6-7.父親の罪
ホールの至る所からすすり泣く声があるものの、それは一人の男の慟哭でかき消されていた。社交界の三華であったシャロン・ユグネルと結ばれたという幸運を自らの手で手離した愚かな男は、自分のしたことに後悔という言葉では片付けられないほどに胸が締め付けられた。
「……お前が公に裁かれる罪は、違法植物のことだけだろう。だが、実際お前が積み重ねた罪は、実際に与えられる罪より重い。一生後悔して生きるといい。今更後悔しても、シャロンは帰ってこない。」
「……。」
「……私とシャロンは、恋愛感情を抱いたことはお互いに一度もない。私たちは幼馴染であり、親友であり、同志だった。ゲイルさんや騎士団長なら、これを証明してくれることでしょう。だが、お前がこれを知ることは一生ない。お前が一言彼女に聞いていれば、精霊のことを打ち明けてでも必ずお前との絆を守ろうとしただろう。」
そしてシリウスは、後ろで黙ってこの断罪を見届けている精霊を一瞥すると、予想通りナイクル侯爵に対して以上にダリオへの怒りを隠していない。ふっと息を吐きながら最後の宣告をする決意をかためる。この男に対して温情をかけるとこの精霊が黙っているはずがなかった。
最初から最後まで憎まれ役を引き受けなければいけないことに、流石のシリウスもため息をつく。
「……それから、あんたはもう二度とセリーナには会えないだろう。全てはあんたの自業自得だ。甘んじて受け入れろよ。」
「………え?」
「謝罪してこれまでの償いをー、とか思ってたんだろうが、セリーナがそれを受け入れるかどうか以前の問題だ。彼女の精霊がそれを許さない。」
ダリオは泣き腫らした目をしながらシリウスの更なる追い討ちにゆっくり顔をあげた。シャロンを見殺しにしてしまったという事実はありつつも、セリーナにはこれまでのことを誠心誠意謝罪して、これまでの時間を取り戻そうと自分に都合のいいように考えていた。
「そ、そんな……会えないなんて……」
「まずお前、セリーナが襲撃されたって言われてるのに親として心配もしないんだな。」
「……!」
「本当に自分勝手な男だ。反吐が出る。」
そういえばさっきレイオール侯爵令息が……と少し前の記憶を思い出した。シャロンのことで頭がいっぱいで、セリーナが襲撃されて依然行方不明であるということはさっぱり頭から抜けていた。
そんな様子に全員が呆れを通り越している。
「セ、セリーナは……」
「とってつけたように言わなくていいさ。自分のことだけ考えてな。」
「そんな……」
「謝れば許されると思ってるんだろ? お前の謝罪をセリーナに聞かせることすら憚れるよ。お前があの子に何をしたか、私が知らないと思ってんのか?」
「……。」
「知ってるさ。ずっと側で見守ってたからね。」
「な、なにを……」
どういうことだと聞こうとした途端、目の前でシリウスが光り出す。すぐに光はおさまったが、そこに現れたのは二年前まで毎日のようにゴルドー伯爵家に訪ねてきていた人物だった。
「え、……ローゼス……先生、」
「ええ、セリーナの家庭教師だったローゼスは、このシリウス・ファベルクでした。」
「なっ…なっ……!」
「仕方ないでしょう。シャロンの願いを叶えるためには、私があのままゴルドー家を出入りするのは難しそうだったので。」
「なら……ブリアナは……」
「ああ、それは……」
「私です。」
ナイクル侯爵令嬢の横についていた女性が声をあげる。そしてシリウスと同じように光に包まれると、全く姿形が違う女性が現れた。
「ブリアナは、このブリジット・ナイクルでした。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。」
「お、お前……」
「彼女はセリーナの淑女としてのマナーや教養などを教えてくれていました。貴女は知らないでしょうが、おかげでセリーナは高位貴族にも引けを取らないですよ。」
「シャロンを……彼女を殺した男の妹が!ずっと娘の近くにいたのか!」
「……私がお仕えしていたエリザ王女も、そのご友人であられたシャロン様も、私という【人】を見てくださいました。そこに血は関係ないと。そしてシャロン様が息を引き取る前にも、私に罪はないとずっと、……。私も、シリウス様と同様、シャロン様に託された思いを引き継いだだけです。」
「……大体、お前が何か言えた義理ではないだろう。これまでセリーナに何をしてきたかわかってるのか?
自分の母親の喪があけぬうちに父親が再婚し、聡いセリーナが気付くほどに後継者として扱わず、別邸に住むという娘を引き留めもせず、精霊の儀まで一度も会わず、それが終わればこの前の仮面舞踏会の日まで会わなかったんだって?
挙げ句の果てに精霊の儀を済ませたにも関わらずセリーナを茶会に連れ出そうとする夫人を叱責し、これまで一度も社交をさせず、学院の催しである仮面舞踏会にも出ないように圧力をかけたよな?
それだけじゃない。別邸に行ってからというもの、別邸への予算は嫡子へのものとは思えないほど削減したな。あれではついて行った侍女含めた三人の一ヶ月の食費にも満たない。ゴルドー伯爵夫人や使用人たちが善人で助かったな、そうじゃなければ俺がとっくに連れ出してた。」
シリウスからの糾弾に返す言葉も見つからない。
すべて事実だから当然である。
外面だけは完璧にしてきたゴルドー伯爵の浅ましさに他の貴族たちも怪訝な顔を隠さない。そして予算が必要以上に削られていたことまでは知らなかったユグネル伯爵たちは、怒りのあまりさらに涙をこぼした。
「……完璧に隠していたつもりかもしれないが、良識ある人間からしたら知れば知るほど違和感でしかなかったはずだ。こんな仕打ちをしておいて、よくもまだ顔を合わせようと思ったな。」




