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魯坊丸日記 ~魯坊人外伝 第三章「魯坊丸の日記は母上の楽しみ」~  作者: 牛一・冬星明


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50.信長紙幣

 天文二十一年十月十五日

 昨日は信長兄ぃの紙幣の説明攻めでほとんど仕事ができなかった。

 しかし、連れてきた侍女らが俺の代わりに働いてくれた。

 帳簿のチェックを早々に済ませ、滞っている箇所の処置の指示も出してくれた。

 残るは判断待ちの箇所だった。

 というか、河川の通り道を変える捷水路(しょうすいろ)の計画が全然進んでいないことが判明した。

 土岐川(庄内川)は矢田川と合流する守山付近から那古野城へ続く用水路を引いており、、その志賀用水は近日中に完成する。これが完成すると那古野城周辺の水問題が解決する。

 また、那古野城から海まで続く排水路として掘川も完成している。これで城まで船で直接物資を運べるようになる。志賀用水で問題となったのは香流川から土岐川へ流れていた大幸川(だいこうがわ)との改修工事が面倒だった。

 立体交差にするか貯め池を作って水量調整機能を付けるかで揉め、立体交差で落ち着いた。

 川の橋が出現している。

 信光叔父上が強引に土地の交換を認めさせてくれたので大幸川はまったく新しい川となった。

 さて、土岐川に沿って走る大江用水も那古野城の西まで完成し、掘川と結べば那古野城より東の水田開発が本格化する。だが、そこから西はまったく進んでいなかった。

 信長兄ぃに期待するのは無理だった。

 合理主義で短気な信長兄まで問題が上がると相手を呼び出して「損はない認めよ」の一言で終わり、抵抗すれば首が飛ぶ。

 後々まで遺恨になりそうなので下級文官のみで処理しようと悪戦苦闘していた。

 下級文官の心遣いに気付かず、前田家を筆頭に家臣や寺々も粘り強く交渉を引き延ばしていた。

 前田-慶次郎に与えた塩田すら立派な土地になるのだ。

 湿地帯や荒れ地も価値になると理解できるのは偉いが、自分らで開拓できないのだからさっさと引き渡せばいいのに欲の皮が張って面倒なことになっていた。

 工事の進捗率は六割と悪くなかったのだが、その先の計画が皆無だった。


「まったく何をやっていたんだ」

「すみません」

「帰蝶義姉上を責めている訳ではありません。那古野周辺の寺々との関係は良好な筈です。ここまで進んでいない理由は何でしょうか」

「どちらも土地の所有を主張し、誰の土地かがわからない場所が多く残っていた為です」

「それだけですか」

前田(まえだ)-利春(としはる)殿が荒れ地や湿地帯も立派な田畑に変わると皆に教えたので、見向きもしなかった土地を互いに主張し出したのです」

「前田殿ですか。ろくなことをしませんね」

「利春殿に悪気はないのです。前田家の湿地や荒れ地の交渉はすぐに終わりました。揉めているのは、田畑を潰して荒川を造り直す案件のみです。それも減った分を補填する枠を渋っているだけで近いうちに合意できると思います」

