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第16章

「はぁ……はぁ……」


荒い息を吐きながら、アヤカは鋭く正確な軌道で刃を振るった。数回素振りを終えると、彼女は川沿いにある小さな倉庫へと箱を運び入れた。箱を置き、視線を床に落としたまま、彼女の口から静かな溜息が漏れる。


その時、何かが折れるような鋭い音が耳に届いた。


瞬時に彼女は振り返った。すでに刃は抜かれ、侵入者へと向けられている。


「……あなた?」彼女は片眉を上げた。


「落ち着いて」ミソラはポケットに手を突っ込んだまま、不敵な笑みを浮かべた。「戦いに来たわけじゃないわ」


アヤカは息を吐き出し、武器を下ろして鞘に収めた。「驚かせないでよ」


アヤカが再び箱を手に取り、きれいに積み上げていくのを、ミソラは黙って見つめていた。


「それで……これが月代つきしろ長老の与える罰ってわけ?」彼女は少し眉を上げて尋ねた。


その口調に動揺し、アヤカは少し身を乗り出してから、ミソラの方を向き直った。


「ち、違うわよ! ただの身体のなまり防止だってば! もっと鍛えて、強くなる必要があるだけよ!」


「……ふうん。なるほどね」ミソラは呟いた。


アヤカは溜息をつき、片手を腰に当てて横を向いた。「とにかく……ここで何してるの?」


ミソラは少しの間、彼女をじっと見つめた。「話がしたかったの」


アヤカは眉をひそめた。「次期村のおさであるあなたが、私に何の用だっていうの?」


ミソラはポケットの奥深くに手を突っ込んだ。


「大したことじゃないわ」彼女は言葉を切り、一瞬地面に視線を落としてから、再びアヤカの目を見つめた。「……ただ、以前の私は、あなたのことを理解しようとしていなかったなって気づいただけ」


アヤカはわずかに目を見開いた。


ミソラは穏やかながらも、まっすぐな口調で続けた。「あなたが私に挑んできたのは、誰がジンの隣に立つべきか……彼の妻として、この村の長として誰がふさわしいか、確かめたかったからよね」


彼女の視線が地面に落ち、声のトーンが少し下がった。「あなたには理由があった……手合わせをした時、それくらいは分かったわ」彼女は静かに息を吐いた。「あなたの戦いぶり……ただ強いだけじゃなかった。何かそれ以上のものがあった。正直……すごかったわ」彼女の指が、体の脇でわずかに丸まった。「それを受け止めようとする代わりに、私はあなたに当たり散らしたの。ひどい言葉を浴びせたり……すべてを薄っぺらなものとして片付けたりして」彼女の瞳から、かすかに光が消えた。「自分に言い聞かせていたのよ。あなたはただ肩書きを追い求めているだけだって……権力や地位、つまりは里を支配することだけを望んでいるんだって」


一瞬の沈黙。


「……でも、本当の理由はそこじゃなかったの」


彼女は顔を上げ、彩花の瞳をまっすぐに見つめた。澄んでいて、何の隠し事もない瞳だった。


「あなたはジンを愛している」


その言葉は、揺るぎない確信を帯びて空気に溶け込んだ。


「そして今ならわかる……あなたが今も、彼を想っているってことが」


彩花がわずかに身を強張らせる。美空は息を吸い込み、一歩下がって頭を下げた。


「……ごめんなさい」声が柔らかくなる。「あの頃、私が言ったことすべて。出過ぎた真似だったわ」


不意を突かれ、彩花は瞬きをした。やがてすぐに姿勢を正し、頬をわずかに赤らめながら咳払いをする。


「い、いいのよ」視線を逸らしながら呟く。「私だって、決して潔白だったわけじゃないし……」


彼女はもう一度息を吐いた。今度はよりゆっくりと、重みのある吐息だった。「その通りよ――私はジンを愛してる」声は落ち着きを取り戻していたが、その奥にはどこか脆さが残っていた。「今もずっと」


