第13章
「…え?」訓練場にざわめきが広がる中、美空は首を少し傾げた。
彩香は動かず、深紅の瞳を美空に向けたままだった。
「聞こえたでしょう」彩香は落ち着いた口調で言った。「私と手合わせをしなさい。ここで。今すぐ。」
美空は動じることなく両手をポケットに突っ込んだ。「あなたと戦う理由なんて覚えていません」と冷ややかに答えた。「もしこれがジンに関することなら…」
「見せてちょうだい」彩香は鋭く口を挟んだ。目を細め、「なぜジンは…私ではなく、あなたを選んだの?」
張り詰めた沈黙が訪れた。
「当然のことよ」彩香は落ち着いた、しかし鋭い声で続けた。「月森の次期当主が、それにふさわしい人物の傍らに立つのは。」
彩香はさらに一歩近づいた。「そして、あなたにはそれを証明するものは何も見当たらないわ。」
空気が一変した。周囲の侍たちさえも静まり返った。美空の視線がほんの少しだけ暗くなった。
「じゃあ、証明して」彩香は迫った。「彼があなたのどこに惹かれているのか、見せてちょうだい」
一拍の間。
「それとも、自分がただのつなぎ役だって認めなさい」
「ちょっと待って!」綾音は言い放ち、一歩前に出た。「そんなこと、できるわけないでしょ!」
美空の腕が上がり、綾音の動きを即座に止めた。
綾音は凍りついた。「…お姉ちゃん?」
「口出ししないで」美空は静かに言った。
綾音は目を見開いた。「でも…!」
「綾音」
ただ名前を呼ばれただけだった。しかし、美空の声の重みに、綾音は動けなくなった。
葵は綾音の肩にそっと手を置き、静かに後ずさりするように促した。
ゆっくりと――アヤネが動いた。
だが、代わりに前に出たのはミソラだった。彼女の視線がアヤカと交差する。
「受けて立つわ」
アヤカの表情に、満足げな色がよぎった。「いいわ」と彼女は言い、背を向けた。 「じゃあ、時間を無駄にするのはやめましょう」
ポニーテールを揺らしながら、彼女はフィールドの中央へと歩いていく。
ミソラは一瞬、その場に立ち尽くした。
「ミソラ先輩……」アオイが静かに声をかける。
ミソラは振り返った。その視線はアヤネを捉え――彼女の不安げな様子に一瞬だけ目を留めてから――穏やかなものへと変わった。
「大丈夫よ」彼女は小さく微笑んで言った。「それに……ここで貴族からの挑戦を断るなんて失礼でしょ? そうよね、イズミ」
イズミは小さく笑った。「決まりってわけじゃないけど……まあ、そんなところかな」
「どうしてそんなに落ち着いていられるんだ?」ヒカルが小声で呟く。
ミソラは歩き出したが、途中で足を止めた。体ごと振り返ることはせず、肩越しに視線を戻す。
「だって……」その声は静かだが、確信に満ちていた。「彼女が思っているような人間じゃないって、私自身が分かっているから」
自信を滲ませた、かすかな笑みが彼女の唇に浮かぶ。「それを証明してみせるわ」
そう言って――彼女はフィールドへと足を踏み入れた。アヤカに近づく彼女に全員の視線が注がれる。歩みを進めるごとに、二人の間の緊張感が高まっていく。
メイはアヤネに目をやった。彼女はうつむき、肩を震わせていた。
「……アヤネ?」メイがそっと声をかける。
「……彼のせいだ……」
「え?」戸惑いながら、皆が身を乗り出した。
ゆっくりと、アヤネが顔を上げた。その瞳は鋭く、怒りの炎を宿していた。
「全部あの『炎のバカ』のせいよ!」彼女は腕をきつく組み、吐き捨てるように言った。「あいつが私の妹を『俺の彼女』なんて言いふらさなきゃ、こんなことにはならなかったのに!」
その場にいた全員が、呆れて冷や汗を流すような空気になる。気まずげな笑い声がいくつか漏れた。
「……まあ」カズキが薄く笑みを浮かべる。「妹さんの戦う姿、見てみたいだろ?」
「……笑えないわよ」
広場の向こう側で、アヤカが振り返った。ミソラは彼女の数歩手前で立ち止まり、手はポケットに入れたまま、穏やかな表情を浮かべていた。
「ほら」
アヤカが何かを放り投げた。それは空中で回転し、ミソラが鮮やかにキャッチした。
日本刀だった。
「本物の刀か!?」侍の一人が息を呑む。
「本気なのか……?」別の侍が呟く。
アヤカは二振りの刀を抜き放ち、軽やかに回してから構えをとった。
