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駆け抜ける魔力

 レナルトの視界に映る二人の姿が消え、この町でもあまり見慣れない場所に出た。畑が生い茂り人気はあまりない。東口の出口付近だ。幸い、人気はほとんどない。


 二人は顔を見合わせ、町の外に出る。今まで町の外に出た事はなかったが、スムーズに出られたことに胸をなでおろした直後、体に降りかかる大きな影に気付いた。


「何で、こんな近くまで」


 レイラはそう口にすると毛並みのある巨大な生命体を茫然と見つめている。

 ラースの腕がレイラに向かって振り下ろされる。


「危ない」


 レナルトはレイラの腕をつかみ、彼女の体を引き寄せ、そのまま結界を張る。


 その巨大な生命体は目を血走らせ、腕を振りかぶる。その拳がレナルトの張った結界と衝突する。

 鈍い音が辺りに響いた。

 レナルトの張った結界の表面がはがれる音がした。彼らは怪力と評されるが、想像以上だ。この威力に耐えるには、あと十回と判断する。


 レイラはまだ状況が呑み込めていないのか、その巨大な生物を見つめていた。


「レイラ」


 名前を呼んでも、彼女は呆けたようにそれを見ている。

 彼らに自身の魔法が通用するかは分からないが、自分でどうにかするしかないと感じ取った。

 ただ、二種類の魔法を同時には使えないため、一度結界を解く必要がある。


 そうした時、気になるのはレイラだ。彼女を連れたままでは、攻撃魔法に集中できない。今の彼女に自分で身を守れというのも難しいだろう。

 町の中に戻すしかないと思ったとき、レイラが言葉をこぼす。


「これは何?」

「ラースだと思う。といっても、俺も絵でしか見た事がない」


 暴れる固体になった時の行動方法や、弱点などは一通り頭に入っている。

 一度結界を解いて動こうにも、人の速度ではすぐに追いつかれるだろう。

 二回目の衝撃が響く。

 その音でレイラは今の自分の状況を飲み込んだようだ。


「どうしたらいいの?」


 レイラが最も得意なのは炎系の魔法だ。だが、ラースに炎を使うのは嫌な記述も見た事がある。ただ、耐性と本人たちの感覚が一致しないのが唯一の救いだ。

 まずは町からそれらを遠ざける必要がある。


「炎をあいつの右足にめがけて撃ってくれ。ただ、あいつにはぶつけるな」

「え?」


 そう口にしたレイラの手のひらからは既に炎が飛び出していた。レイラが炎の魔法を使う時には、詠唱が不要がなのが逆に今の状況を生んだのだろう。レナルトは彼女を抱き寄せ、結界の力を強めた。


 レナルトの想像通りに、ラースに当たった炎が今度はレナルト達のいるほうに飛んできた。レイラの炎がレナルトの張った結界に衝突し、黒い煙を残して消滅する。


 結界の力を強めたのにも関わらず、結界の表面が先程のラースの攻撃以上のダメージを受け、強度が半分以下に落ちている。あと二回程殴られたら、今度は結界自体が剥がされるだろう。強度を強めるには限界がある。


 レイラは青ざめた顔で事の成り行きを見守っていた。


「人の話は最後まで聞け。そいつは炎の魔法は跳ね返す。ぶつけるなといったのは炎を怖がる性質を持っているからなんだ」

「ごめん」

「俺も悪かったよ。ただ、今のでラースだという確証は持てた」


 今の距離は大股で三歩程。威嚇としては最適だが、彼女がコントロールをミスすると今の結界はもたない。レナルトは結界を張るのはそこまで得意ではないし、一度張った結界の強化をするより、張り直したほうが体に対する負担は少ない。だが、そうすると次の結界を張るまで、数十秒のタイムラグがある。

 レイラが得意とする炎は切り捨てるべきだと判断した。


「あまり傷付けたくはないが氷や水の水系が利くとは思うが」


 彼らは魔法の属性に対して異なる強さの耐性を持つとされる。炎に対しては極めて強い耐性を持つが、水系の魔法に対しては耐性が比較的低い。その時、ヴァルトの言っていた事が頭を過ぎる。


 浄化魔法に対する耐性については記録がない。余裕のある状況とは言い難いが、試してみる価値はある。


 そう考えたレナルトの視界に複数の影が浮かび、思わず顔を引きつらせた。そこには一体や二体どころではない。両手で数えきれないほどの、ラースが群れを成していた。


 レイラの言っていた「複数」の言葉が頭から抜けていたのだ。

 変異種が生まれる確率は統計を取ったわけではないが、0.0一%にも満たないとされる。

 なぜこんなにいるのかという違和感があっても原因を追究する余裕はない。


 どちらの魔法を使うべきか。それはレイラの魔力がどの程度かだ。水系の魔法を使った場合は、彼女がラースの防御を打ち砕けるか否かにかかっている。半端な力は命取りになりかねない。逆に浄化魔法は何かに取りつかれている場合に威力を発揮する。それは何も取りつかれていない変異種の場合にはそれ程効果がないということだ。


