第8話 僕の使命
口角を上げたまま、男は僕の前に歩み寄った。不思議な距離の詰め方に、僕は間合いを取ろうとアリーを抱き、師匠の後ろへ向かって三メートルほどふわりと飛んだ。
「ほお! 浮遊魔法が使えるのか? その年で! まだ小さいから、十歳ぐらいか?」
「……十七歳です」
僕は少しだけムッとして、でも師匠の知り合いだった場合を考えて返事をした。
「なんだ、お前も老けない類か。ずるいよなあ、お前もアレンも。俺だけ時間が進んでいるように思えるぞ」
「はんっ。あたしは逆に、置いていかれてる気がしていたけれど。まあ、あたしの美貌が崩れないことだけは良かったがね」
「ぶふーっ! 相変わらずだなあ! 自分で『美貌』とか言うヤツがあるかよ!」
まったく話が進まないからか、アリーが飽きてきたのが見て取れた。そろそろ話を戻してもらわなければ。
「師匠、味方か敵かをはっきりしてもらえますか。幼い妹の集中力にも限界がありますので」
「ああ、こいつはこれでも、騎士団の団長をやっているアーバンって男さ。さっき見たように、擬態するのが得意なのだが、魔力を擬態に全振りするから、魔法は大して使えないよ」
「……騎士団の団長? 何の用でいらしたのでしょうか」
僕はアリーを背中に隠し、臨戦態勢を取った。
「ほおー。お前は騎士団長だと聞いて、味方だと思わないのか」
愚問だろう。味方の中にも敵がいる可能性なんて、いくらでもある。家族だって裏切る可能性はゼロではないのだ。
「敵なんてどこに潜んでいるか分からない。僕の使命は彼女を守ること。それ以上でも以下でもない」
「ピュ——ィッ。これなら問題なさそうだな」
男は感心したように口笛を吹き、ニカッと笑って頷いた。
「陛下か?」
「ああ。アレンがまったく連絡を寄越さないから、様子を見て来いと言われてな。ついでに、『アレン様に任せて大丈夫なのですか!?』ってうるさい宰相がいるから、試させてもらったんだ」
「あたしのテリトリーで好き勝手するんじゃない。面倒はごめんだよ」
「そう言うなって。なあ、小僧。俺と剣術で勝負しようぜ。お前が勝ったら、俺も姫様を守ってやろう」
「貴方に頼らなくても問題ない。僕一人でも守れる」
「そう言うなよー。人数は多いに越したことはねえだろ?」
チラリと師匠を見ると、目が楽しそうに「やれ」と言っているように見えた。こうなると、僕に拒否権はない。
「分かりました。勝負はします」
「くくっ、いい目だねえ」
僕は、アリーを師匠に預け、訓練用の剣を小屋から持ってくると、アーバンに投げ渡した。
「よっ、とっ、と? おい、アレン! なんだ、この剣は!?」
「はあ? 何だって、あたしが作った訓練用の模擬刀さ」
「ンなこたぁ分かってる! アホなのか? 俺が普段使ってる剣よりも重いじゃねえか!」
「誰がアホだいっ! あたしに叩きのめされたいのかい!」
「あー、はいはい。悪かった、悪かった。アレンとなんかやり合ったら、仕事を何日も休む羽目になるからやらねえよ」
「ふんっ。分かってりゃ良いんだよ」
師匠の物言いからして、実力は本物なのだろう。
「それで、やるんですか?」
僕は二人の会話がいつまで経っても終わらない気がして、うんざりした顔をしながら声をかける。
「ああ、待たせたな。こんな剣を使いたくはないが、仕方ない。さあ、向かってこい。胸を貸してやろう」
「……いきます」
僕は次の瞬間には彼の間合いに入り、剣の柄で彼の腹を突く。
「うおっ!? ぎ、ギリギリかよっ! 速えなあ!」
当たる寸前に避けられてしまった。
この男、たしかに強い。巨体に似合わぬ速さと、隙のない体捌き。
なら、これならどうだ!
「……ふんっ!」
僕は再度、間合いを詰める振りをして、彼の後ろに回った。剣を鞘に納めた状態で腰を思い切り叩いてやった。
「な、何だと!? ま、参った!」
「かかかっ、弱っちいねえ、アーバン!」
「違えだろ! あの目の色からして、魔力がめちゃくちゃ多いんだろうな。俺の幻惑にまったく惑わされてないぞ」
「ギルバートは、あたしの幻惑にすら惑わされないよ。魔力の多さも当然あるが、こいつは魔法のセンスが、あたしたち以上さ」
「……おいおい。天才か? 凄えガキを育てたなあ。これで十七歳? 末恐ろしいヤツだ」
「馬鹿だな、アーバン。確かにギルバートは天才だが、姫さんは更に上を行く天才だよ。あの老いぼれに、十年後を楽しみにしてな、って伝えておきな」
「アレンに育てられたら化け物が量産されるのか?」
「馬鹿を言え。あいつらが勝手に育って強くなったんだ。姫さんという妹ができたから、ギルバートも兄貴になったのさ」
「……なるほど?」




