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わたくしに任せて!

「アディっ、こっちじゃないってば! 道を間違えてるって言ったのにっ! 階段室で右に行かなきゃならなかったのよっ?」


 やっと追いついたエリカに捲くし立てられ、アディは絶句する。そういえば部屋を飛び出した時、エリカが何やら喚いていたがこのことだったのか。


「ど、どうしよう」

「どうもこうもないわ。来てしまった以上、なんとかして逃げる道を探さなきゃ」


 話しながらも背後に追手の気配を感じて、足を止めるわけにはいかない。とにかくこっちへ、とエリカに導かれるまま闇雲に走り続ける。


「ねぇ、エリカっ、文句を言うわけじゃ、ないけど、ずいぶん寂れた空気だと―――」

「それはそうよっ。出口から遠ざかっているんだから。とりあえずどこか身を隠せる場所を探すのっ。それより喋りながら走ったら舌を噛むわよ。大丈夫、わたくしに任せてっ」

「わ、わかったわ」


 不揃いな石造りの壁に、鉄格子付きで林檎二つ分程の大きさの小窓がたまにある。それも手の届かない高さから薄ぼんやりと光を入れるためだけのもので、足元もおぼろげな中、アディは見失わないように必死にエリカの後を追った。

 いくつもの扉の前を過ぎ、階段を上り下りしているうちに、方向感覚も時間の感覚もめちゃくちゃになっていく。追っ手の気配が消えたのだけが安心材料かもしれない。

 アディは息切れをしながらエリカに、ちょっと休みましょうよ、と声をかけた。


「だらしないわねぇ、運動不足は太るわよ?」


 幽霊に言われたくないと思いつつ、アディは足を擦りながら不安をぶつけてみる。


「エリカ……私達、もしかして迷子になってないわよね?」

「えっ!? ……そ、そんなことないわよ。確かこの先を右に折れると螺旋階段が―――」


 そこにあったのは行き止まりだった。一気に募った不信感を察したエリカが、あら? おかしいわね、と取り繕うように言ってくるが、アディは眉間を押さえて溜め息をついた。


「まずいわよ。これじゃ逃げる前に行き倒れになりかねないわ。来た道だって覚えてないし」

「と、とにかく追っ手の気配は消えたじゃないの。大丈夫よ、わたくしの勘によると多分この扉を開けてみたら階段室が―――あらっ、本当にあったわ!」


 開き直ったエリカと共に扉を開けて覗き込むと、ほぼ真っ暗な中に下へ向かう階段が数段だけ浮かび上がって見えた。


「冗談でしょっ!? こんな薄気味悪い所、行けないわよっ!」

「しっ! 見つかったらどうするのっ。大声出さないで」

「だ、だって、ここは悪名高い北の塔なのよっ? こんな光も射さない場所でアレシア王妃だの、エド・ガーシュだの、その他諸々の怨念深き亡者の方々にばったり会ってしまったら、私は心臓麻痺で死んでしまうこと確実よっ!?」


 一応声は落としたものの必死に訴えると、エリカは、うーん、と考え込む。


「確かに不気味な所だけれど、だからこそ追っ手を撒けるんじゃないかしら。若い娘が一人で入るとは誰も思わないでしょう?」


 その意見も一理ある。アディは悩みに悩んだ末、渋々頷いた。

 わたくしが先に立つから大丈夫よ、それにさっきの部屋近くまで戻れるような予感がするわ、と根拠のない自信で胸を張ったエリカに、何はともあれ誰かを見つけたら生者亡者問わずすぐ教えてよ、と念を押し、恐る恐る足を踏み出す。だが、何も見えない闇の中を壁に縋りながらほんの数歩、足先で探り探り下りていくだけで不安になり、小声でエリカを呼んでみた。


「この道を行くって言ったこと、今猛烈に後悔してるんだけど。エリカは暗くても見えるから恐くないのよ。なんでこんなことになっちゃったのかしら」


 泣き言をぼやくとエリカは偉そうに、大丈夫、と請合った。もう口癖のような『大丈夫』に安心する要素は欠片もないが、声を聞くだけでホッとする。

 だが、アディは次の瞬間絶句した。エリカは、わたくしだって何も見えないから、と言ったのだ。


「じゃ、じゃあ、亡者が現れたらどうするのっ? エリカにも見えないんじゃ―――ええっ!?」

「心配しなくても大丈夫よ。亡者もわざわざ出てくるならこっちに用があって現れるんだろうし、向こうから何か言ってくるでしょう?」

「そんなのわからないじゃないっ!? 問答無用で襲ってきたらどうするのよっ!?」

「だって、そんなことをしても向こうに何の得もないじゃないの。誰だって無駄なことはしないわよ。アディは知らないだろうけれど、亡者が姿を現すってそう簡単じゃないのよ? 気軽に誰でも出来るもんじゃないの。……あら? そう考えてみるとわたくしはかなりの才能の持ち主ってことになるわね。まあ、さもありなんというところだけれど」

「エリカってばこんな時まで自慢話っ!?」

「べ、別にそういうわけじゃないわよ。事実を言っただけでしょう? まあ、いいからとりあえずついていらっしゃいってば。大丈夫、大丈夫、わたくしに任せなさい」


 これほど根拠の薄い断言があるだろうか。進む気力が萎えて崩れ落ちそうになる。だが、今更戻っても仕方ない。

 アディは諦めて進み始めた。


 どれくらい経っただろう。単調な歩みに慣れてきた頃、エリカが弾んだ声で、扉だわ、と言った。隙間から洩れる明かりで前にいるエリカの横顔がぼんやりと浮かぶ。ほっとしたアディにエリカは、奴らがいないか見てくるわ、と言うなり扉をすり抜けて消えた。普段はなるべく生前と同じように扉を開けて貰って通りたがるのに、今は文句を言うでもなく当たり前のように幽霊体質を利用している。エリカもアディをこの状況から脱っさせるために手段を選ぶつもりはないのだろう。

 暫らく待っても戻って来ないエリカに、アディは迷った末そっと扉を開けてみる。細く開いた隙間から片目で覗くと、すぐそこにエリカが立っているのが見えた。

 他にひと気がないのを確認して声をかけると、彼女はどこか覚束ない表情で振り返った。


「どうしたの? ここに何かあるの?」

「アディ……いいえ、その―――なんとなく変な感じがして。なんだったのかしら、一瞬……」 

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