神と繋がる生物
シルヴィアは濡れた髪の水分をタオルで取る。そして、あの女性が持ってきた、白い布の服を着て、そのままベッドに倒れ込んだ。
シルヴィアの視界には天井が映る。
今日も「彼」 には会えなかった。彼らは何を迷っているのだろう。
同じような日々の繰り返しだった。
また、明日目が覚め、同じ日々を繰り返すのだろうかとため息を吐いた時、部屋がノックされる。
「どうぞ」
シルヴィアが声を出すと、あの女性が中に入ってきた。
「彼が今からならお会いしても良いようです。明日の朝でも構わないそうですが」
シルヴィアは眠気を感じていた。だが、策を練るなら早いほうが良い。
「大丈夫。今日、お願い」
彼女は部屋の中に入ってくると、今すぐ行って良いか聞く。
屋敷内でも満足には歩かせないという事なのだろう。
シルヴィアが「構わない」というと、彼女は呪文を詠唱した。
その部屋に入った第一印象は広い部屋だというものだ。
壁にはトロフィーや賞状が無数に並んでいるが、大きく立てかけられた肖像画を見て、シルヴィアは肩を震わせた。そこにあるのは自分に似た女性の肖像画だったのだ。だが、心なしかシルヴィアよりは年老いて見え、ほっと胸をなでおろす。
「どうぞ。こちらに」
女性がシルヴィアの肩に触れる。その先にはひげを蓄えた男性がこちらをじっと見ていた。顔自体は掘りがふかく勇ましく見えるが、全体的に穏やかな印象を受ける。その男性の第一印象は空だ。
彼の目はシルヴィアではなく、別の空虚な空間を見つめている気がした。アドニスと同じだと直感的に感じ取る。紫色のローブを身に付け、肘掛に肘を置き、身体を後方に投げ出すようにして座っている。だが、隣に並ぶ影の主を見た時、シルヴィアは目を逸らす。隣にいたのは、髪やひげが白髪となった男性で、黒いローブを身に付けている。そして、その目は獲物を狙う獣のように鋭い。
「始めまして」
シルヴィアは立場が上のように見える黒髪の男性に話しかけた。
「良く来てくれました。あなたにずっと会いたかった」
心のない男の言葉にどう反応して良いか困り、シルヴィアは曖昧な笑みを浮かべる。
「アルヴォ=ヤルヴィといいます。わたしはあなたに力を貸してほしいと思っています」
穏やかだがどこか機械的な話し方だ。誰かにそう言うように仕向けられているのだろうか。
隣にいる白髪の男性か、他の第三者か。シルヴィアには候補を想像出来ても、答えが分からない。
「何をですか?」
「まずこちらがお聞きしたい。あなたは枯れた木を元に戻せると聞きましたが、本当ですか?」
彼が指を鳴らすと、あの女性が枯れ木の枝を運んでくる。
なぜ彼が知っているのかという戸惑いと、イエスかノーかどちらを選ぶべきかという迷い。
あの国にいた自分なら、恐らくためらいながらも見せるだろう。
「あなたの力を認めている。だから、ぜひ見せてください」
「分かりました。でも、成功するかは分かりません」
そういったのは謙遜でも、彼を警戒する心からだけでもない。今までは根付く木が相手だった。シルヴィアが今までその魔法を使ったのは二度だ。一度は編み出したとき、もう一度はレナルトに見つかった時。どちらかを彼らの仲間に見られていたのだろうか。レナルトが彼らと繋がっているのは絶対にないと根拠のない確信があったためだ。
できるかは分からないが、彼を信頼させるためには最大限の誠意を見せる必要がある。
シルヴィアはその木を預かり、目を閉じる。あのときと同様に手をあて、目を閉じた。
自然とこぼれる言葉を素直に口からだし、その言葉に魔力を乗せ、目を開けた。
木に変化は生じない。ダメだと思った直後、その木のうろから新緑がゆっくりと姿を覗かせる。
それを見て、アルヴォは感嘆の言葉を漏らす。
「素晴らしい。この木は一年以上前に伐採したものです。それでもあなたにかかると無問題なのですね。是非ともわたしの願いを聞き遂げてくれませんか?」
「何をですか?」
「わたしには戦わないといけない相手がいます。あなたにその片腕となってほしい」
戦うという言葉にドキリとする。
「ヴァルクスですか?」
彼が首を縦に振れば、自分はどうすべきだろう。だが、シルヴィアにはその答えが分からない。
「違います」
その返事にホッとするが、新たな疑念も生まれる。誰と戦うのか、そして、なぜレイラを選ばなかったのかということだ。
シルヴィアには攻撃魔法の能力はレイラの半分程度であり、回復魔法を得意とするレナルトにも大きく劣る。そして、回復魔法が必要であれば、レナルトやヨハンには到底かなわない。
「なぜわたしなんですか?」
「あなたのノール家の持つ魔力は他の家とは比べ物にならない程、素晴らしい。魔法を作り出すなど、まるで神の所業」
