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旅立ちの朝

 青い瞳から大粒の涙があふれ出す。彼女の金の髪の前髪が茶色く変色し、縮んでいた。彼女の右手は赤黒く焦げ、特有の臭いが鼻を衝く。


「レイラ」


 レナルトが駆け寄り、回復魔法をかけようとした。だが、マティアスがレナルトの肩を叩く。


 レナルトはレイラから距離を取り、マティアスが彼女に回復魔法を施すのをじっと見ていた。


 白い光が彼女の傷口に触れ、元通りになる。

 泣いていたレイラから笑顔が毀れる。


「レナルト、お父さん、ありがとう」


 彼女はそうあどけない笑みを浮かべていた。

 何も出来なかった時でも、レイラはいつもレナルトに礼を言う。


 レナルトは何でも出来るマティアスを見て、こうありたいと強く願った。

 マティアスはレナルトはヨハンの血を引くので、将来的に自分よりもすごい回復魔法が使えるようになると何度も語って聞かせた。だが、その時の彼にとって大事なのは、今だった。今、レイラの怪我を満足に治せない自分がもどかしかったのだ。


 レイラはレナルトの腕に抱き着いてきた。

 彼女の焦げた前髪まで、綺麗に修復されている。


「レイラはレナルトのことが好きなんだね」

「うん。大好き。でも、お父さんもミーナも好きだよ」


 幼い彼女には大好きなものがたくさんあった。そのうちの一人が自分なんだろう。


「レイラ、ちょっとこっちに来て」


 ミーナに呼ばれ、軽い足取りでミーナのところにかけていく。

 マティアスはレイラを見送り、優しい笑みを浮かべていた。


 彼を人は最強の男だと呼んでいた。攻撃、回復、補助、全ての能力をトップクラスい使いこなせる。


 攻撃は彼の右腕に出るものはいないとまでいないとまで称される。

 彼はレナルトを見ると、目を細めた。


「レナルトはレイラのことが好きかい?」


 レナルトはマティアスの言葉に頷いた。


 彼女の好きと自分の好きが同じものかは分からない。

 ただ、レナルトにとってレイラは誰よりも大切だった。

 子供の頃は好きなものを好きだと表現出来、どんなに幸せだっただろうと思う。


 そんなレナルトを見て、マティアスは目を細めた。だが、その表情がすぐに曇る。


「ありがとう」


 マティアスはレナルトの頭に右手を添えた。


「出来れば、レイラの傍にいてあげてほしい。親のエゴかもしれないし、君が嫌なら、それを強制することはできない。ただ、何があってもあの子を嫌いにはならないであげてほしい」


 いつも優しい笑顔を浮かべる彼が、稀に見せた暗い表情に、心臓の鼓動の間隔が短くなる。


 理由を聞いても彼は答えを示さなかった。

 だから、レナルトは約束を交わした。レイラのことをずっと好きでいると。



「レナルト」


 名前を呼ばれ、我に返る。レナルトの顔を碧の瞳が覗き込む。


「おはよう」


 ユーリーはレナルトの足の上に座り、笑顔を浮かべる。


 辺りを見渡すと、神殿の中だと気付く。連鎖的に昨日の事を思いだし、レイラと話をしているヨハンを視界に収めた。ユーリーを誰が連れてきたのかを察する。


 ユーリーは再びレナルトと目が合うと、にっこりとほほ笑んだ。


「横に動けるか? 少し身体を動かしたい」

「ごめん」


 彼は明るく笑うと、レナルトの足の上から動いた。


「悪いな」


 レナルトの脳裏にはマティアスの夢が蘇る。忘れていたわけではない。だが、彼の言葉でそう聞かされると、妙な説得力がある。


「おはよう」


 立ち上がろうとしたレナルトの体に影がかかる。レイラがこちらを見て微笑んだ。

 ミーナと約束を交わす前にマティアスと交わした約束だ。だが、今でも忘れていないし、その時の気持ちも変わっていない。


 彼の何があってもという指摘が、今なのだろうか。

 レイラの魔力は確かに今までの比ではない。魔力の単純な強さでいえば、この国の誰とも比較にならないだろう。だからといって彼女を嫌いになる理由が思い浮かばない。


「昨日はごめんね。助けてくれてありがとう。マハトとヴァルトから聞いたの」

「俺は何もしてないよ」


 先程の夢で見たレイラの傷を治せなかった記憶と重なる。


「そんなことないよ。マハトが言っていたの。レナルトがいたから、大事には至らなかったと。だから、ありがとう」


 屈託なく笑う彼女に、五歳のころの面影を見た気がした。

 自ずと、心が弾む。

 彼女は表面的に変わった事もあった。だが、根本は変わらない。


「嫌いになるわけがないよ」


 そう誰にも聞こえない声で言葉を漏らす。


「どうかした?」

「何でもない。すっかり回復したみたいで良かったよ。一度、家に帰る?」


「帰らない。何かあったら困るし、それに必ず帰ってくるんだから、見に行く必要はないの。生きて帰ってくるんだもん」


 昨日、自分で行った言葉を繰り返され、笑みがこぼれた。


「そうしたほうがいいだろう。また、あいつがきたら同じ手は通用しない。本当はレイラはこの場所に留まるのが良いだろうが、シルヴィアを確実に救うにはそう言ってられん」

「出来るだけ気を配るよ」


 レナルトの言葉にマハトは頷いた。


「お前たちはそのまま西門から外に出ろ。それからの手順は分かっていると思うが、森沿いに歩いていけ。日が落ちるまでには小屋につくはずだ」


 この国では首都であるこの町に人口のほぼ百パーセントが居住している。だが、以前人が住んでいた民家や、何かあったように人が泊まれる場所として小屋が建設されていた。各々には結界が張られており、簡単には立ち入る事は出来ない。


