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誤魔化せない気持ち

「ローディス、酷い噂が広がっているのを知っているか?」


 チェスの相手でも探そうと『真珠貝の間』に顔を出したローディスは、待ち構えていたような勢いでドジャーに肩を組まれて、眉をひそめた。


「いったい何の話だ?」

「アディを中傷する噂だ。酷い内容だ。彼女がすでにキズモノで、ラングストン伯がそれを隠してユージン殿下に押し付けようと企んでるとかなんとか」

「な……っ!?」

「王子の方はそれを知って大激怒って筋書きらしい。俺は躍起になって片っ端から否定して回ってるが、いかんせん、殿下の名が絡んでるので水面下で取り沙汰されていて、どうにも埒が明かない。その様子じゃ知らなかったらしいな。お前も聞いたらちゃんと否定しとけよ? というか、どこからそんな話になったのかがわからないんだよ。大元を叩きたいんだが」


 ドジャーらしからぬ険しい表情に、ローディスも事の重大さを知って絶句する。

 くだらない噂が生まれては消え、消えては生まれるのが宮中の常だ。だがこれは悪質すぎる。下手をすればアドリアナの名誉と評判が地に堕ちてしまうだろう。身持ちの悪い娘はいくらでもいるが、政治的な思惑が絡めば大事になるのだ。


「悪いことに俺自身の日ごろの行いが祟って、彼女を擁護すればする程怪しく思われるんだ。だから品行方正で知られるお前も手を貸してほしい。とにかく彼女を探そう」


 早口で説明されて頷いたところに、美々しく着飾った令嬢達が近付いてきた。ドジャーとローディスにいつも纏わりついているカレッタ姉妹だ。彼女達はにこやかに挨拶しながら、二人の腕に手をかけて逃げられないようにしてしまった。


「ローディスさま、ドジャーさま、御機嫌よう。最近あまり若い人の遊び事に顔を出されませんのね。妹があまりにも気に病むものですから、今日はぜひ伺いたいことがあって参りましたの」


 姉のエリザベスがそう言うと、妹のアリーシャが顔を赤らめて俯く。

 何事かと思えば、彼女らの話はシビルのことだった。


「ローディスさま、妹の気持ちはご存知でしょう? 慎ましやかな子ですけれど、目を見れば明らかですもの。勿論、まだほんのネンネですからローディスさまがその気になれず、手控えてらっしゃる気持ちもわかりますわ。姉として有難くも思ってます。ところが、この子が最近病みつきそうな程気を揉んでいますの。シビル・ウェイン男爵令嬢がなにやらローディスさまとただならぬ仲らしいと伺ったものですから。あちらこちらで浮名を流されるドジャーさまと違って、真面目なローディスさまの噂に皆動転してしまって」


 ドジャーの名を出した時は怨じるように彼の腕を抓り、上目遣いで睨んでみせる。妹のためにお節介を焼きながら、最近つれないドジャーの気を惹こうという女の企みだ。


 ドジャーは苦笑してローディスに肩を竦めてみせた。なんとかしろということらしい。

 今それどころではないローディスはぐっと不機嫌に眉を寄せたが、彼女らは答えるまで退く気がないらしく、返事を待っている。

 膠着状態にしびれを切らしたのか、次に口を開いたのはアリーシャだった。


「わかっていますの。私などローディスさまの目に留まる筈もないって……ただ、シビル嬢に将来を誓ったと―――約束の指輪を贈られたと知って、居ても立ってもいられなくなりましたの。姉は……姉は私のような意気地のない娘が、雄々しい殿方の気を惹くのは無理だと笑うのです。口接けを願うのが精一杯の子供なんて、あなたのような素敵な方には面白みの欠片もないと……でも、ローディスさまは奔放に男性を弄ぶラングストン嬢を嫌って遠ざけたと聞いてます」


 聞き流すつもりが思いがけずアドリアナの名前が出て来てギョッとする。

 ドジャーもうんざりしたように半眼で聞いていたが、一気に厳しい表情になって口を開いた。


「それはそれは。ローディスも罪作りな男だ。こんなに可愛いお嬢さんにそこまで思われているとは羨ましい限りですよ。しかし、ラングストンの令嬢に関しては大きな勘違いをされているようですね。彼女はそんな人ではありませんよ? どうしてそんな風に思ったのかな?」