「公平にね」彼女は冷ややかな口調で言った。「私があなたを試す以上、あなたにもまともな武器が必要でしょう」
彼女の眼差しが鋭さを増す。「だって……これは単なる手合わせじゃないんだから」
一瞬の静寂。
「次期当主の隣に立つ者を決める戦いなんだから」
その言葉の重みが広場を包み込んだ。ミソラは何も言わなかった。ただ手の中で刀を一度回してバランスを確かめると、それを構えの位置へと掲げた。
「いいわよ」
空気が張り詰める。周囲の観衆は身を乗り出し、期待に胸を躍らせていた。
「おいおい……とんでもないことになってきたな」侍の一人が目を輝かせながら囁く。
「アヤカ様対ジン様のパートナーか……」
「どっちが勝つと思う?」
「待てよ、ってことは勝った方が将来の奥さんになるってことか!?」
「……誰かポップコーン持ってないか?」ミツルが小声で呟く。
メイが軽く彼を肘で小突いた。「今はそんな場合じゃないでしょ」
近くにいた若い侍が興奮気味に拳を握りしめた。「彩華様ほどの腕前なら、負けるはずがない」
アヤネの眉がピクリと動いた。「……なんですって?」彼女は睨みつけながら一歩前に出た。「勝つのは私の姉よ」
侍は鋭く振り返った。「本気か? 彩華様が負けるわけがないだろう!」
「へえ、そう?!」アヤネは言い返した。「じゃあ賭けましょうよ! 私の姉の方がずっと強いんだから――完膚なきまでに叩きのめしてやるわ!」
「彩華様を弱いなどと言うな!」
二人は激しく睨み合い、火花が散るような空気が流れた。
周囲の人々は、冷や汗を流しながらその様子を見守っていた。
「……切り替えが早いね」イズミが苦笑した。
「……ああ」仲間たちも同意するように呟いた。
彩華の深紅の瞳が鋭さを増し――彼女の姿が消えた。
残像。
気合の入った叫びと共に、二振りの刃が振り下ろされる――バキィッ!
土煙と破片が爆発するように舞い上がり、戦場を覆い隠した。
「うわっ――!」観衆から驚きの声が上がる。
やがて煙が晴れ――そこにミソラが姿を現した。
微動だにせず。
彼女は刃をしっかりと構え、冷静に二つの斬撃を受け止めていた。その表情は、いつものように落ち着き払っている。
彩華の瞳に闘志の炎が宿る。彼女はさらに力を込めた。
鋼と鋼が擦れ合う音を立て、ミソラを後退させる――そして、再び踏み込んだ。
より速く。より鋭く。絶え間ない嵐のような連撃が繰り出されるが――ミソラもそれに応戦する。
受け流し、逸らし、反撃する。その一つひとつの動作は正確で、制御され、そして軽やかだった。
「ま、互角なのか……?」ヒカル、ミツル、サヤカが呆気にとられる。
「嘘だろ……」ライトが息を呑む。
「……やるわね」イズミが思案深げに指を顎に当てて呟いた。「このままだと……」
「勝つかもしれないな」リクヤが眼鏡の位置を直しながら言葉を継いだ。「……あるいは引き分けか」と彼は付け加えた。「彩華の勢いも衰えていないからな」
「ああ……」カズキが頷き、首元でヘッドホンが揺れた。
「ねえ――どうしたのよ!?」アヤカが鋭く声を張り上げ、刃をきらめかせてミソラの剣と打ち合う。「その程度なの!?」
彼女の猛攻に、ミソラはわずかに後退させられる。
「もっと速いと思ってたのに!」アヤカは声を荒らげながら攻め立てる。「ジンは本当に、あなたの何を見てるっていうの!?」
ミソラが目を細める。彼女は一歩踏み込み――そして斬りかかった。
アヤカは即座にそれを防ぐ。幾度となく刃がぶつかり合い、金属音が戦場全体に響き渡る。
アヤカは次の攻撃を身をひねってかわすと、空へと跳び上がり――そのまま急降下した。
ミソラの脇腹を狙った鋭い蹴り――だがミソラはそれを受け流しつつ滑るように後退、流れるような動作で即座に体勢を立て直す。
再び激突する二人。その動きはより速く、より激しくなっていく。
「どうして!?」刃を打ち付けながら、アヤカの声が震える。「どうして、あなたなのよ!?」
彼女は再び跳躍し、武器を強く握りしめる。
「私の方がジンをずっと長く知ってる! 子供の頃からずっと、彼を想ってきたのよ!」
力強い弧を描いて、彼女の刃が振り下ろされる。ミソラが剣を掲げ――
ガキンッ!