 隣国に行くといっても野宿は安全や衛生面からも出来るだけ避けたい。だからこそ、せめてこの国の領地内にいる時は、そうした家々を転々とし、その宿泊所がないときにはこの町に戻るか、近くの宿泊出来る場所まで寝ずに移動することが決まった。その持ち主の許可もここ一週間でマハトが取り付けていた。彼の要請であれば、理由も聞かずに大半の人が受け入れてくれる。


 ただ、水や食料はこの国にいる時のように十分に補給は出来ない。

 エルミの言葉が不意に頭を過ぎる。


「昨日、風呂に入らなかったが、大丈夫か?」

「何で?」


 レナルトがレイラにエルミの話を伝えると、ヴァルトとヨハンが苦笑いを浮かべていた。


「大丈夫だよ。ウルモのこともあるし、それにシルヴィアはもっと大変な思いをしているかもしれない。そんなわがまま言ってられないよ」

「分かった」


 ユーリーがレナルト達の方に寄ってくる。そして、レナルトの袖をつかむ。


「ユーリー。帰ってきたら遊んでやるから」


 レナルトはユーリーの頭を撫でた。


「僕も行くんだもん。ね、おじいちゃん」


 得意げに微笑んだユーリーを見て、レイラとレナルトは目を見開いていた。


「わたしとレナルトが必ずシルヴィアを連れて帰る。だからあなたは待っていて」


 レイラはユーリーをなだめているが、彼は聞く耳を持たない。


「シルヴィアお姉ちゃんを助けるだけじゃないの。レイラお姉ちゃんも助けたい」


 彼は両手の拳を握り締め、レイラを見据える。


 レイラの瞳に光が滲んだ。

 レナルトはなぜマハトがユーリーのカバンを持って出たのかを今更ながらに理解した。

 もともとこのつもりだったのだろう。


「本人が望んだんだ。ユーリーは基礎的な魔法は使いこなせるし、お前のフォローは出来るだろう。きっと彼が役に立つ。だから連れて行ってくれ」

「でも、危ない」


「今、ユーリーはきっと後悔したくないんだよ。だから、ユーリーの希望を叶えたいと思う」


 レナルトはレイラを見る。子供の時の自分とユーリーを重ねて見ていたのだ。


「レナルトがそう言うならいいよ。分かった」


 レイラは唇を噛んだ。彼女の胸中にも様々な後悔が頭を過ぎっただろう。

 だが、郷愁に浸る余裕はない。


「出発前に魔法のおさらいをしようと思うが、魔力の増強効果があるよな。ここだと」

「若干はあるな。ただ、魔力の探知はされない場所だ」


 マハトがレナルトの問いかけに頷く。


「仕方ないか。自分で魔力の調整をする能力も必要だ。この場にあったポイントを作ってくれ」


 ユーリーは頷くと、簡略化した呪文を唱えた。彼の足もとに光に満ちた円が現れる。

 若干魔力が強いが、彼なりに現在の場所の特性を本能的に感じ取り、結界を作ったのだろう。こういう姿を見ると、さすがにマハトの孫だとは思う。


 レイラはまだ呪文を唱えている。彼女が唱え終わると、彼女の足もとに魔方陣が現れた。成功かと思いきや、その大きさが膨張していく。ちょうど、ヴァルトやヨハンの立っている位置まで広がり、膨張が止まる。


「できた?」


 レイラは苦笑いを浮かべ、レナルトを見た。


「レイラは自分でそう思う?」


 レナルトの問いかけにレイラはショックを露わにして、顔を伏せた。

 ヴァルトは苦々しい表情を浮かべ、マハトとヨハンは何かを考えているようだ。


 彼女がコントロールできていないということもあるが、これだけの結界を張っても魔力をほとんど消費していない。昨日より魔力自体が安定しているのだろう。


「いつも全力でやらないと結界なんて張れなかったもの」


 レイラはもう一度呪文を唱える。さっきよりセーブはしているが、やはりサイズが大きい。


「感覚の問題なんだよな」


 レナルトは詠唱をせずに、足元に結界を作り出す。彼の体がすっぽりと収まるサイズで、魔力自体も必要最低限に抑えている。目で見ない限りは小動物の魔力と間違う程度だ。


「魔力が弱い気がする」


「気をつけたいのは見つからないこと。そして、短期間だけ持つことだ。強さはいくらでも変えられる。レイラはどんなイメージで作っている?」


「私が通れるくらいの結界が足元に出来るくらい」


 彼女が自分の魔力の強さを理解していないため、イメージと結果に差異が生じているのだろう。


「その大きさをこの大きさくらいにしてみて」


 レナルトは壁にかかる親指サイズの宝石を指した。

 彼女は口元を引き締めると、頷いた。

 そして、呪文を最初から最後まで唱える。今度は彼女の体がすっぽりと収まるほどの魔方陣が足元に現れる。魔力の強さも先程よりは抑えられている。


「うまくいった」


 レイラは驚きを露わにする。


「レイラの魔力はそういうことだよ。今までと同じ感じで使ったらうまくいくわけがない。この辺りはおいおい調整していくしかないな」


 そして、三人を見る。

「じゃ、行くよ」


 各々が頷くのを確認する。そして、いつの間にかユーリーを抱き上げたレイラに触れ、呪文を詠唱した。


 西門はこの国で比較的人通りの多いところだ。だが、この時間はまだ早いのかひっそりとしている。

 太陽も上りかけていたところだ。


 ひっそりと静まり返った町を見る。今度戻るときは銀髪の少女と共に帰れることを期待し、傍にいる二人を見て町の外に足を踏み出した。


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