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少女時代の終わり

「エリカ……?」

「アディ、何を―――」

「彼はわたくしを愛していた―――」

「……え?」


 吐息のように囁くと、エリカは淡い光をまとって、みるみるうちに成長した姿に変わった。十八歳の頃の輝くように美しいエリカだ。

 何故かユージン王子達がギョッとしていたが、アディはそれどころではなかった。

 目の前で変貌したエリカが、震える両手で顔を覆う。


「ああ……彼は―――ルークは、手の届かぬ存在と諦めていた愛しい人が、自分の妻になりたいと言ってくれて幸せだと……わたくしを何にも換え難く、あ、愛していると―――」

「エリカ……」


 エリカの口から曽祖父の名を聞いたのは初めてだ。いつもは距離を置くかのようにラングストンと呼んでいたのに。

 貰い泣きしているアディに気付いて、エリカはいつもの強気な調子で、まぁ当然よね、と嘯いた。だが、その声はどうしようもなく湿っている。

 彼女は長い睫毛に宿った雫を優美な仕種で払うと、アディが持ったままの手紙にそっと手を伸ばした。

 決して手に取れないと知りつつ、伸ばさずにいられない彼女の気持ちに、アディの目からおさまりかけた涙が再び大量にあふれ出す。


「ひいお祖父さまから、あなたへのラブレターよ」


 そっと差し出すと、エリカの美しい指先が慄きながら手紙に触れた。そのまま突き抜ける筈が、しっかりと彼女の手に渡る。

 アディは目の前で起こった奇跡に感動しながらも、驚きで目を丸くしているエリカの顔に声を上げて笑った。


「あなたの物だもの。あなたの手元に返りたかったのよ、きっと」


 それを聞いて、エリカの顔も満開の花のように綻ぶ。


「そうね。アディの言う通りよね、きっと」


 そう言ってから、エリカは何故か気配を消して静かに立っているユージン王子らに気付いて、目を眇めた。


「あら、アディ。あなたもやっとマヌケなローディス以外に目を向ける気になったの? 諦めたと言ってもしつこいあなたのことだから、子供の頃の思い出を後生大事にババアになっていくんじゃないかと心配していたけれど、ユージン王子なんてあなたにしては上玉じゃない。まあ、中身はどんなボンクラかもわからないけれど」

「ちょっ、エリカ……っ」


 いくら聞こえていないとはいえ、アディは本人を前に遠慮のないエリカの毒舌を止めようとした。だが、さっきからいわく付きの塔内で独り言を言い、泣き笑う危ない人状態だった筈だと今になって思い至り、あたふたしていたその時、ずっと沈黙を守っていたユージン王子が、一応ボンクラのつもりはありませんが、と口を開いたのだ。

 その意味するところに気付いて、アディとエリカは顔を見合わせた。


「満足いただけるかわかりませんが、アディを想う気持ちは誰にも負けません。俺の力の限り必ず幸せにしてみせます」


 思わず真っ赤になったアディと対照的に、エリカは眉を寄せた。


「なんなの? わたくしの知らぬ間に、本格的に王太子妃への方向に話が転がっていたようね」

「なっ、違うわよ。ていうか、ユージン殿下、あの……見えてるんですか?」


 頷いたユージン王子の後ろでマチルダ王女も暗い声音で、あたしもはっきり見えてる、と申告する。


「アディ、信じたくないけどその人、幽霊……だよね?」

「え、まあ、そうとも言う……かしら?」


 説明の言葉を探すアディに、ユージン王子は平坦な声音で、エリカ・ラングストン夫人は年老いて亡くなった筈だが、と言った。


「こ、これには理由がありまして……でも、確かに彼女はエリカ・ラングストンなんです」

「それなら丁度よかった」

「は?」

「エリカ・ラングストン夫人。アディの身内である貴女にも、ぜひ彼女と結婚する許しを得たい。勿論、アディの気持ちを無視して事を進めるつもりはありませんが」


 エリカは間髪容れず、許します、と返した。その間、真っ赤になって騒いでいるアディは完全無視だ。


「ちょっとエリカっ! 何を勝手なことを―――」

「いいでしょう? わたくしがあなたのひいお祖母さまなのは事実じゃないの。何か問題でも?」

「問題だらけでしょっ」

「アディに任せてると日が暮れるわよ。可愛い曾孫のためを思う優しい曾祖母心だと思って感謝なさいよ。たとえ、多少ボンクラだったとしても、王子がアディを想う気持ちに偽りはなさそうだし、わたくしはこの際ユージン王子派につくわ。だいたい、ローディスはきっぱり諦めたんでしょ?」


 それはそうだが、この急展開はなんだ。


「ユージン王子のこと嫌いじゃないんでしょ?」


 それもそうだが、別にそんなつもりは。


「そんなこと言ってるからいつまで経ってもパッとしないのよ? わたくしの血を引いているとは認めがたい要領の悪さだわ」


 相変わらずの口の悪さに、なぜ彼女と親友としてやってこれたのか、今更ながら不思議になる。


「この際、きっぱり切り換えてこの国の未来の王妃として、栄耀栄華を極めなさいよ。そのくらいの肝っ玉がなくてどうするの。このわたくし程の美貌がなくとも、飾り立てればそれなりに見られる容貌なんだから、自信を持ちなさい」

「あ、あのね、誰もがエリカみたいな図太い神経を持ち合わせてるわけじゃないのよ」

「あら、わたくしだってあなたがユージン王子を蛇蝎のごとく嫌っているというなら、何があっても反対するわよ? わたくしはアディの曾祖母であり親友ですもの。たとえば仮にルイスがアディの意思に反して結婚を無理強いするなら、我が息子といえど毎晩夢枕に立って不眠症にしてやるわ。ユージン王子が権力をかさに着て好き放題するなら、出来るかどうかは別にしても渾身の力で呪ってやるし。でも、そうじゃないんだもの」

「……」

「アディは色々考えたところでたかが知れてるんだから、この際、何も考えずに王子の胸に飛び込んでみなさいよ。あなたはね、まず行動に移してから、やっと自分の本当の気持ちに気が付くタイプなの。本当にぼやぼやしているのよ。そのくせ頑固。石頭とはアディのことを言うのよ? それもこれもラングストン側の血ね。まあ、わたくしが付いているからにはアディを行かず後家になんかさせないわ。いいからユージン殿下になさい。大丈夫、わたくしが保証するから。気が付いてから動くなんて悠長なことを考えていたら、本当に何年先になるかわからなくてよ?」


 頭痛がする言い草にうな垂れたアディをよそに、ユージン王子は我が意を得たりとばかりに両手を広げる。


「エリカ夫人は確かにこの世のものとも思えぬ素晴らしい美貌をお持ちですが、俺にとってはアディ以上に美しい人はいないのですよ。とはいえ、エリカ夫人の後押しは心強い限りです。さあ、アディ、彼女の言う通り俺の胸にどうぞ」

「な、何を……」

「アディ、本当に貴女を愛している」


 今まで聞いたこともない、穏やかで優しい声だった。誰かにこれ程想いの籠もった声をかけられたのは、エリカの他にはかつてない。

 この場で幽霊に衝撃を受けているのはあたしだけなの? とぼやくマチルダ王女に、エリカが片眉を上げたのが気配でわかったが、アディは振り返ることすら出来ずに、溜め息をついたのだった。


 アディ自身は気付いてなかったが、それは幼い初恋が思い出に変わった瞬間の惜別の溜め息だった。



 

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