凄まじい衝撃音が轟く。
「私は彼の婚約者だったのよ!」怒りを露わにしながら、アヤカは叫ぶ。「彼の隣に立つ資格があるのは、私なの――!」
彼女が脚を振るう。ミソラはそれを防ぐと、素早く身を翻し、アヤカの足元を払った。
アヤカは地面に叩きつけられる――激しい衝撃と共に。
「うっ――!」
ミソラが刃を振り下ろす――アヤカは間一髪で剣を交差させ、相手の刃を寸前で食い止めた。
一瞬――二人は互いに押し合う形となる。
互いに力を込め、荒い息を吐く。
そして――アヤカが膝を突き上げてミソラを強引に引き剥がし、そのまま蹴り飛ばした。
美空は空中で身を翻し、数メートル先へ軽やかに着地した。
彩花は即座に立ち上がった。迷いなど微塵もない。
彼女は再び突進する。美空もまた迎え撃つように踏み込み、二人の刃が激しくぶつかり合った。
「彼の隣にいるべきなのは私よ!」彩花は叫びながら、勢いよく攻め立てる。「月森の次期当主の妻となるのは、この私なの!」
美空はわずかに後ずさったが――その瞬間、彼女の表情が変わった。ほんの少しだけ。
「……なるほど」美空は静かに言った。「わかったわ」
彼女が横へ動くと、彩花もそれに合わせる。互いに視線を外さぬまま、ゆっくりと、慎重に間合いを測りながら回り始めた。
美空は指先で刃をくるりと回し、落ち着いた声で言った。「あなたが本当に望んでいるものなんて、明白よ」
彩花の鋭い眼光がさらに強まる。「何の話よ?」
美空は小さく鼻で笑った。「あなたは『肩書き』に執着しているだけ」淡々とした口調だった。「当主の妻という座。周囲からの称賛。その地位そのものに」
彼女の視線が鋭さを増す。「……薄っぺらね」
彩花の目が見開かれた――ほんの一瞬だけ。彼女は握りしめていた刃をさらに強く掴んだ。
「権力や人気がすべてだとでも思っているの?」美空は動じることなく続けた。「ジンがあなたと別れた理由、今ならよくわかるわ」
彼女は動きを止め、刃を構えた。
「ただ悲しいだけじゃない……」声を少し低くして、彼女は言った。「……哀れだわ」
何かが、ぷつりと切れた。
彩花の表情が歪む――怒りに瞳を燃やし、彼女は叫び声を上げながら突進した。
今度の彼女は、速かった。そして、強かった。
彼女の刃が、容赦ない連撃となって空を切り裂く。
観衆がたじろいだ。
「速くなってる!」満が叫んだ。
「それに、より強く」と、陸也は小声で付け加えた。
それでも、美空は食らいついていた。
防ぎ、逸らし、反撃する。微塵も動じない。
彩花は一度後退し――再び猛然と踏み込んだ。
その刃に炎が噴き上がる。
「炎刃流――第六の型――『炎糸』!」
炎の糸が放たれる――速く、鋭く、圧倒的な勢いで。燃え盛る奔流となって美空に迫る。
「お姉ちゃん!」と彩音が叫んだ。
美空はひるまない。
ゆっくりと息を吐き出す。片足を後ろに引き、剣を握り直す。
その瞳が上がる――穏やかに、そして一点を見据えて。
「点火流……第四の光――」
声は静かだった。囁くような音量で。
彼女は剣を振るう。「……『緋光斬』」
深紅の光の細い三日月が前方に走る――鮮やかに。正確に。
それは迫りくる炎を切り裂き――そして消し去った。
静寂が訪れる。炎はまるで最初から存在しなかったかのように消え失せていた。
観衆は凍りついた。目を見開く。
ただ激突そのものにではなく――今、目の当たりにした光景に。
「……あれは何だ?」と誰かが呟く。
「炎刃流の技じゃない……」
泉はわずかに目を細め、興味を覗かせる。「……違うわね」彼女の視線は美空に釘付けになる。「……あれは、別の何かよ」
「どうして――!?」彩花の瞳が信じられないという思いに揺れる。彼女は辛うじて美空の次の一撃を受け止めた。
鋼と鋼が再びぶつかり合う――今度はより速く。
美空が攻め立てる。その攻撃は鋭く容赦がなく、一撃ごとに彩花を後退させていく。
「ぐっ――!」彩花が刃を掲げる――ほんの一瞬、遅かった。
ガキンッ!
