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魯坊丸日記 ~魯坊人外伝 第三章「魯坊丸の日記は母上の楽しみ」~  作者: 牛一・冬星明


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62. 滝川一益と橋本 一巴と織田式鉄砲(信長にバレる)

天文二十一年十一月一日。

 早朝に朝駆けで出掛ける信長も月初めは城内にある天王社(那古野神社)の参拝からはじまる。

 身近な配下と近隣の領主も参列し、それが終わると大広間で会議となる。

 この席に魯坊丸は呼ばれていない。

 千秋家の当主と供に、熱田神宮の月次行事に参加しているからであった。

 信長は家老や重臣の話を聞き、家臣らもそれに耳を傾ける。

 大広間に入れて貰えず、廊下で話を聞いているのが、信長の側近衆であった。

近習、馬廻り、小姓という役職を頂いた者は信長の後ろに控えており、その筆頭である岩室長門守は信長の後ろで控えていた。

 滝川一益も鉄砲方という役職を貰っていたが、部下を持たない名前だけの役職であり、廊下から話を聞くだけの存在であった。

 そんな一益は中を眺めながら思っていた。

 半年前まで、那古野周辺の領主しか顔を出さなかったが、筆頭家老の林秀貞様が戻ってくると、春日井郡と海東郡の領主も顔を出すようになった。

さらに、新参者として中島郡の領主の顔があった。

 佐久間信盛のあからさまな作り笑顔が面白く思えた。

 新参者の中島郡の領主が信盛を追い越して家老になり、信盛の上座に座っていたからだ。


さて、会議が終わると宴会となる。

一益らの席は廊下であり、配られたにごり酒を手尺で飲んでいた。

そこに清酒を持った橋本(はしもと)一巴(いっぱ)がやってきた。


「一益、こちらも一献いかぬか」

一巴(いっぱ)か。頂こう」


 茶碗に注がれた清酒を一益が一気飲みし、一巴に愚痴を漏らした。


「同じ鉄砲方なのに、俺はこちらでお前はあちら、不平等ではないか」

「俺は父から少ないながら領地を分けて貰った」

「片原一色城(津島の北側、愛知県稲沢市)の城主様か」

「中島郡になりますが、勝幡の信実(のぶざね)様に従っています」

「やはり津島の商人と、熱田の加藤家にコネがある奴は違うな」

「自ら堺に行って、独力で堺商人とのコネを作った一益を尊敬するぞ」


 一益と一巴の関係は悪くなかった。

 だが、二人の立場はまったく違った。

 一益は信長に召し抱えられ、一人扶持の俸禄を貰っているが、独身で家臣もいない。

 一方、一巴は中島郡に百石、信長の師として召集されたときに百石を貰い、家臣・兵・小者、そして、妻と子を持っていた。


「同じような屋敷に住んでおるのに、お主は家臣も妻もいる」

「愚痴るな。其方は若い。年の差だ」

「大して変わらんであろう」

「いやいや、まだ二十代の其方と、四十に近づく俺とは違うわ。其方はこれからだ」

「そうなるか?」

「そうさ。信長様は鉄砲の価値を理解されておる。そして……」

「ろぼ」


 一益が「魯坊丸」と口にしようとすると、一巴が手で一益の口を塞いだ。


「迂闊なことをしゃべるな。どこに敵がいるかわからん」

「そうであった」

「其方があれを持ち出したと聞いたときは背筋が凍ったぞ。見つかるな」

「あれの違いが分かる者などおらん」

「とにかく、気をつけよ」

「わかっておる」

 

