不穏な気配
ローディスは立ち止まった。
目の奥に面白がっているような色を浮かべて、ドジャーも立ち止まる。
「ドジャー、話がある」
「んー、なんだ?」
「今更こんなことを言うのは心苦しいが……アドリアナに惹かれている」
自尊心を呑み込んで告白すると、ドジャーは表情を変えずに、なるほど、と言った。
「……なるほど、とは?」
だが、ドジャーはその問いには答えず目を眇める。暫しの沈黙の後、ドジャーは微かな笑みを見せた。
「確かに今更だな」
淡々と投げつけられた言葉に鞭打たれて、ローディスは唇を噛んだ。冷静な友人の言葉は真実なだけに容赦なくローディスを責め立てていた。
「お前の初恋はどうなった。森のお姫様は。せっかく再会したんだろ? そっちはもう用無しか」
「……」
「今更ね。本当に今更だ。お前がシビル・ウェインにかまけている間、あからさまに蔑ろにされて彼女がどんなに傷ついていたかわかるか?」
「……俺が悪い」
「そうだ、お前が悪い。俺は何度も忠告した筈だ。見るべき相手を間違っちゃいないかってな。その度にお前は言った。自分にとっての理想の人はシビル・ウェインその人だ、とね。そこまで言うのなら間違いないと思うだろう。前にも言ったが親友の思い人に横恋慕は趣味じゃない。俺は彼女に関してきっちり筋を通したつもりだ。今更、気が変わった、はいそうですか、という気はない」
ローディスは裁きを受ける罪人のように俯いていたが、意を決して顔を上げ、初めて見る冷たく厳しいドジャーの眼差しを受け止めた。
「俺の優柔不断が招いたことだ。本当にすまない。……勿論、俺はどうこう言える立場じゃないし、あんたは気にせず今まで通り彼女にアプローチしてくれ。ただ……俺としても譲る気はない。それを言っておきたかった」
「なるほど」
「……すまない」
「俺に謝っても仕方ないだろう。まあ、誰を狙おうとお前の自由だしな」
表面的にはいつも通り柔らかい口調だが、色のない声音がドジャーの内心を物語っていて、ローディスは再びすまない、とうな垂れるしかなかった。
かつての少女と現在のシビルは微妙に輪郭がぶれて重ならなくなっていた。それをわかっていながら、意地や思い出に縛られて目の前の親友を振り回してしまったのだ。
だが、もう自分自身を偽ることは出来ない。たとえドジャーと喧嘩別れになろうとも、アドリアナを諦めるつもりはない。それだけははっきりしていた。
その時、あどけない少女の声が張り詰めた二人の間の緊張を破った。
「悪いんだけど、ドジャー。ちょっと来てくれる? お願い事があるんだ」
突然現れたマチルダ王女は笑顔だったが、その顔が蒼褪めていることに気付いて、ローディスは微かに眉を寄せた。勿論ドジャーも同じことに気付いて、怪訝そうに口を開こうとする。
それを遮るようにマチルダ王女は小声で何かを訴えた。ドジャーも顔色を変える。
「わかりました。ローディ、悪いが話はまたの機会に」
だが、慌ただしく立ち去ろうとする二人を、ローディスは引き止めた。アドリアナの名が聞こえたのだ。彼女に関することなら部外者扱いは真っ平だ。
「アドリアナ―――アディのことなら俺も話に入れて下さい」
振り返ったマチルダ王女は真剣なローディスを見て、問うようにドジャーをちらりと見遣った。硬い表情のドジャーが肩を竦めて、マチルダ王女のお好きなようにという姿勢を見せると、彼女は改めてローディスに向き直った。
「なんで? アディを好きな人だけで話したいんだけど。明らかに関係ないよね」
子供らしからぬ探る眼差しは仕方ない。今までの行いを振り返れば、信用されないのも当然だろう。だが、ここで退いてなるものかとローディスは強い口調で、関係はあります、と返した。
値踏みするように上から下まで見たマチルダ王女は、すっと目を眇めた。
「それって、彼女に売約済みの札を貼ってるから安心ってこと? だったらあいにくだけど関係ないね。でしゃばってこないで。あたし達急いでるんだから」
アドリアナへの想いを認めた今、彼女に関わる事以上に意味あることなど何もない。
ローディスはマチルダ王女を真っ直ぐに見返して口を開いた。
「彼女を愛しています。ユージン殿下にも、ドジャーにも譲るつもりはありません」
「ふーん……」
マチルダ王女がつかつかと歩み寄って、下から見上げてくる。
彼女は敵意に満ちた目で睨みつけると、小馬鹿にしたようにくっと哂った。
「まだ知らないんでしょ。アディはあなたとの話を断るよう、ラングストン伯爵に手紙を送ったって。メイドを買収して聞き出したから間違いないよ。あなたの実家から報せが来るのに、あと二日はかかるんじゃないかなぁ。ま、つまりアディはあなたのこと切り捨てたってことだね。彼女の魅力にどうやってか、今更気付いたみたいだけど残念だね。もう手遅れだよ」
うたうように毒を吐かれて、その内容にはさすがに衝撃を隠し切れないが、ローディスはなんとか踏みとどまる。
「俺の自業自得だからそれは仕方がない。それでも……彼女を思う気持ちに変わりはない」
そう結論付けたローディスをまじまじと見つめていたマチルダ王女は、不本意そうな溜め息をつくと、ついて来て、と顎をしゃくったのだった。




