5-3.彼女の行方
“ お前っ!!!!!! ”
娘の言葉に、ナイクル侯爵は声にならない叫びをあげる。
暴れ出しそうになっていたところを騎士におさえられている父親が視界に入るが、ナイクル侯爵令嬢は見向きもしない。
「詳しく話してもらおう。」
「……まずは、謝罪を。取り返しのつかないことをしてしまったとはわかっていますが、本当に……本当に申し訳ありませんでした。」
ナイクル侯爵令嬢から謝罪の言葉が出てくるなんて、と学院生を主体にホール全体が驚きに包まれる。近くで控えているゼファル公爵令息やガルクス公爵令嬢もその中に含まれていた。
「……ほんの些細な出来心でした。競技大会で彼女に手も足も出ず、極め付けにお慕いしていた殿方と年末祭に出ると聞き、自分の実力などを棚に上げて彼女を憎らしく思ってしまいました。ほんの少し、懲らしめてやりたい、と……思っただけなんです。
それを父親は見抜いたんだと思います、年末祭の日、これを校舎内でその人物から少し離れた場所で開けなさいと小瓶を渡されました。先ほど父が懐から出していたものと同じ色のものでした。でも誓って、それがディカエを呼ぶものだなんて知らなかったんです。瓶を開けて少しして、東屋にいた彼女たちが血相を変えて走り出すのが見えて、何かわからないけどこれで年末祭に出られなくなればいいと……そのまま学院を後にしました。
……レイオール侯爵令息が近くにいたことも、わかっていました。それなのに、こんなことになって、本当に、本当に申し訳ありません……!」
最後まで話し終えた途端、手で顔を覆って泣きながら謝罪を続けるナイクル侯爵令嬢に、声をかけられる者はいなかった。ガルクス公爵の精霊が何も言わないことからして彼女の話は事実だろうが、それでも彼女がしてしまったことはまさに取り返しのつかないことであった。
ついに泣き崩れたナイクル侯爵令嬢に、一人の人物が近付いていく。そのまま彼女に手を貸し立たせると、「リーゼ」と声をかける。
「……っ、お、おばさまっ……」
「……お久しぶりね。」
声をかけたのは、レイオール侯爵令息と共に現れたブリジット・ナイクルだった。
「……貴女やお義姉様に、何も言えずに姿を隠さなければいくなくなってとても心苦しく思っていたの。そんな中、お義姉様が亡くなったと聞いて……辛い時に一緒にいてあげられなくてごめんなさいね。」
「……いいえ、また会えて……嬉しいです……」
「……貴女がしたことは、確かに取り返しのつかないことだわ。それはわかるわね。」
「……はい。」
「……それでも、貴女はそれに気付いて反省することができた。罪を告白することができた、立派なことだわ。誰にもできることじゃないの。」
そう言って隣にいる実兄に一瞬目を向ける。少し冷めた目で見つめただけで相手が怯んだのを見て、すぐにナイクル侯爵令嬢に向き直る。
「……それでも、自分のしたことに責任を取らなければならない。貴女は裁かれることになると思うけれど、できる限り私も会いに行くわ。ゴルドー伯爵令嬢にも、また会えたら直接謝罪なさい。」
「……そ、んな……私が直接なんて……」
「しっかりしなさい。どんな理由があろうと、貴女がしたことは変えられないのよ。前を向いて、現実を見なさい。」
「……はいっ……!」
そのままナイクル侯爵令嬢の横に立ったブリジットは、背中を摩りながらも手を貸して彼女にきちんと立たせ続けた。年末祭にそぐわない真っ赤なドレスは、もう彼女の今の心を表すかのようにシワだらけになっているが、止まらない涙を拭いながら、どうにか手を借りて立ち続ける。
その姿を見てブリジットもシリウスに頷き合図を送る。そしてシリウスも「どうもありがとう」と答えながら、話を続けていく。
「つまり、この襲撃もナイクル侯爵の仕業だったということですが、彼は話す気はないようなので、私の方からご説明します。
ナイクル侯爵がクーデンとセリーナを狙った理由は実に単純です。まず、競技大会の決勝戦で二人が契約者であることに気付いた。そして、クーデンが私の親友であることは、ご存じの方が多いでしょう。依然私の行方を掴めず、かつクーデンが契約者であると不都合なことが多かった。ナイクル侯爵のお友達には契約者の方はいらっしゃいませんからね。
そして、セリーナに関しては、ガルクス公爵令嬢を狙った理由と同じです。王太子の婚約者候補に上がりそうな契約者の伯爵令嬢が邪魔になった。もしガルクス侯爵令嬢に万が一のことがあった場合、ナイクル侯爵令嬢も勿論候補に上がるでしょうが、契約者であることや諸々の事を鑑みるとセリーナが筆頭になってもおかしくありませんからね。
だからこそ、さっさとこの二人を消そうとした。この年末祭というとんでもないタイミングでね。……違いますか?」
シリウスの推理といえども、ナイクル侯爵が顔を真っ赤にしながら何かを叫んでいるのを見ると誰もがこれが事実だと結論付けた。
「……エリザのことがあってから、拗れていったんでしょう。ナイクル侯爵の今の目的は王家の乗っ取りです。セリーナたちはそれに巻き込まれたんですよ。」
国王は「それだけは、」と思っていた事実を目の当たりにしてついに天を仰いだ。これまで貴族との間で意見が相反することはあっても、精霊という根幹が揺るがない限りこの国は平和に受け継がれてきた国である。それが自分の治世でここまで脅かされることになるとは思いもしなかった。
そして依然何も発さない精霊王に、表現し難い恐ろしさを感じているのは国王だけではなかった。




