視線は彼から外れなかった。
「それで……やるつもりなの?」彼女は静かに尋ねた。「アヤカと?」
沈黙が続いた。やがて、ジンは息を吐き出した。
「……もしそれが求められていることなら」彼は穏やかだが毅然とした声で言った。「ああ、そうだ」
ミソラの表情から何かが消え失せた。前髪に影を落とし、彼女は視線を伏せた。
「……そう」
一拍の沈黙。
そして、さらに静かな声で――
「……アオイの言った通りだったわね」
ジンの眉がわずかにひそめられた。
美空の声は高まらなかった。その必要もなかった。
「あなたはただ状況から逃れるために嘘をついたんじゃない」と彼女は言った。「あなたには意図があったのよ」
彼女は再び彼を見上げた。「…そうでしょう?」
ジンは目を見開き、彼女の言葉の意味を理解すると息を呑んだ。
「…本当に考え抜いたのね」と美空は静かに言った。
彼女の声は震えていなかった。それが余計に辛かった。「あなたは解決策を探していたわけじゃない」と彼女は続けた。「ただ逃げ道が必要だっただけ」
少しの間。
「…そして、たまたま私が都合が良かっただけ」
ジンの唇が開いた。「違う…それは…」
彼は言葉を止めた。
美空は顔を上げた。目は閉じられ、微笑んでいた。
涙が静かに彼女の頬を伝った。
「…大丈夫よ」彼女は静かに言った。「わかってるわ」
「美空…」
ジンは一歩前に出たが、彼女は後ずさりした。
彼は凍りついた。
「あなたの言う通りよ」彼女は声を少し落ち着かせて続けた。「あなたにはあなたの責任がある」
さらに一歩後ずさりした。
「私にも私の責任がある」
彼女は振り返り、バルコニーの方へ歩き出した。
「待って!」ジンは慌てて後を追った。声に焦りが滲んでいた。
「美空、そんな風に…出て行かないで」
彼女は手すりのところで立ち止まり、彼に背を向けた。しばらく何も答えなかった。それから肩越しに振り返った。
「…もう話は終わりよ、ジン」
彼女の声は落ち着いていた。落ち着きすぎていた。
「あなたはもう決めたのね」彼女は言った。「私も決めたわ」
一拍。
「もう考えることは何もない」
ジンは口を開いたが、言葉が出てこなかった。
風が吹き抜け、二人の服を軽く揺らし、言い残したすべての重みを運んでいた。
「…それに…」美空は静かに付け加え、再び視線を前へと向けた。「あなたと私…」
沈黙。
「…最初から私たちは同じ道を歩んでいなかったのよ」彼女は手すりに手を置いた。
ジンの胸が締め付けられた。
「待って――せめて今回はドアを使ってくれ」彼は何か――何でもいいから――掴もうと、慌てて言った。「そんな風に行かなくてもいいんだ」
美空はかすかに、どこか面白がっているような笑みを浮かべた。「…大丈夫」
彼女は軽々と手すりを乗り越えた。
「美空!!」ジンは駆け寄り、彼女が落下するのを間一髪で目撃した。
彼女は音もなく、静かに、そして完璧に着地すると、振り返ることもなく飛び立ち、まるで影のように警備員たちの横をすり抜けていった。
そして、彼女は姿を消した。
ジンはそこに立ち尽くし、凍りついたように動けなかった。彼女が残した空間は…空虚だった。彼の両手はゆっくりと手すりを強く握りしめた。
「…くそっ!」低い、かすれた声が漏れた。
彼は拳を木製の手すりに叩きつけた。
一度。そしてもう一度。
音がこだました。肩に力が入り、頭を垂れ、呼吸が乱れ、ついに涙が溢れ出した。
彼の背後では、ドアが少し開いていた。
ヒロはすぐ外に、トレイを持ったまま動かずに立っていた。
聞くつもりはなかった。しかし、もう十分聞いてしまった。
彼の握る手はさらに強くなり、視線は下を向いた。
…ジン。その思いが頭から離れず、言葉にできない何かが重くのしかかった。後悔…同情…罪悪感。そして、この時ばかりは、彼は何も言わなかった。
…………
美空はゲストハウスにそっと入り、ドアを閉めた。かすかなカチッという音が、本来よりも大きく響いた。
彼女はしばらくそこに立ち尽くしていた。そして、背中が木にぶつかった。
ジンの言葉が何度も何度も頭の中で繰り返され、胸が締め付けられた。
息が詰まり、そしてゆっくりと崩れ落ちた。
膝を抱え込み、両腕で膝を抱きしめ、頭を垂らすと、髪が前に垂れ下がり、顔を隠した。
最初の涙が、突然こぼれ落ちた。そしてまた、もう一滴。
肩が震え、静かにすすり泣きが漏れた。体を縮こませると、まるでじっとしていれば、すべてを閉じ込めておけるかのように。
…………
月森の境界に広がる森の上空高く月が浮かび、淡い光が木々の間から漏れていた。森の周囲では、侍の護衛たちが規則正しく巡回しており、手に持った提灯がゆらゆらと揺れ、暗闇を注意深く見守っていた。
あたりは静まり返っていた。静かすぎるほどに。
すると、黒い霧が忍び寄ってきた。
最初は地面を這うように低く広がっていったが……やがて立ち上がり、あっという間に彼らの間の空間を飲み込んだ。
「――何だ……?」
