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湧きあがる疑念

 レナルトはレイラと共にマハトの家に戻ることにした。直接彼女の部屋に戻ると、ベッドまで連れていく。レイラは足元をふらつかせながらも、ベッドに腰を下ろした。


「今日はここで休んでろよ」


 レイラは頷くと、横になる。そして、毛布をかぶると、目線をレナルトに向けた。


「今日、久々に魔法を使ったからかな。ものすごく疲れちゃった」

「まだ慣れていないんだよ」

「そうだね。一週間くらいなのに、変なの」


 レイラは笑おうとしているが、顔が引きつっている。


 魔法を使った後から、レイラがいつも以上に疲労しているのは察している。そこからレナルトはある一つの仮説を導いたが、レイラには敢えて伝えないことにした。実家に帰った時に、ヨハンに聞いてみようと決める。


「一度、家に戻るなら連れて帰るよ」

「少し眠ってから一度だけ帰ろうかな。さすがに眠らないときついかも」


 レナルトはレイラの頭を撫でる。


「夜までに戻ってくるから、少し休んでいろよ」

「レナルトは家に泊まらないの? 明日発つのに。ヨハンやオリビエも寂しがると思うよ」

「そういう面では理解があるからな。特にじいちゃんにそんなことをいえば、生きて帰ってこないつもりなのかと言われそうだよ。それにどうせ何度かは戻ってくるから、今生の別れというわけでもないしな」


 レナルトが肩をすくめると、レイラは表情を和ませた。


「そうだね。でも、すごく緊張している。この町を出たことなんて、さっきまでなかったもの」


 それはレナルトも同じだ。この町で生まれた多くの人間がこの町の外の世界を見ないまま人生を終える。


「大丈夫だよ。マハトやヴァルトや、他の人に外の世界について聞いたし、ある程度情報は手に入れた」


「本当はわたしも協力しないといけないのに、ずっと休んでばかりでばかりでごめんね」


「俺は俺の出来る事をするだけだよ。レイラに出来るのは、少しでもたくさん眠って、元気になることだよ。だから、気にせずにゆっくり休め」


「わたしに出来る事か。でも、ゆっくり休む事は出来そう」


 レイラは口に右手を当て、少し肩を震わせ笑う。


「やっぱりレナルトってヨハンとそっくりだね。顔はお母さん似だと思っていたのに」

「ヨハンと?」


 レナルトは眉根を寄せる。


「うん。すごく優しい目をしているの」


 ヨハンとの対比で魔力の強さで語られたことはあるが、容貌を似ていると言われた事は一度もない。


 レナルトはレイラの本意がつかめなかったが、彼女は深く考えずに発言しているような気がした。


 彼女は「眠るね」と静かに告げると、彼女は目を閉じ、手を顔の近くに添えた。すぐに、彼女の手が布団のぱたりと倒れ、呼吸が穏やかになる。


 レナルトは安堵のため息を漏らす。



 今、レナルト達が集めているのは他国の情報だ。ここ十年間、隣国に行ったことのある人にマハトやヨハン、ヴァルトから話を聞いてもらっている。その中にはレイラに話しかけたウルモという男もいた。


 マハトが彼に話を聞いたが、彼は知らないと答えただけだったそうだ。


 ただ、他の人からわずかだが収穫はあった。表舞台から姿を消した二家族のことだ。


 シュミット家の生き残りは十歳ほどの、アールト家の生き残りは今二十半ばと思われる青年だけだで、それ以外はこの世にいない。その二人を見た人は誰もおらず、その屋敷は幽霊屋敷と呼ばれる程、人気がないそうだ。


 二人がケヴァドのどこかにいるのかという情報もつかめないままだった。


 レナルトは呪文を詠唱し、自宅の自分の部屋に戻る。そこからヴァルトの部屋に行くことにした。彼と情報の整理をすることになっていたのだ。そして、ヨハンにもレイラのことで聞きたい事があった。


