表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
36/47

絶体絶命

「奴らなの? それともまさか、本当に亡者の誰かが現れた……?」

「いえ、なんでもないわ。大丈夫。それよりここに来て大正解だったわよ。突き当たりの画に見覚えがあるの。グラウ伯達がいた部屋の前を通るしかないけれど、出口への道はわかったからわたくしに任せて」


 気を取り直したようにしゃっきりとして胸を張ったエリカに、アディの中に生まれた不安は淡雪のように消えていく。あなたがいてくれてよかった、としみじみ呟くと、エリカは照れたのかほんのり頬を赤らめて、行くわよ、と踵を返した。その背を追うと、先程までとは違う確かな足取りにホッとする。だが、それは長くは続かなかったのだ。

 エリカは二手に分かれた通路で迷うように足を止めた。


「左が出口への道だけれど……」

「じゃあ、行きましょうよ」

「ええ……そう、よね……」


 右手には大きなタペストリーで覆われた壁の先に、どう見ても納戸にしか見えない粗末な木戸が一つあるだけだ。だが、アディが何があるのか問いかけようとしたその時、出口の方で物音がした。慌てて元来た方へ引き返そうとしたが、まずいことにそちらからも荒い足音が聞こえてくる。

 追っ手だ。


 アディは何も考えずに右手に走った。納戸の取っ手に飛びついたがビクともしない。鍵かとよくよく見れば壁に木扉を埋め込んだだけの偽装だったのだ。

 何なのこの嫌がらせはっ、と一気に青くなったアディは、引き返そうとしてタペストリーの前に立ち呆けているエリカに気付いた。この絶体絶命の危機にぼんやりされていては困る。アディが険しい声でエリカを呼んだ次の瞬間だった。エリカがすいっと音もなくタペストリーの中に消えたのだ。

 ギョッとして固まったアディも、それが奥に入れる場所があるからだと思い至って、重い布を大急ぎで持ち上げ中に滑り込んだ。


 そこは小さく歪な空間だった。部屋というより、階段や曲がりくねった通路のせいで生まれた隙間、といった方が正しいだろう。だが、埃を被った絵画や調度品がかろうじて部屋の体裁を保っているのが、汚れた小窓から入る光で見てとれる。

 その中央で、エリカは隅に置かれた大きな長持ちをぼんやりと見つめていた。

 普段とは明らかに違うエリカの様子に、歩み寄ろうとしたその時だった。


「もう鬼ごっこは終わりかね?」

「グラウ伯……っ!」

「タペストリーが揺れていたぞ? それにしてもこんな部屋があったとはな」


 グラウ伯は手にしたランプを小卓に置いて、周囲を見回す。その胸元や袖口が赤黒く染まっているのに気付いて、アディは張り裂けんばかりに目を見開いた。


「そ、それは……っ。まさかウェイン男爵とシビルを―――」

「ああこれか。淑女に見せる格好ではないが、やむを得ないので失礼するよ」


 初めて気付いたように自分の血塗れた服を見たグラウ伯は、口振りは丁重だが先程よりギラついた目をして嗤った。


「お前のお蔭でだいぶ手筈が狂ったが問題はない。新たな筋書きはこうだ。私はひょんなことからウェイン男爵による税の不正を知り、彼を正そうとした。が、恐ろしいことに逆上した奴と奴の娘に襲い掛かられ、心ならずも反撃し命を奪ってしまった。どうだ、なかなかだろう」


 言葉もないアディにグラウ伯は続けた。


「せっかくだから続きも聞かせてやる。お前はユージン王子に取り入ろうとして失敗し、逆恨みを抱いた。そしてなんと彼を呪い殺そうと考え、この北の塔に呪具を探しに来たのだ。ところが悪名高い呪われ姫も北の塔の怨霊には勝てず、行方知れずになってしまった。可哀相にいずれ遺体で見つかるがな。そして、自業自得の孫の恨みを晴らさんとした血みどろ伯爵の手の者によって、哀れユージン王子は命を落とすという寸法だ」


 息を呑んだアディに、グラウ伯はゆっくりと近付いてくる。なんとか逃げ道を探すが狭い空間でその術はない。あっという間に捉まり、グラウ伯の手が首に絡み付くと、生臭い血の臭いがした。アディは締まっていく気道の苦しさにもがきながら、嗜虐的な笑みを浮かべているグラウ伯の顔から必死に目を背けた。


 こんな奴の顔の記憶が最期なんて冗談じゃない。目の裏が赤く染まって顔が倍にも膨れ上がって感じるが、意地でも背けた視線の先、そこにはアディの危機に気付かないのか、エリカが最初と変わらず立っているのが見えた。


「……エリ……っく……ぁ、ェ……リカ……」

「うわ言か? 命乞いは無駄だ」


 搾り出した声はグラウ伯に断ち切られる。

 エリカは微動だにしない。

 このままここで死ぬのだ。


 深まる絶望の中で、一気に強まった手の力に意識を手離す寸前、アディはお兄さま―――と呟く声を聞いた気がした。



  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