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人を寄せ付けぬ場所

 あたたかい日差しが窓辺からわずかに差し込む。この部屋は木々の合間を縫って太陽の日差しが差し込んでくる。

 レイラは目を覚ますと、自分の手を見て、自分の胸に触れた。確かに胸の辺りが熱を持っているような違和感はある。


 昨日の話を思い出すが、意外とそのことに対する恐怖はなかった。それがレナルトが相手だったからなのか、自分の力に興味があったからなのか、責任感からだったかは分からない。


 ただ明らかに分かったことは自分の魔力が別人のように変わったことだ。強さが強くなったわけではなく、自分で感じる魔力が別物のようになった。


「どうにかなるかな」


 結界の張り方は分からないままだが、今までなら感じていた不安や恐怖というものは全くなくなってた。

 レイラは椅子の上に置いていた白い服に手を伸ばす。それに袖を通すと、金色の髪を結った。


 部屋の外に出ると、既にレナルトの部屋には人気がなく、扉が開きっぱなしになっている。生暖かい風が頬をくすぐる。


 一階に下りると、ユーリーがテーブルの上に並んだ食事を目を輝かせながら見つめている。レナルトは彼の向かい側に立ち、食器を並べているところだ。


「おはよう。ゆっくり眠れた?」

 嬉しそうに聞くユーリーの言葉に頷き、彼の隣に立つ。

「寝過ごしてごめんね。何か手伝おうか」

「いいよ。顔でも洗ってこいよ」


 レナルトは奥の浴室を指差した。


「そうする」

 だが、歩きかけたレイラは一人足りないのに気付いたのだ。

「マハトは?」

「朝早くに一度帰ってきて、そのまま出て行ったよ」

「忙しいんだね」

「いつもそんなものだよ。ユーリーが大きくなるまでは頑張るんだってさ」

「そっか」


 レイラには将来というものがイメージできなかった。だが、シルヴィアを連れ帰る事が出来れば、そうはいっていられないだろう。


 町の中は強い結界が張られており、比較的安全な場所だ。だが、入れない場所もいくつかある。国の機密にかかわる機関の多くがそうなっている。今からレイラ達が行こうとしている場所も、一般は立ち入る事さえ許されない。


 外からは天に届かんと言わんばかりの壁が幾重にも連なり、中を覗き見ることは到底できない。魔法で中に入りこもうとしても強い力に弾かれるのだ。レイラもレナルトと一緒に子供の頃に入ろうとした事があったが、結界に門前払いをされていた。


「とりあえず外壁まで行くか」


 普段であればレイラ以外は許可されないが、マハトの好意により、ユーリーとレナルト、そしてまだ来ていないがヴァルトも中に入ることを許可されていた。

 レナルトはユーリーとレイラの手をつかみ、呪文を唱えた。



 視界が一気に変わり、強い風が頬を殴る。後方を振り返れば、町が小さく見える。

 そして、正面を向き直ると大きな壁が目の前に立ちふさがる。

 レイラは息をのむ。


 この神殿は建国より前に作られたとされている。そのため、誰が何の目的で作ったのかは解明されていない。


 もともとこれだけの広さの国を一度に作ったわけではない。最初は神殿を取り巻くように家々が立ち並んだそうだ。なぜこの地に国を作る事になったのか、その理由には諸説あるが、その主な理由がこの神殿に人間が入れなかったためだと言われている。神の住む場所として神格化され、その恩恵にあやかろうと人が住み始めた。だが、その中にここに入れる人が現れ始めたとされる。


 この結界が創られるようになったのはそれからしばらく経ってからだ。

 この国の近くには砂漠があり、本来なら水が豊かに供給される地形ではない。

 食料や水に困る事も少なくなく、時期によっては食糧難にあえいでいた。だが、結界の登場は、この国を根本から変えた。大気が安定し、動植物も息づくようになった。そして、他の国から持ち帰ったりと、何らかの形で手に入れた種を活用する事で、農業も徐々に発展する。各々に土地が与えられたため、この国では食糧に困ることはなくなった。


 国民はいつからかは分からないが、この神殿を特別な場所と位置づけ、ここに近寄るものを制限して本格的な町を少し離れた場所に作り、今に至る。


 初等部でこうした大まかな歴史は学ぶ。ただ、それらの年度や経緯は曖昧で、生き証人がいない現代となってはいつの話なのかは分からない。明らかにしたくないのか、必要がないのかはレイラには分からなかった。


 レナルトは壁を用心深く観察する。一か所だけ通過できる壁があるらしい。

「こっちだ」


 レナルトに手招きされ、レイラはユーリーの手を引き、彼のもとに行く。

 レナルトはチェーンのかかったネックレスを、二つレイラに手渡した。これはマハトから渡されたもので、この中に入る通行証のようなものだ。レナルトは残った一つを自分の首にかける。


 そこにはお椀を差し込んだような窪みがある。


「入るぞ」


 レナルトはそこに手を差し伸べる。彼の腕が壁に飲み込まれた。


「大丈夫だ。ちゃんとついてこい」


 レナルトの姿が消えるのを待ってから、レイラも彼の行動をまねる。

 手に軽い電気が走り、一瞬体が浮き上がるような感覚がある。

 ユーリーを抱き上げ、彼の掌を同様に中にいれた。彼は一度体をびくりと震わせる。


「入ろうか」

 レイラは深呼吸をして壁に手を伸ばすと壁の感覚がほとんどない。そして、障害を感じる事なく、あっさりと中に入る事が出来た。


 中では青々と緑が息づき、花が咲き乱れている。そして、そのちょうど中央部に石造りの建物があった。物々しい雰囲気がその建物が創られてからの時間を物語っているような気がした。


