78.平手政秀の葬儀。
天文二十二年(1553年)閏一月一日。
俺は信長兄ぃに呼び出され、一日『月次祭』が終わると、神々に捧げた供物を頂く直会を欠席させて頂き、那古野へ向かった。
昼を過ぎ、かなり早く抜け出したつもりだったが日はずいぶんと傾いていた。
那古野に向かう馬上で、横を歩く千代女に扇子で口元を隠して声を掛けた。
「信長兄ぃも今日は忙しいのではないか」
「はい、本日は家老衆を集めた談合の日になっております」
「談合が終われば、武士の直会とも言える宴会であろう。俺と会う時間などあるのか」
「呼び出したからには時間を取ってくれるでしょう」
談合では、平手政秀が病で寝込んでいる説明をするらしい。
巷では、「刺客に襲われた」「信長への諫言で腹を切った」「病で倒れた」などと様々な憶測がささやかれ、すでに亡くなっているとも言われている。
まぁ、半分はこちらが流したデマである。
「平手家の女中らの様子はどうだ」
「こちらの思惑通り、平手殿が亡くなられたと思い込み、動揺しております」
「そうか」
政秀の要望で、墓地から政秀に似た死体を運び込ませた。
息をしていない死体に平手家の者が息を飲み、(平手)久秀が父の死を隠すように厳戒令を発した。
忍びの化粧技術は大したものだ。
死体の腐敗を遅らせるために毎日のように体を洗わせており、嫌でも死んだと実感しているだろう。
平手家の者はすっかり騙されている。
だが、厳重に秘密を守らせようとすればするほど、秘密というのは漏れ易い。
屋敷の者がごく一部の者だけに伝えた「ここだけの話よ」という噂する。
すると、噂は芋づる式で広がってゆく。
久秀が父の名代として先月の評定に参加し、「父は病に掛かっております。ずっと働き詰め。その疲れが出て寝込んでおります」と説明したが誰も信じなかった。
そりゃ、見舞を一切断れば疑われる。
特に久秀は一族の者らから「本当のことを言ってくれ」と詰め寄られていた。
隠そうとすればするほど、政秀が死んだという噂が広がってゆく……政秀は大した策士だ。
俺は手紙で提案しながら、政秀に言われた通りに動いている。
「政秀様が御存命であるように見せる為に、屋敷の出入りは制限しておりません。女中の買い出し、商人の出入り、小者のお使い、侍女の宿下がりを普段通りに行っております」
「政秀が生きているのを知るのは久秀のみか」
「はい、医者、神官、祈祷の僧侶、屋敷の護衛に入った甲賀衆、政秀の生存を知るのは、久秀殿を除けば、平手家にはおりません」
志賀の平手屋敷では、護衛の寝泊まりの為に離れを空けてもらった。
信長兄ぃの命で、政秀の死を隠す為に屋敷に近づく不審な輩を排除するという肩書きだ。
護衛を入れた日、政秀の寝室に他人の死体を入れ、政秀をその離れの一室に移した。
離れには誰も近づかせない。
離れには小さな竈があって助かっている。
それにしても、外部には生きていると触れ回り、屋敷の者には死んだと思わせる。
面白いやり方だ。
「できるだけ早くに、那古野内の天王坊に移したい」
「担架を使えば移動が可能ですが、屋敷の中ならばともかく、街道を担架で運べば、平手殿が生きているのを隠すことができません」
「急げんのか」
「一ヵ月は待って欲しいと、曲直瀬道三殿が申しておりました」
「襲われたのは先月の一月八日だったな」
「はい、今月の十日頃ならば、何とか移動も可能かと」
「離れでは、容態が急変したときに道三を呼びに行かせることもできん」
「その通りです」
「平手の爺さんも、もう少し体が回復してから実行すればいいのにせっかちだ」
「政秀の無茶ぶりは、信長様にそっくりだと思います」
「あぁ、信長兄ぃの傾き癖は平手の爺さん譲りだ」
あぁ、本当に面倒臭い。
政秀が自分は死んだことにしろとか、面倒なことを言ったからだ。
段取りをする身になってくれ。
「紅葉、葬儀の場所は決まったか」
「いいえ、まだ絞られておりません。平手家の菩提寺は小牧に近い小木であり、若様が取り仕切るには遠すぎます」
