5-2.襲撃
「君の精霊が先導してくれてるの?」
「そう、彼が前を走ってる。……貴方の精霊もちゃんといるわ。」
「……そっか。」
レイオール侯爵令息に並走する形で豹が走っている。ディカエに怯えているのか、はたまたレンに萎縮しているのか、少し控え目にしているように見える。セリーナの視線を追うと、自分の左を見ていることに気付いたレイオール侯爵令息はそこに自分の守護精霊がいることを察する。姿は見えなくても側にいると分かっただけで、心が温かい気持ちになる。その変化を感じ取った豹の精霊も、幾分か緊張感が薄れたようだ。
『その精霊はまだ若い、ディカエの対処は難しいだろう。その小僧にもはぐれるなと言っておけ。』
「……その、私の精霊がはぐれるなって。」
「ありがとう。ところで、何で校舎は駄目なんだ……?」
「気配が校舎の方から感じたの。今も残ってるし、なんだかこう……霧に巻かれたように上手く感じ取れない。」
「じゃあ校舎に残っていた人が襲われた可能性もあるってことか?」
「……なくは、ないけど……」
「じゃあ助けに行かないと!!!」
「無理よ、私たちが普段使ってる防御魔法じゃディカエの攻撃は防げない。貴方の精霊もまだ若いみたいでディカエの対処は難しいだろうって。」
「……。」
「一先ずここは逃げないとっ……!」
「危ない!!!!」
『セリーナ!』
森を目前にしてセリーナの右手から全身黒の服を身に纏った人間が現れ、セリーナめがけて攻撃してきた。競技大会での麻痺の影響で、魔法を未だ上手く扱えないセリーナは利き手側からの攻撃に防御が遅れるが、間一髪レイオール侯爵令息によって引っ張られたおかげでことなきを得た。
「ッ!!!」
「大丈夫? ごめん、傷が……」
「大丈夫、少しかすっただけ……」
「ディカエに続いてなんなんだよ……、狙われてるのは君か……。一体何したんだ……。」
走り続けて息が上がったセリーナに答える元気も残っておらず、そして狙われる理由も皆目見当がつかない。レイオール侯爵令息はセリーナを庇うように自分の背に隠すが、突然現れた刺客の目はセリーナだけを見つめていた。
「……逃げろ。」
「え?」
「君は逃げろ、この状況ならディカエも君に仕向けられてる可能性があるだろう、そんなことできるのかはわからないけど……でもこの刺客も、君しか見ていない。」
「そんなの、レイオール侯爵令息はどうするの?」
「俺はここで食い止める。その間に上手く逃げて助けを呼んでくれればまあ……助かる。」
「危険すぎるわ! ましてやディカエだってまだ……!」
「それでも、君をここで守りながらこの黒い男を相手にするのは無理だ。僕は武器もないし、足止めが精一杯だ。今のところ、この男が唯一の手がかりだ。」
「でも、でも……!」
『……セリーナ、この人間の言葉に甘えよう。上手く精霊力が使えん。これだと転移もできないからお前たちを安全な場所に送ることもできない。』
「そんな……だって、置いていくなんて……!」
「大丈夫だ、無傷は無理かもだけど、横に精霊もいてくれてるんだろう?
最近じゃ、ルーク様にしごかれたりもしてたしな! 安心して逃げてくれ!」
「無理だわ、そんな……きゃっ!」
セリーナは急にレイオール侯爵令息に突き飛ばされた。目の前の刺客が再び攻撃を仕掛けてきたからである。レイオール侯爵令息は魔法で剣を作り出すと、刺客からの攻撃を完璧に防いでいる。
「早く行け!!!」
『お二人とも、行ってください。彼のことは私も守りますから。』
レイオール侯爵令息の守護精霊である豹がセリーナの前に立ち頷いている。どんどん近づいてくる気配がするディカエに、もし本当に自分が狙いならここにいるとディカエまでここに集まってしまうとセリーナも気付く。決心したようにセリーナは立ち上がり、最後にレイオール侯爵令息に声をかける。
「必ず無事で!! どうにか、助けを呼ぶから!!」
「ああ!!! 早く逃げろ!!」
『セリーナにかけているものほどではないが、小僧にも防御魔法をかけておいた。行くぞ!』
『お気をつけて!!』
レイオール侯爵令息に背を向けて、セリーナは森へと再び走り出した。レンもいつの間にか猫から元の虎の姿に戻っている。
「……本当に、大丈夫かしら。」
『刺客が一人とは限らん。それなら私が精霊力をある程度使える場所まで離れて助けを仕向けるほうがいい。案の定、ディカエの気配はこっちについてきている。狙われたのは……確実にセリーナだ。』
「そんな……どうして……」
『競技大会とやらで目立ちすぎたな。あの立ち回りと、最後のディカエの襲撃の件を見て勘づいた者は多かっただろう。実際、病院に来ていたあの男もそうだった。』
「……。」
『気付いたのがあの男のように善人であれば問題ない。ただこの状況的に……悪人に気付かれたということだな。』
「悪人て……でも、学院で襲ってくるなんて……学院の関係者ということ……?」
『……さあな。そなたもわかるだろう、このディカエの気配。普通じゃない。セリーナが怪我をした時の、あの競技大会の時の気配と同じだ。』
「え……、じゃあ、あの時と同じ犯人っていうこと!?……でも私を狙う理由なんて……。」
『人間の考えることなんて私にはわからん。権力やら何やら……。ただ事実としてあるのは、私の契約者であるそなたを狙ったということだ。』
自分の守護精霊から感じたことのない圧を感じてセリーナは静かに横にいる精霊の白い毛をそっと撫でる。落ち着いて、という意味だとその手から感じ取ったレンは、不服そうに息を吐き出すと、少し歩を緩めた。




