標的
レナルトはその足で、二階の最奥の部屋に入る。そこには過去から蓄えられた本が並んでいる。幼い頃に大抵の本は読破したが、その中で魔力の制御に関する書物があったのを思い出し、ここに足を運んだのだ。
本棚を順に見ていき、記憶と合致する本を見付け、手に取る。
長い間誰も読んでいないのか、埃が被っていた。
レナルトはページをめくる。
そこに書いてあるのは基礎的なものだけだ。魔力を制御するには本人が自分の魔力の上限をあらかじめ知る必要がある。上限を分かったうえで、この程度の魔力を出すとコントロールするのだ。だが、魔力の上限は数値で示せるものではない。自分の魔力の強さを自覚していない彼女が、把握するには時間が足りなさすぎた。
本棚に本を収めたとき、書庫の扉が開く。ヴァルトが本を片手に入ってきた。
「ヨハンがこれを持っていけとさ。そこの八十五ページの方法」
彼が差し出したのは、子供向けの魔法のテキストだ。レナルトは指定されたページをめくる。子供向けなので、理屈抜きで、実践的な方法のみが収められている。
そこに書かれていたのは最小限での放出をさせ、徐々に適度な大きさにコントロールさせるという、本人自身には魔力の強さが分からないときにとられる方法だ。
「一応、じいちゃんなりに心配していたみたいだよ」
「礼を言ってくるよ」
出て行こうとしたレナルトをヴァルトが制した。
「いいって言っていたよ。それより他の方法も一応探しておこう。念には念を入れておいた方が良い」
ヴァルトの考えに異存はない。
ヴァルトと手分けをし、レイラの魔力の制御法について方法をしらべ、簡単にまとめた。
「覚えた?」
「一応ね。怪しいところはメモを取るよ」
レナルトはポイントを紙に記していく。
「いずれ解決しないといけない問題だから、俺も時間がある時に調べておくよ」
レナルトがお礼を言った時、マハトが書庫に入ってきた。そして、三人はウルモの家に行くことにした。
ウルモの家は六番街だ。この辺りも魔力を使って仕事をする人は少ない。彼自身も魔力自体が強いようには見えなかった。だが、魔力の強さと、他人の魔力を見抜く能力は必ずしも一致しない。
彼の家の前に立つが、人気はない。そして、扉には普通の家ならあるはずの結界もない。
「出かけているだけなのか、それとも」
「開けてしまったほうがいいよ。ここで話し合ってもどうしょうもない」
ヴァルトの言葉にレナルトは頷いた。
レナルトが開けた。だが、彼の視界に飛び込んできた情景が想像とは異なる。彼の家には何もものがなく、がらんとしている。家具も、洋服も何もかもないのだ。両親を失ったからといって、家具まで処分するものなのだろうか。
「全てを片付けて、疑われないタイミングで帰るには最適なのかもしれないな」
ヴァルトはそう言葉を漏らした。
「でも、隣国の人間と付き合いがあるなら、ここまで残っていた理由はなんだ? 一週間前にどさくさに紛れて消えたほうが良かったと思う」
「待つ必要があったとか」
この一週間で変わったもの。レナルトの脳裏に思い浮かぶのはレイラのことだ。彼女はこの一週間で魔力を失い、取り戻した。そして、ウルモがレイラに興味を持っていた事を思い出す。考えすぎだという気持ちはあっても、心配はするに越したことはない。
「あいつ、レイラに関心があったみたいなんだ。二人で話そうと彼女に言っていた。レイラはあいつのことを知らないと言っていたけど、あいつは知っているみたいだった」
「レイラか。あいつがあのことを知らないと仮定しても、アーヴァン家に関心を持っているとも考えられなくもない。そういえば、あいつはミーナと学生時代に同じクラスになったことがあるはずだ」
ヴァルトの話を聞き、胸騒ぎがした。