「つまり、前田殿はすべてを理解して交渉しているが、焚き付けられた領主や住職らは意味もわからずに互いに土地を主張するようになったのですね」

「そんな感じです」

「やはり、ろくでもない奴です」


 帰蝶義姉上が困ったように笑った。

笈瀬川(おいせがわ)や荒川といった蛇行する河川を潰してまっすぐな用水川を引き直す。

 大幸川と同じことをする訳だ。

 先祖代々の土地を潰せないとか・・・・・・様々な理由を付けて交渉を有利に進めようとする。

 だが、那古野が出せる銭に限りがあった。


「交渉の下地をこちらが作りましょう」

「できるのですか?」

「割と簡単です。なぁ、千代」

「はい、すぐに終わります。ご家族が病魔に倒れた所に陰陽師が悪霊の仕業だと騒ぎ、若様を呼ぶように薦めます。あとは病気が回復すれば、皆が協力的になります」

「・・・・・・・・・・・・」


 帰蝶義姉上が黙ってしまった。

 後ろで聞いていた長門守が筆を落とした。

 何をするのか気付いたようだ。

 死に掛けた人を助けると、その人は熱田明神の熱心な信者となる。

 中根、八事、熱田で実証済みだ。

 この時代の人は神も仏も恐ろしく、それに抗うなんてことはできない。

 病人がいないならば、作ってしまえばよい。

 そうだ、自作自演の退魔騒ぎで人心を掌握する。


「帰蝶義姉上、何度も使いません。最初の一件のみです」

「一件ですか」

「帰蝶様。我々は何度も若様に足を運んで頂くような真似はいたしません。呪われる方が寝込む前に若様の事業を妨げる者は熱田明神の天罰が下ると噂を流しておきます。二度目は助けを求めても助からないと事前に噂を流せば、余程の愚か者でなければ抵抗しません」

「父上が魯坊丸とだけは争うなと言った意味が理解できました」


 帰蝶義姉上がそういうと、後ろの長門守も頭を下げた。


「私も魯坊丸様に逆らうつもりはございません」


 二人ともどういう意味ですか?

 蝮殿も俺をどんな人間と思っているのか、怪しく思えてきた。

 工事の進捗状況を鑑みても急ぐ必要もない。

 仕込みに三ヶ月。

 来年には交渉が締結できるように段取りを組んだ。

 

