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エピローグ

 シルヴィアは二つの成績表を見比べ、顔を歪めた。


「何でこんなにいいの?」

「成績は一つが飛びぬけても、ダメなんだよ。お姉ちゃんは攻撃魔法ばっかり練習しすぎ」


 隣に座るユーリーは得意げな笑みを浮かべると、顎に手を当てる。


 レイラが眠りについて五年の月日が流れた。


 シルヴィアの名前が変わり、シルヴィア=ノールと名乗るようになった。


 シルヴィアやユーリーは学生として生活を営んでいる。ユーリーとシルヴィアは学年は違えど、飛び級を果たしたが、その三年後に上級学校で足踏みするシルヴィアと同じ学年まで上がってきたのだ。そして、二人は上級学校の最後の学年を迎えていた。年齢を考えると出来すぎなくらいだが、二人とも今の状態に満足はしていない。マハトやヨハンを始めとした身近な目標が傍にいたからだ。

 少しでも上に行こうと、二人で学校の成績を競い始めたのだ。


 ユーリーはその言葉の通り、彼は攻撃魔法や他の魔法を万遍なくマスターしている。とびぬけたものはない反面、あらゆるものを平均的にこなせるため、シルヴィアよりは成績が良い。三歳年下の弟に総合的な成績を抜かれるようになるとは思わなかった。一番差がついたのはオリビエの科目で、魔法の知識を問うものだ。


「姉の威厳を保たせてくれても良いのに」


 そういったシルヴィアの机に影がかかる。そこに立っていたのは茶色の髪をした男性だ。


「あなたの成績が不十分なのは、あなたの知識不足ですよ。わたしは正当な評価しか下しません」


 その言葉に周囲から笑い声が漏れる。

 彼は笑みを浮かべると、教室から出ていった。

 オリビエは普段優しいが、学問のことになると厳しい面を覗かせる。


「レイラのお父さんの卒業記録を狙っていたどころか、次失敗するとレナルトにも負けてしまう」


 シルヴィアは頬を膨らませ、その成績に目を走らせた。


「僕はあと三年だから、お兄ちゃんのほうは余裕で抜けそうかな」

「マティアスには勝てなかったけどね」


 そう言ったのはせめてもの反撃だ。

 そんなシルヴィアを見て、ユーリーは呆れたように笑い、正論で返してくる。

 そもそも彼は誰に勝とうがあまり興味がないようだ。


 レナルトはもっと真剣に卒業を視野に入れれば新記録を狙えただろうが、そんな対外的な評価を彼が気にするわけがない。


 ユーリーは血のつながりがないと分かっても、五年前と変わらず、シルヴィアを姉と慕い続ける。彼が五年前のことをどれくらいはっきりと覚えているのか分からない。だが、レイラが眠った理由を聞かない彼はおぼろげながらに知っているのだろう。


 シルヴィアは神だった頃の力は持ち続けているが、人として持つ力とは別格だ。そのため、神としての力は普段は使わないようにうまくコントロールしている。シルヴィアとして生まれたのなら、その力を頼りにすべきだと思ったのだ。


 ユーリーは立ち上がる。


「そろそろ帰ろうよ。今日は僕もお姉ちゃんに会いに行くよ」


 彼は年を重ね、レイラ達アーヴァン家が快く思われていないことも知ったようだ。だが、彼の態度は以前と全く変わらず、レイラのこともまた姉として慕い続けている。


 二人は学校を出ると歩いてレイラの家に向かう。だが、二人は姉弟の関係を続けているが住む家は違っている。正確にはシルヴィアがホーム家を出たのだ。


 レイラの家の近くまできた時、二十歳程の女性が二人、話をしている。聞き流そうとするシルヴィアの耳に思いがけない名前が響いた。


「そろそろ五年でしょう。もうそろそろレイラのことなんて忘れるんじゃないの?」


 レイラはあれから一度も目を覚ますことはない。もうヴァルクスでは死んだと噂されていることもある。定めとはいえ、彼女をこうした結果に導いたことも相まって、言葉で言い表せない気持ちになる事が少なくない。同時に、レナルトのどこを見ると、そんな意見が出てくるのか首を傾げたくなる。レイラを忘れるくらいなら、幼い時から彼女の傍にいるために努力を重ねなかったし、今の彼は存在しないだろう。