「マハトの家に戻るよ」
その時、マハトが顔を歪ませた。
「家の結界を何者かが結界をすり抜け、中に入った。破られたのかもしれんが、詳しくは分からん」
レナルトはマハトを凝視する。彼の結界はそうたやすく破れるものではない。
レナルトには無理だ。
魔力の弱いウルモにその力があるとは思えない。だが、隣国にはそれを可能にする人間がいる。アールト家の人間が力を貸していたとしたら、話は別だ。
「俺はレイラを見に行く」
「わしも戻るよ」
「俺も行くよ。少しくらいなら力になれるはずさ」
その時、マハトがヴァルトに耳打ちした。ヴァルトは驚いたようだが、力強く頷いた。
「分かった。気をつけろよ」
状況が呑み込めないレナルトの腕をマハトがつかむ。
「お前には別に頼みたい事がある。わしと一緒に来い」
マハトが呪文を詠唱し、マハトの家に戻ることにした。
二人が到着したのは一階の階段のところだ。そこにヴァルトの姿はない。彼は別の場所に向かったのだろう。
レナルトの関心はすぐにレイラに向く。
「レイラの部屋に弱い魔力と強い魔力が一つだな。あれは恐らくウルモだ。ここからは足で行ったほうが安全だ」
マハトの言葉にレナルトは頷く。
ユーリーがヨハンの家にいることが不幸中の幸いだった。」
「もし、ウルモがレイラに触れていたら、使いたい魔法がある。ただ、詠唱に時間がかかる。お前はその詠唱の音を消し、あいつを足止めしてくれ」
マハトの言葉にレナルトは一瞬、顔を引きつらせた。
「それなら兄さんのほうが適役じゃないか。兄さんはどこに」
「ヴァルトには別の事を頼んだし、お前がレイラを助けに来ないのが怪しいだろう。それこそ何か企んでいると思われてもおかしくない」
「分かったよ」
ウルモに子守とまで呼ばれた事を思い出し、失笑する。だが、今はレイラを救うことを優先させるべきだ。
二人は階段をかけあがり、レイラの部屋の前で足を止める。レナルトはマハトを見ると、ドアノブを回した。
そこには薄い金髪の少女の肩と足の部分を持ちあげた、赤い髪の間から冷たい目を覗かせた男が立っていた。
レイラはまだ眠っている。
「やっぱり君か。そこまでこの娘に入れ込む様は敬服するよ。君達にとっては利用価値など皆無に等しいのに」
ウルモはレナルトを見ると冷たく微笑んだ。
彼の言葉に苛立ちを覚えるが、背後から聞こえてきたマハトの詠唱の声で我に返る。
レナルトは時間を稼げる台詞を探すが、ぴったりな言葉が出てこない。
「レイラを離せよ。利用価値とかそんなの関係ない。お前にレイラは渡さない」
その言葉に、ウルモは冷たく笑う。
「そんなことを言って手放す人間がいるなら会ってみたいよ。君は賢い人間だと思っていたのに、僕の過大評価だったようだ」
あまり口数の多くないレナルトにとってウルモが饒舌なのが唯一の救いだ。
ウルモの手のひらに魔力が集まる。レナルトは彼の魔法の効力を一時的に打ち消す結界を張った。彼がレイラを傷付ける気がないのは明白で、動きは取りやすい。
彼は自らの右手をじっと見つめる。
「そういえば、君の家はこういう細かいのが得意だったんだよね。君の才能は人間にしておくにはおしい」
そういったウルモは呪文を詠唱する。彼の周りに張った結界が壊される。
レナルトは顔を引きつらせた。
「でも、所詮、人間の魔力。このくらいなら僕でも壊せるよ」
レナルトには違和感がぬぐえない。人の結界を打ち消すにはそれ以上の能力が必要だ。
レナルトが結界を張った時は、それ以上の魔力で打ち消すのが必要となる。だが、レナルトが感じる事の出来る彼の魔力は、レナルトには遠く及ばないはずだ。
「何でそんな事が出来るんだ? 俺の方が魔力は強いはずなのに」
「そんなこと、君に教える必要もメリットもないよ」
