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傲慢な貴族

 人がいない筈の北の塔で突然出くわしたのに、男たちはアディとシビルを見ても驚いた様子もない。幽霊なのかと違う意味で血の気が引きかけたアディに、エリカは鋭い声で、違うわっ、と告げる。


「この男達、嫌な空気よっ! わたくしにはわかるわっ! アディっ、逃げた方が―――っ!」

「……え?」


 じゃあ、とりあえずシビルを連れて逃げねば。アディは男達に目を向けたまま、シビルを背後に庇った。


「あ、あなた達、誰なのっ。私達、も、もう行くのでそこをどいてちょうだいっ。シビル、行くわよ」


 だが、堂々とした態度を装って素早く退散するつもりが、シビルに掴んだ腕を振り払われて失敗する。理由を説明している場合ではないのだ。ローディスをめぐってぶつかっている立場上、こちらの行動に反発されても仕方ないが、エリカの第六感や洞察力はかなりのものだ。

 なんとかシビルを連れ出そうと焦って振り返ったアディは、エリカの、馬鹿アディっ! という声とシビルの、お父様、という声にギョッとして固まった。


「ど、どういう……バカって―――え? お父、さまって――—」

「アディっ! 逃げなさいってばっ! いいから早くっ!」


 幽霊なのに真っ青になったエリカは、金切り声で言い募る。だが入り口を塞がれている以上、逃げ道はなかったのだ。


 シビルにお父様と呼びかけられた男は、血走った目でアディを見ると傍らの男に、娘はもうよいでしょうな、と訴えた。ギリギリと歯軋りせんばかりのシビルの父にひきかえ、痩せぎすの男は興奮した様子で傲慢に笑う。


「お前は肝の小さい男だな、ウェイン。娘を見習ったらどうだ。この程度のことで動じていては、先が知れるわ」

「恐れ入りますわ、グラウ伯爵さま」


 では、この偉そうな男がグラウ伯爵なのか。どうやらきな臭い陰謀の真っただ中に踏み込んでしまった予感に、アディは口元を手で覆って固まった。


「アドリアナ、申し訳ないですけどこの先はご一緒できませんの。でも安心なさって? ローディスのことはもう心配しなくて結構ですわ。彼の初恋相手のこの私がずっと傍にいますから」

「シビル、どういうことっ!?」

「あなたのお役目はここまで、ということですわ」


 どういうことかと眉を寄せたアディに、グラウ伯が薄ら笑いを浮かべたまま、いやいや、と口を挟む。


「逆だ。ここからが大事な役目だと言うべきだぞ。お前にしか出来ないことだからな、アドリアナ・ラングストン。せっかくだから教えてやろう」


 グラウ伯は獲物をいたぶる猫のように嗜虐的な目を向けながら、出来の悪い生徒に説明するような口調で続けた。


「我がグラウ伯爵家は、お前の実家をはじめとするそこらの貴族などとは格の違う名家だが、いかんせん運が悪くてな、薄汚い手を使う下賤な奴らがこぞってうまい汁を吸う中、高貴な血筋の我が家は長年煮え湯を飲まされ続けてきた。だが、ここらで乱れた秩序は正さねばならん。そこでだ。私はこうまで続いた乱れを黙認してきたベルモント公爵家に、一番の責任があると考えた」


 エリカが、よく言うわね、と苦々しげに呟くが、勿論アディ以外には聞こえていない。


「ベルモント家は身分に相応しい扱いを受けてきたが、それはたまたまめぐり合わせが良かっただけのこと。だからこそ同じく高貴な血筋なのに不遇をかこってきた者に、手を差し伸べるのが道理というものだ。それは向こうのためにもなるしな」

「向こうって、ベルモント家のため……?」

「そうだ。古き家柄の者が付き合う相手は、同じ格式の者が相応しい。仮にも貴族でありながら下賤の者のように馬車馬のごとく働いて領地経営に努め、財を成した新興貴族など単なる成り上がりだ。お前の馴染みのローディス・クライアもその筆頭だな」


 領民を潤す良い領主を見下す思い上がりと、上流貴族は手袋すら使用人に嵌めさせ自分は動かないというこだわりこそが、グラウ伯爵を斜陽の身にしたのだ。

 アディは、偉そうに言っているけれどあらゆる名門の血が入っているとはいえ傍流も傍流じゃないの、とエリカが噛み付くのに頷いてグラウ伯を睨んだ。


「ずいぶん差別意識が強いのね。でもよくよく聞けば能無しを棚に上げて、他人をこき下ろしているだけじゃない。成り上がりって馬鹿にするけど、どちらが良い領主か一目瞭然だわ」


 だが、グラウ伯は鼻で哂った。


「領民のために領主がいるのではない。上に立つ者のために下々の者がおるのだ。国が興り、神の恩寵を受けた我ら王侯貴族が生まれたのは君臨するためだ。それを弁えず、下賤の機嫌取りに努める浅薄な奴らがもてはやされる昨今の風潮は、嘆かわしい限りよ」

「ご意見は拝聴したわ」

「いいかね。私はベルモントの過ちを正すべく、まず反ベルモント派の筆頭たるユージン王子に近付いた。だが次期王の片腕となるべき血統と明晰な頭脳を持ち合わせる自分を頼りにしてくれとわざわざ申し出た私に、あの王子は何をしたと思うかね? 王が葡萄酒の専売権を誰に与えるか決める時、私の名を出して欲しいと言っただけで、即座に一言、無理だと言ったのだ。結局、忠臣に報いることも出来ず、その価値も測れない愚か者に未来はないからな。私は第二王子に期待を移した」


 グラウ伯はユージン王子を陥れようと画策したあれこれを、恥ずかしげもなく披瀝してみせた。

 暗殺未遂までも酔っているかのように得々と語るグラウ伯も、それを止めないシビルの父も、こんな話を聞いた相手をただで帰すつもりがないのは明らかだ。アディはじりじりと体勢を変えながらシビルの父に視線を向けた。


「ウェイン男爵。こんな奴の言いなりになって、自分が何をしているかわかってるの? 危なくなったら絶対汚れ役を押し付けられるわ。それでいいのっ?」

「……娘のためだ」


 真っ青な顔でそう答えた相手に、アディは、バカなっ、と声を荒げた。


「弱みを握られているからでしょ。でも罪を重ねてどうするのよ」

「ウェインに何を言っても無駄だよ、お嬢さん」


 だがアディはグラウ伯を無視して、はったりをかけた。


「ウェイン男爵。残念だけどあなたの弱みはその男がもうペラペラ喋って広めてたわ。税の不正をしたこと、もう何人もの耳に入ってる。口の軽い共犯者を恨んだ方がいいわよ」


 ウェイン男爵が愕然とした表情でグラウ伯を振り返った隙に、アディはシビルを突き飛ばして入り口を走り抜けた。

 追いつかれないようなんとか逃げ切って、すぐにも彼らの陰謀を報告しなければならない。

 自分の努力を怠って、暗殺や脅迫で世の中を思い通りに動かそうとする人間がいるなんて―――と泣きたい気持ちになりながら走っていたアディは、エリカに名を呼ばれてハッと振り返った。

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