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魯坊丸日記 ~魯坊人外伝 第三章「魯坊丸の日記は母上の楽しみ」~  作者: 牛一・冬星明


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53.飛鳥井雅春との対面

 天文二十一年十月二十二日

飛鳥井(あすかい)-雅春(まさはる)は寄り道もせず、十八日に平手-政秀の屋敷に到着し、十九日に信長兄ぃと那古野城にて面会した。翌々二十一日に末森城で信勝兄上と会った。

 信勝兄上は信長兄ぃが先だったことに不満を言っているとか。

 三河守だった親父から素直に引き継げると考えていた。

 まったく阿呆だ。

 三河守は今川-義元も欲しがっており、平手の爺さんの活躍がなければ奪われていただろう。

 そんなに順番が気になるならば、信勝兄上も京へ使者を送ればよかったのだ。

 もっとも京に使者を送っても会ってくれない。

 織田家の窓口は、権中納言広橋(ひろはし)-国光(くにみつ)、参議・右大弁勧修寺(かじゅうじ)-晴右(はるみぎ)、美濃権守庭田(にわた)-重保(しげやす)が窓口となるが、官位を持たない者が行っても会ってくれない。

 俺は親父の名代として贈り物を贈った人脈が使えるので会えなくはない。

 また、信光叔父上の人脈を引き継いだ。

 さらに熱田神宮で挨拶した公家などを頼る手もある。

 裏技で堺の商人らを使う手もある。

 信勝兄上は斯波家の取次役が親父(織田-信秀)だったから、信勝兄上は幕府の尾張取次役の大舘(おおだち)-晴光(はるみつ)を頼って紹介状を得るのが一番だろう。

 というか、信勝兄上は幕府に跡目の挨拶状を送ったのだろうか?

 千秋-季忠から頼まれた俺は信長兄ぃの挨拶状を各方面に送らせてもらったが、信勝兄上からは頼まれていないので送っていない。

 こういう世界は多額の献金と長年の信頼がものをいう。

 すべてを兼ね備えているのは織田弾正忠家の取次役である平手の爺さんである。

 何もせずに信勝兄上は三河守が手に入った。

 平手の爺さんに感謝する所だろう。


 さて、俺もたくさんの公家と会ってきた。

 参議のような高い身分の者ではなく、従六位以下が多かった気がする。

しかも今川家の息が掛かっている。だが、別に反織田派ではない。

 それが公家のしたたかさだ。

 今川家と織田家の間を巧く立ち回って、より大きな収入源にしようと試みる。

 俺も利用させてもらう。

 俺は親父の言いなり、千秋-季忠と望月-千代女の傀儡と噂され、お行儀のよい人形を演じてきた。

 俺の本性を知る者は多くなかった。

 だが、親父が死に、信光叔父上が敵方に回ると、俺が表舞台へ立たねばならない。

 懇意にしている大名や領主、商人などに信光叔父上に代わって、様々な取引を俺が一手に引き受けたと手紙を送ったのは先日〔今年の秋〕のことだ。

 織田-魯坊丸とは誰だ?

 畿内で俺の話題が急上昇しているのも承知している。

 しかし、先日まで無名だった俺に朝廷から『典薬寮(てんやくりょう)の従五位下典薬頭』は破格過ぎる。

 殿上人の考える事がわからない。

 

 二十二日、熱田神宮で上座に腰掛けた飛鳥井-雅春が俺を値踏みするような目で見ていた。

 まず、飛鳥井-雅春は祝いの品を褒めてくれた。

 親父が死んで信長兄ぃが家督を継いだ挨拶で贈った品のことだ。

 もちろん、贈り主は信長兄ぃであった。

 艶やかな漆の入れ物に見事な手鏡や椎茸など、おまけに葛根湯(かっこんとう)である。

 雅春は信長兄ぃにも礼を言ったらしい。


「信長様はお品のことを詳しくおじゃりませんでした。魯坊丸様が決められたのでしょうか」

「千秋様をはじめ、皆様の意見に従いました」

「そうでおじゃりましたか。ほんに、よいものをおおきに」

「喜んで頂けて感無量でございます」


 雅春は信長兄ぃに土産の礼を述べて百貫文相当も頂いてよろしかったと尋ねたと報告を受けている。多くの公家に同様の品が送られ、その総額を聞いた信長兄ぃは動揺を隠せなかったようだ。

