6-1.父親の罪
『彼女を立たせろ。』
ずっと頭を下げて謝罪を続ける夫人を見て、精霊王が声をかける。ビクッとしながらも騎士たちにも促されるがままに立ち上がる。目の前の精霊に畏怖を感じて直視することができないゴルドー伯爵夫人は、そのまま視線は精霊王の数段下を見つめている。
『……私は関係ない者まで裁くほど暴君ではない。』
「……えっ……」
『そなたには感謝こそすれ、私の怒りの対象外だ。跪く必要もなければ謝罪も不要だ。』
「……?」
自分が精霊王に感謝されることなど全く心当たりがないゴルドー伯爵夫人は畏怖の念よりも今度は困惑で頭が回らない。その様子に、ずっと微笑んでいたシリウスが声をかける。
「……この後わかりますよ。」
「……ですが、」
「貴女がいてくれたおかげでセリーナは心休まる日々を送れたことでしょう。彼女自身も貴女に感謝しているという手紙を私に何度も寄越してきました。貴女が罪悪感を感じる必要はありません。」
「……っ」
常々私にも言ってくれていたが、まさかかのシリウス・ファベルクに伝えるほどに感謝の念を抱いてくれていたとは予想外であった。
母親が死んで考えられないほどの早さでゴルドー家に入ってきた継母に、全く敵意を向けなかったあの子は本当に私を信頼してくれていたのだと真に実感する。泣き崩れそうになるゴルドー伯爵夫人を騎士が支え、シリウスの指示で少し脇に移動していった。それをルイーザやユグネル子爵夫人が迎え入れ、二人で背中をさすったりしている。
ゴルドー伯爵夫人が移動した後、シリウスの視線はわかりやすいほどに厳しいものに変わった。その視線の先には勿論、ゴルドー伯爵がいた。
「……まずは貴方も関知していない罪からお伝えしましょう。」
シリウスの言葉に、セリーナのことで追求されると思っていたゴルドー伯爵は拍子抜けした。それを言われればこちらもあの事をこの場で暴露してやると内心意気込んでいたが、他の罪、と言われて強気だった気持ちが不意に萎む。
「……私は、精霊を脅かすようなことはしておりません。」
「いいえ、貴方はその気はなくとも一連の首謀者であるナイクル侯爵に手を貸していました。」
「……? 確かに懇意にしていただいてたところはある。しかし先程の薬のようなものは私は……」
「ユリアネ。」
「……?」
「ユリアネ、この植物を扱っているだろう?」
「……そうだが、それが何か……」
「こちらではまだ扱いに申請がいる程度だろうが、これは隣国では公的機関以外が栽培・利用することは禁じられているような危険な植物だ。そして隣国はこの植物をどの国に対しても公的機関以外などとの取引も禁止している。つまり、隣国から輸入しているという時点で、それは違法取引、密輸入していることになる。」
「……!」
研究が進む隣国で禁止されているような植物を扱っていたことに伯爵はブルっと震えた。知らぬ間にこんなことに巻き込まれたのかと、ユリアネを取り扱う事になった時の自分の記憶を遡る。そして思い至ったその記憶に、目を見開きながら、静かに、ゆっくりと、少し離れた隣にいるナイクル侯爵を見る。
ナイクル侯爵は全てをわかっていたようでゴルドー伯爵の視線には気付かないフリをしつつも口元は薄ら弧を描いていた。
その様子に自分は捨て駒のように利用されていたと悟る。万が一露呈しても、その植物を扱っていたのはあくまでナイクル侯爵家ではないのだから、いくらでも逃げようはある。
「……嵌められていたのだとしても、貴族として知らなかったではすまされることではない。力には必ず責任が伴う。」
顔を青くしているゴルドー伯爵に向けてシリウスは容赦ない言葉をかける。
「ユリアネは、ナイクル侯爵が開発した薬の重要な材料だ。これがなければ例の薬は完成しない。
隣国では、幻覚などの強い副作用が出ることから使用することは勿論、研究での利用にもかなり厳格な取り決めがなされている。
今回私が色々と調査していた中でこの事がわかり、その流れで我が国に流入していることを突き止めた。それのほとんどが、ゴルドー伯爵。貴方のところでした。」
「……。」
「あえて聞きます。これは私的な利用のために輸入や栽培を?」
「……違います、ナイクル侯爵に頼まれて……。」
「それを裏付ける証拠は?」
「……ありません。」
「でしょうね。」
「……。」
「利用されたんでしょう。ですが、貴族家の当主として、そういったことも知らずに取り扱っていたことも問題でしょう。今回、貴方も一緒に取り調べを受けることになると覚悟しておいてください。
あ、それから、一緒に販売しているお香の取り扱いも即刻停止となりますのでご承知おきを。」
「……え、いや、ですが……」
「まだ一部にしか流通していないようですが、人気が出てきているところだったようですね。ですが、あれは精霊に悪影響を及ぼすようなので、こちらで一度確認が必要です。」
「そ、そんな……!」
精霊に害を及ぼそうとして作ったわけではないが、下位貴族を中心に流行の兆しが見え始めていたお香にそんな影響があったと聞いてゴルドー伯爵も顔を青くしている。少しでも娘(次女)の将来ために、と開発したものであったが、あの植物がそんな危険物だとは知らなかった。ナイクル侯爵が重宝しているものだから、それだけ良いものなのだろうと安易に考えてしまったことが自分を追い詰めることになるとは思ってもいなかった。
「それに、そのお香の製造も含めた貴方の行動のせいで、貴方の精霊はずっと苦しんでいたようですね。」