「忘れないよ。お兄ちゃんはこの町にいる時は必ずお姉ちゃんに会いに行っているの」


 その言葉に前を歩いていた二人組が顔を引きつらせて振り返った。


「シルヴィア様、今のは冗談ですよ」


 二人は慌ててその場から去る。

 レイラがこの町を歩くのが好きではないと言っていた意味が、今なら良く分かる。シルヴィアもこの国が好きにはなれなかった。


「お兄ちゃんはレイラお姉ちゃんのことしか見ていないんだから、放っておけばいいのに。お姉ちゃんは真面目だね」


 ユーリーは苦笑いを浮かべて姉を見つめている。彼もそうした言葉を快くは思わないようだが、決して顔には出さない。そういう意味でもユーリーはマハトの後継者なのだろう。


「お兄ちゃんに対して、お姉ちゃんを忘れたとか言ってほしくないんだもん」


 シルヴィアは頬を膨らませる。

 彼も変わった。


 シルヴィア達がレイラの家に行く道中に、お酒の匂いが鼻をつく。そこには腰を引いた長身で細身の男と、少し小柄で体格の良い男が立っていたのだ。


「すみません。もうしません」


 彼はそう言うと慌てて立ち去っていく。酒を飲んで喧嘩でもしていたのだろう。畑を取り囲む塀が壊されている。

 茶色の髪の毛をした男性が呆れたような顔で二人を見送る。


「逃げたら、誰が修復するんだよ」

「お兄ちゃん」


 シルヴィアが呼ぶと、彼は目を細める。

 彼からは少年の面影が徐々に消えようとしていた。


 幼少期からあらゆる面で抜きんででいた彼は、レイラが眠りについてからも、その力を飛躍的に伸ばしていた。彼女に追いつく事は出来なくても、少しでも近い場所にいようと心に決めたのだろう。


 もうマハトやヨハンと同等か、それ以上と噂されることも少なくない。彼は名実ともにこの国のトップクラスの魔法使いだろう。彼がデヒーオ家を継がないことは周知され、そのことを残念がる者もいる。

 レナルトは呪文を詠唱し、壊れた塀を復元させる。


「出て行くだけでトラブルが解決していいね」

「楽できていいよ」


 彼は国立図書館で古文書の解読や、大陸の歴史を調査する役を担っている。ヴァルトも同じ職に就いていた。レナルトもヴァルトもケヴァドに行き、向こうの国で魔法を教えたりといった国際交流の一端も担っているので、二人を同じ職場に置いておくのは、ヴァルクスにとっても都合がよかったのだろう。そして、何かトラブルが起こった時仲裁するのも彼の役目だ。ヨハンという後ろ盾があり、偉大なる祖父以上の能力を持った彼には向かう人間など誰もいない。


 今まで魔法で行き来できなかった二か国は人員制限を設けて、魔法で行き来できるようにはなっている。


「お土産」


 レナルトはシルヴィアとユーリーにそれぞれ手に持っていたものを渡す。シルヴィアには石を、ユーリーには本だ。


「綺麗」

「ありがとう」


 シルヴィアはユーリーの貰った本を覗き込む。それは魔法の本だ。


「トーマスにもらった。俺は目を通したから、やるよ」

「わたしも欲しい」

「シルヴィアは石がほしいと言っていたよな」

「でも、それもほしい」


 頬を膨らませたシルヴィアを見て、ユーリーが笑う。


「お姉ちゃんに貸してあげるよ」

「二人で仲良く読めばいいよ。結構希少なものらしく、一冊しかなかったんだよ。これも読み終わったらやるよ」


 彼は手にしている別の書物を見せる。

 ユーリーはレナルトに手招きすると、小声で囁いた。


「お姉ちゃんは僕に成績を負けたから必死なんだよ」


 シルヴィアは弟の言葉に、頬を膨らませる。

 そんなシルヴィアを見て、レナルトは目を細めていた。


 三人はその足であの森の中にはいる。そこはアーヴァン家が住む森だ。


「ケヴァドはどうだった?」

「随分、落ち着いたよ」


 ウルモがかけた父親への呪いも消失し、ケヴァドでは幾度となく話し合いが行われた。ウルモの父親は自らの家系が国のトップの座を譲ることになかなか首を振らなかった。だが、息子の熱心な説得に折れ、次期国王にアドニスが内定していた。


 その発端となったのは、あるべき場所に帰った大地の神の影響だろう。少しずつケヴァドでは緑が戻り、豊かとは言い切れないが、少しずつ豊かな国に変わる片鱗を見せ始めている。その変化がアドニスの帰還と相成り、もともとケヴァドでそれなりの地位についていた父親の影響もあり、周囲が彼を次期国王として認めるのは容易かった。

 ヴァルクスの周辺も豊かとは言い難いが、少しずつ緑を取り戻しつつあった。


 シルヴィア達はレイラの家の中に入る。そして、出てきたエルミと顔を合わせる。


「お帰りなさい。三人一緒だったのね」


 シルヴィアはこの家に暮らすようになっていた。ノールの家も修繕されたが、レイラが目覚めた時、傍にいたかったのだ。本当ならレナルトがその役目を司りたかっただろうが、彼自身、ヴァルクスを開けることが多く、なかなかそうはいかない。だが、彼はヴァルクスに戻った時には必ず彼女に会いに来る。


