第9話 実力の差
固まっているアーバンに、師匠がぶっきらぼうに話しかけた。
「それで? 本気でやらないのか?」
ああ、やはり本気ではなかったか。子供だと舐められているのは分かっていたから文句を言いたくなる。
「アレン……。さすがに俺にも良心ってもんはあるぞ。子供相手に本気を出すなんて、大人げないことをするわけないだろ」
「ふうん。そりゃー残念だ。ギルバートはあたしと姫さんしか相手したことがないからねえ。癖を知らない相手と思い切りやらせてみたかったんだが」
「……待て、アレンは小僧と本気でやったことがあるのか?」
「ん? ああ、もちろんさ。あたしですら、手加減したら負けるぐらいにまで育っちまったからねえ」
「そ、そうか。小僧……いや、ギルバートと言ったな。いくら師匠でもアレンは女だ。それではやりにくいだろう。……そうだな、本気でやってみたいか?」
「はい。よろしくお願いします」
僕は頭を下げた。師匠の言い方からすると、おそらくアーバンは師匠より剣術や体術の実力は上だろう。僕としては、アリーを守るためにも、この国で師匠よりも強い人との手合わせは有意義だと判断して、しっかりと頭を下げた。
「分かった。今回は、純粋な剣術だけでやるぞ。魔法は一切使うな。真の実力が分からないからな」
「分かりました」
僕とアーバンが構えると、アレンがアリーを抱いて小屋の屋根の上に腰掛けた。
「はじめっ!」
師匠の声がしてすぐ、アーバンから殺気が放たれた。会った時にも、脅かそうと思ったのだろう殺気を当てられたが、その比ではなかった。
しかし、その程度の殺気は師匠から受けて育ったのだ。まだ幼かった僕を呼び出すためだけに、師匠は殺気を放って僕を呼んだ。毎日のように恐ろしさに心臓が跳ねるような生活を送っていれば、殺気自体に慣れてしまう。
「ほお、動けるか。さすがだな。それでは、行くぞ!」
——ブンッ!
訓練用の重い剣は、男の手で振り回すと、こんなにも鈍い音がするんだな、と感心してしまった。
僕は剣で受けながら、体格差で受け止めきれない力を、自ら飛ばされることで逃がす。くるりと一回転して着地をすると、すぐさま攻撃に移る。
「はあっ!」
足を掬うように振った剣は、ひょいと避けられ、次の攻撃がくる。
攻撃を受ければ剣で受け止め、また自ら飛ばされた。
そんな攻防が、二十分ほど続いた頃だろうか。
——ガキンッ!
僕の剣はアーバンに薙ぎ払われ、空を舞って地面に刺さる。
「……参りました」
頭を下げた僕は、勝つために何が足りないかを考えていた。
今回の戦い方は、僕の体が立派になったら使えない手が多いことも気づきとなった。そして、身軽だから避けられた攻撃も多かった。
「くっ、まだまだ足りないっ!」
僕の悪態に、アーバンは目を丸くして笑い出した。
「がっはっは! お前、負けたのが悔しいわけではないな? 何が足りないと思ったんだ?」
「……経験と、筋力、です」
筋力が足りないせいで、初動がどうしてもアーバンより遅い。剣が重いからこそ、はっきりと動きに差が出ていた。
「ぶははははっ! 凄いな! 自己分析が冷静だ。そして、その通りでもある。まだ成長期だからなあ。魔力が高いタイプってのは、二十歳過ぎないと筋肉がつきにくいんだよなあ」
「少なくとも、あと三年は、この戦い方をするしかありませんか」
「そうだな。今の戦い方は、理にかなっているし、ギルバートに合っているから、下手に変えない方が良いだろう」
「……っ」
やはり、今の僕にはこれが限界なのだろうか。他の人と稽古したことがないから分からないが、アーバンと同じレベルの剣士が襲ってきたら、アリーを守り切れないということだ。
「経験は……俺が鍛えてやる。ここにいる間だけになるがな。陛下のことだから、年に一度は『見て来い』と言うだろうから、お前が俺を超えるまで、稽古をつけてやる。もちろん、柔術もな」
「!? あ、ありがとうございます」
剣を交えて分かったのは、あれでもかなり加減してくれていたこと。そして、殺気は最大まで上げてくれていた。どこまで耐えられるかを確認しながら攻撃もしていたことだ。
豪快な見た目や話し方とは裏腹に、かなり繊細なサポートや動きをする人だと分かった。
「ふうん。まあ、ギルバートが良いというなら、あたしは何も言わないよ。ギルバート、いい動きをしていた。魔法も使えたなら、おそらく対等に戦えていただろう」
「……えっ?」
「お前、自分の実力を分かってないな? 十七歳で魔法なしでそれなら、うちの騎士団に入らないかってスカウトするほどには強いからな?」
「でも、今の僕ではアリーを守り切れない」
「……おいおい。俺やアレンより強いやつが襲ってきたら、姫様どころか、国ごと潰されるぞ? がはははは!」
呆れた顔のアーバンに驚いていると、急に裾を引かれて下を見た。
「お兄さま、とっても格好良かったです! 私もくるくる回って、スタッて着地したいです!」
「アリー!」
僕はアリーをギュッと抱きしめて、この子のためにもっと強くなろうと誓ったのだった。




