彼女の述懐
そこにいたのはシビルだった。
役に立たないエリカを恨みながら、他人に聞かれてまずい内容でなかったかを必死に思い返す。動揺を隠しきれないアディに、シビルは小首を傾げてどこか意味ありげな表情を見せていた。
「大丈夫よ、アディ。ほぼ、わたくしの一人舞台だったわ。ただ―――」
「あなたにお話がありましたの、アドリアナさま。二人きりで。私たちの共通のお知り合いについて、ですわ」
ローディスを諦められない、と言ったのははっきり聞かれていたようだ。
「ちょうどよかったわ。……私もあなたに話があったの」
アディは腹に力を入れてそう答えた。
「で、何故よりによってここ?」
「ここなら誰にも邪魔されずに話が出来るからですわ。それに、血みどろ伯爵の呪われ姫に相応しい場所でしょう」
先に立って歩いていたシビルが、可愛らしく笑って振り返る。アディは二度と足を踏み入れるつもりのなかった北の塔の奥の小部屋で、おそるおそる周囲を見回した。いわくありげな物も、怪しい人影も今のところは見えない、ガランとした石壁が剥き出しの部屋だ。
エリカがすかさず、この部屋は大丈夫よ、と教えてくれる。
「わたくしにも見えないから誰もいないと思うわ。それより―――」
そうだ。まずはシビルと話すことが最優先だ。だが、薄気味悪い場所で平然としている彼女が不思議で、アディは鳥肌の立った二の腕を擦りながらそっと窺い見た。
「あなたは気持ち悪くないの? こんなところで……」
「私は幽霊や怨念など、目に見えないくだらない迷信は信じていませんの。勿論、男性の前ではそうはいいませんけど。あなたは―――あら、本当に恐がっていますの? まあ、驚きましたわ。噂っていい加減なものですのねぇ」
「……ここの鍵はどうしたの?」
「ある人に借りましたの」
明らかに挑発的な態度を向けられて戸惑うアディに、エリカが苛立った口調で、喧嘩を売られているんだってば、と訴えてくる。
全身の毛を逆立てた猫のように、怒りの波動をまき散らしているエリカを目で窘めてから、アディはシビルに向き直った。
「で、話ってなんなの? 私達の共通の知り合いについてって言ってたわね」
「あなたの話を先に伺いますわ、アドリアナ」
ゆったりと構えたシビルは、普段の可憐な令嬢ぶりが嘘のように遠慮のない態度だ。
アディは覚悟を決めて、いいわ、と頷いた。
「私の話もローディスのことよ。その……あなたと彼は恋人同士なのよね。私が二人の邪魔になっていると知って、辛いけど諦めることにしたの」
ちょっとだけ興味を持ったように目を瞬いたシビルに、アディは続けた。
「それで、余計なお世話かもしれないけど、どうしても確かめたいことがあって―――」
「なんですの?」
「貴女の実家だけど―――何か困ったことになっていない? その、問題があってローディスに迷惑をかけたくないから結婚を躊躇していた、ということは……?」
アディとの婚約話があっても、あからさまにシビルへの想いを露出していたローディスのことだ。彼女が望めば駆け落ちは大袈裟にしても、強引にかつ着実に話を進めようとしたのではないか。そう話を持って行ったアディは、シビルの表情をそっと窺う。
まさか、あなたの父親がグラウ伯爵らに弱みを握られて、なんらかの陰謀の片棒を担がされているんじゃない? とは聞けない。だが、ローディスの害になることは放置しておけなかったのだ。
エリカが顔を真っ赤にして、アディのバカっ、お人好し、おせっかいと怒っているが、仕方ない。それにこの件に関しては、相談をした段階ですでに同様の言葉を三百回以上は言われている。
身構えて答えを待つアディに、シビルは面白いことを聞いたというように目を輝かせ、花が綻ぶように微笑んだ。
「うふふ……あなたってローディス・クライアのこと、本気で愛してらっしゃるのねぇ」
「……シビル?」
「なのに諦めるしかないなんて可哀相に。で、最後のあがきで愛しいローディスのために推理をしたわけですの?」
「……」
「彼に迷惑をかけたくないから、ねぇ。私としてはいくら迷惑をかけることになっても、全く気になりませんけど。彼の方も初恋の相手に頼られたら喜んで泥を被るでしょうよ」
小ばかにする口調にギョッとする。
「シビル、あなた……ローディスのこと、本当はどう思ってるの?」
「あなたに説明する必要があるかしら?」
「ぜひ聞かせてもらいたいわ」
「まあ、いいですわ。彼は見目麗しくて頼りがいのある、私の大切な方。いかが? これでご満足?」
自分達を苦しめておきながら、途中で脱落した競争相手をいたぶっているのだろうか。アディの真剣な眼差しを受けて、シビルは信じてと言わんばかりにそう言うと、今度はガラッと口調を変えて続ける。
「もっと正直に言えば、横に置けば自慢になる外見に、経営手腕があってやり手で家柄もまあいいけれど、初恋だなんだに現を抜かす馬鹿な男で、我が家にとっての大切な金蔓、といったところかしら」
「そ、そんな……」
アディは絶句した。結婚は確かに家の事情が優先されておかしくない事柄だが、シビルとローディスに関しては完全に普通の恋愛関係だった筈だ。
「ひど……っ、彼はあなたのことを本当にあ、愛しているんでしょ? 私はあなたもそうだから、彼の初恋相手に成りすましてまで一緒にいたのだとっ」
アディの剣幕に驚いたように眉をひそめたシビルは、暫し黙した後、すっと目を細めた。
「まさか、もしかして、あなたが本物の『森のお姫様』だったんですの、アドリアナ? ……まぁ驚いた。こんな身近に本物がいたなんて、ねぇ? それは大変申し訳ないことをしましたわ。でも、仕方ないですけど。だって―――ローディスが私を選んだんですもの。彼の理想通りに成長出来なかった自分を恨むんですのね」
真実を知り完全にこちらを見下して嘲笑するシビルに、アディは血の気が引くのを感じていた。激怒しているエリカの声も耳に入らないくらいの衝撃で、全身が冷たくなっていく。なのに、悪意だけを込めたシビルの声は聴きたくなくても届いていた。
「本当に誰と思い違いをされているのか、それだけが気になっていたんですけど、そうでしたの。あれだけ近くにいたのだから、自分が当人だと言ってしまえば良かったのに。でもまあ、とても言えないでしょうねぇ。ローディはあなたのことなんて眼中にありませんでしたもの。家柄を盾に物欲しそうに私達の周りをうろつくくらいしかなかったなんて、惨め過ぎて泣けてきますわ」
「……」
「そんな可哀相な人に、これ以上酷いことをするのは流石に少し気が引けますけど」
その時、アディっ! とエリカが叫んだ。
今までと違う切羽詰った響きに、アディも流石に目を向けると、入り口を塞ぐように年配の男が二人姿を現していた。




