第7話 お転婆娘
アリーがボードに乗れるようになった翌日から、僕たちの行動範囲は一気に広がった。
普通の親なら「危ないから」と制限するであろう行動範囲を、師匠は「あたしの視界に入る場所にいるなら何をしていても良い」と、放任しているのだ。
そのせいで、僕は日々、冷や冷やしながら過ごしている。
「ああっ、アリー! そんな高い木に登るなんて!」
「何言ってるんだい、ギルバート。ボードではもっと高い場所まで登ってるじゃないか」
「で、ですが、落ちたらどうするのですか!」
「あたしが治療してやるよ。綺麗に傷が治るかは分からないが、死ぬことはないから大丈夫さね」
「師匠ぉぉぉ! アリーは一国の姫様ですよ!?」
「ああ、そうだったねえ。すっかり忘れていたよ」
こんな調子で、のびのびと育ったアリーは、「加減」というものを知らない子どもに育っていった。
「アリー、今日の晩飯は鹿がいいねえ」
「はい、お母さま! 行ってきます!」
「僕も行ってきます」
「ギルバート、くれぐれも手を出すんじゃないよ」
「分かってますって。今じゃ、生け捕りは僕より上手いんですから、僕が手を貸すまでもないでしょう」
「まあ、そうだな」
ボードに乗り、颯爽と森の中へ消えていくアリーを、僕は慌てて追いかける。アリーのボードで飛ぶスピードが日増しに速くなっていた。まだ僕の方が辛うじて速いけれど、今に追い抜かれるだろう。
「いた! 風よ、我が身より鞭となりて、ゆけ!」
魔法を紡ぐための詠唱は、アリーが短縮して作り出したものだ。恐らく、「風よ!」だけでイメージは固まっているのだろうから、無詠唱でも使えるはずだが、先日師匠に「敵を欺くことも必要」だと教わったから、詠唱を続けているのだと僕は理解していた。
「捕まえた! お兄さま、大物ですー!」
「ああ、凄いねアリー。今日はご馳走を作るから、楽しみにしていてね」
「はいっ! 私もお手伝いします!」
「ああ、ありがとう」
笑顔で岩場の家へ戻っている途中、師匠から「帰って来るな」の狼煙が上がっていることに気がついた。
「アリー、止まって! あの煙が見えるかい?」
「はい、お兄さま。あれが、お家に帰っちゃダメっていう合図ですか?」
「そう。よく覚えていたね。師匠の探知魔法は百キロメートルを超えるから、まだ遠くかも知れないけれど、用心して裏手の家に避難しよう」
「分かりました!」
僕とアリーは、岩山の裏側にある湖に建ったコテージに向かった。すると、師匠はすでに到着していた。
「やあ、ギル。早く入りなさい。貴女も座ってちょうだい」
「……」
「……誰?」
「……なんだ、もうバレたのか? 何でだ?」
「魔力も容姿も確かに近いですが、師匠は僕のことを『ギル』とは呼びません。僕たちは家族ですから」
敢えて、正解は教えないで話を進める。アリーを連れ去りにきたのであれば、兄である僕が大事な妹を守らなければならないのだ。
「ほお。私に勝てるとでも思っているようだね。自信があることは良いことだが、過信しすぎてはいけないよ」
すっとロッドを構えた相手に、僕はこの人は魔導師ではないとすぐに理解した。アリーの手を掴み、指を二本まとめて握る。「相手は体術が得意だ」という暗号だ。
「えっ」
小さく驚いたアリーに、敵の特徴なども教えなければと心に留めておく。僕たちが子どもだからと、あえてロットで魔法を使うと思わせ、隙をついて捕らえるつもりなのだろう。
僕は狭い場所で戦うのは不利だと判断し、外の様子を全神経を集中して確認する。誰もいる気配はない。
「可愛いお嬢さん、外へ出てくれるかい?」
僕はアリーの名前を言わないようにしながら、外に出るように促した。
「はい、お兄さま」
アリーはいつものように返事をして、コテージの扉を開き、外へ出た。その瞬間、僕は真上から何かが降ってくることに気づき、慌ててアリーを腕に抱き、避ける。
「ははっ、よく避けられたねえ、ギルバート」
「し、師匠!」
「お母さま!」
今度は本物だと……纏う魔力の量や質、声の出し方や立ち姿など、すべての情報が師匠だと物語っていた。
「アーバン、いるんだろう? 何の真似だい」
ゆっくりとコテージから出て来たのは、先ほどとは違う姿……中年ぐらいの渋い男だった。
「アレン、やはり君にはバレたか。しかし、子どもたちにもバレるとは思わなかったよ。アレンのモノマネは昔から得意だったのだがなあ」
「師匠、どちらさまですか? 敵ですか?」
「敵? 倒せば良い?」
「妹ちゃん、ちゃんと確認してからだよ」
「はーい」
まだ信用できない僕は、アリーの名前を出さずに応じる。
「ぶははははっ! さすが、アレンが育てただけのことはあるな!」
「あたしは何もしてないさ。育てたのはギルバートで、赤ん坊は勝手に育ってくれたがね。それよりも、貴様、なぜここにいる?」
ニヤリと口角を上げた男に、僕はアリーの手をしっかりと握った。何があっても、この手を絶対に離さない。




