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聖なる場所

 レイラはその部屋の中に入り、辺りを見渡した。

 そこはレイラの通う学校のグラウンドほどの広さがあり、外観と同じように内部も石で作られている。陽の光はさしこまないが、ここに来る時の通路と同じように、随所に広がる光の粒子がこの空間を照らしだしていた。


 壁や床には各所には宝石のような鮮やかな色をした宝石が埋め込まれている。各々に魔力の痕跡が感じ取れ、何らかの仕掛けが施してある事だけは理解出来た。



 レイラは心を落ち着け、部屋の中を見渡す。部屋の中央部に透明な石があった。その周りに三角形を描くように石製の台が並んでいた。


 その傍らにはヨハンとユーリーを抱きかかえたヴァルトの姿があった。

 レイラが枠の中に足を踏み入れたときだった。

 レイラの血が逆流するかのように熱を持ち、呼吸が荒くなる。今の状況を考える間もなく、頭の中に呪文のようなものがなだれ込んできた。それを文字として認識することは難しいが、結界を張るために必要なものだと自覚した。


 名前を呼ばれ振り返ると、レナルトが心配そうな顔でレイラを見つめる。彼の傍にはマハトが立っていた。駆け寄ろうとしたレナルトを制したのだろう。


「大丈夫か?」

 レナルトの問いかけにレイラは微笑む。

「大丈夫」


 レイラは台座の上に立ち、もう一度石を見つめる。その石に触れようとしたとき、体全体が押さえつけられるような圧迫感を覚える。呼吸が荒くなり、周りの音も聞こえなくなる。先程は体の内側からの異変で、今度は外側から何かされていると感じる。レイラは天を仰いだ。

 だが、ふとその圧力が消える。レイラは呼吸を整え、もう一度その石を見つめる。


 その石にあった鈍い光が消失していた。


「お前は石に認められたんだ」

「石に?」

「ここで結界を張るなら相応の魔力がいる。そして、そこに悪意が含まれてはいけない。この石はそういうものを自動的に判別する力を備えているようだ」

「ダメだったら?」

「今までそういう人間は見た事はないが、恐らくこの台座からは弾かれるだろう。もしかすると、この建物の中にはいれないかもしれない」


 マハトはそこで一息つき、ヨハンを見る。


「レイラが落ち着いたら始めよう」


「大丈夫なのかな。私はまだ結界の張り方なんてわからない」

「それは前にもいったように、お前の中の血が教えてくれる。口に出てくる言葉を素直に綴れば良い」


 レイラは深呼吸をすると立ち上がる。


「始めよう。大丈夫」


 マハトは心配そうな表情を浮かべるが、それ以上レイラを追及しなかった。


「わしが祝辞を読み上げる。その後で、わしとヨハンが言葉を綴った後に、お前の気持ちを綴ればいい。繰り返すが、大事なのは言葉の内容ではない。心だ。ただ、この国を守ってほしいという願いを込めればいい。お前の中に眠る血に呼応して、言葉は自然についてくる」

「この国を守る気持ち」


 マハトは頷いた。


 ミーナが大嫌いだったが、捨てられなかった、守り続けたいと願った国。レイラもこの国も、その国民の大半を好きではない。十年前の出来事を知れば、尚更だ。だが、大好きな人達、そして、シルヴィアのことが頭を過ぎる。ここでノールの跡取りとして生きる彼女の帰る場所を残しておきたいと思ったのだ。