 三人は手洗いを済ませ、レイラの眠る部屋に入る。彼女はあの日からずっと眠り続けている。若干手足や髪は伸びたが、その姿はあまり五年前と変化はない。抜け殻となった彼女は体の成長も遅れているのだろうか。


 レナルトはレイラを見ると目を細めた。


「今日、こっちに泊まっていい?」

「いいけど、家やおじいちゃんのところに顔を出さないとダメだよ」


 シルヴィアがそう口にすると、レナルトは頷いた。


 五年は決して短い時間ではない。マティアスの死から含めると十五年。彼にはレイラを思い続ける義務もない。その間、彼が別の女性に惹かれても、仕方ないと思っていた。だが、彼の目にはずっと金の髪の少女が映り続けている。二人の姿を見るたびに、自分にはもっと何かできたのではないかと過去を悔いる気持ちが強くなっていく。


「飲み物を入れたわ」


 エルミが顔を覗かせる。


「俺は後から行くよ」


 レナルトはレイラから目を離さず、そう答えた。レナルトは輝く金の髪を撫でた。


「お兄ちゃんの分を持ってくるね」


 シルヴィアがレナルトの気持ちを察し、背を向けようとした。


「これ、今日は読まないから貸すよ」


 レナルトが立ち上がり、シルヴィアに持っていた本を差し出そうとした直後、強い魔力の気配を感じ取った。眩い銀の魔力だ。その魔力の塊が光の帯となり、レイラに降り注ぐ。

 彼女の青い瞳がゆっくりと開き、彼女はゆっくりと体を起こす。その瞳が近くにいた茶色の髪の男性の姿を捉えた。


「レナルト……?」


 彼は手にしていた書物を地面に落とし、レイラに駆け寄った。そして、その細い体を抱き寄せる。


「どうしたの? レナルト? 離してよ。シルヴィアとユーリーが」

「離さない」


 レナルトが言葉を発した。

 その涙ぐんだ声に、彼が今まで胸中に抱き続けてきた想いの深さを見た気がした。


 シルヴィアはルーフェにあれ以来一度も会っていない。そして、人間のままでいる現状では未来を意図的に見ないようにしている。だからこそ、シルヴィアはレイラがこの地上に戻って来るかは分からなかった。そう思う一方で、彼女を再びこの地に戻せるのも、またレナルトしかいないと思っていた。


 十五歳の心のまま顔を赤く染めたレイラが、こちらをためらいがちに見ている。

 シルヴィアは、事態の変化に戸惑うユーリーの腕をつかむ。ユーリーもシルヴィアに促され、歩き出す。

 しばらく二人にしようと決めたのだ。

 シルヴィアがドアを閉めるために手をかけた時、レイラの手が彼の背中に回されたのを見た。


「心配かけてごめんね。いろいろとありがとう。会いたかった」


 シルヴィアは微笑むと扉を閉めた。

 居間に行くと、エルミがお茶を口にしていた。


「お姉ちゃんが目を覚ましたの」


 シルヴィアは驚き立ちあがったエルミを制する。彼女もシルヴィアの意図を理解したのか、目を細める。


「わたしは一度家に帰ろうかな。お義父さんにも教えないとね。あなた達はどうする?」

「わたし達もそうしようかな。おじいちゃんに言わないといけないもの」


 三人は足音を忍ばせ、家を出る。そして、エルミはデヒーオ家に、シルヴィアとユーリーはホーム家に転移魔法で戻ることになった。


 シルヴィアとユーリーはレイラの目覚めを伝えるために、ホーム家の居間に行く。だが、マハトはどこかに出かけているのかがらんとしている。彼の部屋も確認するが、その姿はどこにもない。二人は居間でマハトが戻るのを待つことにした。


 ユーリーが二人分の飲み物を入れてくれ、お礼を言いそれを受け取った。

 ジュースの甘い香りを堪能しながら口に含む。

 ユーリーはシルヴィアの隣に座り、レナルトから受け取った本に手を伸ばす。


「声かけなくて良かった? レイラお姉ちゃん、気付いていたよね」


 シルヴィアは頷いた。


「わたしは起きたのを知れただけでも満足だよ。今だけはお兄ちゃんに譲ってあげる」


 レイラとしてもうしばらく生きようとした彼女が一番会いたいのは、他でもない、ずっと傍にいてくれた幼馴染だと思ったからだ。


「今度、ありがとうって伝えなきゃね」


 シルヴィアの言葉に、ユーリーは笑顔を浮かべていた。


                                END

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