彼女は視線を落とし、風に揺れる草の葉を眺めながら、手を太ももの上に置いた。


「でも……それだけが理由じゃないの」


美空がわずかに眉を上げる。


「私がこの村の『姫』になりたかったのには、別の理由があるの」彩花は手のひらを開き、何かを探すようにそれを見つめた。


「もう聞いているかもしれないけれど……」静かに言葉を継ぐ。「私は月見つきみ一族の最後の生き残りなの」


美空は頷き、その表情を厳粛なものに変えた。


「家族全員が……」彩花の声音が低くなる。「十年前、黒月くろつき月森つきもりに仕掛けた戦で、命を奪われたの」


彼女の唇に、かすかで遠い笑みが浮かんだ。脆く、どこか懐かしさを帯びた笑みだ。「それよりずっと前に……父と祖父が、月城つきしろ一族の唯一の跡取りであるジンとの婚約を決めていたの」


彼女はゆっくりと手を握りしめた。「一族の絆を強めるためのものだったわ。月城の長老と私の祖父は合意していたの……彼がおさの座に就いた暁には、私が彼の妻になるって」


握る手に力がこもる。「私はその役割にふさわしい人間になるよう育てられた。月見一族の誇り……一族の『完璧な宝石』として」


彼女は静かに息を吐き出した。「だから、もちろん……私はその未来を果たすことを期待されていたの。月守つきもりの長の隣に立つ、一族で最初の人間になることを」


彼女の瞳に、一瞬、痛みの色がよぎった。「でも、彼らはそれを見届けることなく逝ってしまった」


二人の間に沈黙が流れた。


美空の眼差しが和らぐ。「彼らの願いを叶えたかったのね……」と彼女は静かに言った。「だから、あんなに必死だったんだ」


彩花は小さく、どこか自嘲気味に笑った。


「だって……口に出すと馬鹿みたいに聞こえるでしょ?」彼女は少し首を傾げた。「人生のすべてを捧げて準備してきたのに、突然現れた誰かにその場所を奪われてしまうなんて」


彼女は美空に視線を向けた。「……誰だって、納得なんてできないわよね」


美空は視線を落とし、その表情に罪悪感がよぎった。彩花はそれに気づき――今度は、より穏やかな笑みを浮かべた。


「でも……」彼女は再び美空と視線を合わせた。その表情には、より落ち着いた、すべてを受け入れるような色が宿っていた。「……今ならわかるわ。ジンがどうしてあなたを選んだのか」


彩花は静かに息を吸い込み、言葉を続けた。その声は落ち着いていたが、どこか柔らかな響きを帯びていた。


「あなたは私より優れている……いろんな意味でね」彼女はちらりと美空を見た。「自立していて、強い。……それに正直なところ、私よりずっと綺麗だし」


美空の顔が瞬時に赤らんだ。その反応を見て、彩花は軽く笑いながら首を振った。


「あなたは義務感や……昔交わした約束なんかで彼の隣にいるわけじゃない」彼女の眼差しが優しくなる。「言っていた通り……彼という人間そのものに惹かれて、一緒にいるのよね」


美空はゆっくりと息を吸い込んだ。その言葉を聞きながら、胸の奥が締め付けられるような思いだった。


「あなたたちの間には信頼があるわ」彩花は続けた。「本物の信頼。それに、互いへの敬意も」彼女は少し首を傾げた。「少なくとも、私にはそう見える。そうでなきゃ……ジンがあなたに、あんな個人的なこと――彼自身が生み出した術を教えたりはしなかったはずよ」


一瞬の沈黙。


そして、さらに静かな声で――「それに何より……あなたが彼のそばにいるのは、彼を愛しているからなのね」美空の頬が、瞬く間にさらに赤く染まった。「え、えっ……? はあ?! わ、わたしは……そのっ!」彼女は言葉をうまく紡げず、しどろもどろになる。


