5-1.襲撃
レイオール侯爵令息の言葉に、セリーナは驚きに目をみはった。家格の云々よりも、セリーナはルークへの態度に怒りを覚えていただけである。ただそれについても理解しているとは思っておらず、形式的に謝罪されるだけだと思っていた。
「……わざわざありがとうございます。令息がおっしゃる通り、ファベルク伯爵令息への言動は正直彼の友人として怒りを覚えていたのは事実です。」
「……申し訳あ……」
「いえ、正直言って令息がその気持ちまで理解を示して下さるとは思いませんでした。私としては、ファベルク伯爵令息が貴方のことを受け入れたのであれば、私から何か言うことはありません。これ以上、謝罪も必要ないです。」
「……大人ですね、恥ずかしい限りです。」
「いいえ、私は貴方に何もされていませんから。元々謝罪も不要です。それでも、こうして過去の行いを受け入れ謝罪していることは、純粋に尊敬します。そして私の元まで足を運んでくださったことも、最近のナイクル侯爵令嬢の件も。逆に、ありがとうございました。」
レイオール侯爵令息は、自分が謝罪していた相手が目の前で頭を下げて礼を伝えてくることに対して、羞恥のあまりこの場から逃げ出したくなった。家格など関係ないと今でこそ理解したが、まさに彼女がそれを体現している。自分よりも家格こそ低い彼女は、こうして自分などに感謝を伝えてくれている。些細なことのように自分の過ちを受け入れ許し、当たり前に感謝を述べる、人間としての器の広さに家格以上の差があることをまざまざと突きつけられたようであった。
「……全てを防ぐことはできませんでしたが…、少しでもお力になれたのであればよかったです。」
「少しどころか……おかげでお昼休みはゆっくり過ごせませしたから。ありがとうございました。
それにしても、この短期間ですごくその……変わられましたね。」
「そうですね……。母と兄のおかげでしょうか。競技大会の後、みっちり話をしましたので。おかげで、騎士団からも見習い稽古に参加させていただけることにもなりました。どれもこれも、母と兄は勿論ですが、競技大会でお二人と戦えたからこそです。ありがとうございました。」
「いいえ、とんでもない。私も貴方に怪我をさせてしまいましたから……すみません。」
「大したことありませんでしたよ。治癒魔法ですぐに治りましたし、それも計算されていたでしょう?」
セリーナは笑って誤魔化した。そこまでバレているのは正直気恥ずかしい。その様子にレイオール侯爵令息も追及することはせず、一緒に微笑むだけに留めた。
お互い敬語はやめて、しばし他愛のない会話を続けてから、セリーナはそろそろガルクス公爵家へ向かわなければと話を切り上げようとした矢先、中庭に妙な空気が流れた。セリーナの顔が強張り、その顔色の変化に目の前にいるレイオール侯爵令息も異変を察するが、二人ともこの空気が薄くなるような感覚の原因に見当がつかない。一度校舎に戻り、残っている教師の元へ行くべきかとレイオール侯爵令息は立ち上がった時、
『セリーナ、逃げるぞ!!』
レンが勢いよくセリーナの肩に乗っかってきた。状況を理解したセリーナもパッと立ち上がり、レイオール侯爵令息の手を掴んで一緒に走り出した。いきなり駆け出した目の前の令嬢にレイオール侯爵令息は困惑を隠せない。
「変な気配は俺も感じていたけど、いきなりどうした? 戻るなら校舎の方が……」
「それはダメ!」
「え……」
「いいから走って!!!」
先導するように二人の前を走る白い猫の精霊はレイオール侯爵令息には見えていない。セリーナは猫の姿のままであるレンをひたすらに追いかけた。
校舎を避けるように走り続けるセリーナに、レイオール侯爵令息も向かっている先が学院の裏手の森だと気付く。
「ちょ、ちょっと待てって! 森は立ち入り禁止だろう、それに教師にまずは知らせないとどうにも……」
「校舎は、校舎は今はダメ!」
「さっきから何で……」
「……ディカエの気配がする!!!」
その言葉を聞いた瞬間、レイオール侯爵令息は目の前の令嬢に目を見開くも、その時に全てを理解する。彼女の脅威的な強さ、年齢にそぐわない達観した思考、そして競技大会決勝戦でのルークとセリーナの妙な行動。
セリーナが契約者なのであれば、この全てに説明がつく。
一瞬で諸々を察したレイオール侯爵令息は、セリーナと並走する形で歩みを早めた。横にきてみると、彼女は緊張した面持ちでありながらも視線は自分より先、そして斜め下の方を見ている。
「……僕は契約者じゃないけど、君は……違うんだね。」
「……。」
レイオール侯爵令息の方をチラッと見たセリーナは無言を貫く。その無言を肯定と受け取ったレイオール侯爵令息は、そのまま黙って頷く。
「……安心して、誰にも言わない。絶対に。」
「……ありがとう。」
二人はもう一度しっかり手を握ると足をしっかりと踏み締めて走り続けた。