 部屋を出た時、自分と同じ色の髪をした女性にばったりと出くわす。レナルトの母親のエルミだ。彼女は二重の瞳を見開くと、間の抜けた声を漏らす。


「帰ってきていたの?」

「兄さんとじいちゃんに用があってね」

「そう。シルヴィアも無事に戻って来れると良いわね」

「最善を尽くすよ。じゃあ、兄さんの部屋に行くから」


 歩きかけたレナルトをエルミが呼び止める。


「レイラも一緒なのよね。女の子なんだから少し気を使ってあげないとダメよ」

「何を?」

「お風呂とか、やっぱり入りたいと思うのよね。あなたはその辺り気配り出来なそうだもの」


 シルヴィアの状態と比べると、風呂など些細な問題だとは思うが、真剣な顔でそういうエルミに、逆に清々しい気持ちになる。

 レナルトの周りでレイラの風呂について真剣に語るような人はいない。


「出来る限り連れては帰るよ。その都度、マハト達と情報収集は必要だからな」

「それなら良かったわ。今度、レイラを連れていらっしゃいね」


 エルミは本当にホッとしたような表情を浮かべる。


 彼女は楽天家だ。ヴァルトの性格は彼女に似たのだと思う。


「何か飲み物はいる?」

「いらない」

「分かった。じゃ、気を付けてね」


 せわしない足取りで台所に消えていくエルミを見送り、二つ隣のヴァルトの部屋に行こうとした。


「そうそう、ヴァルトならおじいちゃんの部屋よ。あなたも随分疲れているみたいね。ゆっくり休まないとダメよ」


 母親は台所から顔を覗かせる。


 レナルトは「分かった」と告げると、ヨハンの部屋に行くことにした。



 ヨハンの部屋はこのフロアの一番奥にある。ドアをノックすると、ヴァルトが扉を開けた。


「入れ」


 ヴァルトに招かれヨハンの部屋に入ると、ヨハンとユーリーの姿がある。

 ヨハンはユーリーに何か魔法を教えているようだ。

 ユーリーは物怖じをしない性格で、それはヨハンに対しても同じだ。

 ヨハンもまんざらではないのか、ユーリーを可愛がっているように感じた。


「レイラの様子はどうだ?」


 ヨハンはレナルトを見ずに問いかける。


「かなり体に負担がかかっているようだった。すぐに眠っていたよ」

「そうか。あの娘は加減を知らぬのか、神殿に戻ってきたときにはかなりの魔力を使い果たしていたな。よく結界をはる魔力が残っていたものだよ」


 レナルトはヨハンの言葉を聞き、確信を持った。彼女は魔力をかなり強い出力で使っていたのだ。そして、本人はレイラ自身は強い魔法を使ったという自覚がない。いつもと同じくらいの強さで、魔法を使ったと思っているのだろう。


「眠れば魔力は回復するが、レイラにはコントロールできるまで極力使わせないことだ」

「分かっている」


 レイラを置いていくという選択肢が浮かばないわけではないが、レイラは首を縦には振らないだろう。ただ、町の外に出るまでに彼女の欠点が浮き彫りになった点は良かった。まだ明日まで時間はあるのだ。


「まあ、当面はお前の魔力を移しておけば、どうにかなるだろう」

「そうだな」


 そういえば、そんなこともあった。あれから一週間程しか経っていないはずなのに、もう随分前の事のように思える。あの時はレイラの進級の事で頭がいっぱいで、こんな状況になるとは考えもしなかった。


 ミーナの事を思いだし、レナルトの視界が滲んだ。


「レイラの魔力の強さには驚いたよ。レイラ二人分と考えていたが、あれだと別物だ。発動までの時間はどうだ?」


「相変わらず炎だけは早いが、その他は今までと同じくらいだと思う」


 ヴァルトの問いかけにレナルトは自身の見解と、ラースをおいはらったときに浄化魔法が効果的だったことを話をした。


「やはりマハトの言った通りか」


 ヴァルトは顎に手を当て、何かを考えているそぶりをする。


「数が多すぎたんだ。動物の狂暴化は今の十分の一くらいで多いと言われるレベルだ。それがもう一年程続いている。だから、マハトがレトネンに何かが起こり、呪いのようなものをかけらているんじゃないかという話になったんだよ。当たっていたな」


「じゃあ、誰かレトネンに行くのか? でも、あそこは遠い上にあそこは魔法が使えないんだよな」

「今のところは様子見だが、行くなら腕力自体が強い俺だろう。出来れば、お前かレイラを連れていきたいが、そうなるとシルヴィアが帰ってからだ。そこまで急ぐわけではないし、じっくり計画を練るよ」


「そうか」


 相槌を打ったレナルトの脳裏にあの予言が過ぎる。


「神の色を持つ少女、か」

「その辺りは考えても無駄だよ。当たっていたとしても、抽象的過ぎて意味が分からない」


 ヨハンが咳払いをし、ヴァルトは肩をすくめて苦笑いを浮かべた。


「お前は、まずは無事で帰ってこいよ。出来る限りは力になるし、お前の家も引き払っておくよ」


 その言葉にヴァルトを見る。ヴァルトは悪戯っぽく笑う。ヨハンを見ても、無反応を貫いていた。


 彼は約束を果たしてくれたのだろう。


「荷物は?」

「大丈夫だよ。学校もないし、俺がやっておく」


 レナルトは礼を伝える。


「で、ウルモのことだが、あいつの両親は一週間前の襲撃で亡くなったそうだ」


 レナルトはヴァルトの言葉に顔を引きつらせた。


「あいつの住居は六番街で、そこまで被害は出ていなかった。だが、不幸にもその日、四番街に住む友人の家に行っていたらしい。彼らの両親は血まみれで見られる状態ではなかったらしい」


 そこでヴァルトは一息つく。


「あいつは両親を失くした三日後に職を辞したそうだ。両親を失い、大変だからと言っていたそうで、その理屈は分かるが妙に気になるんだよな。行動がそんなに早く起こせるものなのか」


 その言葉に学校近くですれ違ったことを思い出す。必ずしも悲しみを表面に出す人だけとは限らない。だが、あの時出会った彼はあまりに普通だった。


「疑うのは好きではないが、夕方もう一度、マハトと一緒に彼の家に行ってみようと思っている。あいつ、シルヴィアとユーリーのクラスを見学させてほしいと副学長に話したらしい。副学長は気軽に受け入れたらしいが」


 今回の標的はシルヴィアだ。あらかじめ情報を知ったうえでの下調べとも思えなくない。


 だが、レナルトは学校のことでもう一つ忘れている事に思い出した。


「レイラが呪いをかけられそうになった時、あいつにも近くで会ったんだ。俺が行ったら、あいつはレイラから離れた」


「呪いか。気になるな。それら一連のことをするには、あいつの魔力が弱いんだよな。少なくとも封印を学長に知られずに解くなんて、普通は出来るわけがない。マハトでさえ無理だ」


「俺も行くよ。やっぱりあいつは何か気になるんだ」


 憶測でしか進展していない現状を考えすぎと戒める気持ちはあった。だが、疑惑を消すためにも、疑う余地は少しでも減らしておいたほうがいい。


「しばらく、書庫にいるから準備が出来たら読んでくれ。レイラの魔力のコントロールについて調べたいんだ」


 マハトが彼に会って以降、ウルモは行方をくらませている。そして、彼の魔力を誰も探知出来ていない。万が一、魔力を隠してこの国に潜んでいるなら、何かをたくらんでいると感じてもおかしくはないと考えたのだ。


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