彩花はくすりと笑った。「だって、彼の彼女なんでしょ?」と軽くからかうように言う。「そんなに慌てることないじゃない」


美空はまばたきをし、視線をそらした。「う、うん……」普段より小さな声で、彼女はそう呟いた。


彩香は微笑み、数歩近づいて彼女のすぐそばで立ち止まった。


「夜はもうすぐそこよ」と優しく言った。「式が終わったら…ジンと結婚するの。この村の新しい女主人になるのよ」


そして、彼女は頭を下げた。


目を閉じ、声は静かだが真摯だった。「…彼をどうか大切にしてください」


美空は息を呑み、その言葉の重みに胸が締め付けられるような罪悪感に襲われた。


彩香は姿勢を正し、いつもの落ち着きを取り戻し、小さな笑みを浮かべながら美空の横を通り過ぎた。


数歩進んだところで、彼女は立ち止まった。「あ、もう一つだけ、美空」


彼女は肩越しに振り返り、美空は彼女の視線を受け止めた。


「さっきの稽古は…無理やりさせてしまってごめんなさい」彩香の表情は真剣さを帯びて和らいだ。「身分に酔いしれて…不遜な振る舞いをしてしまいました」


彼女は軽く頭を下げた。「ごめんなさい。」


美空は優しく首を横に振った。「大丈夫です。」


彩香の笑顔が今度はより明るくなった。「またね。」


そう言って彼女は振り返り、小走りで去っていった。その姿は次第に遠ざかっていった。


彼女が去った後には静寂が訪れた。


美空はその場に立ち尽くし、視線を川へと向けた。静かな空間に、水面のさざ波の音が響いていた。


「…本当に特別な人だわ」と、美空はほとんど独り言のように呟いた。「まるで宝石みたい。」


「そうでしょう?」


突然、声が聞こえた。


「あっ!」美空はびくっと身を震わせ、くるりと振り返った。


茂みの陰から真司が現れた。彼女の反応を全く気にしていない様子で、軽く、どこか面白がっているような笑みを浮かべていた。


美空は息を吐き、胸に手を当てた。 「びっくりしたわ…」


「おやおや」シンジはくすくす笑いながら彼女の隣に立った。「君は恐怖とは無縁だと思っていたよ」彼の目はかすかに光った。「アヤカとのスパーリングでは、そんな様子は全く見せなかったからね」


美空は小さく、少し照れくさそうにため息をついた。「完璧な人なんていませんよ、月城様。」


月城様は同意するようにうなずき、口角を少し上げた。「確かに。」


月城様の視線は再び川へと向けられ、淡い紅色の瞳が水面にきらめく光を映し出した。


美空も同じように川を見つめ、表情を和らげながら前を見た。


しばらくの間、二人は言葉を交わさなかった。二人の間の静寂は不快なものではなく、ただ…静かだった。


「君と綾香が分かり合えたようでよかった」と、シンジはついに口を開いた。


美空はシンジをじっと見つめた。「ずっと見ていたんでしょう?」


シンジはあまりにも無邪気に微笑んだ。「まあ、村で起こっていることを常に把握しておくのは私の責任ですからね。」


美空は一瞬、彼をじっと見つめた。



…それでも、老人からそんなことを言われると、やはりひどく不安になる。彼女は静かにため息をつき、一筋の汗が頬を伝った。


「教えてくれ…」シンジは少し考え込むような口調で付け加えた。「本当なのか?」


美空は眉を上げて彼を一瞥した。「ん?」


「ジンについてだ」彼は言い直した。「独自の炎の技を編み出したこと。」


彼女は一度瞬きをしてから頷いた。「ああ…ええ。そうだったわ。火の翼で。」


シンジは杖の先に両手を添え、かすかに笑みをこぼした。


「いかにも彼らしいな」彼は愛情を込めて言った。「子供の頃から、彼は決められた道を歩むことはなかった。常に実験を重ね…常に教えられたことの限界を超えようとしていた。」