神という言葉に理由も分からずどきりとした。
「何でも出来るだけではないし、この家のこの強大な結界を張れる方の足もとにも及びません。わたしが力になれる事など、限られていると思います」
「魔力の強さなど、いくらでも変えられます。あなたに明日、レイラ=アーヴァン並の魔力を持たせることもわたしにはできます」
「そんなことが出来るわけがない」
それは素直な気持ちだ。魔力は天性のものだ。魔力の強さを自由に変えられないからこそ、魔法を使う仕事につきたくても、つけない人がいるのだ。
「わたしになら出来ます。あなたが協力してくれるなら、
「どうやって……?」
彼は眉根を寄せる。突っ込み過ぎだろうかという不安がある。
彼はソファから立ち上がると、シルヴィアのもとへ来る。大きな手を差し出した。
「あなたとこれから力強いパートナーになれればと思っています。そうしたことも兼ねて、お教えします」
彼はシルヴィアの傍まで来ると、笑みを浮かべる。そして、転移魔法を使う。たどり着いたのは部屋の中だ。だが、そこには何もなく目の前には大きな扉がある。その扉には複数の結界が張られている。シルヴィアは彼の結界の解き方を頭に刻み込んでいく。
全ての結界が解けると、彼は部屋の中にシルヴィアを招きいれた。彼女自身、ノール家の地下のような仰々しい部屋をイメージしていたが閑散としていた。
部屋の奥あるものを見て、シルヴィアは目を見張る。正方形型に結界が張られ、その中に緑の鱗を持つものが入れられていたのだ。神と繋がる生物。人々はそうそれらを呼んでいた。呼び名をつけるのもはばかられる程だ。人間よりも強い魔力を持ち、その鱗は魔法を跳ね返し、鋭い牙は肉を切り裂くと言われている。シルヴィアも噂に聞いたことはあるが、今まで見たことがなかった。
彼らの魔力を使えばこの結界を張ることも可能だろう。
それ以上にシルヴィアの心には妙な感覚が宿る。シルヴィアは親の顔を知らない。だが、生き別れた親に会ったとしたら、今のような気持ちになるだろうと漠然と考えていた。
「近くで見てもいいですか?」
心臓が嫌な鼓動を刻むのを肌身で感じ、彼の許可を得てそこまでいく。
「触れないように注意してください。いくらあなたでも大事ではすまないかもしれません」
三歩ほどの距離となったとき、その意味を理解する。その箱の中に入れられた生き物は強いエネルギーを放ち続けていたのだ。そのエネルギーは身近な人間の比ではない。ぐったりとした今でも、その内には莫大なエネルギーを秘めている。
生物を生贄に魔力を得ていたというのだろうか。
「なぜ、こんなことを」
「わたしはこの世界がほしい。この地上、海、地底、そして、天さえも。そのためにあなたに協力してほしいんです。そのためには手段を選びません」
彼にとってヴァルクスが敵ではないというわけではない。彼にとってヴァルクスは敵未満の存在だと告げていたのだ。
「神を敵に回しても?」
「本望です」
狂っている。そう直感的に察した。狂わせたのはこの生命体のもつ強い魔力だろうか。それとも彼か彼をあやつる人間が生来持ち得ていた思想だろうか。シルヴィアにはその答えが分からない。
「断ると言ったらどうなりますか?」
「あなたの国に美しい火柱が上がるでしょうね。あなたがまだ子を宿せる年齢でないのが残念です」
その言葉に、いくつかの脅迫が含まれているのに気付き、シルヴィアは唇を噛んだ。
彼らの能力が特異であり、単純にあの国の人間では太刀打ちできないだろう。この国の人が妙な魔法を使う理由の一端を覗き見たきがした。
だが、こんな強い魔力を持って、肉体に悪影響を及ぼさないのかという疑念もある。
「少し考えさせてください」
「何年でも待ちますよ」
それは肯定的な返事をするまで、シルヴィアを帰さないという宣言のように聞こえた。
シルヴィアには解決策を思い付く見通しもない。
「疲れたので部屋に戻ります」
立ち上がり、部屋に戻りかけたシルヴィアの耳に声が届く。
(あなたの名前は?)
不意に問いかけられた言葉に眉根を寄せる。聞いたことのない優しい声に思わずケースに入っている生き物を凝視する。そして、シルヴィアに白く透明な魔力が触れる。それはアドニスの過去を見た時に感じた、自分とは違う魔力に似ている気がした。
(気づかれないようにこちらを見ないで)
(シルヴィア)
そこで一度名前を切る。自分の本当の名前を告げるべきか迷ったのだ。唇を噛み意を決する。
(シルヴィア=ノール)
彼の表情を警戒しながら無表情で名前を告げた。
そのときその結界の中に入っている生き物が一瞬だけ微笑んだように見えた。




