1-1.波乱の幕開け
年末祭のために王宮に多くの人間が集まり出した頃、王族の控え室ではガルクス公爵令嬢が忙しなく動き回っていた。
「……ミファ、一旦座りなよ。」
「落ち着かないのよ、座っていられないわ。」
……事の発端は数時間前に遡る。
学院が終わった後、セリーナにはガルクス公爵家へ直接来るように伝えてあった。向かう先は同じなのだからと一緒の馬車で向かおうと提案したが、これ以上ご厚意に甘えることはできないと首が取れてしまうのではないかという勢いで断られてしまった。ならば、と公爵家の使用人を一人案内のために寄越しておいた。
先にガルクス家へ戻ったミファは先に支度を始めていたが、どう考えても到着が遅すぎるとまた別の使用人を学院へ迎えにやった。一時間もせずに慌てて戻ってきた使用人の報告にミファは顔面蒼白になった。
「まだ学院から出てきていないそうです、彼女の侍女も馬車もずっと待っていました。」
支度中であったにも関わらず、父親のところに一目散に駆け込んだ。明らかに支度途中の様子でやってきた娘を嗜めようとした途端、顔面蒼白の娘の口から聞かされた話はとんでもないことだった。
こちらでゴルドー伯爵令嬢の支度を取り仕切るというのは、ミファの提案もあったが、ガルクス公爵夫妻の意向も強かった。セリーナ自身はもう十分だと思っているようだが、あの場にセリーナがいなければ自分たちの娘がどうなっていたか考えたくもない。
王宮での年末祭の会議の際、なぜかゼファル公爵家までも彼女の支度を請け負いたいと言ってきた時には陛下まで驚いていたが、公爵本人が言うには、公爵夫人が彼女に会いたがっているとの事だった。彼女の母親を思えば誰もが納得するところであったが、公爵家同士は譲らなかった。
年末祭のための、王族も出席する会議でそんな話が出ていたとは誰も思わないだろう。ましてや、彼女の親がいない場で行われているのだから尚更である。
結果的に、今回の事情を汲んで、という(早く終わらせたかった)陛下の助言のおかげでガルクス公爵家が勝ち取った。
決定してからというもの、自分の娘と同じくらいに公爵夫人も準備に張り切り、娘のミファも大興奮で母親と一緒にあーでもないこーでもないと楽しそうにしていた。
公爵家の女性陣が、自分たちの支度よりも楽しみにしていた恩人である彼女が、まだ、公爵家に来ていない。
しかも学院からも出てきていないという。「やはり一緒に来るべきだった」と焦る娘を宥めながらも妻に任せると、自分は足早に執務室へ向かった。一緒についてきていた執事がドアを閉めると、ガルクス公爵に向き直る。
「……終始遠慮はしていたが、彼女が連絡もなしに約束を反故にするとは思えない。」
「お会いしたのは数回ですが、自分もそのような方には見えませんでした。」
「……何かに巻き込まれたか。クーデンやファベルクから連絡は?」
「いえ、何も。」
もう年末祭まで数時間を切っている。今回の主役とも言える彼女がいないのは非常にまずい。彼女の沽券にも関わる。しかし年末祭を延期させることは不可能だ。
「……学院内で仕掛けてくることはないと踏んでいたが迂闊だったかもしれん。クーデンに連絡を。一先ず精鋭数名に捜索を命じろ。」
「承知いたしました。」
「私たちは早めに向かって王宮で報告を待つ。万が一の場合は、陛下に報告しなければならん。」
執事がさっと部屋から退室していった。まさかあの男がこんなタイミングで仕掛けてくるとは思わなかった。まだ決まったわけではないが、もし彼女を狙うならば、彼女の怪我が完治する前を狙うだろう。彼女の右手が完治しきっていないことは少し調べればわかることだ。
「……万が一彼女に何かあれば、あの男も黙っていないな……。」
年末祭に合わせて帰ってくると聞いているあの男だが、今日まで全く音沙汰がない。親友であるクーデンすら連絡がないと言っているのだから、とんでもなく連絡不精な男だ。
しかし、彼女の守護精霊は病院で数回会っただけだが、間違いなく最上位の精霊であることは確かだった。あの精霊が契約者の危機に何もしないとは考えられない。
「……まさか、いや……彼女にあれを仕向けるか?」
最悪の予感が一瞬頭をよぎる。
そんなことになったらあの男もそうだが、精霊ですら暴れ出すかもしれない。
「……一刻も早く見つけなければいけないな。結果を待たずに陛下に報告するしかない。」
彼女が契約者であることは一部の人間は当然の如く気付いていた。競技大会での一件を知っている陛下やゼファル公爵家は勿論である。ミファは以前からその事実に薄々気付いていたようで、今回の一件で確信したようだが、彼女の意向を鑑み、王太子たちには黙ったままでいるらしい。そして、ファベルク伯爵令息も今回の一件で気付いたようだが、こちらも彼女の意向通りに隠し通すと決めているようだった。それ以外の子供達には、王太子を含め誰にも明かさないと会議で取り決めされている。
過去の忌まわしき事件の再来ではないことを祈りながら、ガルクス公爵は執務室を後にした。




