外れた思惑
「ローディスはグラウ伯って面識ある? どういう人か知ってる?」
出鼻をくじかれた格好でローディスは面食らったが、アドリアナの真面目な顔を見ておとなしく口を開いた。
「それは勿論、面識くらいは。ただ親しくはないな。あちらとは交友範囲が重ならないんだ。何故?」
「いえ……ちょっと名前を耳にしたことがあって、どんな人かしらって」
「……そうだな。ここ数年は王に与えられる葡萄酒の専売権を得ようと運動したり、色々と忙しそうな様子だったが―――そのためかどうかは知らないが、ユージン王子にずいぶん接近しようと図っていたな。最近はそうでもないが」
「ユージン殿下に? じゃあ殿下に聞いた方がいいかしら」
「いや、ユージン王子は彼を近寄せなかったから、詳しくは知らないと思う」
そう、とアドリアナが頷いたところで、申し訳なさそうなバラント男爵夫人がテラスの入り口に現れた。その背後にはシビルの姿がある。
「あの、こちらがラングストン伯爵家令嬢と仲の良いお友達だから、ご一緒したいと仰って……」
「ご迷惑でなければいいのですけれど……」
いつものように控え目に語尾を濁したシビルに、ローディスは何故か苛立ちを覚えていた。勿論歓迎するという言葉を期待して待っている彼女に、断りたい誘惑に駆られる。
だが、ローディスが口を開く前に気を遣ったアドリアナが席を勧めていた。
「ここは風が通って気持ちの良い所ですわね。心が爽やかになりますわ。ローディスさまもそうでしょう?」
「……確かに景色もいいし、過ごしやすいわね」
口を噤んだままのローディスを見たアドリアナが、当たり障りのない返事をしたが、シビルは聞こえなかったのか軽く俯いて座り直している。今までなら気にならなかったようなそんな小さなことが、ローディスの神経を逆撫でしていた。
「……お二人でどんなお話をなさってましたの?」
「別にたいしたことじゃないわ。ただの世間話よ」
「そう……ですの」
普段から表情が硬くぶっきらぼうなだけに、あからさまに不機嫌とは見えないらしい。黙り込むローディスを気にしつつも、二人は上滑りな会話を重ねている。
その風向きを変えたのはシビルだった。
「そういえば、この指輪、また褒められましたの。私に良く似合うと―――贈り主が余程吟味して下さったのでしょう、と。それを聞いて尚更嬉しくなりましたわ、ローディ」
口中で愛撫するように愛称で呼んだ彼女は、邪気のない笑顔を見せた。計算なのか思わずか、既に借り物の体を失い、贈り物として扱われている。
ローディスはギョッとして小さく身じろいだ。目の端に映るアドリアナの強張った表情に、罪悪感がこみ上げ居た堪れなくなる。だが、紳士としてシビルの実家の経済的苦境をこの場で持ち出すことは出来ない。いや、持ち出したところで、婚約者を差し置いて何故彼女にそこまでする必要があるのかと、不満に思われこそすれ理解は得られないだろう。
その間にも、シビルはアドリアナに指輪を見せつけながら話を続けていた。
「アドリアナさまのその耳飾りも良くお似合いですこと。お召し物は地味ですけど……流石に力のあるお家の方は素敵な物をたくさんお持ちですわね。でも羨ましくはありませんの。私のために心を砕いて選んで下さったローディの気持ちを考えると、宝冠とさえ交換したくないですわ。アドリアナさま、この指輪どう思いまして? 私に似合いますかしら?」
「ええ、あの……とても素敵だと思うわ。あの―――私、そういえばそろそろ失礼しないと。用事を思い出して―――。悪いけどこれで失礼するわね。その……どうぞごゆっくり」
思い切り下手な言い訳をして立ち上がったアドリアナに、ローディスも慌てて立ち上がる。今日は二人でゆっくり過ごすつもりが、目論見が潰れて台無しだ。なんとか彼女を引き止めたいが上手い言葉が見つからず、ローディスは何も思いつかないまま口を開いた。だが、苛立ちながら放った言葉は、自分で思った以上に強いものになった。
「ユージン殿下と約束でも? だとしたら申し訳なかったな」
厭味めいた口振りに、自分で自分をぶん殴ってやりたい。だが、内心歯噛みしている間に、アドリアナはテラスから逃げ去ってしまった。
仕方なく再び腰を下ろして残ったシビルに向き直れば、うっすらと微笑を浮かべた彼女はいつも通り、文句なしに美しい。だが、さっきまであった心躍る楽しい気分が、アドリアナの退場と共に一気に失せてしまったのは否めなかった。




