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真摯な告白

「アディ」

「……よ、よかった。私……あなたが殺されてしまうと思って……無事でよかった」


 言葉にするとなおのこと、目の前のユージン王子に命の危機が迫っていたことを実感して、涙が止められなくなる。

 言うことを聞かない自分の涙腺に恥ずかしくなってそっと顔を背けた瞬間に、アディは力強い腕に半身を抱き起された。そのまま温かい胸に包まれる。


「アディ、泣かないで下さい」

「そ、そんなこと、言われ……てもっ、か、勝手に、涙が……っ」


 堪えきれずしゃくり上げながらそう言うと、王子の腕に力が籠もる。こんなに泣くなんて子供みたいだと思ったが、抱き締められると安心するのは事実で、アディも無意識に彼の背中に腕を回していた。


 固唾を呑んで見守っていたマチルダ王女が頬を紅潮させ、歓声を上げないよう手で自分の口を塞いだことは知らずに、逞しい王子の胸にしがみついていたアディは、少しずつ涙が収まっていくと同時にやっとこの体勢の大胆さに気付いて身を強張らせた。


 まずい。

 どうやって身を離せばいいのか判らない。


 何食わぬ顔で離れようにも、しっかりと抱き締めるユージン王子の腕は弛みそうにない。居た堪れなくなってきたアディがもぞもぞと身じろぐと、頭上でくすりと笑う気配がした。思わず顔を上げると愛しげに見つめる王子と目が合う。

 あまりの至近距離に動転したアディがはっきりともがくと、ユージン王子は仕方ないという風に苦笑して手を離してくれた。だが、離す間際に悪戯っ子めいた笑みがひらめいたかと思うと、額に唇を押し付けられていたのだ。


 声なき悲鳴を上げながら両手で額を押さえた姿勢でベッドに倒れ込んだアディに、ユージン王子は慌てた様子で、大丈夫ですか、と声をかける。

 さすがに空気と化していたマチルダ王女も、黙っていられなくなったらしい。両手で耳を塞いだ格好で、なんて声あげるの? ムードが台無しだよ、と文句を言ってくる。

 心底残念そうにやれやれと首を振った少女に、アディは言い返そうとして口をパクパクさせるが、上手い言葉が見つからない。彼女がいたことをすっかり忘れていたのだ。

 水に上げた魚状態のアディにマチルダ王女は、まぁこういうスレてないところもアディのいいところだよね、と慰め口調で言った。

 年下の少女に言われる台詞としては納得がいかない。全く納得はいかないが、口で勝てる相手でないこともわかっている。


 アディは不本意な評価には目を瞑ることにして、大きく呼吸をしてからマチルダ王女を見遣った。


「マ、マティ、その、えーと、ね? あなたのお兄さまは……そうっ、優しいから心配して来て下さったの。それはなんというか、そのぅ、上に立つ方として、また人としてとても得難い優れた資質で、本当に尊敬するわ。あなたが自分のお兄さまを自慢に思い、大好きなのも当然よ。ええ、当然ですとも」

「それはいいけど汗を拭いたら?」

「いいからお聞きなさい。あなたのお兄さまはとても素敵な人。そして私は今感情が昂ぶったせいでその……かなりの醜態を晒してしまったから、その両方が組み合わさって一見誤解を与えかねない状況になったかもしれない。でも、これはごく一般的なやり取りなのよ。考えてもみて。私ではなくヨボヨボのお婆さんにでもユージン殿下は同じように心配した筈よ。私だって、誰が相手でも自分の命が助かったこの状況では泣いてしまうわ」

「でも、アディはあたしと喋ってる時は泣かなかったよね?」

「そ、それはまだ助かった実感が湧かなかったし、気が張って―――」

「つまり兄さまを見たら気が弛んだわけだ」

「え? いえ、ちょっと待―――」

「目が覚めてからアディったらユージン兄さまのことしか言ってなかったもんねぇ」


 確かにそうかもしれないがその発言には語弊があると慌てたアディに、マチルダ王女はとどめを刺す。


「だいたい、顔を合わせるなり二人の世界で、あたしの存在なんて消えてたもん。それなりに存在感ある方だと思うけど、アディにとって兄さまと比べたらあたしなんてそこらの雑草とかわらないとわかって、安心したけど寂しかったよ」

