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向き合う勇気

「まだ元気ないね。やっぱり、今夜は無理しないで休んでた方が―――」


 舞踏会当日になっても相変わらず打ち沈んだ様子のアディに、朝から訪れたマチルダ王女は心配そうにそう言った。そのいかにも苦渋に満ちた表情を見て、アディは慌てて微笑んでみせる。


「大丈夫。もう体調は戻ったわ。心配いらないわよ。それともせっかく素敵なドレスを作ってくれたのに、着せてくれないつもり?」

「そんなことはないけど―――そうだ、あとこれ。頼まれてた鍵だけど、本当に北の塔に行くの? やめておいた方がいいんじゃないの?」

「どうしても行かなきゃならないの。大切な探し物があるのよ」

「じゃあ、あたしも一緒に行くから。いいでしょ?」


 断っても、中で倒れたらどうする、と言い張るマチルダ王女に負けて、アディは渋々頷いた。


「わかったわ。でも」

「でもはなし。すぐに行く? 遅くなると夜の支度が大変だもんね」




 事件後、人の出入りで騒然としていた北の塔は、舞踏会の準備でにぎやかな宮殿とは対照的に、もうひっそりとしていた。

 中まで付いて行くと言い張るマチルダ王女をなんとか宥めて、一人でひんやりとした塔内に足を踏み入れると、流石に薄気味悪くて足取りは鈍るが、どうしても確かめねばならないことがあるのだ。


 目的の場所はさほど遠くはなかった。行き方がわからず少しうろついたが、なんとか辿り着いた見覚えのあるタペストリーをそっとめくる。

 そこに期待していた人影はなかった。だが、アディは気を取り直して、長持ちに歩み寄った。

 内側からはビクともしなかった蓋が、今は重いながらも簡単に開けられる。内張りの布はもがいた痕跡でボロボロになっていた。それを見ただけでもあの時の恐怖が甦り、痛めた指先が疼き出す。


 それでもアディは断固として中を覗き込んだ。

 最初は恐る恐る、次第に大胆な手付きで内部をまさぐっていく。

 微かに感じる違和感。

 ここだ。


 アディは、少し浮いている部分を持参した金梃子を使って、強引に引き剥がした。

 思った通り、浅い空洞になっていたそこには、折り畳んだ紙片が入っていた。

 手紙だ。


「あった……」


 もしかしてと思っていたが、実際見つかると感無量だ。何それ? と今にもエリカの声が聞こえてきそうなのに、やはり辺りを見回しても彼女の姿はない。

 アディは眉根をギュッと寄せて泣きそうになるのを堪えながら、エリカを呼んだ。最初は呟くように、段々大きく親友の名を呼ぶ。


「エリカっ、出てきてよっ。あなたの探していた物、私見つけたのよっ。お願い……っ」


 哀願する声が壁に吸い込まれて消えると、室内は再びしんと静まり返った。一人きりだと突きつけるような静けさに耐え切れず、アディは自分の身を抱いた。


「こうなったら仕方ないわね……アレシア王妃っ! お手すきなら少し出て来てくれません!? 私の友人を見かけなかったか聞きたいの! ねえちょっと、エド・ガーシュさんでもいいわっ。エリカっていうんだけど知りませんっ? エリカっ、エリカーっ、いいかげん出てきて話を聞きなさいよっ、私達……親友でしょっ!?」


 最後には鼻息荒く噛み付いたところで、背後から、やめなさいよ、と聞き慣れた声がした。


「エリカ、ど……どこ行ってたのよっ!? 私とあれっきりにするつもりだったのっ!?」


 振り返った先には、口角を少し上げた表情のエリカがいた。笑みのようだが笑みではない。長い付き合いだ。そのくらいわかる。


「自棄を起こしてアレシア王妃やエド・ガーシュまで呼び始めるから驚いたわ。わたくしに何か用?」


 いかにも面倒だという態度に、アディは怯む気持ちを押し殺してエリカを見つめた。


「用は―――用はあるわ。でも、何もなかったとしても、あ、あれっきりなんて許さないわよ」

「許すも何も―――あなたは望み通り助かった。それでいいでしょう。わたくしは諦めなさいと言ったのに……二人の道はもう分かってしまったのよ」

「いいえ、そんなの認めない。私達、喧嘩もしたけど、親友だった筈よ。これからもずっと親友のままだと言ってちょうだい」


 必死に言い募るアディに、エリカは微かに表情を歪めた。そして背を向ける。


「話がそれだけならもう行くわ」

「待って! これ―――見つけたの。探してた手紙よ。あなたへの―――」


 ビクリと肩を揺らしたエリカは、ゆっくりと振り返った。

 嘘よ、と言われてアディは持っていた紙片を差し出す。睨むように険しい眼差しで筆跡を確かめたエリカは、彼の字だわ……と呟いた。だが、すぐに顔をそむけてしまう。


「どうしたの?」

「……読めないわ」

「エリカ―――」

「恐いのよ。今更、わたくしを悪しざまに言っているであろう、彼の手紙を読む勇気がないの。いいえ、それよりも―――彼がわたくしを恨んですらいなかったら……無理よ」


 震え声で俯いたエリカに、アディは心を込めて、私がいるわ、と囁いた。


「あなたは、いずれ私も裏切るって言ったけど、私はあなたのお兄さまとは違う。いい時も悪い時も傍にいて、力になるのが親友でしょ」

「……アディ」

「この手紙をどうするかはエリカの自由よ。ただ、あなたが死を迎えた時この世に残ったのは、これが心残りだったから―――じゃないの? でも恐い気持ちもわかるわ。だからエリカの好きにして」


 エリカはずいぶん長い沈黙の末に、いいわ、と言った。


「わたくしはもう何からも逃げないと決めた筈なのに、いつの間にか忘れていたのね。情けないこと。あなたの人生を奪おうとしたのも、あなたの心を失う恐さから逃げたからだわ。歓びも未来も希望も全て、今人生を紡いでいるあなた自身の物なのにね。勿論、苦労や痛み、絶望さえも。……仕方ない。半世紀遅れの苦情を読むことにしましょうか」


 自分に言い聞かせるようにそう言ったエリカは、本当に久しぶりにいつもの綺麗な笑顔を見せた。

 覚悟を決めた彼女が、アディの手元を覗き込む。

 どうか、長年苦しんできたエリカにとって、少しでも慰めになる言葉がありますように。


 ひたすら祈っていたアディは、その時、名を呼ばれて顔を上げた。エリカではない。ユージン王子の声だ。


「表で妹に会った。貴女が中で気分を悪くしてたらいけないと思って、その、声が聞こえたから……」


 彼の背後にはきまり悪げなマチルダ王女の姿もある。一人で喋って、変なポーズで固まっているように見えたのだろう。二人ともあからさまに不審人物を見る眼差しだ。だが、突然現れた彼らに気付きもせず手紙を読んでいるエリカのためにも、今ここで手は下ろせない。

 とりあえず、適当な言い訳を捻り出そうとしたその時だった。

 エリカが泣きそうな顔で微笑んだのだ。


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