違和感
長い社交シーズンも中盤に差し掛かると、生活に一定のリズムが出来上がってくる。
そんな中だるみのような時期に毎年予定されているのが、王太子主催の仮装舞踏会だ。皆、自分が選んだ仮装が他人にバレないよう、また他人と被らないよう、最新の注意を払う。
王宮内には秘密が溢れ、貴族達の発注を受けた街の洋裁店はライバルの情報を得ようとするお得意を上手くかわしつつ、いずれ劣らぬ衣裳を作ることに精を出す。より美しく質の高い奇抜なデザインで名を馳せ、他店を出し抜けば、来シーズンは顧客が一気に増えるだろう。その代わり、評判を落とせば一夜にして店が潰れてしまう。
だから店主は大陸中から集めた珍しい布で作る衣裳のデザインに頭を捻り、街中のお針子は寝る間も惜しんで針を持つのだ。
洋裁店が集まるカラヌス街が夜も煌々と明るく賑わっているのは、この時季の風物詩だった。
その舞踏会本番を二十日後に控え、皆が浮足立っている中、アディはマチルダ王女のお茶のお相伴に与っていた。
「アディの衣裳はもう出来たの?」
目をキラキラさせながら探りを入れてくるマチルダ王女に、アディは苦笑した。
「すごい騒ぎですものね。今、宮殿内ではその話で持ちきりだわ。私はずっと祖父の領地に引っ込んでいたし、こんな大々的な催しのことは何も知らなくて。一応、幾つかの洋裁店に問い合わせてみたけど、どこももう一年も前から予約でいっぱいなんですって」
「ええーっ!? じゃあ当日はどうするの?」
「ええと―――若草色のドレスに薄紅色の花のコサージュをいっぱい縫い付けて、春の女神の娘リカッティってことに―――……」
「だめだよっ。そんなのありふれてる。しかも手持ちのドレスに手を加えるだけなんて、女官たちが自分のために作る仮装の衣裳よりショボイじゃないっ」
聞けば王宮の仮装舞踏会と時を同じくして、都では三日間の仮装祭が行われ、若い男女の出会いの場となっているのだという。王宮勤めの女官たちもその三日のうち一日は必ず休めるよう、互いに調整して街に繰り出すのだそうな。
「な、なるほどね。でも私、パーティーとかにあまり興味がない方だし―――」
「ダメだってばっ。全く、アディったら本当にそういうのに無頓着なんだから。こうなったらあたしがなんとかしなくちゃ。何を選んだか聞くと悪いかと思ってずっと遠慮してたけど、思い切って聞いてよかった」
ぶつぶつ文句を言うマチルダ王女の言葉に大きく頷いたのはエリカだ。
「ほら、ごらんなさい。アディときたら二、三店問い合わせてすぐに諦めてしまったけれど、こんな子供ですら女にとって衣裳がどれ程大事かわきまえているのよ?」
アディは得意の絶頂でお説教を始めたエリカをじろりと睨んでから、マチルダ王女に、わかったわ、と声をかけた。
「もうちょっとちゃんと気合を入れて考える。だから大丈夫よ」
だが、アディの言葉は一瞬で切り捨てられた。
「ううん、信用ならないよ。アディのことだから花冠でも付け足して、工夫したって言いそうだもん。色を決めて衣裳寮に布地の在庫を聞かなくちゃ。それからデザインと小物も決めないと。似合う色から何の仮装にするか考えよう。仮縫いも必要だし、髪型も相談しなきゃならないし、忙しくなるなぁ」
マチルダ王女の言う衣裳寮とは、王宮内にある専門機関のことだ。刺繍部門や飾り付け部門など細かい専門に分かれ、多くのお針子が住み込みで、王族の日常着から典礼用の衣裳まで全てを受け持っている。針一本、釦一つまで厳しく管理されており、最高級の品だけが揃っている所なのだ。
そんな所で作ると言われて、アディは慌てて止めにかかった。ごくまれにエリカのような降嫁した元王族も含むが、基本的には王族の物だけを手掛ける衣裳寮で、いち伯爵家の孫娘が衣裳を作って貰うとなれば目立つことこの上ない。
だが、マチルダ王女はアディの制止を聞き流して、傍付きの女官に目配せをした。すぐに心得た女官が退室してしまう。
「よかったわ。衣裳寮なら問題なしよ。アディに似合うのはそうね―――確かに薄紅色みたいな淡い色なのだけれど、わたくしが思うにオレンジ色に赤を混ぜて炎の精霊アラフェンティなども意表をついて悪くないと―――」
衣裳好きなエリカはさっそくアイディアを並べ立てるが、冗談ではない。ラングストンの名は意図せずとも政治的な意味を持つと言ったのはエリカではないか。
「あら、そんなに気にすることはなくてよ。なにしろあなたはこのわたくしの血を引き、シルビアを伯母に持つ、れっきとした王家に連なる名門の令嬢なんですからね。だいたいマチルダ王女の後押しでエンリケ王子に近付くとか、ユージン王子だけと親しくなるなら周りも色々勘ぐるわよ? けれど、マチルダ王女とユージン王子の組み合わせは警戒心をそれほどかき立てないと思うわ。そんなことよりも今重要なのは衣裳よっ!」
そんなことよりも、って言ったっ!