再び彼が呪文を詠唱しようとする。
その時、マハトに魔力の歪みを感じ、空気が震える。だが、一瞬でその歪みは消失した。
ウルモは顔を歪ませた。
ウルモの視線がレナルトの背後に向かう。
「また、君か。やはり十年前に殺しておけば良かった」
マハトがゆっくりと部屋の中に入ってくる。
「レイラをどこに隠した」
レナルトとウルモの間に、マハトが入り込む。
「そんなことをわしが言うと思うか?」
彼の腕の中にレイラの姿はまだある。レナルトには二人の会話が呑み込めない。
「本当はここで殺したいが、君達はシルヴィアと、レイラのために必要な道具だ。今回は見逃してやるが、必要なくなった時には覚悟しておくべきだよ」
彼はレイラを床に投げ捨てると、呪文を詠唱した。彼の姿が消える。レイラの体が床で無造作に転がる。
「レイラ」
レイラに駆け寄ろうとしたレナルトをマハトが制した。そして、呪文を詠唱する。
レイラに見えていたものが、金髪の人形へと姿を変えた。それは、この家の居間に飾ってあったものだ。
「レイラは?」
「この国を発つ準備をしろ。話はそれからだ」
レナルトはそこで我に返る。ホーム家のみに伝えられる魔法。
レイラを見慣れたはずのレナルトでさえも気付かなかった。彼は魔力の強さまでも模倣していたのだ。
そして、その違いにウルモは気付いていた。
レナルトは釈然としないながらも、レイラの準備していた荷物を彼女のバッグに詰め込む。そして、自分の部屋に戻ると、旅に出る準備を整えた。
手にしてるのはお金と、魔法を使うのに必要な道具、それぞれの貴重品といった必要最低限のものだ。
準備を終え、部屋から出て行くとマハトがユーリーの部屋から出てきた。彼の手にはユーリーのバッグが握られている。
「じゃあ、行くぞ」
マハトはレナルトに触れると、呪文を詠唱した。
二人が到着したのは今朝結界を張った神殿の中だ。そこにはその隅には金髪の少女が体を横たえている。その脇にはヴァルトが座っていた。彼はレナルトの姿を見て、ほっと胸をなでおろしたようだ。
ヴァルトは足音を殺し、二人の傍までやって来る。
「うまくいったみたいだな」
マハトははにかんだ笑みを浮かべる。
「なんとかな。あいつは殺す気になればいつでもわしらを殺せただろう」
簡単に状況を説明すると、ヴァルトが顔を強張らせた。
「あいつは俺たちの知っている理屈が通用しない相手なのか」
「そうかもしれんが、わしらには分からん。ただ、ここにいれば安全だろう。明日、ここから出ると良い。こんな場所で眠るのは気が引けるが、緊急事態なので仕方ない」
「でも、あいつがきたら防げるかもわからない」
「大丈夫だ。俺が起きておく。だから、ゆっくり眠れ」
レナルトはヴァルトの申し出を素直に受け入れられなかった。あの男には得体のしれない怖さがあったのだ。
その時、マハトは体をふらつかせる。ヴァルトがマハトの右肩をつかみ、体を支える。
「すまん。わしも少し眠らせてもらう。久々の魔法は体に堪えるよ」
マハトはヴァルトに大丈夫だと告げると、少し離れた場所に行き横になる。
「お前も寝ておけ。魔力の感知なら俺の方が得意だ。それに、極力彼女には魔法を使わせないためにはお前が体力を温存しておくのが一番良い。何かあればすぐに起こす」
先程、レイラに聞かせた言葉が頭を過ぎる。
今、自分に出来るのは、明日のために力を蓄えておくことだ。
「ありがとう」
レナルトはヴァルトの言葉を受け、レイラの傍までいく。
彼女は安らかな寝息を立てている。彼女の頬に触れると、わずかにうめき声をあけ、目に力が入るが、すぐに呼吸は穏やかなものに変わる。
レナルトは少し離れた場所で壁にもたれかかると、目を閉じた。




