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魯坊丸日記 ~魯坊人外伝 第三章「魯坊丸の日記は母上の楽しみ」~  作者: 牛一・冬星明


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11.赤塚の戦い(1)

天文二十一年四月十七日。

 昨日、山口教継が笠寺に今川の兵を引き入れたことに激怒した信長兄ぃが陣触れを出し、熱田にも使者を送り、この我が中根南城にもやってきた。

 俺は黒鍬衆の組頭を呼んだ。

 鳴海城の北にある三王山付近で戦闘になると読んで守りのフル装備で出撃させる。

 作戦の確認と対応の意思疎通は大切だ。

 俺の黒鍬衆は大きな背負子を持つ集団であり、黒で統一した不気味な存在である。

鉄を仕込んだ兜と鎧に鎖帷子を着込んでいる。

防御に特化した戦闘集団であり、様々な特殊武器を背負子に入れさせた。

卑怯とか、武士道なんて糞くらえ。

勝つ事のみに特化させた。

 この黒鍬衆を中心に中根と八代の兵で百五十人を用意し、大宮司千秋季忠様が率いる百五十人で熱田から三百人を用意させる。

 季忠様とは事前に話し合っているので手紙を送った。

 養父が俺を探しに来たので、黒鍬衆を貸すと告げた。

 今朝、信長兄ぃが率いた那古野の兵五百人と熱田の兵三百人が合流して鳴海を目指していった。

 鳴海城の山口(やまぐち)-教吉(のりよし)が野戦に応じて、城を出たと戻ってきた物見が言った。


「若様。信長様が赤塚に移動し、鳴海を討って出てきた山口-教吉とぶつかりました」

「で、互いの兵力は?」

「信長様八百。教吉二千です」

「予想通りだな」

 

 さくらが謎のガッツポーズで俺を褒めた。


「若様の予言した通りに動いております。若様の千里眼が素晴らしい」

「予言ではない。予想だ。松巨島に渡ると海の都合で撤退が難しい。だが、助けを求める者を見捨てると織田家は頼りにならないと評価される。さくら、それは判るな」

「はい、判ります。織田家に従っている武将は織田家が助けてくれると信じているので従っています。城や領地が襲われても助けに来ない者は見限られます」

「松巨島ならば、戸田城の戸部(とべ)-政直(まさなお)が抵抗している。領主ならば、信勝兄上の側近である津々木家などが抵抗している。援軍を送らねば頼りなしと思われ、まだ味方にいる者が離反する。何もしないのは悪手となる」

「判ります。信長様が兵を出すのは見捨てていないと主張する為です」

「だが、戦うだけが見捨てぬ方法ではない」

 

 俺は楓を見ると、楓が頷いた。

 

「問題ございません。行商人を通じて塩作りの笠寺衆に熱田へ避難するように通達しました。また、熱田神宮から大宮司および笠寺別当として、村々に『こちらで職を用意している。代わりの土地が欲しい者は土地を与える。いずれは取り戻すが、今は耐えて避難して欲しい』と、避難を呼び掛けております。従うかどうかは微妙でございます」

「それは構わん。見捨てていないと見せることが重要だ」

「すでに笠寺の塩座から船で避難しております」

「熱田の西に作った塩村に入れろ。塩の販売を解禁する。逃げてきた者を参加させ、盛大に塩を造らせろ。こっちの塩の方が甘いぞとな」

「承知しました。すぐに伝令を走らせます」


 笠寺は塩造りの町だ。

 尾張、美濃、信濃への塩を供給して莫大な富を得ている。

 今川-義元は笠寺を得た。

 今川家も駿河から甲斐へ塩を売っているが、信濃へ続く塩の道は尾張からもあった。

 それが笠寺だ。

これで今川家は信濃・甲斐への塩の独占を目論む。

 塩という武田家の生命線を握れたと、義元も頬を緩めていることだろう。

 だが、そうは問屋が卸さない。

 事前に“流下式塩田”を完備した塩村を造っておいた。笠寺の“揚浜式塩田”とは桁違いの生産力を持つ。欠点はポンプの代わりに足踏み水車ということくらいだろう。

 それでも笠寺の“揚浜式塩田”に比べると安価で大量の塩を造れる

 義元は塩を独占できたとあぐらをかく。

だがしかし、より安価で大量の塩が信濃へ入荷していると報告されて驚く顔が目に浮かんだ。

 千代女は微笑む。


「信長様は武士の意地を見せました。ですが、それは助けとなりません。しかし、若様は逃げ道を示しました。土地を捨てる覚悟があれば、すべての民を救えます」

「鎌倉武士は土地を守ることに命を()す。俺が示す逃げ道は、彼らにとって侮辱でしかない」

「若様。土地に縛られた古い武士は諦めましょう。民を慈しむ武士こそ、若様に従う新しい武士でございます。棲み分けは必要でございます」

「だな」


 鎌倉武士は「御恩と奉公」で動く。

 主君から与えられた御恩の土地を守り、敵を戦う奉公に励む。

 土地は武士の魂であり、土地を守る為にあらゆる犠牲を払った。

 それこそ、民の命を総動員して守るのだ。

 土地を守る武士はしぶとい。

 御恩を捨ててあっさり寝返る山口-教継のような者とは相容れない。

 松巨島や鳴海に住む武士を始末するのに時間が掛かる。

 そんな武士の為に主君筋である信長兄ぃが援護に兵を出した。

 だが、信長兄ぃに彼らを助ける兵力はない。

 名も知らない武士の死にゆく魂へ手向ける戦いが『赤塚の戦い』だ。

 報われぬ、武士の矜持か。

 俺が「憐れなだ」と呟いてしまった。

 すると、楓が思い出したように言った。


「若様。戸部城を囲む山口勢の攻撃を戸部-政直が三度阻んでおります。兵糧を入れれば、もう少し持つかも知れません」

「山口-教継は戸部城を攻めているのか」

「いいえ、桜中村城に入っております。こちらの動きをけん制しているようです。また、戸部を攻める山口勢の士気は高くありません」

「何故だ?」

「笠寺に入った今川勢の援軍が参戦しないからです」

「援軍に来たのに動かぬか。判った。夜陰に紛れて戸部城に兵糧を入れることができるならば、援助しておけ」

「判りました。準備致します」


 俺は振り返って、さくらに指示を出した。


「さくら、清須とその周辺の動きを探れ。今回も林-秀貞殿が参戦していない。那古野は空だが、清須の東に林勢が留まっていれば動けぬ。そう思うが、確認しておけ」

「畏まりました。すぐに行って参ります」


 清須で守護代織田(おだ)-信友(のぶとも)が虎視眈々と復権を狙っている。

 今川家が攻めてきたので、親父は清須と和睦を結んだ。

 和睦を申し出た織田弾正忠家から和睦を破るのは不義理であり、主家を攻めると『下剋上』と誹りを受ける。

 那古野が空になったのを好機と捉え、清須から和睦を破ってくれるとありがたい。

 が……東に林家の手勢、西に勝幡の信実叔父上の兵がいる。

 清須も迂闊に動けないか?

 信長兄ぃがそこまで考えて、那古野を空にしたのか?

 判らない。

 一度聞いてみたいが、下手に関わると厄介そうなので止めておこう。

 俺はそう考えていた。

 そう考えていたのに……違う結果になった。



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