「小牧の側か」
「はい、岩倉の織田伊勢守家の勢力圏となります。ですから、大殿の葬儀で使われた万松寺が最適かと思いますが……」
「万松寺となると、家臣一同を挙げた大規模な葬儀となるな」
「織田家の菩提寺ですからそうなります」
「他に、川を跨いだ龍光山東雲寺も候補の一つです」
「東雲寺?」
「織田藤左衛門家の祖、織田常寛殿が美濃国の瑞竜寺から慈済禅師を迎えて開山した寺でございます。日頃から政秀殿はその住職と懇意にされておりました」
「となると、織田信張殿に話を通さねばならないか」
信張は織田藤左衛門家の当主であるが、親父(信秀)に負けて家臣となった。
今は信長兄ぃに従っている。
肩書きは、織田弾正忠家と同じ奉行職なんだな。
挨拶しかしたことがない。
那古野に到着すると、信長兄ぃの体が空くまで政務室で事務仕事をやっておく。
政秀がいないから、上洛の準備が滞っていた。
「魯坊丸様」
「平手の爺さんが請け負っていた仕事をすべてこちらに回せ」
「しかし」
「構わん。俺が責任を取る」
「畏まりました」
山積みの書類が机の上に並ぶと、「責任を取る」と言ったことを後悔しはじめた。
千代女が分類をはじめ、他の侍女らはいつも通りに隣の部屋に陣取った。
さっと目を通すと判を押して署名し、次に送る。
減った先から新たな書類が運ばれてくる。
千代女が選別する前の一枚を取って中を確かめると、上洛に持ってゆく荷物についての質問だった。
「千代、こんな下らない質問まで平手の爺さんに質問してくるのか」
「京に上がったことがないのでしょう」
「爺さんにも供くらいは同行しているだろう。供の者に聞けばいいだろう」
「時間がありません。平手殿に聞くのが確かと考えたのでしょう」
まぁ、その考え方は間違っていないか。
清須の織田大和守家、岩倉の織田伊勢守家には京に足を運ぶ家臣が多かったが、織田弾正忠家は政秀が独占していた。
他に人材がいなかっただけだが……。
「幸い若様は先代様より方々へ送る土産を依頼され、京をはじめ、周辺国に人を使わせております。中根では、上洛に持ってゆく着物や荷物のことで悩む者はおりません」
「その通りだ」
「熱田が引き受けた荷駄隊の準備は順調ですが、若様と同行する那古野の上洛の準備がかなり遅れております」
「この一月は完全に止まってしまったな」
「はい」
「熱田の神官を借りて、各家を回らせた方がよいか」
「それが宜しいかと」
武家と神官の違いはあるが、京に上がったことがある意見は貴重だろう。
まずは服装、次に財布、礼儀作法と習慣の違いか。
楓が愚痴っぽく声を上げた。
「若様、小者が持つ挟箱を新調せねばならないかなどと聞いてくる馬鹿がいます。こう言う馬鹿は上洛組から外しませんか」
「楓、そんなのマシよ。こっちは小者の服を買う銭がないとか書いてあるわ」
「こっちは草履を何足持ってゆきますかです」
「ホント、せめて遺言状を書くべきか、家督譲渡の手続きをしておくべきかの質問にして欲しいです」
楓の愚痴から皆も愚痴を吐き出した。
皆、下らない質問にキレている。
だが、質問をしてくる家臣はまだいい。
自分は着物を新調しながら、供の小者にはボロい服を着せている者が出てきそうだ。
マジで面倒な仕事を引き受けたかも知れない。
仕事も半ばまで進むと、信長兄ぃから談合が終わったという知らせが届いた。
俺は千代女を伴って信長兄ぃの部屋に移動した。
家老衆は信長兄ぃ抜きの宴会らしい。
下戸の信長兄ぃが酔っ払いの追及から逃げ出す口実にされたかも知れない。
部屋には、信長兄ぃの相談役である沢彦宗恩和尚も来ていた。
「到着早々、引き継ぎをはじめたと聞いた。助かる」
「引き受けたことを後悔しております。生きていると言った方が楽なのではありませんか」
「儂もそうしたいが……爺ぃが腹を切りかねん」
威張っている信長兄ぃも困り顔だ。
出された茶を飲みながら段取りを説明した。