美空の刀が走り、彩花の二つの武器をその手から弾き飛ばした。武器は空中で回転し、数メートル先の地面に叩きつけられる。
彩花は激しく後ろへ倒れ込み、地面に転がった。彼女が反応するよりも早く、美空の刃が迫っていた。顔のすぐ目の前で、ぴたりと止まる。
静寂。重く、動かない沈黙。
「そ、そんな……」と、ある侍が呟いた。
「……彩花様が……」
「……負けたのか?」
一瞬の間のあと――
「やったあ!!」
ミツルたちが歓声を上げ、アオイとライトは満足げに小さく笑みを交わした。
広場全体が喧騒に包まれる。
「信じられない!」
「あの彩花様に勝ったなんて!」
「ってことは――!」
彩花には、その声がほとんど聞こえていなかった。荒い息遣いで胸を上下させ、紅い瞳を揺らしている。
やがて美空は息を吐き出し、剣を下ろして一歩後ずさった。
彩花は瞬きをした。戸惑いがその顔をよぎったが、それ以上に強く残るものがあった。
「……あの技は」と彼女は呟く。美空が視線を向けた。
「うちの流派のものじゃない」彩花の声がわずかに震える。「どこでそれを……?」
一呼吸置いて。「……どうやって?」
美空は刀を軽く肩に預けた。「ジンに教わったの」
彩花の目が見開かれる。
「まだ完璧じゃないけど」美空は落ち着いた口調で続けた。「……彼が独自に編み出している流派の一部なの」
静寂。
ジンが……独自の技を? そして、彼女に教えた……?
彩花は視線を落とした。表情を曇らせ、指先で地面を強く掴む。
「……どうして?」と彼女は静かに尋ねた。「どうして、あなたにそんなものを教えたの?」
美空は迷わず答えた。「彼が、私を信じてくれているから」
単純だが、真っ直ぐな言葉だった。彼女は彩花の瞳をまっすぐに見つめる。
「彼が何者か、なんてことは関係ないの」と付け加える。「昨日まで、私はこのことについて何も知らなかったんだから」
その声が優しくなる。「私はただ……彼の隣に立ちたいだけ。それだけよ」彩花は顔を上げた。そこには、小さく、飾りのない笑顔があった。
一瞬、彼女は何も言わなかった。拳を強く握りしめ、やがてゆっくりと力を緩めた。
彼女は静かに息を吐き出した。
「……チッ」
一瞬視線を逸らしたが、やがてミソラの差し出した手に自分の手を重ねた。
ミソラが彼女を引き起こす。「いい勝負だったね」と優しく声をかける。
アヤカはちらりとミソラを見た。まだ呆然としていて、状況を飲み込もうとしている様子だ。
……そして、ほんの少しだけ、興味を惹かれているようでもあった。
彼女は横を向きながら、小さく舌打ちをした。
「……ああ。まあね」
ミソラは小さく息を吐いて振り返った。ちょうどその時、他のメンバーたちが駆け寄ってきた。
「凄かったですよ、ミソラ先輩!」ヒカルが興奮気味に拳を突き上げて歓声を上げる。
「マジで!」カズキがにやりと笑う。「こう、シュッて動いて、ドカン!って感じでさ!」彼は身振り手振りを交えてその瞬間を再現しようとしたが、うまくいかなかったようだ。
サヤカは小さく笑い、不敵な笑みを浮かべて腕を組んだ。「認めるわ……かなりカッコよかった」
ミツルは腰に手を当て、誇らしげに微笑んだ。「アヤカをあっさり倒しちゃうなんて! ジン先輩と肩を並べるほどじゃないと思ってたけど、俺の勘違いだったみたいだ!」
ミソラは小さく微笑みながら、軽く首を振った。
「そんな大したことじゃ……」
彼女は言葉を切った。アヤネが前に出てきたからだ。
「……今の……」アヤネはミソラを見つめたまま呟いた。「……一体どうやったの?」
ミソラの表情が和らぐ。「ジンのおかげだよ」と彼女はあっさりと答えた。「彼が自分で編み出した技を教えてくれたの」