霧が迫り来ると、一人の衛兵がよろめき、握っていたものが震えた。別の衛兵は膝をつき、手に持っていたランタンが手から滑り落ち、火が消えた。
空気が重く、濃くなった。
「頭を隠せ――!」
遅すぎた。
数人がその場に倒れ込んだ。残りの者たちは本能的に反応し、袖が鼻先まで跳ね上がり、よろめきながら後ずさり、剣を抜いた。
「気を抜くな!」一人が叫んだ。声が張り詰めていた。「何かが――」
閃光。鋼鉄が霧を切り裂いた。
彼はかろうじて剣を振り上げたが、衝撃でバランスを崩し、地面に倒れ込んだ。
「な、これは何だ!?」別の衛兵が息を呑み、後ずさりした。
近くで鋭い叫び声が響いた。女戦士の一人が打ち倒され、その体が鈍い音を立てて地面に叩きつけられた。
「襲撃だ――!」警告の言葉は途中で途切れた。
また一撃。また一人、倒れる。
残された衛兵たちの間に動揺が広がった。彼らは武器を握りしめ、刃を震わせながら周囲を見回したが、霧がすべてを飲み込んでいた。
やがて、ゆっくりと……霧が薄れ始めた。
影が浮かび上がる。白い装束をまとった人影だ。
音もなく、容赦なく。
月守の衛兵たちは、次々と斬り伏せられていった。
………………
「おい、タケ――聞いたか?」ハヤテは村の門に気安く寄りかかり、興奮で目を輝かせていた。
「ジン様が連れてきた客の一人が、今夜、神聖な舞を披露するんだってよ。あの銀髪の娘らしいぜ」
タケは彼をちらりと見て、片方の眉をわずかに上げた。
「あの物静かな娘か?」と彼は尋ねた。「ああ、あの娘のことだな?」
「そう、その娘だ」ハヤテは熱心に頷いた。「噂じゃ、この村と何らかの縁があるらしい。すごい話だろ?」
タケは腕を組み、考え込んだ。「……確かに見覚えがあるな」と彼は呟いた。「リュウ様に似ている」
ハヤテは指を鳴らした。「だろ!? 俺もそう思ったんだ!」
タケは静かに息を吐いた。「リュウ様に似ていて、突然現れて、今度は神聖な舞を踊る……か」と彼は言った。「……世間は狭いもんだな」
「全くだよ」ハヤテはにやりと笑った。
タケは彼を横目で見やった。「……で、お前はどうしてそんなことを知ってるんだ?」
ハヤテは悪びれる様子もなく肩をすくめた。「俺の彼女が、彼女の支度を手伝ってる連中の中にいるんだよ。彼女から聞いたんだ」
タケは彼をじっと見つめた。「……呆れた奴だな」
「これが『コネ』ってやつさ」ハヤテは不敵な笑みを浮かべて言い返した。
タケは答えようと口を開いたが、そこで言葉を止めた。
彼の姿勢が変わった。微妙だが、瞬時だった。
彼の手が剣の柄に伸びた。
「…ハヤテ」。声色の変化が空気を切り裂いた。
ハヤテは瞬きをした。「何だ?」
「静かに」。タケの視線は鋭く、微動だにせず、まっすぐ前を見つめていた。「…俺たちだけじゃない」。
その言葉に、ハヤテは即座に姿勢を正し、剣の柄に手を置いた。
タケは既に姿勢を変えていた――低い構え、視線は前を見つめている。
空気が静まり返った。あまりにも静かすぎる。
風もない。物音もない。
そして――動きがあった。
門の向こうの影から、人影が現れ始めた。
白いマント。ゆっくりと、急ぐ様子もなく。
彼らが月明かりの中に足を踏み入れると、その模様がはっきりと浮かび上がった――黒い三日月……そして満月。
ハヤテは息を呑んだ。 「…まさか。」
タケは刀を握りしめた。「…黒月。」
その名は警告のように彼の唇から漏れた。
刀が鞘から滑り出た――しかし、二人が反応する間もなく、一人の人物が姿を消した。
一瞬の閃光。そして、彼はそこに現れた。二人の目の前に。
突然の出来事に、二人の衛兵は衝撃を受けた。
男は片手を上げた。すると、空気そのものが歪んだように見えた。
凄まじい力が二人に襲いかかった。二人は抵抗する間もなく吹き飛ばされ、門柱に激しく叩きつけられた後、地面に倒れ、動かなくなった。
静寂が戻った。
「…早かったわね。」紅は静かに鼻を鳴らし、一歩前に出た。
彼女の傍らで、その人物はフードをわずかに直し、倒れた衛兵たちに冷たい視線を向けた。
「これが今、月森の門前に立っているものか」と、大吾は冷淡に言った。「情けない」
仲間の一人が首を傾げ、考え込むような声で言った。「到着する前に何か言っていた」と彼は言った。「よそ者の一人が…逃亡した王子に連れられてここに来たらしい」
沈黙が流れた。
「…今夜、聖なる舞を披露するそうだ」
大吾は眉を少し上げた。「…よそ者だと?」
彼の視線は門の向こうの村へと移り、遠くで提灯の灯りが揺らめいていた。
ゆっくりと笑みが浮かんだ。「…面白い」
彼は振り返り、仲間たちをちらりと見た。「久しぶりだな」と、ほとんど軽やかに言った。「この地を歩くのは久しぶりだ」
笑みは消えなかった。
「行こうか?」
低い、面白がるような同意の声が続いた。彼らが一歩踏み出すと、マントが揺れ動き、まるで普通の衣服に溶け込むように変化した。
門をくぐる頃には、彼らはただの客人のように見えた。