まだ寺が決まらないので、屋敷で密葬を提案してみた。
死んだという噂が十分に広がっている。
「密葬では儂が参加できんではないか」
「信長兄ぃは平手殿が生きていると主張している立場ですから、葬儀に参加する必要はございません」
「そ、そうだな。では、天王坊へいつ移すのだ」
「俺としてはすぐにでも移したいのですが、傷口が開く可能性を考慮しますと、閏一月十日頃までは待つべきでしょう」
「十日も先か」
「曲直瀬殿から一ヵ月は安静にさせろと言いつかっております。輸送の途中で傷口が開き、出血多量で殺したいのですか」
「それならば致し方ないか」
信長兄ぃが苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。
「沢彦和尚、葬儀の準備にまぎれて、天王坊へ移そうと考えております。それで宜しいでしょうか」
「こちらの準備は整っております。拙僧の部屋をお使い下さい」
「和尚はどうされます」
「拙僧は書籍部屋がございますゆえ、問題がございません」
「では、宜しくお願いします」
「葬儀はいつされます」
「十日に平手殿を那古野へ送り出し、十一日でどうでしょうか」
沢彦和尚は「そうですな~」と言いながら少し考えてから口を開いた。
「まず、十一日はよしなされ」
「駄目ですか」
「閏一月の十一日は『三箇の悪日』の一つ、狼藉日となります。“この日に物事を始めると、すべてが破れ散り、失敗に終わる”と言われます」
「そうなのですか」
他にもすべての行動を忌む大禍日、一族や家族に破滅をもたらす滅門日もあるそうだ。
ちょっと待て、
滅門日は巳の日で、閏1月4日・16日・28日。
大禍日が亥の日で、閏1月10日・22日。
狼藉日が子の日で、閏1月11日・23日。
そこまで気を回したことがあっただろうか。
「沢彦和尚、そこまで必要でしょうか」
「何事も万全を期すことです。十三日もいけません。十二直で『建』は縁起のよい日であります。縁起のよい日に葬儀は向きませぬ」
「では、いずれが宜しいと」
「十二日は十二直の『閉』になります。敵を閉じ込めるに丁度よいと拙僧は思います」
知恵者らしく、いろいろと言ってくれる。
占術が苦手なのがバレているのか。
確かに教えて貰っているのだが、占いとか、暦とか、どうも頭に残らないのだ。
えっ、そんなのどうでもいいだろう。
そんな感じなんだな。
「では、十二日と致します」
「それが宜しかろう。また、密葬には信長様をはじめ、宿老もお招きなさいませ。それで魯坊丸様が仕切っていると知れます。それが平手様の目的でしょう」
「判りました」
「信長様。明日、宿老だけ集め、平手様が亡くなったことをお伝えなさいませ」
「宿老のみか」
「敵を欺くならば、まずは味方からと申します。魯坊丸様から葬儀の誘いが効果的となります」
「だが」
「信長様。嘘を付くときは腹の底から嘘を付かねばなりませぬぞ」
「わかった。和尚」
「葬儀は拙僧がお経を上げましょう。そこからバレる心配もございません。その後、河原で火葬にし、遺骨を東雲寺に埋葬して塚を築きましょう。東雲寺の住職には拙僧から話を付けておきます」
「それは助かります」
なんか、最後は沢彦和尚に仕切られた感じで終わった。
まだ、信長兄ぃは納得していない感じだった。
席から立ち上がった沢彦和尚が言った。
「信長様。十五日の評定が終わってからで構いません。林様(林秀貞)を天王坊へお連れして下さいませんか。久しぶりに茶などを進ぜようと思います」
「和尚」
「他の宿老方は嘘が下手でございますので、連れてくるのはお控え下さい」
おぉ、秀貞だけに政秀が生きているのを知らせるのか。
沢彦和尚がそう言った瞬間、信長兄ぃの顔がぱっと明るくなったような気がした。
なるほど、こうやって信長兄ぃを導くのか。
俺の為に実演してくれたのか?
よくわからんが、やはり年の功というものか。
この和尚も油断できないな。
これで平手政秀の葬儀の日取りが決まった。