 試してみる価値はある。浄化魔法が効くならこちらもレイラ以外にもマハトやヨハンで対応できる可能性もある。

 彼女が傷つけたくないという心から威力を弱める可能性もあるが、浄化魔法であれば反射しても確実にレナルトの結界で防げるだろう。

 そうなると、答えは一つに絞られる。問題は結界を壊された時に、即座に張り直せるか。

 レナルトの鼓動が激しくなるが、迷っている時間はない。


「氷で良いの?」

 レイラは確認を込めて聞いてくる。

「浄化魔法だ。全力で使ってくれ」

 ここで賭けようと決断する。

「やってみる」

 レイラは唇を結び、頷いた。

 ラースが再び拳を振り下ろす。強い衝撃の後、レナルトは再び魔力を放出する。


 これで強化するのは最後だ。次はいつでも張り直せる準備をする。

 足元をふらつかせたラースの影からもう一体やって来る。そして、先ほどのラースが再び拳を振り下ろそうとする。

 レイラはまだ詠唱を続けている。もともと浄化魔法を使えないわけではないので、どのくらいの力かは分からないが使えるだろう。問題はその威力と範囲だ。


 この賭けに負ければ、結界の如何によっては二人とも無傷では済まないし、町の中に入られる可能性もある。今更ながらにもう一人連れてこなかったことを後悔する。

 もう一度、強い衝撃が走る。レナルトの張った結界が破片となり、空中に砕け散る。


 レナルトは再び結界を張ろうとした。その間に彼らが攻撃をしてこなければ、まだ防げる。その時、足元に白い光が集まってくる。その光はレイラから発せられるものだ。その光はレイラの足もとに収束すると、直後に彼女の体を起点として目に見えぬ速さで、砂漠をかけていく。


 レナルトはタイミングの悪さを悔い、レイラの浄化魔法が反射しない事を願い、再び結界を張る。身体を包む白い結界を確認し、安堵のため息を漏らした。


 ラースは振り上げたこぶしを振り下ろすことはしなかった。大きな手を頭部に充てると、うめき声をあげる。それは一体だけではない。他の個体も同じように奇怪な声をあげている。

 レイラの浄化魔法が辺りから消失する。


 ラースはレナルトと目が合うと、それは慌てて踵を返し、かけていく。

 賭けに勝ったのだ。レナルトは安堵のため息を吐く。

 その時、レナルトの腕にかかる重みが増える。レイラはその場に座り込み、腕だけレナルトにつかまれた状態になっている。


「追い払えた?」

「追い払えたよ」

 もう彼らの姿はレナルトの親指程の大きさになっている。

「良かった」


 彼女は目に涙をため、レナルトを見る。

 もともと浄化魔法はレナルトのほうが得意だった。だからこそ、ヴァルトもああいったのだろう。発動の速さもレイラよりは上だろう。だが、今の彼女と比べると、自分のほうが強いとは断言できない。


 その一方で、ほっとした顔のレイラを見ていると、変わらないものもあるのだと気付かされた。

 急に強い力を持っても、レイラはレイラなのだ、と。


「とりあえず戻るか」

「立てない」


 レイラはレナルトを見上げ、そう声を漏らす。

 レナルトは結界を解き、レイラの脇の下に手を入れ、彼女の体を持ち上げ、町の中に連れていく。レイラは嫌がっていたが、この場所にじっととどまるのは安全面から好ましくない。そして、町の入口で彼女が落ち着くのを待ち、先ほどの神殿に標準を合わせ、呪文を唱えた。



◇◇◇


 レイラ達が神殿に戻ると、目の前にヴァルトとユーリーが立っていた。今度は直接中に入れたようだ。

 何か入った人間を覚える機能が備わっているのかもしれない。

 レイラはこの中に入った時に感じた電気の流れを思い出す。


「どうだった?」

「ラースが十体はいた」

「十体?」


 レナルトの言葉にヴァルトが顔を引きつらせる。


「戻ってきたということは追い払ったんだな」

「レイラの魔法のお蔭だよ。かなり危なかったが」

「そんなことないよ。レナルトが結界を張ってくれなかったら、死んでいたと思う」


 レイラは顔を赤く染め、慌ててそう口にした。

 いつも前を歩いていた彼に褒められると、妙なむず痒さがある。


「力が戻っても、補助系は相変わらずなのか」

「使えそうな気はするんだけど、どうしても行動がついていかないの」

 その時、石を打つ音がした。顔をあげるとマハトが神殿の入り口部分に立っていたのだ。


「マハト、さっき」

「分かっておる。外に出て行けずに悪かったな」

 ヴァルトがマハトの傍に歩み寄り、事情を説明する。マハトは目を見張る。


「実はな、他の地区でも動物が獰猛になって負傷者が出ているようだ。それで離れに住んでいる人間もこちらに来てもらうことになった。幸い土地は余っておるからな。だが、話は後だ。先に結界を張ってもらおう。もうそろそろ限界だろう」


 その言葉にレイラは我に返る。そして、レナルトを見ると階段を上がり、ヴァルト達のところに行く。

 マハトは扉の奥に消えていき、真っ先に飛び込んでいったのはユーリーだ。その後を追うようにヴァルトが辺りを見渡しながら入っていく。レナルトはレイラを見ると、顎をしゃくる。先に行けと伝えたいのだろう。


「扉は」

「自動的に閉まるから気にするな」


 その言葉の通りに、レイラが入って五歩程歩いた時、扉が低い音を立てて閉まる。


 中はところどころに光の粒があり、歩ける程度に足元を照らし出す。

 その先は一本道が続いている。

 複数の足音が静かな空間に共鳴する。


 マハトの足が止まり、彼は短い呪文を詠唱した。石造りの扉が大気を震わせ、扉が開く。

 その時、扉の向こうから太陽光と見紛うような光が差し込んできた。思わず目を細めるが、その眩しい光はすぐに感じなくなる。


 レイラが我に返った時には、ヴァルト達の姿が既に目の前から消えていた。

 肩を叩かれ、振り返るとレナルトが不思議そうな顔でレイラを見ている。光のことを尋ねると、彼は知らないと言葉にする。

 試されているような気持ちを味わいながら自らの胸元に触れ、深呼吸をした。


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