 大広間の宴会は朝まで続く。

 大半の者は信長が席を立つと、帰り支度をして帰って行く。

 他家の家臣や従者は二の間や広場で酒が出されているが、泥酔するほど飲む者は希であった。

また、兵は非番の者以外が泥酔することは許さないと信長が宣言していた。

 非番は四ヵ月に一度ほど回ってくる。


 さて、信長が席を立つと、一益は信長の小姓に誘われた。

 城で部屋を与えられている者らは、酒を持ち帰って二次会が始まる。

 気心の知れた仲間に誘われて、気分よく部屋に入った瞬間に一益の背筋が凍った。


「長門を除き、他の者は席を外せ」


 いるはずのない信長が近習部屋にいたからであった。

 しかも見慣れた鉄砲が三丁も並べられていた。

 一丁は堺の商人から買った一益の鉄砲、もう一丁は一巴から買った国友の鉄砲、そして、最後の一丁は、鉄砲鍛冶の坂口作之助に頼んで借りてきた新式鉄砲であった。


「まぁ、座れ」


 信長に勧められると、一益は“はぁ”と小さく答え、鉄砲を挟んで腰掛けた。


「悪いが其方の屋敷で家捜しさせてもらった」

「なぜでございますか」

「頻繁に悪童(あくとう)の所に出掛け、戻ってくると、東の空堀の底で鉄砲の練習に精を出していると聞いて気になった」

「左様でございますか」

「これが堺、こちらが国友、では、これは何であるか」


 一益の額に滝のような汗が流れた。

 例え、主であっても答えられないことがあった。

 一益は手打ちになる覚悟をした。

 しかし、信長は頑なに何も答えない一益を不思議なことに追い詰めなかった。


 ◇◇◇


天文二十一年十一月二日。

 揚座敷(あがりざしき)で拘束され、翌日の昼前に信長の部屋の隣に連れて行かれた。

 その間、一益の心は複雑であった。

 咄嗟に死を覚悟したが、一晩放置されると命が欲しくなった。

 信長様らしくなかったのは何故だ?

 鉄砲の秘密も少しくらいならば話してよいのではないか?

魯坊丸様も許してくれないだろうか?

などと心が揺れ出していた。

 しばらくすると、橋本一巴も連れて来られた。


「まったく、気を付けよと言った手前で呼び出しか」

「すまん。どうしてバレたのかもよく分からん」

「俺は信長様の使者として国友や堺に行っていたから、『赤塚の戦い』や『萱津の戦い』に参加しておらんが、其方は信長様と戦ったのだろう」

「俺は松葉城を囲んで鉄砲を打っておった」

「赤塚の戦いが終わってから、魯坊丸様が那古野に足を運ばれるようになった。常備兵を用意されたのも魯坊丸様と聞く。常備兵や我らの住まいまで建てて下された。那古野で影響力が増している魯坊丸様に近づいたから警戒されたのだ」

「今まで何も言われなかったのだ」

「俺も久しぶりに顔を出した。もちろん、小者に変装した。商家で着替えさせて貰い、使いの振りをして鉄砲小屋に顔を出した。すると、お主が普段着で訪ねていると聞いてびっくりしたぞ。しかも試作品を持ち帰ってと聞いて二度もびっくりした」

