2-2.降臨
突如聞こえた声に全員が驚いて顔をあげる。そこには、大樹の彫刻の前に神々しい光を放つ「何か」がいた。
契約者である者は見える精霊たちが次々に頭を下げていることでその正体を察し緊張が走り、契約者でない者は初めて見るその何かに畏怖を感じてただただ動けずにいた。
今までの歴史の中で、祈りに応じて精霊が現れたことは未だかつてなかった。本来であれば、それはきっと喜ばしいことだったであろうが、このただならぬ気配と先程の言葉から国王は冷や汗がではじめる。
「……私は、エドラス・ルンベリーと申します。貴方様は……」
『そなたらが精霊王と呼ぶものだ。』
「……!」
やはり、と国王は息をのんだ。前精霊王から聞いてはいたが、圧が比べものにならない。
怒り。
精霊から初めてぶつけられる怒りの感情に国王も意識を手離してしまいたくなる。
そして普段精霊が見えない者たちも、ついにわかったこの光の正体にただ事ではないと状況を見守るしかない。生きている間にまた精霊を拝めるなんて、と感謝の祈りを捧げる者もいるが、前方にいる上位貴族ほどこの事態に顔を青くしており、まさか祈りを再開するなんてもってのほかだった。
「……このようなことは初めてで、我々も困惑しており……」
『だろうな。私も生きていてここまで侮辱されたように感じるのは初めてだ。』
「……。」
『そなたは人間の王だな、何のことか分かっているだろう。』
「……私は、」
『まあいい、あの男に言われて大目に見ていたが今回のことで私も我慢の限界を超えた。よくもまあ……、ああ、そなたも家族を失っているのか。』
「……あの件のことであれば、妹です。」
『そうか。それは気の毒なことだ。しかし、それならば余計に理解できんな。妹を殺され、悠長に犯人を野放しにしていたということか。』
「……。」
『人間にも人間のルールがあるのだったな、それは聞いた。あの時もな。しかし精霊界としても、もうこれ以上は看過できない状況になった。精霊が人間のことに首を突っ込むことはないが、今回ばかりは黙っておれん。』
精霊王、と名乗るその光が音もなく光の中から姿を現した。全員がその姿をようやく視認した。
真っ白な毛色の虎の精霊が、静かにこちらを見下ろしていた。
光がなくなってなお放たれるその圧に全員が息が詰まる思いで頭を下げる。大樹の彫刻から数段下がってくると、またしても国王に向かって言葉をかける。
『……それで、最後にチャンスをやろう。』
「……。」
『人間の中で裁きをする最後のチャンスだ。ここで何もできなければ、私にも考えがある。』
「……そのお考えとは。」
『知りたいか?』
フッと笑いをこぼした後、精霊王が放った言葉にこの場にいる全員を凍り付かせた。
『この国にいる精霊を全て精霊界に帰らせる。』
「「「 !?!? 」」」
声にならない悲鳴がそこら中で起こる。この爆弾発言に国王グラっと後ろに倒れそうになり、咄嗟にエオルが後ろから支える。
『まあ、そなたらが契約しているような精霊たちは己の意思が明確だからな。彼らのことまでは私も関与するつもりはない。』
「……それ以外の精霊たちを、連れ帰ると。」
『そうだ。ここにいては精霊にも害が及ぶからな。手っ取り早いだろう。』
「……前精霊王の話では、……」
『それは前回の時の話だろう。あやつの決めたことは違えておらん。それに、今は私が精霊王だ。』
このとんでもない話に国王は貴族の前であるにも関わらず頭を抱えたくなった。前精霊王がこの国を離れる時に言った言葉が脳内に蘇る。
" 次の精霊王は、人間を嫌っているわけではないし、話せばある程度理解もしてくれるだろう。精霊にとっても、面倒見がいいわけではないが、放任でもない。
そして、私よりも冷徹で、頑固。自分の契約相手を何よりも大事にする。とにかく精霊らしい奴だ。精霊王として、精霊に害があると認識すれば容赦なく王としての裁断をする。
くれぐれも怒らせないようにすることを推奨するよ、面倒だからね。 "
自分が先延ばしにした件が、こうして精霊王の逆鱗に触れてしまったのだろう。自分で自分の首を絞める結果となってしまったことに後悔ばかりが募る。
過去の件も、当時の精霊王が……と思ったところで、ふと疑問に思ったことを伝える。
「精霊王よ、貴方様がここまでお怒りになるのは、私どもが罪人を裁かなかったこと以上に何かあるのですか。」
『……知りたいか、知ればなおのこと逃れられなくなるぞ。私はそれ相応の罰を期待する。』
「……。」
『前回の時に怪我をした精霊たち、その中の一匹は私の娘だ。』
「「「 ……! 」」」
国王、そして前方にいる公爵たちがその時全てを理解する。逆に、ここまで静観されていたことが奇跡のように感じるほどであった。
『思い出したか? それはいい、では期待しているぞ。私の娘以外にも上級精霊が未だ目を覚さないほどの重傷、そして今なお何の罪もない精霊たちが命を絶たれておる。
さあ、人間の王。そなたはどう落とし前をつける?』
自分の守護精霊ですら諦めろ、と言いたげな視線をよこしてくる。
とんでもない相手を怒らせたな、と件の男への怒りが更に膨れ上がりつつ、国王は覚悟を決める。何かあれば早めに世代交代だ、と思いながらも、ここでどうにかしなければこの国の存続自体が危ういと身が引き締まる思いに体が自然と震える。
そんな国王の様子を見た弟であるゼファル公爵は、同じように覚悟を決め、兄の背後について肩を叩いた。
こうして、過去から続く事件の真相が今、年末祭にて解き明かされることとなった。