アディは唖然とした。 駄目だ。着道楽のエリカは自分のことのように目の色を変えている。
その時、扉が開いた。
女官が戻って来たのだろうと目を向けたアディは、慌てて立ち上がった。ユージン王子だったのだ。先触れもなしに勝手に入ってくるのは兄妹といえども礼儀に反していたが、彼はにこやかにアディと妹に挨拶した。マチルダ王女も驚いた様子のないところを見ると、最初からユージン王子が来るよう図っていたのだろう。
「アディ、貴女がここにいると聞いて、俺も仲間に入れて貰いたくて来たんですよ。構いませんか?」
「え……と」
「勿論っ、ね? いいでしょ、アディ?」
「え? ええ、それは勿論―――」
ここはマチルダ王女の部屋なのだ。招かれた身で部屋の主を差し置いて答えられないのだが、作法などお構いなしにマチルダ王女は勢い込んで王子を座らせた。
「丁度よかった、兄さまも考えてよ。アディの衣裳のデザイン―――てダメだった。兄さまには当日お披露目して驚かせてあげないと」
「マティ、その話は―――」
「いや、女官からその話を聞いてぜひ手伝わせてもらいたいと思って急いで来たんだ。マチルダ、大丈夫。アディの美しさをより際立たせるため、及ばずながら力になるよ。そしてアディ。俺の考えた衣裳に身を包んだ貴女を当日見るのが楽しみでなりません」
「いえ、あのですね―――」
「うわー、よかった。こう見えて兄さまはすごいセンスいいんだよ。これで大丈夫。日数的には厳しいけど大船に乗った気持ちでいてね、アディ。あたし達で宮廷中をあっと言わせてみせるから」
「言わせなくていいから―――」
「そうと決まればさっそく打ち合わせだね」
兄妹の盛り上がりに置いて行かれたアディはげんなりと肩を落とした。熱心に頭を寄せ合って話し込む兄妹と、その会話にこれまた熱心に耳を傾けているエリカから目を逸らしたアディは、お茶の支度を運んできた女官に気付いてホッとする。
一度この三人の熱を冷ますため、一息ついた方がいい。
ワゴンに載った白い陶器のカップとソーサーには全て、マチルダ王女の紋章とイニシャルが焼き付けられている。銀のティースプーンの柄にも華奢な書体でイニシャルが浮き彫りになっていて、この部屋の主が王族である事実を主張していた。それらは全て王室の工房で焼かれた一級品である。
女官は高価な品を扱うので緊張するのだろう。慎重な手付きで一人一人にポットのお茶をサーブしていく。その間、話に夢中になっていたエリカは邪魔にならないようテーブルから一歩離れて、苛立ちながら用意が終わるのを待っている。会話の邪魔にならないよう気配を消している女官の存在を気にも留めず、ユージン王子とマチルダ王女は話を続けているのだ。
苛々と足踏みしながら待っているエリカを見て、アディはふっと表情を緩めた。
エリカがなんでも顔に出すところが王女らしくないと思っていたが、マチルダ王女を知って考えを改めざるを得ない。本物の王女は物語とは違うらしい。どちらかといえば、シビルの方が想像の王女像に近い風情だ。ローディスが彼女に惹かれるのも無理はないのだろう。
その時、エリカが厳しい声で、おかしいわ、と呟いた。




