第45話 落ち度はない、はずだった
国王陛下から呼び出しを受けたと聞いた時、真っ先に浮かんだのは、何となくアレンに会えそうだという予感だった。
王城へ呼び出される理由など、いくらでも思い当たる。
しかし、そんなことよりもアレンに会える可能性の方が重要だ。
久しぶりの再会になるのなら、みっともない姿を見せるわけにはいかない。
いつも以上に時間をかけて身だしなみを整えた私は、上機嫌で謁見の間へと向かった。
「お待ちしておりました」
扉を守る騎士が中へ声をかけ、重厚な扉が開かれる。
一歩足を踏み入れた瞬間、私は呼び出された理由など綺麗さっぱり忘れてしまった。
そこには、ずっと会いたかった彼女がいた。
「よく来たな、クロイツベルク侯爵」
「お久しゅうございます、国王陛下。そして……アレン」
陛下へ頭を下げながらも、視線は自然とその隣へ向かう。
「……ギルバート、こいつ誰だか分かるか?」
アレンが、隣に立つ若い男へ小声で尋ねている。
どうやら彼女の弟子らしい。
男は少し困ったような顔をしていたが、そんなことはどうでもよかった。
学生の頃よりもさらに美しくなった彼女から、目を離せないのだから仕方がない。
「クロイツベルク侯爵だと、陛下がおっしゃっていたではありませんか」
「クロイツベルク……ああ、同級生にいたような気がするな」
――覚えているではないか。
少々記憶が曖昧なようだが、それくらいなら問題はない。
二十年以上も会っていないのだ。むしろ家名を聞いただけで思い出したのだから上出来だろう。
それにしても、久々に聞く彼女の声はいい。
鈴が転がるような澄んだ声は昔と変わっていない。
耳が喜んでいる。
今日ここへ来ただけでも、十分に価値があった。
「こほん。このままでは話が進まないから、アーバン、進めてくれるか」
「はっ」
陛下の声で、ようやく私はアレン以外にも人がいることを思い出した。
そして前へ進み出てきた男を見て、わずかに眉を寄せる。
アーバン。
昔から、アレンの周りを羽虫のように飛び回っていた男だ。
陛下や王妃殿下は国の頂点に立つ方々なのだから仕方ない。
だが、ただ護衛を務めているだけの男が、当然のようにアレンの傍へ立ち、楽しそうに剣を交えている姿を見るたび、学生だった私は何度腹を立てたことか。
今思えば、若かった。
……まあ、今見ても多少腹は立つが。
「……クロイツベルク侯爵、話を進めてよろしいか」
アーバンの声に、私は我に返った。
どうやら、またアレンを見ながら考え込んでいたらしい。
「ああ、構わん」
「それでは、こちらの魔道具に見覚えはあるだろうか」
差し出された魔道具へ目を向ける。
随分と昔に取り寄せたものだ。
しかし、忘れるはずもない。
「……あるが、見たのは何年も前だ」
「王都より東にある森で、この魔道具を使ったな?」
「ああ。失敗に終わったがな。アレンは出てきてくれなかった」
「……アレンを呼び出すために使ったと?」
「そうだ」
なぜ、そんな当たり前のことを聞くのだろう。
「アレンなら、誰かが傷つく前に魔物を倒してくれるだろうと思ったんだ」
彼女の実力ならば、それくらいは造作もない。
問題は、そもそも彼女が現れなかったことだけだ。
「普通に会いに行けば会えただろう。なぜ、そんな遠回りなことをしようと思ったんだ?」
アーバンが、理解できないものを見るような目を向けてくる。
今度は私が首を傾げた。
「何を言っているんだ。会いに行っても会えなかったから、会うための計画を立てたのだ」
順序としては、何もおかしくない。
最初から大掛かりなことをしようと考えていたわけではないのだ。
普通に会いに行き、それで会えなかった。
だから次の手を考えた。
至極当然の流れだろう。
「……貴方は、ディートリヒ殿下に姫様の居場所を聞きましたね?」
「ああ、聞いた。アレンが王女を預かると聞いたからな」
あの時は、ようやく彼女の居場所を掴めたと思ったものだ。
「そこに行けばアレンに会えると思ったんだが、隠密魔法と結界で近づくことさえ叶わなかった」
本当に惜しかった。
場所までは分かっていたというのに、近づくことすらできなかったのだ。
「……待て」
それまで黙って話を聞いていた陛下が、額に手を当てた。
「侯爵は、アレンに振り向いてほしくて、この計画を立てたというのか?」
「そうだ。悪いか?」
一体、何を今さら確認しているのだろう。
「……こんな大掛かりなことを?」
「ああ」
少し考え、私は胸を張った。
「愛の力だな」
謁見の間が静まり返った。
誰も言葉を発しない。
皆、何をそんなに驚いているのだろう。
「……阿呆なのか?」
沈黙を破ったアーバンの言葉に、私は眉をひそめた。
「失礼な」
「ゴホン!」
陛下が大きく咳払いをする。
「話を戻せ、アーバン」
「……はっ。侯爵は、ディートリヒ殿下に同じものを渡したな?」
先ほどとは違い、私はすぐには答えなかった。
ここから先は、多少事情が違う。
「……なぜ、それを知っている」
「ディートリヒ殿下が覚えていらした」
思わず小さく息を吐く。
あの王子は、もう少し口を慎むことを覚えたほうがいい。
「それだけで私の罪を証明できると?」
念のため確認してみる。
すると、これまで静かに様子を見ていた宰相閣下が、一歩前へ出た。
「魔道具の出所も、殿下の証言も、侯爵が接触した記録も残っております。残念ながら、言い逃れはできませんぞ」
「なるほど」
一応、確認してみただけだ。
証拠が揃っているのなら仕方がない。
「それでは仕方ないな」
私は素直に頷いた。
元々、自分がしたことを隠すつもりなどなかった。
計画に多少の失敗はあったものの、こうしてアレンに再び会うこともできたのだ。
結果だけを見れば、悪くない。
私はアレンへ視線を戻す。
彼女は、酷く呆れた顔でこちらを見ていた。
――二十年以上ぶりに、こうして目まで合った。
やはり今日は、良い日だったのかもしれない。




