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謎の男

 町を出ると、砂漠が広がっているが、右手には深い森がある。レナルトが先導して歩き出すと、レイラとユーリーがついてくる。


「噂には聞いていたけど、この辺りって砂漠ばかりだよね。この一体は昔から砂漠化していたの?」


「徐々に広がって来たらしい。理由は分かっていない」


 木材を多量に伐採したわけでもなく、焼き払ったわけでもない。だが、徐々に森が失われ、砂漠と化していったのだ。町の中の環境は結界により保たれているが、いつそれが変わるかも分からない。


 砂漠では遮るものがないため、強い砂埃が肌や髪、衣服に触れる。レイラはバッグから紐を取り出すと髪を後方で縛っていた。


 少し歩き、一行は森に入る。森の中は木々に囲まれ、砂漠からくる熱風を防いでくれる。


 レナルトはほっと胸をなでおろした。


 見通しが悪い分、周囲に気を配らないといけない。いつウルモが昨日と同様にレイラを狙ってくるか分からない。


 ユーリーとレイラは既に疲れを滲ませ、いつもより早いテンポで呼吸を刻んでいた。


「しばらくは歩いて移動するが、休みたかったら言ってくれ。夕方にはつくと思う。あと、お前たちは魔法を使わなくていい。何かあれば俺が使う」

「分かった」


 レイラの声に反応したようにユーリーが頷く。

 ここから歩き続ければ日が沈むまでにはたどり着くだろう。

 そこまではレナルトも心配していない。


 だが、問題はあの小屋を抜けた後だ。町から離れるにつれて、次の建物までの距離は短くなる。


 毎日家に帰るわけにもいかないし、途中からはレイラとユーリーに小屋に留まってもらい、近道がないか探ったほうが良いかもしれない。


「レナルトは良く道が分かるね」

「地図を暗記したから」

「同じ道ばかり続いているみたいに見える」


「そう見えても意外と違うよ。木も同じように見えて、枝の伸び方も、その太さもばらばらだし、地面に生えている草でも同じものは二つとない。というかレイラは遠くのものが見えるなら、この先に小屋があるのは分かるんじゃないか」


「そういえば、そうだね」


 レイラは驚いたように返事をすると、足を止めた。


 彼女の頭からは既に魔法を使わなくて良いといったレナルトの意見は消えてしまっているのだろう。


 レナルトとユーリーは足を止め、レイラの探知が終わるのを待つ。


「確かに何かあるみたい。木製の小屋で、近くに大きな木がある」


 レイラの表情が明るくなる。


 だが、レイラのこの能力は使えるかもしれない。彼女は何らかの標的がないと使えないようだし、レナルトにはどのように見えているのか分からないのが扱いにくいところだ。


 三人は出来るだけ早く目的地に到着できるように、歩を進めていた。



 太陽が傾きかけたとき、目的地に到着する。木で作られた三人が止まるには十分すぎるほどの小屋だ。


 水道は通っていないが、小屋と繋がっている納谷には井戸もあるので、水にも困らないと言っていた。洗面所や浴室などの施設も整っているそうだ。

 辺りには動物以外の魔力もない。


 マハトから教えられた方法で家の外壁にかけられた結界を解く。無事に結界が解け、胸をなでおろした。


 扉を開けると、ユーリーとレイラに「この辺りで待っておくように」と告げる。


 炎を点し、辺りを見渡すと部屋の奥に壁に寄り掛かる人影を見つけた。

 ぐたりとした様子に、レナルトは嫌な予感がし、目の前の男に駆け寄った。


 だが、その人間は骨がないかのようにだらりと崩れ去る。


「レナルト、どうしたの?」


 中の異変を感じたのか、ユーリーとレイラが小屋の中に入ってきた。

 その人形に突然強い魔力が宿る。レナルトの脳裏にウルモのことが頭が過ぎる。


「レイラ、ユーリー逃げろ」


 レナルトは結界を張る。

 その直後、男らしきものが炎を纏い燃え出した。


 レナルト自身は結界に守られている。問題は二人の方だ。

 背後を確認すると、二人はドアから歩を進めた位置から動けないでいた。レナルトからそれた炎が上や横に伸び始める。


 この火の勢いであれば、二人の立ち位置まで戻り、結界を張り直す事も出来るだろう。


 レナルトは結界を解くと二人に向かって走り出す。そして、レイラとユーリーを抱き寄せると、再び結界を張った。


 直前、頭皮と肩や腕に熱を感じるが、結界の生成とともに感じていた熱が和らぐ。


 レナルトの張った結界の強度が弱くなるが、このくらいの炎であれば防っげる。そう思った時、まるで魔力を注入したかのように炎の力が強くなる。少しずつ強度がそがれて行く。この程度の炎であれば、レナルト一人であればばどうにかなる。問題はこの二人をどうやってここから遠ざけるかだ。