美空はかすかに微笑み、視線を再び川へと向けた。


「…ええ」と彼女はつぶやいた。「彼のそういうところは…理解できるわ。」


シンジは小さく微笑みながら言葉を続けた。「この村の人間は皆、根っからの好奇心旺盛な連中だが……月代つきしろの血を引く者は、とりわけその傾向が強い」彼はふっと笑った。「俺はその中でも一番ひどかった。じっとしていられず、常に手の届かない何かを追い求めていた。ジンもその気質を受け継いでしまったようだ」


彼は少し言葉を切った。「息子のダイスケは……そうじゃなかった」声が穏やかになる。「だが、孫のあいつは……どこか俺に似てしまったんだ」


ミソラは首を少し傾げ、ジンの振る舞いを思い浮かべた。頑固さ、予測不能な行動……そして、その奥に秘められた静かな反骨心。


「……ええ」彼女は認めるように言った。「二人は本当によく似てるわ」


シンジの笑みは消えなかったが、その色は少し薄らいだ。「……だからこそ、心配なんだ」


二人の間を穏やかな風が吹き抜け、髪や服を揺らした。


「ジンを見ていると、あの頃の自分を思い出すんだ」彼は声を低くして続けた。「常に何かを探し求め、振り返ることなく突き進んでいく姿を」


彼は静かに息を吐いた。「……俺の場合、結末は決していいものじゃなかった」


ミソラは眉を寄せた。


「若い頃」シンジは話を続けた。「父は――今の俺と同じように――俺に村に残ってほしがっていた。何よりもこの村を優先してほしがっていたんだ」


彼の視線は遠く、川の方へと向けられた。


「だが、俺はこの山の向こうにある世界を求めていた」かすかな、ほろ苦い笑みが彼の口元に浮かんだ。「自由や、可能性をね。この場所は鳥籠のようなものだと思っていた……誰かに押し付けられた人生だと」


彼は言葉を継いだ。「俺たちの一族は、何世紀にもわたって世間から身を隠して生きてきた。四百年前に起きたあの出来事以来ずっとだ。外の世界に俺たちの力を見つかり、どうされるか恐れて……ひっそりと暮らしてきたんだ」


彼の瞳から光が少し消えた。「外へ出る機会をうかがっているうちに、すべてが変わってしまった。父が亡くなったんだ……俺がその一歩を踏み出す前に」


彼は静かに息を吐き出した。「だが、死の間際、彼は私に『火の翼』を託したんだ……我らの遺産を宿す刃。何ものにも耐えうると言われる武器をな」


ミソラは黙って耳を傾け、その表情を和らげた。


「それからしばらくして」とシンジは続けた。「妻のリュウが、自身の旅の途中でこの村を見つけたんだ」彼の声に、わずかに温かみが混じる。「シュエ一族の末裔として、彼女はすでに我らの歴史を知っていた……そして、俺のために『聖火の儀式』を執り行ってくれた」


彼に、かすかな笑みが戻る。「そして……俺は彼女と結ばれた」


彼はミソラに視線を向けた。「息子の大輔が生まれた。俺とは違って、あいつはこの壁の向こうにあるものなど求めなかった。ただ、持てる力のすべてを尽くしてこの村を守ろうとしていたんだ」


一瞬の沈黙。


「それから、ジンが生まれた」


今度は、二人とも思わず笑みをこぼした。


「あいつはいつも質問ばかりしていたよ」シンジは懐かしげに言った。「山の向こうには何があるんだろうって、いつも不思議がっていて……」


彼の笑みは、さらに優しくなった。


「……それに、リュウも拍車をかけていたな」彼は軽く首を振った。「彼女はいつも話して聞かせていたんだ。遠い異国の地や、様々な人々のことを……外の世界への夢を、あいつの頭の中に膨らませていた」


ミソラの表情が和らぐ。「彼女も、故郷が恋しかったんでしょうね……だからこそ、そうした話を大切にしていたんだわ」


シンジはかすかに微笑んだ。「ああ、そうだったな。一度食べた餃子の屋台の話を、延々としていたっけ」彼は笑い声を漏らす。「一週間として、その話題が出ない日はなかったんじゃないかな」