「一巴も試したであろう。どう思った」

「凄い。その一言だ」

「一巴もそう思ったか」

「だが、実戦では使えんぞ」

「だから、いろいろと試してみたかったのだ」


 魯坊丸が造らせた新式の鉄砲にはライフリングが仕込んであった。

それによって命中精度が今までの比ではなかった。

しかし、柔らかい軟鉄で造られた銃身は連射すると変形して使えなくなる。

 その欠点を補えれば、実戦で使える。

そう考えて、一益はいろいろ試したが、結果は同じであった。


「何かわかったか」

「堺や国友の鉄砲のように周囲を固めれば使えないかと思ったが駄目そうだった」

「どういうことだ」

「十分に熱を冷まして使用を繰り返すだけで、中がゆっくり変形していった。戦場で無理をすれば、銃身を交換する必要となる」

「なるほど、時間をおいて何発打ち続けられるかを試したのか」

「その通りだ」

「魯坊丸様は失敗の報告でも喜ばれるだろう」


 二人で話していると、外から大勢の足音が聞こえてきた。

 信長と近習らが部屋に戻ってきた。

 そして、障子が開くと近習や小姓も部屋に入って来た。

 山口(やまぐち)飛騨守(ひだのかみ)前田(まえだ)利家(としいえ)佐脇(さわき)良之(よしゆき)がギラリと睨み、飛騨守が「裏切り者め」と低く呟いた。

 障子は一度閉められた。

少し待つと、信長の部屋に誰かが入ってきた。


「お呼びにより参上致しました」


 その甲高い少年の声は魯坊丸であった。

 信長が一益から取り上げた鉄砲を見せ、魯坊丸を問い詰める。

 魯坊丸はのらりくらりと話を躱した。

 信長も試し打ちをしたらしい。

 撃ちやすい鉄砲であると褒めていた。

 突然、障子が開かれた。


「そう警戒するな。一益から鉄砲のことはすべて伺った」

「そうでございますか」

「この尾張で鉄砲を造っているとは思わなかったぞ。よくも裏切ってくれたな」

「お戯れを、始めから知っていた……の間違いでありませんか」

「ふふふ、その通りだ」

「お人が悪い。証拠で上がるまで家臣を騙すとは」

「其方に言われたくないわ」


 信長が不敵に笑うと、魯坊丸は可愛らしくにっこりと微笑む。

 猫と鼠の化かし合いだ。

 ただ、この鼠は知恵が回る。

 一益はここに来て、始めから信長は魯坊丸が鉄砲を造っていると見透かし、その証拠を探していたと知った。

 中根の鉄砲小屋に通っているのを放置して、決定的な証拠が手に入るまで待っていた。

 一益は自分の思慮のなさを後悔する。

 そこに魯坊丸が一益に問うた。


「一益、この鉄砲の欠陥を言ってみよ」

「はぁ、この欠陥ですか」

「そうだ。鉄砲として使い物にならん理由を教えてやれ」

「鉄砲として使い物にならんだと」


 信長が驚くが、一益は当然のように話し出した。


「この銃身は柔らかい鉄で出来ており、数発も続けて打つと銃身が曲がって使いものにならなくなります。しかも溝を掘った為に、連射すると妙な歪みが出てしまいます」

「銃身が曲がるのか」

「はい、曲がります。最悪の場合は玉が打ち出せずに暴発する危険性があります」

「柔らかい鉄と言ったな。堺や国友の鉄砲は固い鉄を使っているのか」

「いいえ、ほとんど鉄砲は同じ鉄を使っております。しかし、曲がらないように外側を強化しております」

「ならば、これもそうすればよい」

「できません」

「何故だ」

「命中精度を上げる為に、特殊な溝が潰れてゆきます。一度の戦で銃身を交換せねばなりません。一体化すると交換ができず、廃棄することになります」

「であるか」


 高額な鉄砲が一度の戦で使い潰しなどあり得ない。

 信長が残念そうな顔をした。

 だが、信長の切り替えは早かった。


「致し方ない。魯坊丸、新式の鉄砲は諦めてやる。これまで黙っておった罪として、所有している鉄砲をこちらに譲れ」

「無茶を言わないで下さい」

「タダとは言わん。銭は払おう」

「那古野にそんな余裕はありません。信長兄ぃより、俺の方が那古野の懐具合には詳しいことをお忘れですか」

「忘れておらんぞ。代金は十年分割だ。金利は付けるなよ」

「滅茶苦茶ですね」