「ここか」

 この国の建国と同時に作られたとされている。

 三人は神殿の入口まで来る。だが、その扉を押してもびくともしない。

「ここで待つか」

 そう口にしたレナルトの視線がレイラを見る。

「この中も見える?」

「やってみる」


 レイラは扉に触れ、その向こう側に意識を移す。暗い通路があるが、中は良く見えない。そして、扉の内側から強い魔力を施されている。内側からしか開かないようになっているようだ。

 それをレナルトに伝えると、彼は「そうか」と短く返す。


「俺がここに入るのは、最初で最後なんだろうな」

 彼は少し寂しそうに笑うと、天を仰いだ。

「でも、まだ後継ぎは決まっていないのよね」

「どうだろうな。ほぼ兄さんで決定だと思うよ」


 レイラは意外な気がした。ヴァルトでも問題なくこなせるだろうが、魔力の強い彼がつぐものだと思っていたためだ。


「跡を継ぎたいの?」

「そうでもないけど、この国には俺の知らないこともたくさんあるんだろなと思うと気になるんだよ」

「そんなこと考えた事もなかった」


 レイラが考えていたのは、いかにミーナと平凡な暮らしを続けるかだ。

 優等生で何でもできると言われるからこその、悩みだろうか。


「でも、わたしにも分からない事があるんだよね」

 レイラが短く息を着くと、レナルトは首をかしげた。

「俺に分かる事なら教えるよ」


 レイラは少し考え、疑問を口にした。

「何でレナルトは今、普通に話をしてくれるのに、子供の時に無視したの?」


 それはレイラにとって率直な疑問だった。今の彼との関係は幼少時代のものをそのまま引き継いだとおもえなくもない。だが、その前の彼の態度の真意が分からないままだったのだ。


 レナルトは顔を引きつらせた。


「いろいろ事情があるんだよ」

「お母さんの手紙を見ていると、いろいろあるんだろうなと思った。わたしの事を嫌いじゃないなら、別にいいよ。気になるけど、無理に聞こうとはしない。嫌いだったら、いろいろ巻き込んで悪いなと思う。本当は家に帰っても良いのにね」

「嫌いになったことなんかないよ。昔から、一度だって」


 頬を赤く染めそうつぶやく彼を見ていると、レイラの頬が赤くなり、不意に胸が高鳴った。

 彼の表情に影響を受けたためだと、レイラは自分に言い聞かせた。


「そっか。よかった。わたしも同じ」


 何度も意地を張り、彼を嫌いになろうとしたことはあった。だが、それが現実となる事は一度もなかったのだ。

 だが、レイラを見たレナルトの表情が凍りついた。振り返ると、長身の男性がにこやかな笑みを浮かべて立っていたのだ。


「いつからそこに」

「何でレナルトは子供の頃からとレイラが言った時から。取り込み中みたいだったから、話が終わるまで待とうかな、と」


 レナルトの顔がより赤く染まり、何かを言おうとしたが、ユーリーのヴァルトの名前を呼ぶ無邪気な声がかきけした。

 ユーリーはヴァルトに駆け寄る。そんなユーリーを彼は軽々と持ちあげた。


 だが、ヴァルトの表情が一瞬固まる。そして、レナルトも真剣な顔になると何か感じ取ったのか、辺りを見渡していた。


「東口だな」


 ヴァルトは眉根を寄せ、東のほうを仰ぐ。

 レイラは場所を聞いてから、そこでやっと彼らが何を見つけたのか気付いた。目を閉じ、意識を東の方に向ける。


 レイラの脳裏に浮かぶのは、砂漠を駆け抜ける複数の生命体だ。白の毛に覆われ、四足歩行で走っている。その口元には鈍く光る牙がある。


 見えた姿をそのまま伝える。目を開けるとヴァルトが唖然とした顔でレイラを見ている。


「そういう力も目覚めたらしい。だが、今はその生命体のほうが問題だ。恐らくラースだな。少し前も町に入り込もうとしたらしいが」

「ミーナが一体でも苦戦したというあれか。どうする?」

「行ってくるよ」

 動こうとしたレナルトの腕をつかんだ。

「わたしも行く」


「でも、今から中で」

「まだ時間があるから大丈夫だし、マハトもヨハンも分かってくれるよ」

「レイラが行ったほうがいいよ。戻ったレイラの魔力がどれ程かは分からないが、ミーナレベルでも苦戦したんだ。恐らくそれ以上の攻撃魔法を使える可能性があるのは、今のところレイラだけだろう」

「でも、失敗したら怪我をするかもしれない」


「お前はマハトから何を聞いたんだよ」


 レナルトのレイラを気遣う言葉に苦言を呈したのはヴァルトだ。その言葉にレナルトは口を噤んだ。


「大丈夫。行くよ」


「対策はレナルトが分かっていると思うが、もし余裕があれば浄化魔法を使ってみてくれ」

「浄化魔法? 変異種なのにか?」

「マハトが仮説を立てていたんだ。それが有効なら、浄化魔法が効くと思う。俺も行きたいが、ユーリーを連れてはいけないから、ここで待つよ。もし、マハトかヨハンが来たら誰かが駆けつける」


「僕も行く」


 そう言い、手足を動かしたユーリーをヴァルトが抱きしめた。

「そういう事なんで、よろしく頼む」

 レナルトはレイラの腕をつかむと、呪文を詠唱した。

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