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魯坊丸日記 ~魯坊人外伝 第三章「魯坊丸の日記は母上の楽しみ」~  作者: 牛一・冬星明


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58.飛鳥井雅春からの手紙

予約入れたつもりが予約が入っていませんでした。

遅れて済みません。

ここ数週間は、国外の様子を描いております。

 天文二十一年十一月下旬

飛鳥井(あすかい)-雅春(まさはる)が尾張に下向し、その手紙が近衛(このえ)-稙家(たねいえ)に届けられた。

 手紙を読んで満足した稙家は息子の晴嗣(はるつぐ)を連れて室町殿〔花の御所〕へやってきた。

 公方の住まいは四季折々の花木が植えられ、美しい庭園から室町殿を『花の御所』とも呼ばれていた。

 だが、戦乱によって見る影もないほどに荒れ果てていた。。

 今年の春、京に戻ってきた公方のために織田弾正家をはじめとする多くの大名の献金によって、どうにか住めるように手を加えられたが、正面門の脇にはいまだに焼けただれた壁が痛々しく残されていた。

 稙家はそれを見て溜息を吐いた。


「晴嗣、何故に修復が終わっておらんのだ」

「公方〔足利(あしかが)-義藤(よしふじ)義輝(よしてる))〕様が朽木に避難している間、野盗が寝床にして出火させた跡でおじゃります」

「知っておる。それは何ヶ月前の話だ」

「あちらに見える別館を先に建てたからですね」

「由緒ある『花御所』を後回しにするとは嘆かわしい」

「それだけ公方様は三好-長慶を警戒しています。花御所の防備では心許ないと」

「それはわかる。だが、花御所が先であろう」

「長慶と戦っていない麿には止められません。また、東山霊山にも新たな城を築城しており、花御所の修復費まで手がまわらぬのでおじゃりましょう」

「嘆かわしい」


 公方が住む御所は室町通りに面しているので室町殿とも呼ばれ、四季折々の花木が植えられ、美しい庭園から花の御所とも呼ばれていた。

 稙家と晴嗣が玄関で嘆いている頃、寝殿(しんでん)では政所執事伊勢(いせ)-貞孝(さだたか)が比叡山延暦寺の訴状を持ち込んでいた。『天文法華の乱』で京より追放された法華宗が帰参を許され、町衆と組んで京都の治安維持に乗り出し、その影響力を増していた。


「法華宗の僧が勝手に『絹衣(きぬえ)』を着用しておりますので、それを禁止して欲しいとのことです」

「また面倒なことを言ってきたな」

「比叡山延暦寺は三好の横暴を批判しており、その先鋒であった対馬守〔山本(やまもと)-尚治(なおはる)〕の小倉山城(山本館)が落とされて苛立っております」

「苛立っておるのは比叡山延暦寺のみではない。余も奉公衆を攻めた長慶に苛立っておる」

「対馬守は晴元殿に近く、比叡山を後ろ盾に三好を真っ向から批判しておりました。法華宗の寺を襲った為に、法華宗の僧が三好に泣き付いたのが起こりでございます」

「承知しておる」


 公方は顔を歪め、持っている扇子を強く握りしめた。


江口(えぐち)で晴元が無残に負けねば、こんな事にならなかったのにのぉ」

「そうですな。『江口の戦い』〔三年前、天文十八年六月〕がすべての原因です。晴元殿の悪い癖で、一度でも裏切った者は信じられない。ゆえに、元々敵だった長慶を排除しようとして、飼い犬に噛み付かれました」

「あの戦を負けた為に、父君〔足利(あしかが)-義晴(よしはる)〕は近江の坂本に避難するしかなかった」

「京に入った細川氏綱殿と三好長慶も、京の治安を治めるのには不慣れにございました。そこで、町衆と繋がりの密な法華宗を利用したのです」


 戦国の都は壁で仕切って区画ごとに守りを固めていた。

 そして、法華宗諸本山は僧兵を出し、町衆と一緒に京の治安を維持した。

 それに目を付けたのが長慶であった。

 長慶は法華宗を利用して都の治安を維持した。

 当然、法華宗と敵対していた比叡山延暦寺は幕府方を表明して反三好の先鋒となった。


「長慶め。これ見よがしに岩倉の小倉山城(山本館)を攻め、その周辺の寺を焼き払いおった」

「比叡山も黙っておりませんが、長慶が持ってきた二万の軍勢の前に手も足も出せません」

「その通りだ」

「余が長慶に命じて兵をやっと下げさせたというのに、腹いせに法華宗が着用する『絹衣』を上訴してきた訳か」

「比叡山の僧も厄介でございますな」

「役に立たぬ癖に、問題ばかり起こしよる」


 絹衣とは絹を用いた豪華な着衣であり、主に天台座主(貫主)や高位の僧侶が法要などの公式な場所のみで着用を許される特別なものであった。だが、法華宗の僧は町衆からの献金で金銭にものを言わせて身に付けていた。