「お前の事だ。大量生産を考えておるのであろう。となると、いずれは鉄砲も安くなってゆく。今の値で買ってやると言っているのだ。大儲けではないか。何丁持っておる」

「使用できる鉄砲ならば五十丁です。すでに売り先が決まっている分もありますので、それ以上は回せません」

「五十丁か。致し方ない。なるほど、使用できるであるか。他にもあるな」

「月に一丁、無理をすれば、二丁の生産が可能です」

「では、それも買ってやろう」

「続けて、無茶を言いますね」

「どうせ、鯖を読んでいるのであろう」


 魯坊丸が五十丁と言った瞬間、一益の瞬きが早くなった。

 一巴が後ろからバランスを崩して一益に体をぶつけた。

 一巴は「スマン、スマン、足が痺れた」と言いながら、唇に人差し指をそっと当てた。

 黙っていろとの合図だ。

 一益も軽く頷いた。

 魯坊丸が造る鉄砲は銃身を含め、すべてが取り替え式であった。

 一益は見ていた。

 鉄砲鍛冶の倉庫には、銃身のない鉄砲が三百丁以上も眠っていた。

 銃身を溶かして、鋼鉄製の銃身に取り替え予定なのだ。

 普通の鉄砲は鉄砲鍛冶が最初から最後まで一人で造る“あつらえ品”であり、部品の一つですら交換が利かない。

 魯坊丸が言った五十丁は、新人教育の課題で造らせている鉄砲のことであった。

 信長に対して、魯坊丸は嘘を言わないが、真実は言わない。

 真実と嘘を混ぜ込む。

そんな駆け引きに、一益がゴクリと唾を飲み込んだ。

 信長が一益と一巴を見て言った。


「其方らは魯坊丸を監視して、何をやっているかを知らせよ」

「そんなことをすれば、出入り禁止に致します」

「儂の家臣だぞ。勝手に使って、その言い草があるか」

「有能だから使っておりますが、別におらずとも構わないのです」

「儂を信用できんのか」

「信用できるならば小出しに致しません。父上くらいの度量を身に付けて下さい」

「まだ足りんか」

「全然足りておりません」


 ちぃ、信長は舌を打つと立ち上がった。


「大義であった。もう帰ってよい。儂は帰蝶の部屋に行く。誰も付いて来ずともよい」

「信長様。この二人の罰は如何致します」

「魯坊丸の預かりとする。好きに使え」

「ありがとうございます」

「信長様。この二人の罰は?」

「すでに処分は終わった。以上だ」


 信長はそういうと部屋から出て行った。

 近習と小姓が不満そうに、一益と一巴を睨み付けていた。

 魯坊丸が吠えた。


「お前らは揃いも揃って馬鹿者か」

「信長様の弟君と言えば、その良いようはご無体でございます」

「信長兄ぃの役に立とうと、俺の懐に入り込んで情報を盗もうとする二人の方が有能ではないか」

「それでは我らが無能とでも言いたいのですか」

「違うというならば、俺に示してみせよ。一益と一巴は俺預かりとなった。最初の命令だ。那古野周辺の農民を集め、冬の間に百人は鉄砲を撃てるように仕立てろ」


 魯坊丸も信長と同じく無茶を言った。

 一益からすれば、農民に鉄砲を教えるのは、馬が鉄砲に怯えないように躾るほど難しかった。

 それを一冬のみで?


「そんなに急ぐのでしょうか?」

「馬鹿か、信長兄ぃはすでに鉄砲五十丁ほど持っておる。そこに五十丁が加わるのだぞ。次に戦が起ったら、信長兄ぃはどうすると思う」

「あっ、使うと……」

「そうだ。その時、打ち手が百人おらねば、癇癪を起こすぞ」

「急ぎ、育てます」

「表札を立てよ。練習に来た者には、飯を腹一杯食わせる。餅の土産を持って帰らせよう。鉄砲を撃てるだけで手柄首一つ分の褒美を与える、と触れ回れ」

「そのようなことを勝手に……信長様の許可を貰わねばなりませんが」

「不必要だ。後で言っておく。嫌とか言えば、俺が補填するから問題ない」

「分かりました」

「他の者も役に立ってみせよ。そうすれば、認めてやる」


魯坊丸はそう言って帰っていった。

その後、近習と小姓らから愚痴や嫌味を言われたが、信長の逆鱗に比べると楽なものであった。

 とにかく、一益と一巴は首が繋がってほっとした。

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