「そそそ、そんなことあるわけ―――」

「いいって。アディを助けたのだって兄さまなんだから」

「え?」


 アディが固まると、マチルダ王女はすぐに説明してくれた。


 グラウ伯に刺されたものの、一命を取り留めたシビルによって、アディが北の塔で襲われたと知らされたこと。

 彼女は亡くなった父と共に悪事に加担した罪はあるものの、陰謀を阻止した功績を認められ、跡継ぎがなく断絶する筈だったオルトレイ子爵家の養女になる方向で調整が進んでいる。これに関してはローディスがかなり尽力したらしい。

 捕縛されたグラウ伯は当然ながら家名断絶と本人の死は免れないという。

 とりあえずシビルが助かったと知って詰めていた息を緩めたアディに、マチルダ王女は続けた。


「シビル・ウェインはアディの正確な居場所は知らなかったから、虱潰しに探すしかなかったの。でも、どうしても見つけられなくて、兄さまは立場上表に出てアディ捜索に関われないのに、それを振り切って先頭に立ったんだよ? あの時はアディが生きているかどうかもわからなかったし、兄さまなんてシビル・ウェインを八つ裂きにしてやる寸前だったんだよ? そんな矢先に、北の塔で死にかけてるアディを発見したの。兄さまが」

「何故かそこに隠し部屋がある気がして―――自分でも不思議だが」


 言葉通り困惑した面持ちでそう言うと、ユージン王子は露骨なまでに『兄さま』押しを貫く妹に微笑んでから、それより、と居住まいを正した。


「アディ、先の暗殺未遂事件の時に、貴女を守ると誓ったのにこんな恐ろしい目に合わせてしまい、本当にすまなかった」

「ユージン殿下のせいじゃ……」

「頼りにならぬと呆れられても仕方ないとわかっています。私自身、自分の無力さに打ちのめされる思いだった」

「いいえ、殿下が助けてくれたから、今私はこうして生きているんでしょう? 感謝こそすれ、呆れるなんてとんでもないです」


 命を狙われていて、一番危険な立場の王子が率先して探してくれたからこそ、生きている間に発見されたのだ。本当だったら死んでいてもおかしくなかっただろう。

 感謝を込めて微笑んだアディに、ユージン王子は一瞬口を噤んでから、再び口を開いた。


「アディ、私は貴女の傍にずっといたい。誰よりも近くで貴女を守り、誰憚ることなく貴女を唯一の人だと公言する権利が欲しい。貴女を守ると同時に、貴女からも守られ、誰よりも貴女の心の中で大きな比重を占める存在になりたい。以前も言ったが、心から愛しています。どうか俺の妃になって欲しい」

「え……っ!? いえ、その……私には無理です」


 真摯な眼差しには誠意をもって応えるべきだ。そう思ってはっきりと断った瞬間、ユージン王子の表情が歪んだ。

 一瞬だけの感情の発露に、アディは罪悪感と理由のわからない胸の痛みを覚える。

 知らず目蓋を伏せたアディを見て、ユージン王子は微かに目を瞠り微笑んだ。


「どうやら全く脈がないわけでもないようですね」

「え? ええっ!? そ、そんな―――」

「今まで追う立場だった貴女が、今度は追われる立場になったと覚悟して下さい。俺は貴女を絶対に逃がさない。ローディス・クライアにもドジャー・レントルにも譲るつもりは欠片もない」


 絶句しアワアワしているアディに、ユージン王子は魅力的な笑みを見せると、音をたてないように拍手しているマチルダ王女を振り返った。


「あまり長居してアディを疲れさせてはいけない。俺達はこの辺で失礼しよう」

「そうだね。あたしも帰るけど、とにかくアディはしっかり休んで早く良くなってね。五日後の仮装舞踏会は元気な顔を出して貰わなくちゃ」


 言いたいだけ言って二人が去ると、一気に静けさが訪れる。

 頭の中が飽和状態だ。今しがた、泣きじゃくった脱力感も大きい。それだけユージン王子の死を恐れていたということなのか。ローディスとシビルのことを聞いてもどこか遠く感じたのは、もしやユージン王子に絆され始めているのか。


 アディは片手で顔を覆った。

 いつもなら傍にいる筈のエリカがいない。それだけで泣きたくなる程寂しい。寂しすぎて何も考えたくない。


「エリカ……どこにいるの。帰って来てよ……」


 話したいことがいっぱいあるのだ。この世に絶望するのは早過ぎる。それを伝えるまで、どうか―――。



  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇




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