 午前で仕事を終わらせると、中根南城へ帰路に就いた。

 熱田神宮は素通りだ。

 十五日は月行事を行っており、河内-親忠が大宮司として取り仕切っている。

 清須が不利なので河内-親忠も焦って俺に近づこうとしている。

 “囲碁・将棋”奉納試合では一緒に並んだし、次の“投石”奉納試合でも席を一緒にする。

 これ以上近づき過ぎると、千秋-季忠との不仲説を言い出しかねない。

 要注意だ。

 途中で五郎丸屋敷に足を運んだ。

 五郎丸の『熱田屋』の本店は熱田の『旗屋』の隣に店を構えている。

 しかし、熱田屋の者は五郎丸屋敷を“本丸”と呼ぶ。

 熱田屋の重要案件は本店ではなく、五郎丸屋敷で決めるからだ。

 屋敷には、先客で祖父の大喜(だいき)-嘉平(きへい)がいた。


「魯坊丸様、おおきゅうございました」

「そうですか。爺ぃは会う度にそういいますね」

「爺の楽しみでございます」

「爺ぃも元気そうで何よりだ」


 爺の嘉平はいい年なのに自ら信濃まで塩を売りに行き、帰りに大量の灰を購入して戻ってきていた。信濃から飛騨には、魚を燻製にした薫鮭(くんけい)を運ぶ三角交易だ。

 馬借“橘屋”の塩行列には、同業者も便乗して軍団規模になる。

 当然、その規模の一団を盗賊も襲わないし、安く塩を運んでくる者を嫌がる領主もいない。

 信濃で塩を売り払うと、頼んでいた魚の燻製を受け取って飛騨を経由して戻ってくる。

 なぜ、薫鮭かと言えば、飛騨は日本海から塩を買っているからだ。

 火山灰は塩と同じ値段で俺が買い取る。

 嘉平は新たな塩村で作った塩を去年の三割安で売ってきた。

 今川方に奪われた笠寺の塩を出し抜く為だ。


「甲斐と信濃の塩を独占できたと、取らぬ狸の皮算用がはじけた駿河殿見てみたいものですな」

「五郎丸様も人が悪い。しかし、商売で魯坊丸様に勝てる者などおりません」

「駿河に行くと捕らえられそうで行けぬ。顔を見に行けぬのが残念だ」

「駿河と言えば、やっと船が完成したようで宜しゅうございましたな」

「これで気兼ねなく相模まで取引ができる」

「信濃、甲斐、相模と駿河様の思い通りに進まぬ訳ですな。ははは」

「その通り、ははは」


 二人の老人が高笑いをした。

 笑い終えると、五郎丸は真剣な顔でこちらに向いた。


「して、今日は何の御用でございますか」

「また、紙幣を作ってもらいたい。模様はそちらに任せる。表は織田家の家紋を入れた十文の文字。裏は那古野城を思わせる“()()み”に、特別印を入れてもらいたい」

「承知しました」

「魯坊丸様、五郎丸様、紙幣をそんな簡単に刷っても宜しいのでしょうか」

「木版を使った活版印刷(かっぱんいんさつ)があるので大丈夫だ。ただ、数千枚も刷れば、ダメになるのが欠点かのぉ」

「数千枚・・・・・・十文で数万貫文になるではないですか」

「十枚組みだから、その十倍になる」


 嘉平爺ぃが腰を抜かした。

 熱田屋の紙幣は紙に麻を混ぜ、雨にも強い紙を使用し、“漉き込み”と印を施す。

 さらに発給者と受取人の名前を書く欄を残し、使えるのは尾張国内の商人に限定している。

 紙幣というより藩札に近い。

 嘉平爺ぃが熱田札を取り出して呟く。


「しかし、不思議でございますな。これが銭とは」

「爺ぃも塩を売った代金が足りんときは貸付手形で受け取ってくるだろう」

「そうでございますな」

「手形も紙だ。熱田札は熱田屋が銭と交換すると言えば、重い銅銭より紙幣の方が便利になってくる」

「そう言われれば、そんな気もしてきます」

「銅銭も同じ。この一文銭に一文の価値が本当にあるのか」

「あるのかとは?」

「熱田と津島の商人が銅銭で取引をしないと言った瞬間に、銅銭はただのゴミとなる。紙幣も同じだ。熱田屋が銭と交換すると保証するから銭として使える」


 紙幣は苦肉の策だ。

 銅銭が大量にあれば、紙幣に頼るのはずっと先だった。

 しかし、銭が足りないとデフレになる。

 デフレとは銭の価値が勝手に上がる。

 持っているだけで価値が上がると、銭をため込む馬鹿が出てくる。

 流通が滞って景気が落ちる。

 景気を下げない為に銭を放出して流通を活性化する。

 銅が足りないなら紙で代用する。

 刷るだけで銭が生まれる。

 信用という目に見えないものだから、紙幣の発行は慎重でなければならない。

 でも、信長兄ぃの那古野の収入と同額までなら問題ない。

ドイツの経済学者ヒャルマル・シャハトは「金融の魔術師」と呼ばれ、財政が圧迫するドイツにおいて借金の限界まで借入れることで不況を脱しました。

その結果、国内の労働力と設備がフル稼働(完全雇用)に達した瞬間を限界とし、1930年代半ばのドイツの年間国家予算が約100億〜150億マルク程度であったため、約 120億ライヒスマルクを限界として借入れました。


つまり、日本の負債約1317兆円に対して、政府の資産は1020兆円であり、純負債は約297兆円となります。

国内総生産が600兆円ですから、借金の限界は200~300兆円の余裕がある訳です。


因みに、対外資産が1,659兆円を含めると、借金の限界は追加で1000兆円を超えるかもしれません。


無難な数値を見ても、借金で日本がデフォルトするなってことはないのです。



・日本の総資産 (2023年末): 約1京3,287.6兆円

非金融資産: 3,682.9兆円(土地、住宅、建物など)

金融資産: 9,604.7兆円(現金・預金、株式、保険など)


国有財産(2024年度末): 約140.4兆円(土地、建物、立木竹、公共社債、株式など)。

一般政府の金融資産(2024年度末): 約880兆円(株式・投資信託、対外証券投資が中心)。

普通国債残高(2026年度末見込み): 約1,105兆円~1,129兆円。

対外資産(2024年末): 約1,659兆円。

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