49.中島郡の臣従と砦建設
天文二十一年十月十四日
信長兄ぃは乗馬の奉納試合へ進出した。
半ば、そうなるのは予想されていた。
ここまで警備上の関係で、楓は信長兄ぃの対戦相手を調整して安全な前田-利家、平手-久秀、山内-盛豊、前野-長康と無難な者と対戦させた。
信長兄ぃにとって安全な顔ぶれであった。
抽選の本戦はどうしようもなかった。
可能な限り、怪しい奴は加藤らが処分してくれた。
本戦は障害物レースであり、落馬などで怪我がないことを祈るしかなかった。
可哀想なのは対戦相手だ。
露骨な進路妨害などで信長兄ぃを怒らせるなど怖くてできない。
しかし、手抜きをすれば不評を買う。
棄権などもってのほかである。
信長兄ぃに気付かれないように、さりとて勝ってしまわないように調整したとしか思えない結果となり、信長 兄ぃは奉納試合へ進出した。
そして、奉納試合も事実上のハンディ戦となっていた。
観覧席の帰蝶義姉上が気付いたくらいだ。
「魯坊丸、今の失速はわざとでしょうか」
「いいえ、馬がよれて信長兄ぃの進路を防ぎそうになったので手綱を変えたようです。その為に障害を飛ぶ好機を逃し、馬をつまずかせて失速しました」
「殿を避けた為ですか」
「殿の進路を防ぐなど、家臣としてできません。今の失速で信長兄ぃとの差が一気に縮みました。一角(コーナー)で内を走る信長兄ぃが追い付くでしょう」
対戦相手の荒川-喜右衛門は信長兄ぃの馬回りであり、手綱捌きは見事なものだ。
彼は家臣の鏡であり、主の進路を防ぐなんてことは絶対にしない。
常に最内コースを空けて先行していた。
喜右衛門は勝ち気な主に手抜きはできないとわかっており、全身全霊で勝ちを目指している。
しかし、序盤の蛇行コースで最内を空けてレースを運ぶというのは、倍近い距離を走ることを意味する。喜右衛門は大丈夫でも馬の体力が尽き、二つ目の障害を跳んだのに、馬が内によれた。
喜右衛門は手綱を引いて前足を変え、よれる方向を逆にしたが、三つ目の障害が近づいて跳ぶタイミングを逸してしまった。
強引に跳んだツケで大きくつまずき、三馬身あった差が一馬身へと縮まった。
観客の声が大きくなり、その熱狂がステージアップして湧いてきた。
残すは最後の一角のみ。
信長兄ぃが内側からじわじわと喜右衛門と迫ってゆき、180度のターンが終わったときは信長兄ぃが半馬身リードに変わった。
最後は直線勝負だ。
信長兄ぃと喜右衛門の鞭が走り、喜右衛門の馬がじわじわっと差を縮めた。
馬二頭が全力で疾走し、鼻差でゴールを駆け抜けた。
旗は当然のように“白”、“白”、“白”と信長兄ぃの先着を示した。
ここで喜右衛門の赤旗を上げる勇気があるならば、俺が褒めてやろう。
褒めるだけだけどね。
最後の逆転劇に観衆が大いに湧いた。
信長兄ぃは千秋-季忠から賞状と賞金をもらうと賞金の銅銭の紐を取り、再び馬上に乗って銅銭をばら蒔き始めた。信長兄ぃに続いて、小姓や側近も餅や銅銭の箱を持って観客に蒔き出した。
蒔き銭と蒔き餅、気前のよいパフォーマンスだった。
俺も満面の笑みを浮かべて、信長兄ぃと一緒に那古野城へ入った。
那古野城へ入ると信長兄ぃとの面会だ。
帰蝶義姉上と一緒に廊下を歩く。
今朝から何回目かわからない謝罪をもらった。
「本当に申し訳ございません」
「帰蝶義姉上も後で聞かされたのは知っております。謝罪は無用と何度も言いました」
「しかし・・・・・・魯坊丸は怒っていますよね」
「当然です。那古野の町衆に“矢銭”の如く借金を申し込み。河川工事を命じている総監督の家臣に、俺を通さずに砦造りを命じたのですから」
「本当に申し訳ございません」
「帰蝶義姉上が悪い訳ではありません。そのことを責めるつもりはありません」
「殿はあれでも勉強し、支出と収入の出し入れを考えたつもりなのです」