一同は目を丸くした。
「……待って、それって……?」ミツルの目が輝く。「ジン先輩、オリジナルの炎の技を作ってたのかよ!?」
「それって実は凄いことじゃん……」リクヤが呟き、すでにノートを取り出して猛烈な勢いで何かを書き留め始めた。
アヤネは眉を上げ、再び腕を組んだ。「つまり、あの炎の男はずっと隠し技を持ってたってわけか……」彼女は独り言のように呟いた。……それを、お姉ちゃんに教えたんだ。
アオイは集団から少し離れた場所に立っていた。
見て、聞いてはいるけれど、心はここにはない。
彼女の視線はミソラに留まり、やがてゆっくりと下を向いた。
ジン先輩はここで育ったんだ……これと共に。これらの技……この力……
彼女の指は脇で軽く丸まった。それは彼の一部なのだ。
小さく息を漏らした。…なのに、どうしてまだ何も理解できていないような気がするのだろう?
「おやおや…ずいぶん忙しかったようだな。」
声がその静寂を破った。一行が振り返ると、シンジが誇らしげな笑みを浮かべて近づいてくるのが見えた。数人の護衛が彼の後ろに付き従い、こめかみには汗がにじんでいた。
「長が――!」侍の一人が身を硬くし、すぐに背筋を伸ばした。
他の者たちもそれに倣った。
「月城長老…」アヤカは小声で呟いた。
シンジは彼らから数歩離れたところで立ち止まり、穏やかだが計算された笑みを浮かべた。
「まったく、アヤカ…」彼は軽くため息をつき、首を振った。「そこまで言う必要があったのか?」
アヤカは唾を飲み込んだ。視線を落とした。
「…いつから見ていたの?」美空が尋ねた。
「最初からだ」とシンジは答えた。
数人が冷や汗をかいた。彼の視線は美空に移り、わずかに和らいだ。
「そして…君には感銘を受けた」彼の唇に微かな笑みが浮かんだ。「君の剣術は並外れている」
美空は軽く頭を下げた。「ありがとうございます」
そして――彼の視線は再び彩香に戻った。
彼女は微動だにしなかった。
「彩香」彼は落ち着いた声で切り出した。「ジンが君の婚約を解消したことは、容易ではなかっただろう」
沈黙。
「だが、美空に八つ当たりするのは適切でもなければ、必要でもなかった」
彼の目はわずかに鋭くなった。「あの稽古は一線を越えた」
彩香は袖を握りしめた。
「…申し訳ありません、長老」彼女は静かに言った。まだ視線を上げることができなかった。
シンジは杖の握り方を変えた。 「もう分かっているだろうが、必ず報いがある」と彼は言った。「だが、その前に…」
彼の声は穏やかになった。「君は誰かに謝罪しなければならない」
少し間を置いて。
「…私にではなく」彼は美空の方をちらりと見た。「…君の未来の恋人にだ」
アヤカは動きを止めた。そして――
「……承知いたしました」
彼女は向き直り、一歩前に出ると、深く頭を下げた。
「……申し訳ありません……お嬢様」
不意を突かれ、ミソラは瞬きをした。だが、彼女が言葉を返すより早く、アヤカは姿勢を正し、背を向けて、自身の刀を拾い上げるために歩き出した。
誰も彼女を止めなかった。ただ、静かにそれを見守るだけだった。
「……彼女は罰を受けるの?」シズカが静かに尋ねた。
シンジの視線は、遠ざかっていくアヤカの背中に向けられたままだった。
「重い罰にはならないだろう」と彼は言った。「だが、自らを省みるには十分なものになるはずだ」
「そう……」ミソラは呟いた。
シンジは一行の方へ向き直った。その場の張り詰めた空気が、少しだけ和らいでいた。
「それで、イズミ。君はどうしていたんだい?」と彼は尋ねた。「タダヨシはまた工房に籠もりきりじゃないだろうね?」
