4-3.不穏
セリーナにとっては、ルークへの態度が改まるのであれば、レイオール侯爵令息が自分に対してどう感じていても関係ないと思っていた。
「……わかりました、伺います。ただ、この後年末祭の支度のためにガルクス公爵家へ行かなければならないんです。あまり長い時間は難しいですが……」
「勿論です。すぐに終わらせます。では、中庭にでも……」
「ここではダメなの?」
「おい、ルイーザ……」
「だってわざわざ移動しなくても……」
「いいのよ、ルイーザ。他者に聞かれたくないと思うのは当然だわ。中庭なら馬車まですぐだし、また会場で会いましょう。」
「セリーナ……そんなところで優しさを発揮しなくても……」
「まあまあ、じゃあ僕たちは中庭まで一緒に行こう。レイオール侯爵令息、セリーナのことは馬車まできちんと送り届けてくれ。」
「わかりました。お任せを。」
「僕はまだ教室に荷物があるから一度戻るよ。じゃあ、ゴルドー伯爵令嬢、後ほど会場で。」
「ええ、よろしくお願いいたします。」
二人が揃って礼をすると、ウィリアムはそのまま教室を後にした。僕たちも行こうか、とルークが声をかけると男女で前後に分かれて中庭へと歩きだした。
校舎内は既に人がまばらになっており、人陰も見えない。ルークとセリーナの表彰式が年末祭で行われると公表されると、学院の生徒はこぞって年末祭へ出席しようと家族を説得する者が多かった。おかげで例年以上に学院生の参加が多く、全員が急いで下校して年末祭に備えていた。
「いくら授業がないにしても、年末祭の当日に登校があるのは参加者からすると厳しいな……そういえば、レイオール侯爵令息は年末祭には出ないんだってな。」
「はい、まあ……父が、色々ありまして……」
レイオール侯爵家では現在、レイオール侯爵対レイオール侯爵夫人、息子二人との家庭内冷戦が勃発していた。今までもレイオール侯爵に対して思うことがあったレイオール侯爵夫人と嫡男のダンバスだが、今回の競技大会での一件で次男であるこのジョージ・レイオールまで目が覚めたことで、一対三という家長が圧倒的不利な状況に立たされていた。
そんな中、全く折れる気配のないレイオール侯爵は「年末祭には一人で出席する」と断言したらしい。夫人ですら同行を拒絶したことで、ついにレイオール侯爵夫人の堪忍袋の緒が切れたらしい。
「家族の話に耳も傾けず、自分が置かれている立場もわからない。挙げ句の果てに家族がいるにも関わらず年末祭に一人で出席するとまでおっしゃるなんて。そこまで家族を蔑ろにするなら私にも考えがあります。」
とついに離婚を切り出したらしい。夫人に惚れ込んで結婚を申し込んだレイオール侯爵もこれには焦ったようだが、一度出してしまった矛をおさめるには遅すぎた。かろうじて屋敷に留まってはいるものの、かなりのご立腹で顔を見ることすら拒絶しているそうだ。
そして、年末祭を正当な理由なく欠席するわけにはいかないと、レイオール侯爵夫人と嫡男のダンバスの二人で当主とは別に出席することにしたそうだ。次男のジョージは学生だからということで除外された。というのも、ジョージだけは好奇の視線に晒されないようにしようという判断の元であった。そしてそれが二人の気遣いだということも、目が覚めたジョージにはよくわかっていた。
「我が家の醜聞は隠しようもないですが、年末祭のことに関してはまだそこまで公になっていないのに。流石、お耳が早いですね。」
「ああ、ごめんな。出席者のリストを見る機会があって……。」
「構いません、遅かれ早かれ今日には知れることですし。私はお二人のおかげで目が覚めて幸運でした。」
後ろで聞いていたルイーザも、今までのレイオール侯爵令息とは考えられない言動に、驚きを禁じ得ない。猫を被って優しいルークにつけ込んでいるのではないかと、飼い主を守る猫さながらにシャーッと威嚇するように警戒心丸出しだったルイーザだが、一連の行動から少し考えを改めたらしい。威嚇はしていないものの、視線だけ探るような目つきのままだ。勿論、本人はそれを隠せていると思っている。
一部始終を隣で見ていたセリーナは可笑しそうにルイーザを見ていた。
「じゃあ僕たちはここで。セリーナ、また後で。」
「じゃあね、セリーナ! 楽しみにしてるから!」
「ありがとう、二人とも。また後で。」
四人で中庭へと続く扉の前まで来ると、レイオール侯爵令息とセリーナを残し、ルークたちは去っていった。背を向けた二人に向かって礼をしていたレイオール侯爵令息だったが、しばらくして扉を開いてセリーナを中庭へと誘った。
東屋に入った二人は、しばしの間沈黙が続いた。目の前の人物がなかなか話を切り出せないことに痺れを切らし、セリーナから声をかける。
「……先日は、お手合わせをありがとうございました。」
「!!……い、いえ。こちらこそ、ありがとうございました。そして、……申し訳ございませんでした。」
「先程も申し上げた通り、私は令息に何かされた覚えはありませんが、なんの謝罪ですか?」
「……自分の、数々の無礼な態度に。貴女に直接でなくても、今までの私は下のクラスの同級生、自分より家格が低い人間を蔑んできました。そして、嫉妬からファベルク伯爵令息に失礼な態度を取り続けてきた。全てが許されることではありません。
それに貴女にとってファベルク伯爵令息は幼馴染だと聞いています。自分の友人がそんな扱いを受けていて良い気持ちがするはずありません。……全て、申し訳ありませんでした。」