 公方は伊勢-貞孝に命じた。


「比叡山の僧の訴えはもっともである。法華宗諸本山にそう伝えよ。従わぬならば、禁令を発すると」

「畏まりました。しかし、法華宗の僧が従いますか」

「従わせるのが貞孝の仕事であろう」

「仕方ありません。長慶殿と面会し、長慶殿に納得して頂いた後に法華宗の僧を説得致しましょう」

「何故、余が長慶の顔色を窺わねばならんのだ」

「長慶殿が奉公衆の一部と元管領殿と結託していると疑われておるからです」

「余は晴元も切った。晴元の息子を長慶の人質とさせた。それ以上、余に何を望む。不遜であろう」

「丹波の戦況が芳しくないと思われます」

「いっその事、長慶が死んでくれれば、楽になるのに」

「物騒なことを言わないで下さい。血の気の多い奉公衆が動きかねません。二年前の奉公衆進士(しんじ)-賢光(かたみつ)殿が暗殺を企てました。公方様はお忘れかもしれませんが、長慶殿は覚えておりますぞ」

「かの者の忠義は忘れておらん」

「また、そういうことを言われる」

「貞孝は三好贔屓過ぎるぞ」

「三好の力を借りなければ、幕府は京の治安を維持できません」

「もうよい、下がれ」


 そこに近衛親子の来訪を告げる側近が入ってきた。

 公方は二人を寝殿にくるように命じると、貞孝と入れ替わるように部屋に入ってきた。そして、稙家は飛鳥井-雅春の手紙と一緒に、信長の書状を差し出した。

 信長の書状には、公方様より名指しで上洛を願われたことに感銘を受け、必ず上洛を果たすと書かれていた。


「稙家、この信長、先代と同じく幕府の忠義が厚いと見える」

「飛鳥井卿もそのように感じております」

「しかし、忌々しいのは今川-義元だ。余の仲介を無視して、織田家へのちょっかいを止めぬ」

「今年の春に先代の信秀殿が亡くなると、家老の山口(やまぐち)-教継(のりつぐ)を調略し、信長殿が和睦を破らざるを得ぬよう仕向けました」

「足利一門衆である義元は何を考えおるのだ。幕府を蔑ろにし過ぎではないか」

「まったくその通りでございます。そう言えば、飛鳥井卿の手紙に望月の息女が面白いことを言っておりますな」

「義元が伊勢経由で上洛を果たせば、信長も安心して上洛できると申したと書いてあるな。何故、望月の娘がそこまで口を挟める」


 公方がそう問うと、稙家の横に控えていた晴嗣が口を開いた。

 晴嗣は織田家に官位を与える為に奔走し、信長の名代として魯坊丸を指名した。

 公方は朝廷が魯坊丸の名を出すまで、まったく知らなかった。

 晴嗣は協力して貰った山科卿の話を公方にした。


「帝がお気に入り御神酒を熱田から京に運ぶのに信秀はんは苦心しはりました。それを助けたのが望月家でございます」

「あぁ、そういうことか。近江の望月家は東国から運ばれてくる馬の放牧地であったな」

「望月家は六角家の重臣でございますが、京へ運ばれる馬を預かっています。御神酒を運ぶ馬の銭を織田弾正忠家が支払い、馬を望月家が用意しました。これが織田弾正忠家と望月家の関係のはじまりやそうでおじゃります」