 レイラは驚きの視線を後方に向け、ユーリーは顔を伏せている。


「レナルト、ローブや髪の毛が焦げてる」


「後で治す」


 恐らく火の粉が飛び散ったのだろう。


 腕の中にいるレイラが動き、炎に視線を移す。彼女はゆっくりと深呼吸した。


「炎の源を見た?」


「人形だと思う」

「対氷の結界を持っていた?」

「いや、多分ないとは思う」


 炎が結界を壊す音が聞こえる。次期にこの結界を貼り直さなくてはならないだろう。


 そして問題は炎が徐々に大きさを増していることだ。壁や天井に届けば一気にこの小屋自体が燃えてしまう可能性もある。


 消すには氷か水だが、そのためには一度結界を解かないといけない。


「レナルト、私の背後に回れる? 氷で鎮火してみようと思う」

「半端な魔力だと、余計に炎の威力を増すことになる」

「大丈夫。わたしを信じて」


 レイラはそういうと微笑んだ。


 レナルトはレイラの右肩だけ手を残し、彼女の後ろに回る。そして、レイラの横で唖然としているユーリーの手を引いた。


 レイラは状況を飲み込んだのか、口角をあげて微笑む。


 彼女はすぐに呪文を詠唱し、四方から巨大な氷が現れ、炎を飲み込んだ。

 部屋の中の空気は一瞬で冷やされ、煙だけを残し、炎が消失する。


 ユーリーの手を引いてから数えるほどしか経っていない。


「これで寝る場所を失わずに済んだね。やっぱり野宿は避けたいもの」

「そうだな」


 そう目を輝かせながら言うレイラにエミルの言葉を思い出していた。


 三人の立ち位置が火の源に近く、恐らく標的を三人のうちの誰かに定めていたのが不幸中の幸いだ。天井までは火が届いていない。


 人形も氷漬けになっていた。

 頻繁に国に帰るのはと考えたばかりだが、これをこのまま置いておくのも危険だ。マハトに対処をしてもらおう。


 振り返ると、レイラが肩を抱いていた。


「この氷ってどうしたらいいと思う?」


 彼女は壁を覆い尽くした氷を見つめている。


「炎で溶かすしかないか。ユーリー、頼む」


 レイラの後ろにいたユーリーが飛び出してくると、炎を作り出し、少しずつ氷を溶かしていた。


「わたしも」

「レイラはまだコントロールできないだろう。今は、一気に溶かすと水が溢れるから、ユーリーを注意してやれ。俺は一度国に戻るよ」

「そうだよね。わたしが燃やしたら元も子もないか」


 レナルトは人形を取り囲む氷を解かす。そしてそれ自体に結界を張ると、肩に載せた。


「これってウルモの仕業なの?」

「多分ね。いつしかけたかは不明だが」


 家の外に出てから、そこでポイントを作成することにした。家の中は氷で満たされており、ポイントを貼っても氷とともに流れ出てしまえば、ここに戻って来れないと思ったからだ。