イズミは気まずそうに、小さく笑った。「実は、そうなんです。『火の翼』の作業をしていて」
シンジは苦笑した。「ああ……それなら、今は何があっても彼をそこから引き剥がすことはできないだろうね」
「申し上げますが、若様」リクヤが眼鏡の位置を直しながら口を開いた。「今夜は『聖火の儀』がございます……その進行を監督なさらなくてよろしいのですか?」
シンジは頷いた。「ああ。だが今は、彼が集中しているのを邪魔しない方がいい」
一行は納得したように頷いた。
「だからその代わりに」シンジは村の広場の方を指し示しながら続けた。「散歩をしていたんだ」
遠くでは準備が進められていた。飾り付けや人々の動き、そして期待に満ちた空気が漂っている。
「見ての通り……今夜の儀式は、もう動き出しているよ」
「……なるほど」アヤネが呟いた。
シンジの視線が彼らに戻った。「実は、君たち全員を探していたんだ」
「……俺たちを?」カズキが自分を指さした。
シンジは頷いた。「話しておきたいことがあるんだ」
一瞬の沈黙。
「屋敷で話を続けよう」
それ以上何も言わず、彼は背を向けた。護衛たちがそれに続く。
そして、一瞬の躊躇の後――彼らもまた、その後に続いた。 ………
月代家の広間に通された一行は、真司と向かい合う形で、整然と膝をついて座っていた。
当主である老人もまた彼らと同じ姿勢をとり、両手を静かに太腿の上に置いていた。
「よくぞお越しくださいました」と、彼は穏やかに頷きながら言った。「この里での滞在は、気に入っていただけておりますかな?」
彼の表情が少し和らぎ、「それと改めて……さっきの彩花の振る舞いについては、詫びなければならないね」と言った。
「本当に気にしないでください」と、さやかが軽く手を振る。「根に持ったりしてませんから」
「そうそう」と、ヒカルもにやりと笑って付け加える。「昨日は本当に最高だったしね。温泉とか、食事とか……」
「で、今日は今日でこれだもんな」とカズキが苦笑する。「まさかガチの決闘になるとは思わなかったよ」
アヤネは小さく鼻を鳴らし、腕を組んだ。「まあ……少なくとも、お姉ちゃんが勝ったんだからいいけど」
イズミがふっと笑う。「最初は反対してたのにね」
「……それは別問題」と、アヤネはそっぽを向いて呟いた。
一同の間に、小さく笑い声が広がった。
「あの……」と、ミソラが周囲を見回しながら口を開く。「ジンはどこ? 見かけないけど……ヒロも」
「ええと……」とシンジが話し始める。「ジンは今、かなり忙しいんだ。儀式の準備でね」
彼は一呼吸置くと、薄く笑みを浮かべて付け加えた。「ヒロも一緒だよ。彼が……余計なことをしないように見張ってるんだ」
一瞬、その場が静まり返った。
そして――全員が、その光景を同時に思い浮かべた。
無言の圧力の壁のように、ジンの上に立ちはだかるヒロ。
敗北に冷や汗を流すジン。
全員の背筋に、ぞくりと悪寒が走った。
「……ああ」と、ライトが不敵に笑う。「もう彼が気の毒になってきたよ」
彼らの反応を見て、シンジは小さく笑った。
彼は咳払いを一つすると、「さて……君たちをここに呼んだ理由についてだが」と切り出した。
シズカが少し首を傾げる。「何か悪いことでもした?」
彼女は言葉を切り、「……『清月の五つ子』のこと、だよね?」と続けた。
「シズカ!」と、さやかが声を潜めて咎める。「それ、口に出しちゃダメだって言ったでしょ!」
ヒカルも身を乗り出す。「マジで!」
シンジは面白がるように息を漏らした。「大丈夫だよ」と、彼は落ち着いた様子で言った。「『ルナ・ハートスロブ』の件についてはもう聞いているからね……特に、彼女たちに関することについては」