「それで望月-出雲守は娘を尾張に送ったのか」

「酒造所は熱田神宮の土地に織田弾正忠家が銭を出して建てた。責任者は魯坊丸になっており、魯坊丸の側近にご息女を置けば、酒の運搬で熱田商人らと連絡が付きます」

「それがきっかけか」

「山科卿より、そう聞いております。そして、望月家は六角家臣であり、六角家も信秀殿に近づきました」

「この手紙に但馬守〔六角家老後藤(ごとう)-賢豊(かたとよ)〕が官位の祝いを魯坊丸に送ってきたとある。六角家はそれほど魯坊丸を重視しておるのか」


 その問いに晴嗣は首を捻った。

 六角家が信秀を高く評価しているのは知っていたが、魯坊丸との関係は知らなかったからだ。

 父の稙家が割って入ると語り出した。


「信秀殿は琉球交易に手を出した。ご存じでしょうか」

「聞いておる。酒と琉球交易が織田弾正家の力の源であろう」

「その通りです。それを受け継いだのが、魯坊丸だから六角家は魯坊丸を高く評価するようになったのでしょう」

「誠か?」

「飛鳥井卿より、秘中の秘ゆえに手紙に書かず、使いの者に言伝と伝えられました」

「何と申しておるのか」

「織田弾正家は危うい均衡の上に立っておると」

「危うい均衡だと」


 公方の脳裡に、信長と信勝の対立が浮かんだ。

 対外的に今川-義元と争いながら、尾張国内では身内で争っていた。

 誰もが知る尾張の現状であった。


「尾張の拮抗は信長と信勝の対立ではなく、“三すくみ”でございます」

「三すくみだと。魯坊丸がそれほどに優秀なのか」

「いいえ、優秀かどうかという意味ではございません。魯坊丸が関わった商売は大儲け、清酒しかり、琉球交易しかり、銅山しかり、悉く成功しており、商人にとって『福の神』であり、抗うことなどできません」

「福の神か、それは抗い辛いな」

「そして、尾張の武将にとって厄介な“疫病神”でございます」

「疫病神とは、奇っ怪なことをいう」

「飛鳥井卿が尾張を巡った結論でございます。信秀殿が病に倒れ、勢いを取り戻していました清須の織田大和守家は信長殿に喧嘩を売って敗れました。本来ならば、その勢いのままに末森の信勝殿を従える所ですが、信長殿はそれができません」

「何故だ。ほぼ尾張を手中にしておるのであろう」

「いいえ、熱田衆と津島衆は“福の神”に従います。信長殿は“福の神”の意見に従って、織田弾正家の家督を譲ると、織田大和守家に勝つことができた。“福の神”との約定を破れば、信長殿に災いが降ってきて、織田大和守家のように衰退するかもしれない」

「魯坊丸は腫れモノのようだな」

「那古野の武将、尾張の中立、様々な神社・仏閣の神官と僧侶が、このように言っているそうです。触らぬ神に祟りなし」


 魯坊丸の実力を知る者は少ない。

 だが、噂だけは広まっており、那古野の家中では、信長が魯坊丸を気遣っているように見えていた。

 七歳の意見を聞く信長の姿に不満を溜める武将が多くいた。

 その者らの話を聞いた飛鳥井-雅春は、尾張中に魯坊丸に対して、賞賛する者と不満を溜めている者がいることを知った。

 だが、そのどちらにも共通するのは、“絶対に敵対したくない”という結論であった。

 熱田明神の生まれ変わりかは置いておくとして、“危うきに、逆らわず”という風潮が形成されていたと伝えていた。

 そりゃ、誰も“天罰”とかいう訳のわからないものを引き入れたくない。


「熱田衆と津島衆を仕切っているのは魯坊丸という訳か」

「さあ、どうなのでしょう。ですが、帝の目に留まるほどの強運の持ち主というのは間違いございません」

「帝の目に……はじめて聞いたぞ」

「おいそれと言えることではありません」

「余にも明かせぬか」

「それはともかく、熱田衆、津島衆と同じく、堺衆も“福の神”の御利益を手に入れたい。その堺を手中にしている三好家も魯坊丸を無視できなくなっております」


 がばっと公方は立ち上がり、障子を開けて武衛屋敷の方を見た。

 信秀の命で、武衛屋敷が再建中であった。

 夕日に照らされた屋根が赤黄金色に輝いていた。

 その輝きは金閣寺に負けぬ美しさであった。


「屋根に銅板を張り付ける財力を引き継いだ魯坊丸か」

「今後、注目せねばなりません」

「織田弾正忠家の財力を三好に渡す訳にはゆかん。何としても手に入れる。晴嗣、余を手伝え」

「もちろんでおじゃります」

「魯坊丸か、会うのが楽しみになってきたな」


 若い義藤が野心を巡らせていた。

 含み笑いを零しながら、美しい武衛屋敷をしばらく眺めていた。


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