彼はその思い出をしばらく噛みしめてから、再びミソラの方を向いた。


「君を見ていると、彼女を思い出すよ」彼は穏やかに言った。「容姿のことじゃない――その点ではメイの方が彼女に似ているからな……だが、君のその強さは……」


彼の視線が、彼女に注がれる。「……同じものを感じるんだ」


ミソラは不意を突かれ、まばたきをした。「彼女は、それほど強かったんですか?」


シンジは迷いなく頷いた。「ああ、とても」その口調には、静かな確信がこもっていた。「その精神の強さは、シュエ一族の血に刻まれたものなんじゃないかと思ったこともあった。何世代経っても、決して薄れることはなかったからな」


彼は軽く息を吐き出した。 「それでも、半信半疑だったんだ。今の世代がそれをまだ受け継いでいるなんて思わなかった……世界はあれほど変わってしまったんだから」彼の視線が少し宙を彷徨う。「ジンが言うには、外の世界は……今や遥かに進歩しているらしい。至る所にテクノロジーが溢れているとか」


ミソラは小さく頷いた。「ええ、その通りよ」


シンジは彼女を横目で見ながら、少しだけ表情を硬くした。「……まさか、外で人前なんかに炎の術を使ったりはしていないだろうな?」


ミソラは気まずげな笑みを浮かべ、頬をかきながら少し身を強張らせた。「ええと……そこまで言うほどのことでは……」


シンジは小さく息を吐き、うつむいた。「……驚きはせんよ」と彼は呟く。「あの愚かな孫め……いつも見栄を張りたがる」


ミソラは気まずそうに小さく笑った。シンジは再び顔を上げ、彼女に視線を戻した。


「だがな……」と彼は口調を和らげて続けた。「ジンがお前のような相手を見つけられて、本当に良かったと思っている」


ミソラは動きを止めた。


「あいつは決意していた」とシンジは言う。「愛する人と共にいるために……アヤカとの婚約を破棄するほどの決意をな」


その言葉は、彼女が予想していた以上に深く胸に響いた。ミソラはわずかに身をすくめ、胸の奥にいつもの罪悪感が締め付けられるように広がった。


シンジは優しく手を掲げながら、彼女に歩み寄った。ミソラはすぐにその意図を察し、片膝をついて前腕をもう一方の腕に添え、軽く頭を下げた。


彼は彼女の前に立ち、力強くも温かい手を彼女の肩に置いた。


「お前を孫の嫁として迎えられることを、光栄に思う」と彼は静かに言った。


彼女は息を呑んだ。


「お前に会った瞬間から、わかっていたよ……」彼の声はさらに優しくなった。「お前が特別な存在だと――特にジンにとってな」


彼は手を動かし、慈しむような、まるで父親のような笑みを浮かべながら、彼女の頭にそっと手を置いた。


「そして今夜の儀式の後……あいつがおさになったら……」


一瞬の沈黙。


「……お前はあいつの隣に立つことになる。妻として。この村のおさの妻としてな」


その言葉に頬を熱くしながら、ミソラの瞳はわずかに揺れた――それでも、胸の奥はやはり締め付けられるようだった。


シンジは手を離した。何も言わずに背を向け、歩き出した。片手は背中に回し、もう片方の手で杖を突きながら、静かに遠ざかっていく。


ミソラはゆっくりと立ち上がり、遠ざかる彼の背中を見つめた。


そして、彼女の手が上がり……胸元に当てられた。


……まただ。


荒い息を吐きながら視線を落とし、彼女の指は服を強く握りしめた。村のざわめきが、遠くから彼女の方へと流れてきた。それは準備や期待、そして迫りくる儀式の気配を孕んだ音だった。


彼女はぐっと奥歯を噛み締めた。


……私にはできない。


その瞳に、鋭い決意が宿る。


……ジンと話さなきゃ。今すぐに。


そう決心すると、彼女はくるりと身を翻し、駆け出した。



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