2-1.降臨
年末祭。
一年の締めくくりとして王宮で行われる二大舞踏会の一つである。
一年を振り返るという意味でも、年末祭では淡い色や落ち着いた色味の服を纏うのが暗黙のルールである。対して新年祭では、女性は特に明るく華やかな色味の服を纏うことが多かった。
今年の年末祭は競技大会の表彰式が行われるということもあり、学院生の参加も多い中、皆が紺色や落ち着いた淡い色味などのドレスを纏っている。
……たった一人を除いて。
その人物は年末祭にはそぐわない真っ赤なドレスを身に纏い、会場入り口のすぐ近くでウズウズとある人物が入ってくるのを待っていた。本人はそんな自分が周りからどう見られているかを全く気に留めていない。
彼女を知る学院生のみならず、年配の者まで眉を顰めている。
「いくらなんでも侯爵家の令嬢ともあろう人間が年末祭のルールを知らないのか?」
「ずっとあそこにいらっしゃるわよ。誰かをお待ちしているのかしら?」
「まさか、ゼファル公爵令息を!?」
「さっき声をかけてるのを見ましたのよ、公に発表されたのにどういうつもりなのかしら。」
こうして人々が自分を見ているということには本人も気付いていたが、自分の美しさに嫉妬しているのだと勘違いするほど脳内はお花畑である。
事実、ドレス自体は素晴らしく美しいものだが、このナイクル侯爵令嬢は時を間違えてしまったのである
そんな中、入場してきた一組のカップルに人々の目は釘付けになった。
本日の主役ともいえる、ファベルク伯爵令息と婚約者のユグネル子爵令嬢の登場に全員が自然と拍手を送った。二人は驚いた様子を見せつつも、静かに礼をしてホールの中に入っていく。次々に二人へ話しかける者が多い中、その一部始終を見ていたナイクル侯爵令嬢はフンと笑って二人を見つめた。
「いつもよりはマシなだけで、野蛮な雰囲気は隠せないわ。あんな奴らに群がってバカな人たち。」
隠す気は毛頭なく、普段通りに話す彼女の言葉は、近くにいた者たちの耳に入った。全員が呆れた表情を隠そうともせず、ナイクル侯爵令嬢から距離を取る。
そんな様子を本人は全くもって理解できなかった。
" なんなのどいつもこいつも……。あんな奴ら相手にして、それに全員が暗くてダサいドレスばかり着て本当につまらない。私のように美しいドレスを選べばいいのに。 "
内心で悪態をつくと、気を取り直して入り口に目を向ける。先ほど声をかけた時は急いでいたようで軽くあしらわれてしまったが、実際はエスコート相手がいなくて困っているはずだ、とウィリアムの登場を待ち続けている。
" あの女はもうきっと来れないから、ここで私がウィリアム様の力になれれば、婚約にも前向きになってくださるかもしれないわ……! "
どう転んでも実現することのない婚約話を、ナイクル侯爵令嬢はひたすらに信じ続けていた。幼少期に見初めてからずっと、彼と結婚するために生きてきたといえる。
まだかまだか、と待ち続けていたものの、一向に姿を現さないまま年末祭の開始時刻直前となった。とっくにもう片方のペアのほうは入場しているし、会場を見渡せば父親であるゼファル公爵夫妻もいつの間にか姿を見せていた。目当てのウィリアムだけが見当たらない。
「……もしかして、ウィリアム様のことだからあの女が来るかもと健気に待っていらっしゃるのかしら!」
そんなことは無意味であると伝えに行かなければと玄関ホールの方へ向かおうとしたところで、王族たちの入場が告げられる。まさか王族が入場するタイミングで離れるわけにもいかず、周りと同じように礼をして王族たちを迎える。
「面をあげよ。」
王からの言葉に顔をあげると、広間の玉座の前に王族がズラリと並んでいた。驚いたことに、王族から一番近い場所にいるゼファル公爵夫妻の横にウィリアムも並んでいた。
探しに行こうと思っていたナイクル侯爵令嬢も、気付かぬうちにウィリアムが姿を現したことに驚愕の表情を浮かべる。そんな彼女の様子を、王族の壇上からエオルが静かに見つめていたことは、ウィリアムにしか目が入っていない本人含めて、誰も気付いていない。
ウィリアムに話しかけたくても、王族が入場している中で勝手に動き回れないことは流石のナイクル侯爵令嬢も理解していた。隣に件の令嬢がいないことに内心では喜びに打ち震えており、今すぐにでも駆け寄りたい気持ちを必死に抑えた。明らかにもどかしさを感じているそんな不謹慎な様子に、エオルと同様に王妃は微笑みを浮かべながらも静かにため息を吐いた。
「今年もこうして年末祭を迎えられたことを嬉しく思う。今回は学院生の参加も多いと聞いている。不慣れな者たちにも寛大な心で接し、また逆も然り、年長者からの導きを素直に受け入れ、今後もより良い国を築いていけるよう切に願う。」
王からの言葉にほとんどの者が静かに黙礼をして応える。このような状況下でもウィリアムから目を離さない件の令嬢が視界の隅に入り、流石の国王も一瞬苦笑いを浮かべる。
甥がとんでもないものに目をつけられたなと思いながらも、前もって指示しておいた通りに動くように騎士団長に視線を送る。
「……では、精霊への祈りをはじめる。」
その言葉と共に、王族たちがその場で振り返る。玉座の背後、その更に高い場所に精霊界にあるとされる大樹の彫刻が鎮座し、その後ろには大樹と複数の精霊が織り込まれたタペストリーがかけられている。
当時の精霊王と契約した初代国王が、精霊界にあるとされる大樹の話を聞き彫刻師に作らせたものである。またタペストリーは、その初代国王の妻である王妃から始まり、その孫でようやく完成させたものであった。どちらも契約者であった初代国王と王妃の代から続く当国の宝であり、毎年の祈りにより精霊力が宿りこれまで一切の汚れすらつかず、淡く神々しい光を放つようになっていた。
国王が彫刻の方へ一歩前に踏み出すと同時に、王妃や王太子、その後ろに控える全員がその場で膝をつき手を組み合わせて祈りをはじめる。国王も同様に膝をつき、祝詞を唱えた。
ーーー普段であれば、そのまましばらく祈りを捧げ、国王の合図とともに終わる。契約者であれば、彫刻が祈りに呼応して光が増すのを感じる程度である。
しかし、国王が祝詞を唱え終えた直後、目を閉じていても感じるほどの強烈な光に包まれた。異変を感じた国王が顔をあげると、その瞬間ゾクリと鳥肌が立った。隣にいる自分の守護精霊が静かに頭を下げるのが視界に入る。
神々しくも、恐ろしいほどの存在感を放つ精霊が、目の前にいた。
『……祈りに応えて来てやったぞ。契約者を大事にしない人間たちの顔を拝みにな。』