 念の為に言うが、茶器・漆器・小物・反物・椎茸などはすべて熱田産である。そして、百貫相当と言っても原価は十貫程度であり、しかも高貴な者が好んで使ってくれると売れ行きがよくなるので高値で取り引きして貰える。

 広告料と考えれば、そう商人らを説得したので俺に損はない。

 また、雅春から信長兄ぃに元関白近衛(このえ)-稙家(たねいえ)の言づてが伝えられた。信長兄ぃは公方様への忠義を誓っているので、是が非でも信長兄ぃを上洛させたいと考えているのがわかった。


「魯坊丸様は山科卿が言われた通りの方でおじゃります」

「なんと言われたのでしょうか」

「三河守〔織田-信秀〕に負けず劣らずの食わせものでおじゃりますと言っておりました」

「山科様と、そう多く面識はないと心得ておりましたが」

「帝へ献上される御神酒を誰が造り、誰が取り仕切っておられるのか。大酒食らいの山科卿の目をくらまかすなど無理でおじゃりましょう」

「無理ですか」

「ですが、御神酒を造る魯坊丸様にとって誰よりも心強い味方となると、麿が保証致しましょう」


 やはり公家は侮れない。

 二年前から俺が黒幕と目星を付けていれば、官位の話も突然ではなかったのかもしれない。

 下手に隠すより味方にしておくか。

 俺は控えている千代女に目線を送った。


「若様。本日は、“投石”奉納試合の決勝日です。勝負の前に一言お願いするとの事です」

「相判った」

「魯坊丸殿、投石の奉納試合でございますか」

「宜しければ、飛鳥井様もご覧になられますか。尾張の百姓の遊びですが、一番を決める催しを開いております」

「それは是非。ご同行させてくだしゃりませ」

「明日は相撲の奉納試合もございます」

「相撲ですか」

「兄上は相撲好きで自らも出場しておりました。残念ながら準決勝で(ばん)-直政(なおまさ)に負けました。その塙と怪力の簗田(やなだ)-政綱(まさつな)を下した元興寺の怪力僧であった道場法師(どうじょうほうし)の子孫を称する道家(どうけ)-清十郎(せいじゅうろう)の一戦でございます」

「ほぉ、それは楽しみでおじゃります」


 清十郎の父は信長兄ぃに尾張守を譲ってくれた道家-尾張守である。

 鎌倉時代の摂家九条道家によって建立された光明峯寺が建立され、九条道家は美濃・尾張・三河に領有した荘園の貢租徴収を代々務めた。

 道家家が代々尾張守を継承してきたが、継承できた理由が面白い。

 何でも『尾張』は『終り』に通じ、縁起が悪いので欲しがる者がいなかったからだ。

 教養深い雅春は道場法師の逸話を知っており、興味深そうであった。


「信長兄上もご観覧されるそうです」

「信長殿も来られるのか。それは楽しみでおじゃります」

「信長兄上は相撲好きなので話がはずむことでしょう」


 昼から投石の奉納試合がはじまった。

 俺は雅春と一緒に観戦した。

 明日の相撲観戦の前に、信長兄ぃと打ち合わせをしておきたいと使いを走らせた。


第一巻では、熱田王将戦の決勝日と書いていますが、外伝では投石の決勝戦としております。


第一巻の時間系列を実際に書き直すと、矛盾が生まれました。

時系列だけを並べて書くのと、実際に詳細を詰めるのとでは齟齬が出てきます。

申し訳ございません。


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