彼の深紅の瞳は、静かな面白みを帯びてかすかに光った。「あいつらは…今、対処しているところだ。」
葵と泉は二人とも身を硬くした。
「…気味が悪い」二人は完璧なタイミングで呟いた。
一方、綾音は腕を組んだ。「いいわ。あいつらは当然の報いを受けたのよ。温泉で私たちを覗こうとしたんだから!」
「あ、ああ、そうだ!」陸也は慌てて頷いた。
慎二は軽く手を上げた。「…話が逸れましたね。」額に一筋の汗が流れ落ちた。
彼は咳払いをした。かすかな恥ずかしさがまだ残っている。「…さて、話を戻しましょう」彼は落ち着きを取り戻し、続けた。
彼の視線は一同を見渡した。「君たちをここに呼んだのは、聖華祭の前に行われるある伝統について知らせるためだ。」
双子は少し首を傾げた。「…伝統?」彼らは声を揃えて言った。
「開会前の舞だ」とシンジは説明した。
「開会前の舞?」彼らは好奇心に駆られて繰り返した。
イズミは微笑みながら頷き、「その通りです」と答えた。
彼女はまるで説教をするかのように指を一本立てた。「式典が始まる前に、開会を告げる特別な舞が披露されるんです。いわば…これから始まるすべての儀式の舞台を整えるようなものです」
「そして、この舞を踊るのはこの村の娘です」とシンジは付け加えた。彼の口調は厳粛になった。「この伝統は、私たちの祖先であるリアン様によって創始されました。彼女こそが、セイカの流派を私たちの家系に初めてもたらした方なのです」
一行は真剣に耳を傾けた。
「先ほども申し上げましたが、シュエ家はセイカの達人として知られていました。セイカとは、肉体、精神、そして炎を調和させる霊的な技です」
彼は静かに両手を組んだ。 「この舞そのものは……まさにその鍛錬から生まれたものだ。」
部屋に一瞬の静寂が訪れた。
「幾世代にもわたり、リアン様のような気概を持つ女性だけがこの舞を踊ることが許されてきた。そして時を経て、それは単なる伝統以上のものとなった……」
彼の視線がわずかに鋭くなった。「……それは必須条件となった。真にこの舞を体現できる者だけが……儀式を始めることができるのだ。」
「なるほど……」陸也は考え深げに頷いた。
「では……あなたの時代には、亡き妻である劉様が踊っていたのですね」美空が言った。
慎二は小さく頷いた。「その通りです。」
美鶴は腕を組み、少し後ろにもたれかかった。「つまり、リアン様や劉様と同じような存在感……あるいは『気』を持つ者でなければ踊れないということですね?」
「まあ、そんなところです」慎二は答えた。
カズキは低い口笛を吹いた。「それは…とてつもなく難しそうだな。」
アオイは黙ったままだった。腕を組み、目を伏せた。
考え込んでいる。
同じエネルギー…同じ起源…同じ流派…
彼女は軽く腕を指で叩いた。「…つまり、誰でもいいわけじゃないのね」と、小声で呟いた。
他の者たちは彼女に視線を向けた。
「同じ血統…同じ特徴…そして、おそらく舞そのものに対する理解も同じ人が必要なのね…」
沈黙。
そして――彼女は目を上げた。
鋭く、集中した。
「…知り合いがいるわ。」
「ん?」一行は彼女の方を振り向いた。
彼女の唇に微かな笑みが浮かんだ。「銀髪で…特徴的な紫色の瞳で…薛の血統と繋がりがある人を探しているんでしょう?」
何かを悟った。
「あぁ!」
彼らの視線は一斉に、ある一人の人物に注がれた。
メイ。
銀髪の少女は、突然の注目に凍りついた。一筋の汗が頬を伝う。
「…え、えっ?」彼女はぎこちなく笑い、軽く手を振った。「一体、何を言いたいんですか…?」