「やってみます」


 マハトは満足そうに微笑むと、レイラの左隣に座った。右隣にはヨハンが向かう。


 ヨハンが定位置に収まったとき、大気が震えるのを感じ取る。だがすぐに、震えがとまった。

 レイラは目を閉じた。言葉に心を込めるように強く願った。

 マハトが長い文章を読み上げる。それはこの大陸の神にささげる言葉だ。それを祝辞と呼んでいる。


 国の行事の時に彼が読み上げるのを聞いたことがあるが、それとはまた違うものだ。


 レイラはまぶたの向こうに光を感じ、目を開けた。目の前にある石が僅かに光を帯びた。

 マハトの言葉が止まる。彼の息を呑む音が静寂の空間に響き渡る。


「我が名はマハト=ホーム。この地に悲しみが起こらぬように、地で染まらぬようにこの場所を守りたまえ」


 その言葉でマハトの目の前の石が紫色へと変化する。


「我が名はヨハン=デヒーオ。この地に伝わる神よ。この国を守りたまえ」


 ヨハンの眼前の石は澄んだ青色へと変化する。


 レイラは深呼吸をした。


「我が名はレイラ=アーヴァン。この地を光で満たしたまえ」


 口から自然と言葉がこぼれだす。何かを意識したことはない。口だけが別の誰かのものに変わってしまったような形で動き出したのだ。


 レイラの身体を赤い光が一瞬包む。その光が赤から白に変わる。レイラが目を開けると、目の前の石に力がゆっくりと吸収されていく。三つの石が輝き、強い魔力を放出する。


 レイラはその一端を握っているのにも関わらず、目の前の状況に戸惑うばかりだった。だが、ヨハンもマハトも驚いた様子を見せない。

 各々の魔力が一気に膨張した。

 辺りの重さを感じる空気が一気に消え、あたりの空気が澄み渡るのを肌で感じ取った。


 マハトが動き、レイラの傍まで戻ってくる。


「これで成功だ。しばらくは大丈夫だろう」


 レイラはどうにか石段から降りたが、足元がふらつき、その場に座り込む。一気に体の芯が抜けたようなだるさを味わっていたのだ。


 レナルトがレイラに駆け寄る。

 だが、憔悴しきったレイラとは違い、マハトやヨハンは疲れた様子を微塵も見せない。レイラにはそれが魔力の差なのか、慣れなのか、正式に血統を継承した差なのかは分からなかった。


「大丈夫だよ」


 レイラは自分の足で立ち上がろうとした。

 そのレイラの前に白が赤に包まれた石が差し出される。先程、眼前にあったものだ。


「これがお前の魔力の色だ。深い赤はミーナやマティアスと、煌めきのある白はノール家というよりはシルヴィアと同じ色だな」

「紅と白」


 レイラは人の魔力を色で感じ取った事がなかった。もちろん、ミーナから聞かされた事もないため、自分の魔力の色も知らない。


「お母さんの石もあるの?」

「少し待っていてくれ」


 そう言い残すと、マハトは奥にある部屋の中に消えていった。

 少しして赤い石を手に戻ってくる。その色はレイラの石の色よりも濃く、鮮やかだった。


「これだよ。ミーナは本人は意識していなかったようだが、マティアスと並んであそこまでアーヴァン家の血が強く出ているのは珍しかったよ」

「これは全て飾ってあるの?」

「奥の祭壇に飾ってはいるが、持っていくといいさ。きっと役に立ってくれるはずだ」

「ありがとう」


 レイラはその石を抱き寄せた。


「もしかして、お父さんの石もあるの? わたしのおじいちゃんも?」


 レイラは顔をほとんど知らない先祖の存在に胸をときめかせた。


「アーヴァン家で残っているのはミーナとマティアスだけだ。ただ、ヴィヴィアの父親の石であれば残っているよ。お前はいつでもここに入って来れるし、好きな時に見ればいい」