「すぐに戻ってくるよ」


 レナルトを呼ぶ声がし、振り返ると、ユーリーも家の外に出てくる。そして、二人が駆け寄ってくる。


「怪我を治さないと」


 レイラが呪文を詠唱すると、彼女の指先に白い光が集まる。それがレナルトの腕や頭部に触れた。


 わずかに感じていた熱の痕跡が失われ、小屋に入る前の状態に戻る。


「回復魔法、やっぱり使えるのか」

「みたいだね。使えそうな気がしたの」


 レイラはそういうと、屈託なく笑う。

 レナルトも顔をほころばせていた。


 そして、二人から離れると大木の根元にポイントを貼る。戻ってくるときに場所をイメージしやすくするためだ。


 あたりの空気が異質になる。

 夕焼けが消え、辺りを曇りの空が覆い尽くす。


「雨?」


 その直後、辺りを雷のうねり声が覆い尽くす。空から放たれた光がユーリーとレイラを照らしだす。


 空に嫌な魔力を察知する。勘が当たっていれば、気付いたときには手遅れだ。


 今から駆けつけても間に合わない可能性が高い。

 ユーリーにはまだ強い結界を張るのは無理だ。可能性が高いとしたらレイラだろう。


「レイラ、結界を張れ」


 焦りを顔に出した彼女を見て、無理だと判断した。

 彼女は不意打ちの類にはほとんど反応できない。


 距離の離れた二人に結界は張れない。だが、万に一つの可能性として、ここに転移魔法が可能となる大きなポイントを張り、レイラ達の近くに移動する。ポイントの中であれば自由に移動が出来るためだ。そして、二人の傍で結界を張る。出来るか出来ないか迷う時間はない。


 レナルトはポイントを張るための、呪文を詠唱しようとした。

 直後、雷鳴がとどろぎ、既に彼女たちの目と鼻の先まで雷が接近していた。レイラはまだ詠唱をしている。ユーリーは今、現状に気付いたのか、あっけにとられたように宙を眺める。


 間に合わないと覚悟した直後、輝くオレンジ色の結界がレイラ達を包み込み、雷が消失した。


 結界は相手に触れないと、安定した強さで張れない。自国の魔力が及ばない場所なら尚更だ。結界魔法が得意な学長でさえもそうだろう。


 レイラとユーリーしかいないその場所に結界が張られているが、結界を張った相手の姿はどこにもない。


「人間の割には強い魔力を持つな」 


 枝を踏む音がした。森林の中から聞こえた声は、その所在を明らかにする。漆黒の冷たい瞳に、同色の長い髪をした男だ。彼は白い布を継ぎ合わせたような服を着ている。


「お前は」


 再び、辺りに稲妻が走り、地面が振動する。その雷は森の奥に落ちたのだ。


 森の中に淡い炎が見え、燃え広がると思った瞬間、火が消える。

 消したのは恐らくレイラではない。

 レナルトは黒髪の男を一瞥する。


「お前たちはそこにいろ」


 目の前の男が信頼出来るかは分からないが、少なくともレイラ達を助けてくれたのは事実だ。


 すぐに何かをしたりはしないだろう。

 レナルトは声の聞こえたところまで行くと、その場所を確認した。


 男の手足が黒こげになり、原型をとどめていない。これも人形だ。

 辺りの木々が焦げているが、的確に消火されている。

 背負う人形をその場に置くと、結界を張る。


 レナルトはレイラ達の場所に戻ると、髪の長い男を見据えた。

 戸惑うレイラとは逆に、ユーリーはもう男に懐き、何かを話しかけている。


「お前は誰だ?」


 彼はしばらく考える仕草をする。


「通りすがりのものだよ」


 あどけない笑みがわざとらしく感じ、レナルトは嫌悪感を露わにする。

 彼の魔力は学長より少し弱いくらいだ。だが、彼の魔法は学長のものを大きく超えている。


「人間の割にはと、俺はウルモという男に言われた事がある。あんたはウルモの知り合いか?」


 彼は大げさに肩をすくめる。


「なぜそう思う?」


「あんたとウルモは魔力の割に、使う魔法のレベルが高い。俺たちの常識が通用しないタイプだかたからだ」


「十五歳か。その年にしては賢いな。それになかなか優秀だと聞く。気に入ったよ。私の知り合いの家があるんだ。そこで話をしよう」

「罠にかける気か?」


「どうせわたしが助けなければ、この少年は死んでいたよ。間違いなくね。どうせ死ぬなら、ここで死のうと、わたしの知り合いの家で死のうと変わらないだろう」


 少年という言葉に違和感がある。なぜ、そこにレイラは含まれないのだろう。


「何が目的なんだ」

「レナルト、そんなに喧嘩腰にならなくても」


 レイラが慌てたようにレナルトとその男を交互に見る。


「喧嘩なんてしていないよ。仲良く話をしているだけだ。レイラ」


 男は笑みを浮かべる。


「だから目的を言えよ」


「まだ話は途中だよ。その知り合いの名前は、トーマス=アールトというんだ」


 男は口元を歪ませた。彼はレナルトがアールト家に興味があることを知っているのだ。


 彼が味方か敵かは分からない。だが、ここでアールト家の人間に接触する機会があるなら、乗っても悪くはないと考えたのだ。

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