3-1.すれ違い
『そんなに嫌ならもうやめればいいのではないか?』
「嫌なわけじゃないのよ、流石に一ヶ月もお返事を出さないってことが気になっているだけで……。」
『今のその腕の状態なら手紙を少し書くくらい問題ないぞ。悩んでないでさっさと書けばいいのだ。』
「久しぶりすぎて何を書けばいいのかわからないのよ……。」
怒涛に過ぎた久しぶりの学院登校から帰宅したセリーナは机に項垂れていた。一ヶ月も書けていないルアムへの手紙を書こうと帰宅早々に机と向かい合ったものの、一ヶ月の間にルアムから届く手紙は溜まっていく一方で、いざ返事を書こうとすると何を書けばいいかわからない状況であった。
『そんなに迷うくらいならやめてしまえばいい。』
「好きだからこそ迷うんじゃないの。」
『わからん。では好きだと書けばいい。』
「なんで急にそんなことになるの!?」
精霊には人間の複雑な心境など分かるわけがなく、想い人について悩む乙女心はそれ以上に理解不能であった。
精霊王であるレンも、漏れなく精霊のそれである。
頭を抱えていたセリーナを訝しむように見ていたレンの横に、スッとルタが現れた。精霊の気配にセリーナが顔を上げ、ルタの姿を見た途端にまた元のように項垂れてしまった。
『えっ……自分、何かしてしまいましたか。』
「いえ、してないわ……ごめんなさい。お手紙かしら?」
『はい、こちらを。』
「……どうもありがとう。」
複雑な面持ちで手紙を受け取ったセリーナにルタも訳が分からないまま申し訳なく思った。心配そうに隣にいるレンに視線を向けると『我が主の悩みを増やしただけだ、問題ない。』と凄まれて、一刻も早く逃げ出したい気持ちになった。
「……あら。」
『何が書いてあった?』
「なんだか次の年末祭で、他の方をエスコートすることになるかもしれないんですって。その謝罪の手紙よ。」
『あの男はそなたを好きだと言っておきながら、他の人間を選んだということか?』
『ウィ……ルアムはそんな浮気性な人間じゃない!です!』
「んー、なんだかやむを得ないみたいよ。私も他の方にエスコートしてもらうことになってしまいそうだし、お互い仕方ないわね。」
『随分冷めているな。嫌ではないのか?』
「だってお互いのこと知らないうちからそんなこと嫉妬していたって仕方ないじゃないの。婚約者なわけでもないし。」
『え、あの……貴女もその舞踏会とやらに出られるのですか?』
「ええ、そうなの。もう嫌になっちゃう。」
『……。』
帰宅して早々に机に向かい、すぐに届けてほしいと切羽詰まった顔で言ってきたウィルの心情を慮り、精霊伝手ではなくセリーナに直接渡そうと現れたらこれである。ウィルとは違って恩人であるセリーナの方はいたってケロッとしている。エスコート云々よりも、舞踏会というものに出ること自体が嫌なようであるところからして、既にすれ違いが起きている事実にルタは自分の相棒を思って少し悲しくなった。
「どうしたの、ルタ? なんだか切ない顔してるわ。」
『いえ、お気になさらず……。』
「そう? 申し訳ないけれど久しぶりにお返事を書こうとしていたところなの。丁度いいから少し待っていてもらえる?」
『勿論です。』
「ありがとう!」
最初こそ手紙を持って現れたルタに絶望的な気持ちになっていたセリーナだが、一ヶ月ぶりの手紙の内容に困っていたところで丁度よかったかもしれないと先ほどまで悩んでいたのが嘘のようにスラスラと文字を書き連ねた。
その様子を見たレンは可笑しそうにしているが、状況を察したルタはまだ切ない顔をしている。
『そちらと違って、彼女は全く気にしていないようだぞ。』
『そうですね……、きっと今頃部屋の中をウロウロしているところだと思います。』
『まあ人間界も今は騒がしいからな、致し方ないことだろう。あまり気にするなと励ましてやれ。』
『そのつもりです……が、精霊王様。先日の一件もやはり……』
『まあ間違いないだろうな。今回は人間がどう落とし前をつけるのかしかと見届けねばな、私はあいつと違ってあまり優しくないからな。』
『……貴方様の気持ちを考えれば最もかと思いますが、ですが人間界のことには……』
『それはそうだが。だが今回も何も動かなければ私にも考えがある。ただそれだけのことだ。』
『それは……』
「できた! お待たせ、ルタ。お願いできる?」
レンの話に一瞬顔色を悪くしかけたルタに、何も知らないセリーナが声をかける。話の続きを聞きたいルタは一瞬戸惑ったものの、レンに「早く受け取れ」と訴えられ、続きを聞くのは渋々諦めてセリーナから手紙を受け取った。
そのまま一礼するとパッと消えていった。
「はあ、やっとお返事書けてよかったわ。久しぶりに右手を動かしたからやっぱりまだ変な感じ。」
『少しずつの方がいい、手紙も程々にな。』
「そうね、とりあえず久しぶりにお返事が書けてスッキリしたわ! いただくばかりで心苦しかったのよね。」
先程までとは打って変わって清々しい表情になったセリーナは足取り軽く部屋を出ていった。その後ろ姿を見送ったレンは、ルタに伝えた言葉について反芻していた。
“ そうだ、今回ばかりはな……決して許さない。 “
現精霊王の気持ちに呼応するようにレンの周りの空気がザワワと冷え込むが、しばらくするとまた何事もなかったかのように元に戻る。階下から聞こえるセリーナたちの笑い声につられるように、レンはセリーナの元に静かに歩き出した。