 マハトはレイラの頭を撫で、そう優しく微笑んだ。

 体に負荷のかかっている彼女を気遣ったのだろう。

 レイラは立ち上がろうとするが、ふらついた。レナルトがレイラの体を支える。


「行きたいなら抱えようか?」

 ヴァルトが二人の隣に来ると、名乗り出た。

「いいよ。悪いし、きっと重いよ」


 子供の頃は何度も彼に抱きかかえられた事はあるが、臆してしまい、遠慮する。

 レナルトは複雑な顔でヴァルトを見つめる。


「平気だって。レイラは軽そうだし。それかレナルトに運んでもらっても良いと思うよ」

「それは嫌」

 からかうように言ったヴァルトの言葉に、レイラは思わず即答した。

 レナルトは頬をわずかに赤く染め、ヴァルトを睨んでいる。


 今まで黙視していたヨハンが三人のところにやってくる。


「見てられん。時間の無駄だ。お前も後を継ぐ気があるなら、もっと魔法を使う方法を考えろ」


 ヨハンはヴァルトに冷めた視線を送ると、レイラの額に手を当てる。彼は短い呪文を唱えた。レイラの体が少し軽くなる。


「少し動くぐらいなら大丈夫だろう。ただ、今日は魔力は使うな」

「ありがとう。ヨハン」

「じゃあ、ついてこい」


 マハトが笑みを浮かべて歩き出す。レイラとレナルトはその後を追う。

 ヴァルトはヨハンと言葉を交わしており、ユーリーもヴァルトの傍についている。

 その洞窟の中には様々な色の石が並んでいた。

 マハトはその最も奥にある石に触れる。


「これがマティアスのものだ」


 彼の石もミーナと同じく紅い。

 次に彼が差し出したのは白い石だ。透明感が強いがレイラの石のような煌めきはない。


「これがヴィヴィアの父親のものだ」


 マハトは幾人かの石を見せてくれたが、各々の色に違いがある事に気付く。

 煌めきのあるもの、澄んでいるもの、複数の色が混ざっているもの。

 だが、それぞれの家に基盤となる色があるのか、ホーム家の石は紫に、デヒーオ家のものは青色が、ノール家は白が中心となっている。


 レイラは遊び道具を見つけた子供のように、目を輝かせる。

 回復魔法の時は白、炎は赤と魔法と色が呼応していても、魔力と色が血族により強く出る色があるとは考えもしなかったのだ。

 その時、ヴァルトとユーリーが洞窟の中に入ってくる。


「色ってこの石に移さないと分からないの?」


 その言葉に周りの視線がレイラに集まる。ユーリーでさえも、不思議そうな顔でレイラを見ている。


「お前は、今まで人の気配をどうやって感じていたんだよ」


 レナルトの問いかけに逆に困り、少し考え込んでいた。

 過去の状況を思いだし、出来るだけ忠実に言葉に表す。


「気配を感じた時にユーリーだ、レナルトだって分かるの。お母さんやマハト、ヴァルトもすぐに分かるよ」


「無意識で感じ取っているのか、今の能力が少しだけ残っていて、優先的に働いていたのか。考えても無駄だな。俺は碧と青があって青が若干強い、ヴァルトはもっと青が強いな。ユーリーもは青と紫が混ざった感じだ。ただ、この色の出方は成長とともに変わる事はあるらしい。ちなみにお前は少し前まで赤一色だった」


 すらすらと語るレナルトに意義を申し立てる人は誰もいない。


「どうやってそんなのを見るの? 学校で勉強した?」

「ある程度能力があれば誰でも見えるし、本能的に学び取るものだ。ただ、どこに誰がいるか見えるなら、お前には必要ない力かもしれんな」


 マハトの諭すような言葉にレイラは肩を落とした。


「そっか。変なの」


 レイラには彼らの言っていることがやはり理解出来なかった。


「そろそろ帰るか。お前たちは明日ここを経つんだろう。戻ってくることがあるとはいえ、少し休んでおいた方が良い」


 マハトの言葉で、その場はお開きになった。

 マハトは用事があるとのことで、その場で消える。ヨハンの姿は既になく、ヴァルトによると一足先に帰宅したそうだ。


「俺はユーリーに用があるから、連れていくよ。お前はレイラを家に送ってこい。あとで俺の部屋に集合だ」

「了解。でも、調べておきたいことがあるから早めに行くよ」

 ヴァルトは分かったと言い残すと、ユーリーを連れてその場を離れた。


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