「策も案も悪くありません。借りた先が那古野の町衆、命じたのが俺の家臣でなければ」
「やっぱり、怒っていますよね」
那古野町衆は、熱田と津島の出向店長のような者が多い。
つまり、有象無象の熱田と津島の商人から借金をするようなことになる。
なぜ、熱田や津島の商人から借りなかったのかと言いたい。
例えるなら、銀行から借りればいいのに、消費者金融から銭を借りたようなものだ。
一般的に格安の金利だが、それでも高い金利を払う意味がない。
だが、メリットもある。
那古野町衆は信長兄ぃを保証人とした中島郡の領主らから年三割の利息収入を得る。
その銭は町を活気づける一手となる。
次に、領主を借金漬けにして搾り殺すことができる。
江戸時代の旗本は財政危機から“知行取り”から“蔵米取り”へ移行していった。
小さな旗本では凶作リスクを背負えなかったからだ。
同じ理屈で土地を召し上げることができる。
これを意図して信長兄ぃがやったならば、むしろ褒めてやりたい。
「帰蝶姉上、中島郡の領主らはこの借金を完済できると思いますか」
「天候がよければ・・・・・・」
「二十年も豊作が続くとでも」
「無理でしょうね」
「次に中島郡の領主らが自主的に河川工事をはじめたとして、借金漬けでは身動きが取れません。どこかで凶作となり、借金を借金で返せなくなります。それは破綻を意味します」
「そうなりますね」
「破綻した領主の土地を織田弾正忠家が買い上げ、領主を代官として派遣する。見事な策です。魯坊丸を考えつきましたが、非道過ぎて勧められなかった策です。ご自分で考えたとすると、私は信長兄ぃを褒めたいと思っております」
「了解しました。魯坊丸が何に対して怒っているのかわかりました。後先を考えない殿が悪かったと思います」
「よい返事が聞ければいいのですが・・・・・・」
信長兄ぃと対談すると、案の定、困った領主を助けるとか阿呆なことを言った。
借金が膨らんでから助けたら大損だろう。
俺は助ける条件として、領地替えに応じるなどの条件を課すべきと主張した。
こっちの条件を飲まないならば、自助努力で何とかしてみろ。
信長兄ぃは「それは可哀想ではないか」とか言う。
織田弾正忠家の直轄地を増やして、中央集権化しないといけないのに何言っているんだ。
結局、話し合いは並行線となり、借金の件は棚上げとなった。
領主達は金利さえ払えば、しばらくは問題ない。
いずれくる凶作の年に話し直す。
「工事の総監督が其方の家臣とは知らなんだ。本人もそう名乗らなかった」
「彼は中根家の河川奉行です。先代の願いでお貸ししているだけです」
「であるか。だが、砦造りは中止せぬぞ」
「彼は城の縄張りができません。他の者を派遣いたします」
「仕方ない。其方に任せた」
「承知致しました。つきましては、銭が足りません」
「砦を一つ建てるには十分であろう」
「いいえ、北、東、西の三箇所に砦を建て、清須城を奪還した後には清須の守りとなる砦を建てておこうと思っております」
「将来も見据えてのことか」
「はい。まず、岩倉の織田-信安様。犬山の信清殿の動きを封じる為です。各砦に常備兵三百人ずつと常駐し、内二百人を先兵として動かせば、那古野から動くより早く動けます」
「信安様とは同盟を結んでおる。信清も反省したであろう」
「同盟を結んでいる方が反弾正忠家の者を側に置き、先代が亡くなってから近隣の領主へ影響を強めようとするでしょうか。信清を懲らしめた信光叔父上は清須方となっております。信清も信光叔父上に従って清須方に付くと考えるべきです」
「魯坊丸、そこまで疑う必要はないであろう」
「裏切られてから慌てるよりマシです。これは転ばぬ先の杖です」
「まぁ~よい。任せる」
「承知しました。では、紙幣の発行権を認める書状に署名をお願い致します」
「紙幣とはなんじゃ」
紙幣の発行権と聞いた信長兄ぃの質問責めに苦労した。




