6-2.父親の罪
「精霊が……苦しんでいる?」
契約者ではないゴルドー伯爵には全く関知できないことであったが、言われてみてふと自分の周りを見渡しても精霊がいないことに気付く。
「……いませんよ、彼は危険な状態だったので少し前に精霊王自ら精霊界へと連れて帰ったようですから。」
「えっ……」
「貴方に最後に挨拶をしたいようなので呼びましょう。」
最後、という言葉にゴルドー伯爵は嫌な汗が止まらない。ルンベリー王国では一人ずつに守護精霊がつくことは周知の事実だが、その精霊が守護相手の人間の元を去るというのは「精霊がその人間を見限った」ということだった。
シリウスが自分の守護精霊に頼む、と声をかけると、守護精霊は頷いて一瞬で姿を消した。そしてすぐに傍らにもう一匹精霊を連れて戻ってきた。その姿に、全員が息を呑む。
鹿の姿をしたその精霊は、体の半分が灰色に覆われていた。
子供の頃に精霊の間で出会った精霊の姿を見たゴルドー伯爵は、懐かしさと衝撃で言葉を発せずにただただその精霊を見つめることしかできない。
「……彼が貴方の元守護精霊です。」
「……元、だなんて……」
「自分が原因ですからきちんと向き合ってください。」
「……。」
『……貴方に次に会えるのは、貴方の死後の案内をする時だと思っていましたが……このようなことになり残念です。』
精霊は、守護相手である人間が亡くなり魂だけとなった時、正しく死後の世界へ向かうための道案内をすると言われていた。ただ、精霊信仰が薄い国ではこの考えを否定する見方が多かった。確かに精霊がいなくても問題なく死後の世界に辿り着けることが多いが、たまに迷子になる魂がいるのも事実で、精霊たちは道案内をすることで自分の守護相手が迷子にならないようにしているのだった。
『……貴方をずっと見守ってきましたが、ある時から貴方は変わってしまった。いつか元に戻ってくれるだろうと信じていましたが、最近になって体が何かに蝕まれ、思うように動けなくなってしまった。』
「……。」
『貴方の側を離れたくない一心で、どうにかやってきましたが……ある時、気を失っていました。気付いた時には貴方の家の敷地内にある別の家の前にいた。とても清らかな気が流れていて、広くはない花畑に横たわっていました。ここが、貴方の娘が住んでいる場所だとすぐにわかりました。
しばらくそのまま倒れていると、体の中からまた何かが蠢く感覚がした。まずい、と思ったと同時に、……目の前に精霊王がいました。この場所でそんなことになるのは許さん、と私に精霊力を分け与えた後、精霊界に送ってくださいました。……私は、ディカエになりかけていたのです。』
「……。」
自分の守護精霊の告白に、ゴルドー伯爵は見る見るうちに目に涙を浮かべた。
『あの花畑に横たわっていた理由はわかりませんが、清らかで、優しく、傷ついた体が癒やされる感覚がする場所でした。精霊力も満ちていたのでしょう、あの場所でディカエになっていたらと思うとゾッとします。そんな私に、対抗できるだけの精霊力を分け与え、精霊界で休養するように精霊王は取り計らってくださった。私を消滅させることもできたはずなのに。
精霊界に戻った時、私はまたすぐに眠りについてしまっていた。それだけ体は限界だったようです。目が覚めた時には、私は貴方との縁が切れてしまったことに気付いた。』
「……ううっ」
『悲しかった、自分が選んだ相手と最後まで一緒にいることができなくて。寂しかった。……でも、仕方のないことだとはわかっていました。精霊をディカエにしてしまうほどの行動をしたとなれば、精霊王の権限で縁を切らすこともできるからです。精霊王からすれば、私を思ってのことだったでしょう、あのまま行けば間違いなくディカエになっていましたから。』
「……そ、んな……私はそんなつもりで……」
『……貴方は変わってしまった。私たちが出会った頃……そしてシャロン様と結婚した頃の貴方ではなくなってしまった。シャロン様に……よろしくねと頼まれていたのに、最後まで一緒にいれなくなってしまった。私はあの方に会わす顔がありません。』
「……。」
『こうなってしまっては貴方の道案内もできそうにない。でも、どうしても最後に貴方にお別れを言いたかった。機会があれば許可をすると精霊王が約束してくださり、この場を設けていただきました。……これでお別れです。』
「……い、嫌だ……そんな……」
『縁は切れてしまったが、貴方のことは体の調子が許す限り見守り続けるよ……。どうか、どうかきちんと真実を見極めて。これ以上間違ったことをしないで……。』
精霊が苦しそうに顔を顰め、シリウスが「これ以上は……」と声をかける。精霊王がそのまま精霊を送ろうとした時、もう二度と会えないだろう人間に向かって微笑みながら一言を告げる。
『さようなら、ダリオ……、君に出会えてよかった。』
そう言ったのを最後に、静かに姿を消した。目の前にいた精霊が音もなく消えて、ゴルドー伯爵は絶望で膝をついた。子供の頃に出会って以来、自分の精霊が鹿だと知ってからというもの、鹿が大好きになった。鹿狩りに誘われたことはあっても人生で一度も行かず、記憶にある自分の守護精霊の鹿の姿を絵に描いて自室に飾っていた。近くにいるとわからなくても、いつも温かい気持ちになった。
そんな自分の精霊を追い込み、苦しませ、縁が切れてしまった。自分の半身がいなくなったような感覚に襲われて、息をするのも難しくなる。
「……あ、ああ、ああああああ!!!」
堪え切れなくなり、慟哭するゴルドー伯爵の姿は、彼が犯した罪を考えても見ている者たちの心も苦しくなるほどだった。