 甘えるような口振りで懐に入り込むのはドジャーのいつもの手口だ。ローディスだけを見つめていたアリーシャ嬢は、責められたと感じたのか顔をいっそう赤らめてドジャーに向き直った。


「私が思ったわけではありませんわ。元々ラングストン嬢のエスコートを頼まれていたローディスさまが、彼女に寄りつかなくなったのは、そのぅ、彼女のあまりの乱れた私生活とだらしない交友関係に嫌悪されたのだと―――シビル嬢も否定しませんでしたし―――」

「妹の言う通りですわ」


 ドジャーに胸元を擦り付けるようにしながら、エリザベスも言い添える。ドジャーは言葉もないローディスをちらりと見遣ってから、それはおかしい、と首を捻ってみせた。


「周囲には言っていませんでしたが、ローディとアドリアナ嬢は昔からよく知る仲でしてね。いわば幼馴染みというやつです。彼女がそんな人でないのはお前が一番よく知ってるよな、ローディ?」

「ああ」

「でも……っ」

「シビル・ウェイン嬢がどういうつもりで否定しなかったかはわかりませんが、そんなのは全て根も葉もない噂です。なぜなら、ローディが彼女と距離を置いたのは、何を隠そうこの俺のためなんですよ」


 ドジャーは訝しげに眉をひそめた姉妹に微笑みかけると、腕に絡んだ姉の手を優しくはずしながら続けた。


「つまりね、彼女に恋してしまったんですよ。俺が。本気で」

「……っ!」

「だからローディのような色男にそばをうろちょろされるとどうにも分が悪いので、無理を言って離れてもらったんです」


 一語一語はっきりと噛んで含めるように言ったドジャーに、エリザベスは妹以上に赤くなって、自分の手を引っ手繰るように引っ込める。だが踵を返そうとした彼女をドジャーは引き止めた。


「というわけでアディの噂は事実無根。これ以上広まらないよう気を付けてください。ラングストン伯爵が知ったらどれ程激怒されるかわからないですよ? なにしろ血みどろ伯爵だ。ゆめゆめ、安易な行動で墓穴を掘らない方がいい」


 彼女の赤い顔が今度は白くなる。口元に皮肉な笑みを浮かべたドジャーが用は済んだとばかりに肩を竦めたのを見て、ローディスもアリーシャの方に向き直った。


「アドリアナ嬢のことはドジャーの言う通り、もう一つ、君も何か誤解があるようだ。俺がシビル・ウェイン嬢と何か約束したと考えているなら、それは全くの思い違いだ。彼女とは昔―――子供の頃に多少の面識があり、その縁で何かと手を貸しているだけで、それ以上のことは何もない。妙な噂をたてられるのは迷惑だ」

「……ローディスさま……」

「それと―――だからといって君とどうこうなる可能性はないので、他にいい男を探してほしい」


 言うだけ言うと、ローディスはドジャーを促してその場を離れた。


「な? 実感しただろ? まあ、姉の方に関して言えば、自分のことは棚に上げてよくあそこまで言えるもんだと呆れるしかないがな。それにしても酷い言われようだろ? でもまあ、嘘から出たまことで丁度いい理由が出来て良かったよ。今後はこれでいくからお前もそのつもりでな」


 ローディスは曖昧に頷いた。


「というか、あんたそれでいいのか。彼女の悪評は収まるかもしれないが、数多くの浮名を流しているあんたにとってはやりにくくなるんじゃないのか」

「あー、別に構わないよ。言っただろ? 彼女は俺のお姫様だって。アディの助けになるなら出来る限りのことはするさ。それに本命がいるのに他の花に目移りしてる暇はないからな。それより、こんな酷い噂がアディの耳に入らなければいいんだが」

「……ああ」


 ドジャーが当たり前のようにアドリアナを案じている姿に、ローディスは内心モヤモヤするものを感じていた。

 いや、ドジャーの行動に何一つ非はない。だが、自分は彼女と会うにも何かしら理屈を捏ねているのに、何の気兼ねもなくやりたいようにしているのが面白くなかったのだ。


 ローディスがむっつりと黙り込むと、ドジャーは慰め口調で、それにしても俺の話に信憑性を加えるためとはいえシビル・ウェインの件をきっぱり否定しなくてもよかったんだぞ? と肩を叩いてきた。

 見当外れの指摘にいらっとする。

 そして、見当違いと感じること自体が、もはや誤魔化しきれない自分の気持ちを表していた。

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